虹の黄昏

―9話・錬金術を忌む者達―



吹雪が吹き荒れ、視界は2m先すら判然としない。
「ちっ、白い悪魔め……。」
デルサスが忌々しげに舌打ちする。
視界は奪われ、ライフウォーマーがいささか過剰気味に冷気を吸い込んでいる。
だがそれでなければ足りぬほど、急速に熱を奪っていく猛烈な白い嵐。
一時ライフウォーマーを外していたクレインも、吹雪いてからはすぐにまた装備した。
ライフウォーマー無しでは、手足の指がひどい凍傷にかかっていただろう。
「早く止んでくれないものか……。」
憔悴しきった面々。
信じられない出来事、あまりに急に引き起こされた事態。
今こ、2人の姿がこの場にないことが示す冷酷な事実から、
クレインやノルンでなくとも、目を背けたくなる。
だが、悪夢のような一連の出来事は全て現実だ。
それでも目的地を目指して進むと決めたものの、
吹雪の中を進むことはさすがに出来ず、
雪を掘って作った即席のかまくらのような物の中で、4人は身を寄せ合っていたのだった。

そうやって1時間ほど過ごしたあたりで吹雪は止み、
4人は再びズィーゲル・ゲベートを目指して歩き始めた。
すると、ほどなく木々の陰から石造りの建物らしき姿が見えてきた。
「……何か、建物みたいなものが見えるにゃ。」
「よかった……何とかたどり着けたみたいだな。」
思わずほっと息をつくクレイン。
今たどり着こうとしている里で、
自分が忌み嫌われる立場であることは忘れているようだ。
だが、吹雪が吹くような厳しい環境の中、やはり人里というものはあるだけでほっとできる。
先程の事もあり、デルサスもそこを指摘するようなことはしなかった。
「やっとだな……受け入れてもらえるといいのだが。」
マレッタは一瞬ほっとしたように口元を緩ませたが、すぐに顔を曇らせた。
やはり、クレインのことが気がかりなようだ。
しかしどんなに自殺行為だとしても、彼1人を外に置いていくわけには行かない。
この極寒の地においては、そちらの方が命取りとなる。
そしてまもなく一行は、目的地にたどり着いた。

