虹の黄昏


          11話・マナ達の助けも借りて

―別棟・客室―
行きとは違う通路を通った先にあったのは、あまり飾り気の無い部屋だった。
先程の控え室のような感じだが、
こちらはちゃんと泊まれるように内装と家具が揃えてある。
「こっちが男の部屋。で、隣が女性用ってことでよろしく〜。
部屋は違っても中身は変わんないから、オッケー?」
「あ、ああ……。」
それからエルンテはてきぱきと部屋の中の説明をすませて、
説明が一通り済むと最後にこう言った。
「そーそー、忘れてた。
金パの少年は、うかつに外に出ちゃ駄目だからね!
ボッコボコにされて、すっぱでお外に転がりたいんなら別だけど〜。」
「……それはごめんだよ。」
親切な忠告を、クレインは素直に守ろうと決める。
先程、初めて村に来た時の村人の剣幕を思い出せば、一発で外に出る気力が失せるというものだ。
「とにかく、まずはアルコバレーノの捜索からだな。
シルウェスト、ニンフ!」
クレインが呼ぶと、彼の前に2体のマナが現れた。
「はーい、呼んだ?」
「ご用ですかぁ〜??」
ふよふよと目の前に浮いた2体のマナに、クレインはさっそく指示をする。
急ぎの用件だから、手短に伝えなければならない。
取り掛かりは、早ければ早いほどいいだろう。
「さっきの部屋での話を聞いてたよな?
エスビオール全域のどこかにいる、アルコバレーノを探して欲しいんだ。
君たちなら、仲間も多いだろうし……。大変だけど、いいかな?」
自分でも無理難題を押し付けていると思うが、
このメンバーの中で、アルコバレーノを探せるのはマナだけだ。
もちろん、クレインのことが大好きな彼女らが断るわけがなかった。
「まっかせといて!
あたし達空のマナは、うわさの早さもピカ一なんだから!」
どんと頼もしく胸を叩くと、シルウェストは姿を消して出かけていった。
張り切って即刻出て行く様子は、司る属性そのままのようだ。
それを横で見ていたニンフはぽかんとしていたが、
気を取り直してクレインの方に向き直る。
「それじゃあ、あたしもさっそく出かけてきますぅ。
時間かかっちゃうかもしれませんけど、待っててくださいねぇ。」
いつものぽやんとしている表情も、今日は何だか頼もしい。
大丈夫だと、励ましてくれている気もする。
「ああ、もちろん。
無理はしなくていいから、出来る範囲で頼むよ。」
精霊であるマナも、疲労を感じるのだ。
急ぎの用事ではあるが、無理だけはして欲しくないとクレインは思い、
彼女が出かける前にそう付け加えた。
「はい〜。いってきます〜。」
ニンフもポンッと姿を消し、出かけていく。
これで、アルコバレーノのことで今出来ることは終了だ。
今度はリイタとアーリンの問題の番である。
「で……こっちはどーするよ。」
「今のままというわけには行かないだろうし……。
だが、ホムンクルスを作るのは、かなり大掛かりなことになるのではないのか?」
もちろんデルサスもマレッタも、錬金術に関しては専門外だ。
それでも、生き物を創ることは並大抵の技ではないと、簡単に予想がつく。
ノルンはうなずいて、彼女の考えを肯定した。
「そのとおりにゃ。ノルンは本でしか見たことがないけど、
大掛かりな設備とか,たくさんの源素とかが必要にゃ。」
「おまけに、レシピも残っているかどうか……。
そうだ!なぁ、アーリン。」
レシピの所在を考えかけて、クレインはふとひらめいた。
向かいの方にいたアーリンを呼ぶ。
“何だ?”
「あの……ムルの研究室に、そういう資料とかは残っていないかな?
何か、ホムンクルスのヒントになるものとか。」
“それはわからないな……。
ただ、ムルのレシピはイリスのものを参考にしてはいるが、ほとんど独学で作ったらしい。
現に、俺とリイタの体は違っていた。
粗悪品が出来ても困るから、あれはあまり当てにしない方がいい。”
アーリンの返事に、そうかとだけクレインは答えて、また考え込む。
すると、今度はリイタが何か思いついたようだ。
“じゃあ、ゼルダリアに聞いた方がいいんじゃないの?
