虹の黄昏

―10話・その名は空にかかる希望の橋―



帰りは土地勘のあるヤヌアールに導かれ、行きよりも早く里に帰りついた。
帰った後は、彼女は長老の元に先に報告をしにいったため、
クレイン達は控え室のような簡素な部屋に通されて待機させられている。
そうすること20分あまり。
別の魔道士達が、クレイン達を呼びに来た。
「長老様がお待ちです、こちらへどうぞ。」
「分かりました。今行きます。」
魂だけになった2人も伴って、クレイン達は再び長老のいる部屋に案内された。
 

―魔道杯の間(長老の間)―
中では、長老の魂が宿る杯だけが待っていた。
ヤヌアールを含め、側近が1人もいないのが少々奇妙だが、
おそらくクレイン達とだけ話をしたい事情があるのだろう。
“報告を聞いた。無事に魂を移せたのだな。
それと、聞かせてもらいたいことがある。
まず、警告を無視してまで、この里にやってきた理由を教えてもらいたい。”
ここで錬金術や錬金術師が嫌われていることは、この国では周知の事実。
クレイン達がそこまで馬鹿ではないと見越した問いかけ。
尋ねられたクレインは、落ち着いた表情でうなずいた。
「ああ。もちろん。
俺達はある事件の解決のために……はるばる南から来たんだ。」
思わぬアクシデントにより、先程は聞けなかった事。
本来ここに来た目的は、まだ果たせていないのだ。
マレッタがクレインの言葉を受けて続ける。
「最近南北エスビオール地方で、
突然家が消えたり草花が消えたりという騒ぎが起きている。
それと……リイタとアーリンが源素還元されてしまった後、赤い炎をまとった少年に会った。
だが彼は、赤水晶とアロママテリアを奪って逃げてしまったんだ。
王が使者を使わすほどの大賢者と名高いあなたなら、何かご存じないだろうか。」
“そやつは……!“
ヘルプストの言葉が、緊張で硬くなる。
知っているのか。その反応に、クレイン達もはっと息を呑む。
「知っているのかにゃ!?」
“ああ。そやつは虹のマナ……「アルコバレーノ」だ。”
確信めいた重々しい声で、ヘルプストが宣言したその名前。
それは、クレイン達が全く聞いたこともないものだった。
聞き覚えのない名詞に、クレインたちは一様に首をかしげる。
“アルコバレーノ?虹のマナ?それは一体何なの?
そんなマナ、聞いたこともないんですけど……。”
錬金術士ほどではないが、リイタもマナの知識はそれなりにはある。
だが、虹のマナなど聞いた事もない。
それは専門家であるクレインも同様で、考え込むように眉をしかめている。
もちろん、知らないのだから考えても答えは出ない。
“かつて究極のマナを造ろうとしていた者達が、その実験作として創ったマナの融合体だ。
もっとも、トリスメギストスのような完璧な融合ではなく、
アロママテリア一つで、無理やりにつなぎ合わせた存在だが。”
「それがアルコバレーノか。」
こういっては失礼かもしれないが、実験作では日の目を見なかったとしても不思議はない。
それなら、一行が知らなくても当然だ。
ようやく合点がいったため、デルサスは納得した様子で軽くうなずいた。
“そうだ。命素・時素を除く全ての源素を扱う力を持ち、虹のごとく7つの人格と姿を持つマナ。
それがアルコバレーノだ。”
「7つの人格と姿……。」
オウム返しのように、クレインが言葉を反芻する。
“なぜ、それだけの能力を持つマナが封印された?”
多重人格を形成しているのか、一つの肉体を7つの魂が共有しているのかはよくわからない。
だが、ほとんどの源素を扱うという力は絶大だろう。
たった1体で、何体分ものマナの働きをしてしまえるのだから。
それだけに、アーリンの疑問はもっともだった。
マナというものを良く知るクレインには、なおさらだ。
“アルコバレーノは、別名「貪欲のマナ」。
その存在が不安定であるがゆえに、存在を保つために源素を喰らい、安定を欲して強大なマナの力を求める。
おそらく、錬金術士達はもてあましたのだろう。
物が消えたのは、その物品を構成する源素を食ったため。
赤水晶とアロママテリアを奪ったのも、存在の安定を求める奴の仕業と断定してよいだろう。”
「へぇ……何であんたがそんなこと知ってるんだ?」
感心しながらも、デルサスは疑問点の追及は忘れない。
いくらアバンベリーが存在していた時代と同時代の生まれであろうとはいえ、
山脈に隔てられた南北エスビオールの地形を考えれば、
ここまで伝わるというのは少し妙なことだ。
“同じ時代のことだからな。噂は意外と遠くまで伝わるものだ。”
「そんなもんなのかにゃ〜。」
大賢者たるもの、そのくらいは知ってて当然なのかもしれない。