 
―魔道士の里ズィーゲル・ゲベート―
 
森を切り開いて造られた広場のような場所と、
木々の間に溶け込むような場所に立てられた家々。
隠れ里といった雰囲気の里のあちこちに、吹雪が止んだことで家から出てきた人々がいた。
だが、人影を見てようやく安心したのも束の間。
クレインの姿を見た1人の村人が、驚いたようにこう言った。
「お前、何故マナを連れている……?!」
「えっ……?!」
クレインは、突然の言葉にあっけに取られた。
姿を隠しているマナは、錬金術士の素養を持つものでなければ人には感じられないはず。
何故、魔道士の目に見えるのか。
全員が同じ疑問を感じたが、それを言葉として発する暇はなかった。
クレインに声をかけた村人の言葉を聞いた他の村人が、
怒りに震えた様子で続々とこちらに集まってくる。
「おのれ……錬金術士か!」
「我が里に何をしにきた……。」
「生きて帰れると思っているの……!!」
親の仇とばかりに続々と集う人々の中には、
思い余って手に魔力の集中を始めた者までいる。
その様子からは、錬金術士が100年近くも訪れていなかったとはとても思えない。
ずっと昔から今の今まで、錬金術士に苦しめられてきたかのような殺意は、
時の流れでさえもなだめられない根深い怒りと恨みそのもののようだ。
「ま、待ってくれ!……俺たちは―――。」
クレインが錬金術士ということだけで、これほどまでの殺意を向けられるのは初めてだ。
このままではクレインが危ないと、
デルサスが必死に説得を試みようとしたその時だった。
「皆の者、お止めなさい!」
「や、ヤヌアール様!!」
村人が、現れた一人の女性に一斉に体を向けた。
年の頃は30代前半だろうか。
位が高い魔道士らしく、その身なりは魔法的な装飾が特徴的だった。
服自体も、かなり仕立てがよさそうだ。
「あなたは……この里の……。」
ひとまず殺気が沈静化したためか、
やや気が抜けた様子でマレッタが女魔道士に問いかけた。
「偉い人ですかにゃ?」
「わたしはこの里の長老様にお使えする付き人です。
……長老様の元へご案内します、どうぞこちらへ。」
突然の申し出に、クレイン達はついていっていいものか一瞬迷う。
だが、このままここに居ても、
殺気に満ちた魔道士たちに囲まれたままになるだけだ。
信用できるかどうかは今は置いておく事にして、
とりあえず彼女の後についていくことにした。
周りから注がれる視線に気がつかないふりをして広場を抜け、
ひときわ大きな建物に案内される。
外観からいって、ここがおそらく長老、つまり大賢者の住む館なのだろう。
「これはヤヌアール様。……後ろの方々は――。」
「気にしないように。長老様の元へ連れて行きます。。
反論を許さぬ厳しい声でそう告げると、門番は黙って扉を開けた。
このやり取りだけでも、彼女がこの里の実力者であることは容易に伺える。
そして館に入ってからは、誰も口を利かずにただ黙々と歩き続けていた。
ヤヌアールが何も言わなかった事もあるが、
大半はクレイン達に無駄口を叩く精神的余裕がなかったためだ。
それでも始めてきた場所なので物珍しげに壁を見回すと、
ここもレイナンの住宅や店のように、久遠の灯火が明かりとなっていた。
下に目を向ければ、上物の黒いじゅうたんが敷いてある。
歩いても音1つ立たず、靴越しでもその作りの良さは伝わってきた。
それらを横目にいくつか部屋を通り過ぎ、
やがてヤヌアールは一つの扉の前で止まる。
他の扉より一回り大きく立派な扉。
そのためコンコンとノックをするのではなく、備え付けてある呼び鈴を鳴らした。
扉が厚いか中の部屋が広いかの理由で、ノックでは音が伝わりにくいのだろう。
「長、ヤヌアールです。件の錬金術士達を連れて参りました。」
“入れ。”
ヤヌアールが丁寧なあいさつをすると、中からそれに応じる男性の声が聞こえた。
だが入室した部屋には、祭壇に杯が置かれているだけで誰もいない。
クレイン達はその奇妙な光景に、思わず目線を交わして首をかしげる。
“ほぅ……この者達がそうか。”
「な、杯が……?!」
「しゃ、しゃべったのにゃ〜!」
突然杯から聞こえた壮年の男性の声に、
クレイン達は内臓が飛び出しそうなくらい驚く。
“言っておくが、私はこんな姿でも生きている。
いや、もう本来の体は消滅したのだから、『存在』しているというべきか。”
「し……失礼だが、あなたは?」
マレッタが、やや声を上ずらせながらも杯に聞く。
杯に敬語とは妙な気分だが、初対面の相手への礼儀を欠くわけにはいかない。
“申し遅れた。私は、ヘルプスト=ミッターナハト。
このような姿ではあるが、この隠れ里ズィーゲル・ゲベートの長を務めている。”
「長……あんたがそうだったのか!」
デルサスもまさかこの杯が長とは思わず、これ以上はない位に驚いた声を上げた。
驚きすぎて、ぽかんとしたような表情になっている。
“なにやら外が騒がしかったが……原因はそなたか、少年よ。”
さすがに長というだけあり、声から推測できる年ははデルサスの父親と大して変わらないが、
透けてみえる威厳は年月の貫禄を思わせる。
“まったく、邪術の使い手が堂々と我が里に足を踏み入れるとは。
……錬金術がこの里で忌み嫌われていることを知っての所業か?”
「邪術……?!」
忌々しげに吐き出された言葉で、クレインの目に怒りが宿る。
錬金術に誇りを持つクレインにとって、
たとえ相手がこの里の長であっても決して聞き捨てならない一言だった。
反射的に、ヘルプストの魂が宿る杯をにらみつけて叫ぶ。
「おれは錬金術士だ。
だけど……マナを道具だなんて思っていない!邪術だなんていうな!!」
ゴルトホルン達の言葉を思い出してしまったクレインは、かっと頭に血が上ってしまう。
己の術に誇りを持つものとしては当然だが。
“別に、そなた個人の資質を問うているわけではない。
……そういえば、外の結界で賢者の赤水晶とアロママテリアらしき反応があったな。
少年よ、もしやそなたの連れはイリス・オリジナルか?”
ヘルプストは全く動じることなく、素早く話題を切り替える。
つまらない議論よりも、リイタの事が気になるようだ。
「ああ、そうだよ。けどリイタは!」
「そうにゃ、リイタはアーリンと一緒にあそこで消えちゃったのにゃ!」
ノルンが声を張り上げて訴えた。
どうにか助けて欲しいと、わずかに涙で目を潤ませながら。
「……やはりな。ヤヌアールよ、この者たちと共にホムンクルス2体の魂の回収を。
他の話はその後で十分だ。急げ。”
「御意。それでは、まいりましょう。
彼らが消えた場所まで案内していただけますでしょうか?」
ヤヌアールはヘルプストに深々と頭を下げ、一礼してからクレイン達の方に向き直る。
「あ、ああ。」
急な展開にいまいちついていけないものを感じるが、
これでリイタとアーリンの魂だけでも救えるならありがたい。
村を出てからは、今度はクレインたちが2人が消滅した現場まで案内することになった。
 
