虹の黄昏


―3話・つかめない手がかり―



4人が顔をつき合わせて真剣に考え込んでいると、
外にいる騎士団員達に差し入れを配り終わったデルサスがやってきた。
どこから持ってきたのか、ティーセットと菓子を積んだワゴンを押しながら。
「おーいお前ら、再会早々そんな難しい顔して何の話をしてたんだ?」
「デルサス……終わったのか。」
声をかけられるまで彼に気がつかなかったらしく、
マレッタは少々面食らったように目をしばたたかせた。
「おうよ。ついでにクッキーとかも持ってきたから、まああっちで座って食おうぜ。」
「あ、そういえばおれたち立ったまんまだったな……。」
話の流れで、クレインたちは座ることをすっかり忘れていた。
いくら話に夢中になっていたとはいえ、
奥様の井戸端会議ではないのだから立ちっぱなしというのは妙だろう。
「お前らしいぜ。ほら、こいよ。」
この部屋は、扉一枚で隣の応接間とつながっている。
デルサスに案内されて部屋に入ると、
応接間は執務室と違い、派手ではないが格調高い意匠を施した大きなテーブルセットが置かれている。
ちなみに下に敷かれているじゅうたんは、アルカヴァーナ騎士団の紋章入りだ。
騎士団の精神なのか煌びやかというほどではないが、
部屋全体には高級感が漂っている。
「うわぁ……きれいな部屋だねぇ。あ、座るのこっちでいいの?」
「おう、好きなとこに座れよ。」
デルサスに好きに座っていいといわれたので、
クレインをはさんでリイタとノルンが座り、
3人から見て四角いテーブルの反対側にマレッタが座った。
傾けたティーポットの紅茶がコポコポと音を立てて、カップに注がれる。
デルサスは注ぎ終えたそれにレモンを浮かべて、クレインとリイタの前に並べた。
あまり紅茶が好きではないノルンには、少し濃い目のココアが出される。
甘い香りがノルンの鼻腔をくすぐる。
「う〜ん、おいしいのにゃ〜♪」
ノルンはご機嫌でココアに口をつけた。
相変わらず甘いものが好きなようで、口の周りが茶色くなることなど気にせずに飲んでいる。
「マレッタ、おめーコーヒーと紅茶どっちがいい?」
「そうだな……紅茶をもらおう。」
「あいよ。」
注文を受けると手早くカップに紅茶を注ぎ、レモンではなく生のミントの葉を添える。
各人の好みをちゃんと理解できているのは、
ひとえに彼がまめでそっちの記憶力がいいからだろう。
そして最後に自分用にコーヒーを注ぎ、
テーブルの中央に様々な種類のクッキーと、
取り分け用にナイフを添えた大きなバターケーキを置いてセット完了だ。
もちろん、取り皿とフォークはあらかじめ配膳済みである。
「相変わらず手際いいんだな……ところで、これ全部デルサスが?」
クッキーはドライフルーツが入ったもの、ナッツが入ったものなど全部で6種類。
これだけでもずいぶん手間がかかるだろうに、
さらにマーブル模様の大きなバターケーキまでこしらえているのだ。
こんなにたくさんの種類の物を、いくらデルサスとはいえ1日で作れるのだろうか。
「おう。近々ノルンが来るころだってわかってたから、
暇なときに作りだめしてたんだよ。
でもよノルン、来る前に連絡しとけって前も言っただろー?」
「わかってるにゃ〜。でも、今回は急ぎだったから勘弁して欲しいのにゃ〜。」
そう言いつつ、ノルンはリイタともどもお菓子を次々口に放り込む。
ほとんど丸呑みしてやいないかと聞きたい位のペースだ。
作るのは数時間でも食べるのは一瞬だと、
クッキーをつまみながらクレインはしみじみと思う。
「あ、それでバターケーキとクッキーなんだね〜。」
バターケーキもクッキーも、お菓子の中ではかなり保存が利くほうだ。
今回のような急な客はいつ来るかわからないので、
普段の日に準備しておくには都合がいいというわけだ。
おまけにバターケーキなら、寝かしておけば味も良くなって一石二鳥である。
これは何日寝かしてあるのかはわからないが、かなりおいしい。
「で……さっきの話なんだが。」
「ああ。」
マレッタが話を切り出したので、ひとまずクレインは食事の手を休める。
やや遅れて、リイタも口の中の物を飲み込んでから話を聞く体勢になった。
「さっきの話?」
デルサスは一人首をかしげる。クレインたちと違って、先ほどまで居なかったからわからないのだ。
そこで、マレッタは軽く説明を入れる。
「あの物が消える事件関係の話だ。
さっき、ノルンがポットの森でも同じことがあったと伝えてくれた。」
「あーその話か。で、ポットの森でもだって?うわ、マジかよ……。
おいおい、また地図に赤印が増えちまうじゃねえか。」
「なんで地図に赤い印を書いたのかにゃ?」