マナ風呂のことだって教えてくれたし、ホムンクルスのことも結構知ってたじゃない。
もしかしたら、レシピのヒントぐらい知ってるかも。”
「そうだな、それはいい考えだ。
もしダメなら、大本のアバンベリーを当たるぐらいの覚悟でいよう。
じゃあ、明日にでも……。」
ここからポットの森まではかなり遠いが、2人のためならそこまで出向くしかない。
そう思って出発の仕度のことに話を持っていこうとすると、
ノルンが得意げに笑って、クレインたちを手で制した。
「大丈夫にゃ〜。
ゼルダリア様とお話しするだけなら、今ここに居たってできるにゃ!」
「へ?そりゃまたどーいう……。」
「こうやって魔法陣を紙に書いて……。
それからここに石を置いて……うん、できたにゃ!」
デルサスの疑問には答えず、
ノルンはポーチから取り出した紙に、さっと筆で文字を書く。
この筆は、書く時にだけ中からインクが出てくる優れものらしい。
慣れた手つきで魔法陣を書き上げ、真ん中にレンズのような緑の平たい石を置く。
不思議に思ってクレイン達がノルンの周りに集まると、
ノルンは魔法陣の石に向かって声を張り上げる。
「ゼルダリア様〜、聞こえますかにゃ〜?」
“おお、何じゃノルン。何かあったのか?”
石がぼんやりと光り、呼びかけに答えるゼルダリアの声がした。
何が起きるのかと見守っていたメンバーは、突然のことに腰を抜かしてしまう。
「うぉ、ゼルダリア?!」
“何じゃ、化け物でも見たような声を出しおって。
これはただの魔法じゃ!”
驚いた声があちらに聞こえたらしく、
ゼルダリアは、失礼なとぷりぷり怒っている。
その声は雑音もなくクリアで、まるで目の前で喋っているかのようだ。
「そ、それはわかったけど……。」
“ノルン、ほんとに魔法の腕が上がったよね〜……。”
いまだに状況になじめないクレインとは対照的に、
早くも順応したリイタが感心してしみじみとうなずく。
「ゼルダリア様、急に呼んでごめんなさいにゃ。
ちょっと聞きたいことがあるんですにゃ。」
“構わんぞ。何じゃ?”
「実は――。」
ノルンが、手短にこれまでの経緯を説明する。
北エスビオールについてからアーリンと会った事、
封魔の森でのこと、今はズィーゲル・ゲベートという村に居て、そこの長老とあったこと。
それらの出来事を、順を追って要点だけ説明した。
時々石から聞こえてくる相槌の声は、
単に続きを促すこともあれば、時には緊張で張り詰めたりもした。
そしてノルンが全て話し終わると、ゼルダリアは考え込む。
返事が返ってきたのは、たっぷり10秒後だ。
“ふむ……ホムンクルスの製造法か。
レシピはわしの手元に一部がある。昔、少しばかり研究したことがあってな。
探しておくから、数日以内には魔法で届けよう。
……ところで。”
それなら助かるとクレイン達が胸をなでおろしたところで、
ゼルダリアがひとこと言葉を付け足す。何か気になるようだ。
「?何ですかにゃ。」
“そこの村は、ズィーゲル・ゲベートと申すのじゃな?”