 
似たような光景が続く森は、慣れない者達には案内も四苦八苦だ。
あそこでもないここでもないと、先程自分達が歩いた後にできた足跡を頼りに2人が消えた場所を探す。
そして1時間ほどしてようやく、2人が倒れこんだ跡にできたくぼみと、
謎の少年の業火で雪が溶けてまた凍った跡を見つけた。
「ここです……。」
重苦しい表情で、クレインが杖で場所を指し示す。
「わかりました。……確かに、死者の残留思念が感じ取れますね。
では……魂を呼びましょう。
迷える魂よ。今ひとたび汝の姿を我が前に映し出したまえ。
――スピリット・アドヴェント。」
先ほどリイタとアーリンが消滅した場所で、ヤヌアールが魔法を唱える。
短い詠唱が終わると、紫と青白の風の渦がヤヌアールの周りを囲み、ヤヌアールのローブをなびかせる。
(まるで吸い込まれそうな感じだな……。)
色を持つ風の輝きは、現実離れした雰囲気以上のものを持ってクレイン達を引き付ける。
(これは魂を引き付ける冥界の風にゃ。
死んだ人はこれに乗って冥界まで行くっていう話にゃ。)
(へぇー……。)
冥界から呼ばれた風は、果たしてこちら側に2人を引き戻せるのだろうか。
クレイン達の思いを遂げるため、風はヤヌアールの意に従いどこかへと消えた。
 
 
暗い暗い闇の中。ここはどこだかも分からない。
パメラのようにさまよっているのか、
それとも冥府へまっさかさまに落ちているのか。
“クレイン……クレイン!”
どこにいるの。返事をしてと、虚空に向かって叫び続ける。
だが、どれほど叫んでも彼の姿は現れず、
のどがかれてもおかしくないのに、決してのどはかれない。
実体がないので、当たり前だが。
透き通った手と髪が、己が霊体である事実をいやおうなく押し付ける。
ふらふらとさまよって、やがてようやく人影を見つけた。
“アーリン!どこ行くの?!”
呼ばれて振り返った青年は、リイタの姿に驚いて目を見張った。
次いで、どこかに向かって歩いていた足を止める。
“お前もこんなところに居たのか……。”
“言っとくけど、何でとかは聞かないでよ。あたしにもわかんないんだから。
それより、どこに行く気なの?”
こんな得体の知れない場所から、どこかに行くことができるのだろうか。
だがそもそもこんな闇の中、
よく迷いもなく歩けるものだとリイタは思った。
“いや……こっちに行かなければいけない気がしてな。
行く気も何も、引きずられた。”
“あ……そう。でもそっち、もしかしてあの世とか言わないよね……?”
死んだ身である自分達が行かなければいけない場所といえば、
該当する場所は一つしかない。
だがアーリンは、首を横に振った後に肩をすくめてこう言った。
“知らん。”
“し、知らんじゃないでしょ!……え?”
信じられない、と言いかけて、リイタは何かの気配を感じて宙を仰ぐ。
だが、何もない。
しかしその答えは、次の瞬間に訪れた。
“……!?”
突如周囲を囲んだ紫と青白の強い風。
それはあたかも竜巻のように、魂という名の木の葉を巻き込んでいく。
“わっ、きゃ〜!!!”
“つかまれ!”
アーリンがとっさに腕を伸ばし、リイタも反射的にそれをつかむ。
風に飲み込まれながら、2人は1人の女性の声を聞いた。
聞いたこともない声。しかしその声は、行かなければという気持ちを抱かせる。
―もう、さっきから何なのよ!!
いい加減に落ち着く暇をくれというリイタの心の叫びもまた暴風に呑まれ、
やがて2人の姿は風と共に闇から消えた。
 