場合によっては地雷だったかもしれない疑問にも、さらっと答えられてしまった。
「……それで、そいつの封印が溶けちまったのが、今の状況ってことでいいのか?」
”そうなるな。不完全な封印だったか、期間の限度だったか……。
いずれにせよ、封印が溶けた事で、奴らは溜まった恨みを晴らそうとたくらんでいるやもしれん。”
確かに一度封印されていたものが解放された以上、人間への復讐に走ったりしても不思議ではない。
むしろ、それは自然な流れだろう。
「じゃあ、もう一度封印しないといけないんじゃないのかにゃ?」
”もしくは存在を消すか、だ。”
長の冷たく残酷な一言。
それはマナを愛するクレインにとって、到底認められない意見だった。
「存在を消すって……そんな!」
「クレイン、落ち着けって!」
”ほら、話聞かなきゃ!”
かっとなって身を乗り出しかけたクレインを、横から腕をつかんでデルサスが押さえた。
リイタにもたしなめられ、クレインはどうにか我に返る。
熱くなって、我を忘れるようではいけない。
「……。」
「どちらにしろ、戦わなくてはいけないのだろうな。
だが、相手はあちこちに出現するようだし……。長老殿、見つける方法はご存知でしょうか?」
アルコバレーノを止めるためには、まずその居場所を特定しなければならない。
相手が神出鬼没である以上、ある程度目星をつけなければ、追いかける事すらままならないのだ。
“今まで出たところは、デランネリ村とアーレキア洞窟と、イリスの寝所にポットの森。
それからここの外の森。わりと、自然が多いところみたいですけど……。
そういう所を探せばいいんですか?”
リイタの言うとおり、今まで出てきた場所の多くは自然豊かな場所である。
もちろん一部には例外もあるが、おおむねその見方は当たっているだろう。
長は、ふむと呟きをもらしてからこう続けた。
“確かに自然が豊かな地や、特殊な場所ではマナの力が強く、アルコバレーノの司る源素も多い。
だが、闇雲にそういう場所を当たるだけでは、まず出会う事はできないだろう。
探すならば、同じマナの感覚を頼りにすると良い。
ちょうど奴は、赤水晶とアロママテリアというわかりやすい目印を持っている。
その巨大な力は、隠しきれるものではない。”
「なるほどな。でも、エスビオール地方のどこに居るんだかわかんねー奴を探すんだぜ?
いくら目印がついてるったって……。
マナが探すっていっても、そんなすぐに見つけられるものか?」
大賢者の提案した案ではあっても、デルサスの見方は懐疑的なものだ。
いかにマナであっても、地道で根気の要る作業になるだろう。
だが、長老はその疑いのまなざしを気にせずにこう続けた。
“そなたの言うとおり、一朝一夕というわけには行かない。
奴はマナであるがゆえに、自在に姿を消し移動する。
たとえマナが捜索に当たっても、場所の特定はしづらいだろう。”
“と、いうことは……気長にやるしかない、と?”
デルサスの見方は見事に当たっていた。
どうやら、この件は否が応でも長期戦になりそうだ。念を押すアーリンの声も、どこか暗い。
“そういうことだ。”
なんとも気が重くなる話である。
できるだけ早くこの騒動にけりをつけたいクレイン達にとって、悪夢になりかねないことである。
だが、文句を言っていても仕方がない。
出来ることから手をつけて、少しでも早く問題を解決する努力をしなければならない。
「しょうがない……後でマナ達にかけあってみよう。」
彼らに無理難題を押し付けちゃうなと、そう思うだけでクレインは目を伏せて小さなため息をつく。
「そうするしかねーよな。」
どうやら今の段階では、これ以上当初の目的である奇妙な事件の解決には近づけそうもない。
もとより、一気に片付けられる可能性は低かったのだから、今さら肩を落としても仕方がないだろう。
ともかく当面の行動指針の一つは決まった。
後、ここで聞いておかなければいけないことは、もう一つだけある。
「なぁ……話は変わるけど、この森は一体何なんだ?
マナアイテムを源素に還元するなんて……。」
“それは、私が張った結界の力だ。
錬金術士を近づけぬようにする意味もあるが、
万が一この村で錬金術を志すものが出ても、使えぬようにということもある。
もっとも……外から来るホムンクルスは想定外だったが。”
源素還元されるのが想定外だったという意味なのか、来ること自体が想定外だったのか。
多分、その両方だろう。
とばっちりといっても過言ではないではない2人には、
さすがにすまないと思っているかもしれない。
「それで、聞きたいんだけどよ……。