ノルンが不思議そうに首をかしげた。
「地図にすりゃあ見える事だってあるんだよ。
ちょうど今も持ってるからよ……ほら、見てみな。」
デルサスは少し菓子の皿をずらしてから、
テーブルに南エスビオール地方の地図を広げた。
それから手を離しても丸まらないように、両端を菓子の皿で押さえる。
「この赤い印がついているのが、事件の起こった場所なんだな。」
「デルサスが、少し前に安い地図を買ってきて作ってくれたのだ。
こうやってまとめると見やすいだろう?」
確かにこういう風に印があると、とても見やすい。
さすがはデルサスといったところだ。ご丁寧に、日付まで書いてあった。
「うん。え〜っと、採掘場にカボック、アーレキア洞窟に……イリスの寝所まで?!
あんなところによく行く気になるね。」
うぇ〜っとリイタがぼやく。
確かに、反射炉以外ろくなものがないイリスの寝所に行く方の気は知れないが、
他の主要な遺跡や都市がほぼ全てやられているのだから有りだろう。
「俺の村もやられたぜ。ま……こっちは大した事なかったけどよ、
この間用事があって村に行ったら、親父に聞かされて驚いたぜ。」
「え、デランネリ村も?!」
クレインは驚いて目を見張る。
あんな平和なところでも起きていたとは思わなかったのだ。
「ああ。ありゃ確か先週だぜ……。」
そう言ってから、デルサスはことの経緯を話し始めた。


旅が終わってからというもの、
デルサスはワープゾーン経由でちょくちょく故郷に出向くようになった。
マレッタに、「たまには実家に顔を出してこい。」と言われたことも大きいが、
旅の途中でわだかまりが解けたためである。
最初は顔を出すたびに村長の父親に「後を継げ」と迫られて辟易していたが、
何回も行くうちに言われなくなった。
あきらめたのか、後で否といえない状況で継がせるのかどうかはわからないのだが。
「おーい親父、いるかー?」
体についた雪を払ってから家に入ると、さっそく妹のファスが迎え出た。
どうやら、今日は巫女の務めが終わったらしい。
「あ、お帰りお兄ちゃん!
お父さんなら今呼んで来るから、ちょっと待っててね。」
兄を玄関で待たせ、ファスはタタタッと奥へ走っていった。
「お父さ〜ん、お兄ちゃん帰ってきたよー!」
「何、デルサスが?待て、今行くから……。」
奥から、ファスとデルサスの父の会話が聞こえてくる。
少し待っていると、待っていたかのように奥からデルサスの父がやってきた。
何を急いでいるのか、小走りになっている。
「おお、来たか!」
「あ、居た。何でまたそんな待ち構えてたみたいな顔してんだよ?」
いつもは息子が帰ってきた位では走らない父が、
小走りとはいえ家の中を走っているのは珍しい。
デルサスは父の様子を少しいぶかしげに思い、首をひねった。
「説明は後だ。とにかく外にこい!」
「あ、お父さんあたしもー!」
いつのまにかファスまで戻ってきて、
2人に腕をつかまれたデルサスはもう何がなんだかわからない。
「おわ!お、おい親父、何なんだよ?!」
有無を言わさない父親と妹に引きずられ、
デルサスは雪が降る家の外に逆戻りする羽目になった。


「よし、ついた。デルサス、この森をよく見てみろ。」
引きずられてやってきたのは、村の近くにある森だ。
村人達が薪を取ったり、子供が遊んだりする開けた森である。
デルサスにとっても昔から馴染みが深い場所だ。
何でこんなところにとデルサスは思ったが、
そこにあった信じがたい光景に思わず目を丸くした。
「な、何だコリャ??」
デルサスの目の前に広がっていたのは、奇妙な森の姿だった。
幹や枝が半分だけになった木々と、元は木が生えていたはずのたくさんの穴。
そう、ある範囲の木々だけが文字通り「抉られて」いるのだ。
「4日前に森に来たら、こんなことになってたのよ。」
ファスが少しだけ説明をしてくれたが、
それくらいでああなるほどと思考回路が落ち着けるわけもない。
「おいおいおい、誰だよこれ?ぜったい人間じゃねえだろ。」
密に茂っていたはずの木はそこだけ広場のように切り取られ、
半分だけすっぱり欠けてしまった妙な木の断面は、
磨き抜かれたテーブルのように滑らかだ。
斧などの道具で切ったなら必ずささくれたりするはずなのに、それが全くない。
一方木が生えていたはずの穴は、
多少土が自重で穴の内部に崩れていたものの、掘り返された形跡がどこにもない。
つまり周りの土を崩すことなく、
木だけが抜き取られてしまったということになる。
もちろん、木が倒れた跡は真っ白な雪上のどこにも存在しない。
こんなこと、到底人間には出来るわけがない。まさしく怪奇現象だ。
「すごく変でしょ?