ゼルダリアに念を押すように聞かれ、
クレインは釈然としない思いで眉間にしわを寄せた。
村の名前がどうしたというのだろう。
「ああ、そうだけど……何か、気になるのか?」
ゼルダリアのことだから、何か重要なことを言うつもりなのかもしれない。
そう思ってクレインは身構えたのだが、
ゼルダリアの反応は拍子抜けするようなものだった。
“いや……クレインは、十分気をつけるのじゃぞ。
ただし、村の中での情報収集もおろそかにせんようにな。
そこは知識の宝庫じゃ。クレイン以外の者かマナが、話を聞いて回るとよい。
わしからはそれだけじゃな。”
「え、マナも?なんで……。」
“何、錬金術師は嫌っておるが、マナには親切なところじゃ。”
ゼルダリアがそう太鼓判を押すということは、実際にそうなのだろう。
マナの気配がこの森に濃いことも考えれば、
いい関係を築いていたとしても不思議はない。
考えてみれば、マナは世界の秩序を保つ存在だ。
いくら錬金術を嫌っていたとしても、マナ自体を嫌う理由がない。
「ありがとうございますにゃ〜。」
“いいのじゃ、ノルン。
もしまた困ったことがあれば、またいつでも聞いてくれて構わんぞ。”
「わかりましたにゃ〜。」
話が終わると、ノルンは石を紙の上からどかし、
紙もインクが乾いていることを確認してから、たたんでポーチにしまう。
多分、一度作ればいつでも再利用できるのだろう。便利な魔法だ。
“それじゃ、あたしさっきの……エルンテって所に行って来るね。
あの子明るいし気もよさそうだから、何か教えてくれるかも。”
見かけは鳥だが、世話焼きで親しみやすそうなエルンテは、
話をすれば色々な情報が聞けそうだ。
リイタなら、きっと話が弾むに違いない。
「おう、頼むぜリイタ。俺たちは人間と話してくる。」
“俺も、村を一通り見ておくことにしよう。”
リイタに続き、デルサスとアーリンも情報収集に名乗りを上げる。
情報は、多ければ多いほどいい。
事件や村のこととはあまり関係がなかったとしても、
この地方の知識の浅いクレイン達にとっては、参考になるものが多いだろう。
「では、私も出かけよう。ノルンは残るか?」
「もちろんにゃ。寒いし、ちょっと疲れちゃったのにゃ。」
元々寒い場所が苦手なノルンが、何日も頑張ったのだ。
情報収集は手分けして行った方が効率はいいが、
色々と働いてくれた彼女には、休む権利が十分にある。
ここはクレイン共々、留守番してもらった方がいいだろう。
「それじゃ、留守番は頼んだぜ。んじゃ、ちょっくら行ってくる。」
「ああ。」
4人が出て行き、パタンと扉が閉まる。
後に残ったのは、クレインとノルンの2人だけだ。
「みんないっちゃったにゃ〜。」
ノルンが、がっかりしてつぶやく。
1人きりというわけではないが、急にがらんとした部屋は確かに物寂しい。
「まぁ、しばらくの辛抱さ。
退屈なら、話し相手にマナを呼ぼうか?」
「そうしてにゃ〜!」
すでに退屈し始めていたノルンは、すぐさまクレインの提案に飛びついた。
クレインは苦笑しながらもポポやウルを呼んで、
それから4人で他愛のない話を始めた。
 
 
一方、魔道杯の間ではヘルプストが1人物思いにふけっていた。
“……まさか、今頃現れるとはな……。”
「どうしたヘルプスト。私の留守の間に来ていた客人のことか?」
考えていると、横から声がかけられる。
声の主は、彼には考えなくてもすぐにわかった。
“ファナトスか……。”
「全く、水臭い。せっかくなのだから、私も呼んでくれればよいものを。」
まだヘルプストに肉体があったころからの付き合いであるこのファナトスは、
先程自分が呼ばれなかったことが不満らしい。
それほど本気で怒っているわけではないが、意地悪な物言いで突っかかる。
いつもの事なので、ヘルプストは驚きもしない。
“呼ぶ必要がなかったのだ。”
「何を言う。全く、昔から本当につれない男だ。」
ファナトスはそういって、大げさにため息をつく。
“……余計なお世話だ。”
そうつぶやいてから、ヘルプストは外をうろついているリイタとアーリンの気配に気がつく。
かすかに彼の感情が揺らいだ。
―アバンベリーの残り香……か。
錬金術の粋の結晶とも言うべき彼女らがここを訪れたのは、何の因果だろうか。
それを言うと、エルンテの存在自体が「因果」になってしまうのだが。
「そういうな。私は悪くないと思うぞ。」
“そうか……。”
外界からやってきた、招かれざる客と造られた命。
それがこの里に、いや自分に何かをもたらすのだろうか。
神ならざる身には、考えてもわからないことだった。
 
 
―前へ― ―次へ― ―戻る―
;
意外と時間がかからずに完成しました。
まぁ、書き溜め分のおかげですけどね……。
今回は、とりあえず拠点をズィーゲル・ゲベートに移し、行動開始といったところです。
オリキャラ(特にヘルプスト)の本格的な動きもこの先になりますね。
ちなみにどうでもいいことですが、
11話は久しぶりに別のサイト様の投稿小説板に先に下ろしたブツです。