どうすれば2人の体を取り戻すことができるんだ?」
“最も手っ取り早い手段は、お前が契約している時のマナの力を用いる事だ。
だが、いかに時のマナといえども、その力を使うことは禁じられているはず。
禁を破り、力を使えばマナの命が危うい。
ホムンクルスは錬金術の産物なのであろう?ならば、正攻法だ。改めて一から作り直すしかあるまい。”
「やっぱり、それしかないのかにゃ……。」
ノルンはがっくりと肩を落とす。
世の中、早々都合のいい話はないものだ。
魂が救えただけで満足しろという、天のお達しかもしれない。
これ以上は、彼らに期待してはいけないだろう。
わかっているので、誰も言い募ることはしなかった。
“ともかく、さすがに錬金術の事は私も専門外だ。
事件とホムンクルスのどちらを優先させるかはそなたら次第だが、短期でおいそれと終わらせられる問題ではない。
本来ならば認められないが、目的が目的だ。
この館の離れに当たる小さな家を使うといい。すぐに指示を出しておこう。”
“あ、ありがとうございます……。でも、クレインの安全は……?”
申し出はありがたい。だが、ここで誰もが気になるのは、錬金術士である彼の身の安全。
何しろ到着した時の状況が状況だけに、村人の反応が恐ろしい。
“心配は要らぬ。世話役には、信用の置ける者のみを選ぶ。
接触も、必要最低限にさせよう。不安だろうが、私の意に簡単に背くような愚か者は出さぬ。
もっとも、見張り位はつけさせてもらうがな……。エルンテ……いるか?”
「はぁ〜い、呼んだー?」
厳粛な場には場違いなほど、底抜けに明るい声。
やや遅れて、どこからともなく一羽の鳥が現れた。
大きさはハトくらいだろうか、レモン色を基調とした羽毛がきれいだ。
冠羽は澄んだ赤で、放射状に広がった尾羽は派手なピンク。
おおよそ、雪の大地にすむ鳥とは思えない外見である。
意表をつかれたクレイン達は、目を丸くした。
「と、鳥……??」
「しっつれーね〜少年。アタシをそんじょそこらの鳥と一緒にするなんて、
錬金術士のクセしてみる目がないんじゃないの〜?」
ぷりぷりと怒った鳥・エルンテは、じと目でクレインを見る。
改めて彼女を見直したクレインは、あることにようやく気がついた。
「え……。」
“まさか……。”
クレインとアーリンが、ほぼ同時に声を発する。
するとエルンテは、満足げな色を目に浮かべた。
「あ、その顔は分かったって感じ?
そ、アタシはホムンクルス。見た目はまんまだけど、鳥扱いしたらつっつくからね〜♪」
先程の真剣な会話とのギャップが大きすぎて、クレイン達は閉口せざるを得ない。
しかしそれが馬鹿にしていると判断されたのか、エルンテはむっとしたように顔をしかめた。
もっとも、鳥なのであまり表情という形では出ないのだが。
「ちょ〜っとぉ、なーによ仏頂面引っさげちゃって。まぁ、いいけど。
なんたって、こ〜んな美形君とかわいい女の子のお仲間がいっぺんに来るなんて、
またとない超ラッキーだし〜♪」
―仲間……?
リイタとアーリンが、どことなく怪訝そうに目で会話した。
いくら同じホムンクルスと言っても、見た目がこれでは、仲間といわれる事に少なからず抵抗がある。
「……。」
閉口するクレイン達などお構いなしに、エルンテはあくまでも明るく笑い飛ばす。
空気を読んでいないのか、読んでいてもやっているのか解釈に悩む。
「さ〜、シケた顔ぶら下げてないで、さっさとこっちにおいでってば。
いつまでも死にぞこないの近くに居ると、とりつかれるよ〜?」
“無駄口を叩いている暇があったら、さっさと行け。”
エルンテの無礼な軽口にあきれたらしく少々憮然としたヘルプストの声が聞こえてくる。
もっとも、いつもの事なのか本気で怒ったり不機嫌になっているようではない。
「はいはい、わかってるよーだ。」
プイッとエルンテは杯から顔を背け、クレイン達を案内するために先に部屋の外に飛んでいった。
置いていかれては困るので、
ヘルプストに軽く会釈をしてから慌てて追いかける。

また1人になったヘルプストは、疲れとも安堵とも知れないため息をついた。


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今回10話は9話と同時アップですが、次からは1話ずつの予定。
虹の黄昏は妙に文の量が多いので、切る所は悩みます。
そもそもよそ様と比べると、うちのサイトの長編小説は、1話あたりの量がみんな多いんですが……。
先に言っておくと、今回と次はそんなに話が進みません。
もう次はこれの尻尾を切って書き始めましたが、何となく進まなさそうな気配なんですよね(汗