ほら、この木なんてバターをナイフですくったみたいに切れてるもの。
普通こんなやり方しないし、できないわよ。」
ファスが指差した木は、幹が半分以上なくなっていた。
その断面は半円形に近い形を描いており、
確かにファスが言ったとおりバターをすくったかのようだ。
どんな刃物で切ったらこうなるんだと聞きたいくらいである。
「確かになぁ……で、親父。こんなの俺に見せたのは何でだよ?」
「それは、お前もこの村の者だから知らせなければいけないのが一つ。
それともう一つ。これをお前が世話になっている、アルカヴァーナ騎士団の隊長殿に伝えてもらいたい。
あちらこちらでこんな騒ぎが起きているんだったら、これも知らせた方がいいだろう。」
確かにこれも、他の場所で起きている一連の騒ぎと同じものだろう。
被害状況しかわからないが、情報は情報である。
今回騒ぎの情報を集めているマレッタに知らせてやるといいだろう。
「ああ、なるほどね。よしわかった、伝えとくぜ。」
そう父親と約束して、用を済ませてすぐにカボックに帰ったデルサスは、
このことをマレッタに伝えたのだった。


「……て、わけだ。ま、被害状況以外には特に目撃談とかはなかったけどよ。
それでも、情報を集めてる騎士団としてはありがたかったぜ。」
聞かされたクレインたちは想像するしかなかったが、
デルサスが細かく説明してくれたので大体予想がついた。
採掘場の滑車など目ではない奇妙さだ。
「それじゃあ、今回はアルカヴァーナ騎士団が動いてるのか。」
「ああ。こうも騒ぎが頻発するとなると、カボック以外であろうと放っておけない。
それに、組織だって動けるのは我々くらいだしな……。」
クレインの少し意外そうな言葉に、硬い表情でマレッタが答えた。
アルカヴァーナ騎士団は、本来カボックの治安維持とその周辺を守るのが役目だ。
しかし国家として統治されていない南エスビオール地方で、
統率が取れた一枚岩の組織として動けるのは騎士団くらいだ。
その点でのみ言えば、ガルガゼットや各都市の自警団などでは正直心もとない。
よって犯人の姿がほとんど不明な今回の騒ぎでは、
彼らはもっぱら情報提供にとどまっている。
「そっかぁ。それにしても、たしかに事件……多いよねぇ。」
赤い印のそばに書き込まれた日付を見ると、
場所の重複はあるものの、わかっているだけでこの2ヶ月に15回近く起きているようだ。
クレイン達が旅先で話を聞いたのはつい3週間ほど前だから、
これはかなりの頻度となる。
「だろ?けど、ぜーんぜんつかまんねーんだよこれが。
場所だって西に行ったと思ったら東に行くしで、今ある情報じゃちっとも予測がつかないぜ。」
デルサスの言うとおり、行き先は確かに予測が立たない。
何しろたったの1日で、
アーレキア洞窟からフワール湖に移動するというような真似をやるのだ。
おまけに行った場所の共通点はほとんどなく、
強いて言えば同じ地方に属しているというくらいだ。
これではお手上げだと、デルサスが肩をすくめる。
「私もデルサスと似たような気持ちだ。手がかりもないし、頭が痛い……。
今のところはっきりわかっているのは、犯人が恐らく人間じゃないというだけだしな。」
これは目撃情報がふわふわ宙に浮かぶ妖精のような影ということと、
短時間でかなりの長距離を移動することからの推測だ。
「でも、何か少しでも手がかりになりそうなものはないのか?」
もう10件以上も事件がおきているのだから、
何か少しでも犯人に結びつきそうな手がかりの一つくらいないものだろうか。
2人がそれを見つけられないでいると承知していても、
クレインは聞かずに居られなかった。
「う〜ん……強いて言うなら、「北」だろうなぁ。」
あごをなでながら、少し渋い顔でデルサスはそれだけつぶやいた。
いきなり「北」とだけ言われて、マレッタ以外のメンバーはきょとんとした顔になる。
「にゃ、「北」ってどこにゃ?」
「北エスビオール地方だ。クレインとリイタは、行った事はないか?」
「あ〜……そういえば、そっちはまだ行った事ないなぁ。」
2年もの間あちこちの町や遺跡をめぐった2人だが、
北エスビオール地方にはまだ行った事がない。
そもそもここに居た頃でさえ、うわさを聞かなかった気がする。
「そういえば、こっちには北の方の話とかは入ってこないのか?」
デランネリ村の北にそびえる山脈に隔てられているとはいえ、
隣なのだから情報の一つくらい入ってきてもよさそうなものだ。
「あー、それならトリスメギストスの件の後しばらくして、
や〜っと時々入ってくるようになったぜ。
そっちに行く行商人が来るのが2、3ヶ月にいっぺん位かな……。
そうだ、お前らも今から酒場に行かねえか?頃合だしよ。」
「そうだな。今までずっと待っていたことだし……行ってみるか。」
ここ南エスビオール地方から得られる情報の限界を、
早くからマレッタとデルサスは悟っていた。
しかし外の情報なら、もしかしたらなにか有力な情報があるかもしれない。
そう思っていた2人は自分達でも情報を集めつつ、
北エスビオール地方に行く行商人が、
はるばるカボックにやってくるのをひそかに待っていたのだ。
「決まったら早く行くのにゃ〜!」
「おいおい、そんなにせかさなくても……。」
クレインはノルンに腕を引っ張られて苦笑した。
その様子を見たリイタも、クレインと同じように苦笑いになっていた。
「お、リイタやきもちは卒業か?」
にやにやとデルサスが意地の悪い笑みを浮かべている。
彼らしい、子供がいたずらをたくらんでいるような笑いだ。
リイタの眉の端が一気に上がる。
「ちょっと、あたしがいつやきもち焼いたって言うのよ?!」
「2年前のニルヴィアの裂け目とーアーレキア洞窟とー、
ん〜魔法屋なんてしょっちゅ―――ぐぼぁ!!」
「あ゛〜〜!!!もう、過去のことなんてどうでもいいじゃない!
とっととノーマンさんの所に行くんでしょ?!!」
デルサスが全部言い終わる前に、
怒りと恥ずかしさで真っ赤になったリイタが彼の顔面に右ストレートを決めた。
何しろ彼女の腕力が腕力だけに、当然デルサスは軽く吹っ飛ばされる。
「いってーーー!!おま、本気で殴るなよな!
おい、俺の顔が変形したらどうしてくれるんだよ?!」
「別にあんたは女じゃないんだから、ちょっと位平気でしょー?」
デルサスが怒ってもどうでもいいと言わんげに、
リイタはわざとらしい言い回しでそっぽを向く。
だが今回は彼女の地雷を踏んだデルサスの自業自得ということで、
マレッタもノルンも同情しない。
そしてクレインだけが、わけがわからず首をひねって悩んでいるのはまた別の話。
ともかく向かったのは、各地の情報が集まるノーマンの経営する酒場。
さて目論見どおり、北エスビオールからの情報はあるのだろうか。
とりあえず無駄足にならないことを祈るだけだ。


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1話に続き茶をしばくクレイン達。おい、何やってんだこいつら!
と、自分でも言いたくなりますが展開的に仕方ないです。
リイタはクレインと正式に恋人同士になって以来、
ノルンの行動くらいなら目くじらは立てなくなった方向で(何
そしてラストは1,2話と違ってあっさり目に。いや毎回謎を含ませても仕方ないですし。