 
「……来ます。」
ヤヌアールが呟いてから一泊おいて、
先程の風に包まれて透き通った姿のリイタとアーリンが現れた。
呼び出された冥界の風の力に引っ張られて、
見事に現世に召喚されたのだ。
“は〜……、死ぬかと思った。誰か、呼んだ?”
“俺達を連れ戻したのは……お前か。”
ようやく強い風が収まったことに気がつき、あわててリイタはアーリンの手を離した。
事情を知らない他人に見せられる格好ではない。
「リイタ!」
「アーリン!」
クレインとノルンが2人を呼ぶが、まったく反応がない。
すると、ヤヌアールが振り返った。
「この魔法は、召喚者以外が魂と会話することはできないのです。
集中も乱れますから、少しの間我慢していていただけますか?」
「……。」
諭されたクレインとノルンは、固唾を呑んでやり取りを見守ることにした。
今はまだ我慢だ。
“ねぇ、あなたは誰?”
まず、リイタがヤヌアールに問いかけた。
分からないことが多すぎるが、まずは相手の名前をといったところだろう。
「私は魔道士のヤヌアール。
あなた達の仲間の代わりに、あなた達を呼び出した者です。
このままではあなた達の魂が冥土へ行ってしまうかもしれないので、呼びに来たのですよ。」
“……なるほど、理由はわかった。嘘をついているようにも見えない。
だが、どうやって俺達をこの世にとどめるつもりだ?”
敵意の感じられない言葉に表情をやや明るくしたリイタに対し、
警戒を崩していない硬い表情で、アーリンは淡々と問う。
するとヤヌアールは、やわらかく微笑んでこう告げた。
「生前、あなた方が身につけていた物に魂を一時的に定着させます。
今は私の姿しか見えないでしょうが、安定した依代を得れば仲間とも会えますよ。」
“……どうしよう。信用して、いいのかな……?”
リイタが、不安そうにアーリンの方を向いた。
会ったばかりの人間を信用できない気持ちは、
今は彼女に存在を認識されないクレインたちにもよくわかる。
だが、ここで彼女に拒まれてしまったら困るのだ。
祈るように思いで、食い入るように2人を見つめる。
その思いは知らないものの、アーリンは少し考えてこう言った。
“どのみち、このまま漂っていても何も出来ないだろう。
それならこの魔道士に賭けてみるほうがいい。
クレインと会えなくなってもいいのか?”
“それは絶対いや!……じゃあヤヌアールさん、よろしくね。”
クレインと2度と会えないなど、考えるだけでも嫌なことだ。
覚悟を決めたリイタは、ひとまずヤヌアールを信じることにした。
「承知しました。
――肉体を失いし哀れな魂。我は汝に、安住の地を与えよう。
汝、新たなる器に宿りその魂を留めたまえ。――ソウル・ムーヴ。」
その意思に応えたヤヌアールの、次なる魔法が発動した。
2人の姿が2つの光球へと変わり、それぞれ生前身につけていたアイテムの中に入り込む。
リイタは昔ビオラに作ってもらった夢みるハートへ、アーリンは、ラナフレームへとそれぞれ宿った。
見た目には、特に変化はおきていない。
しかし、まるで2人がそこに居るかのような気配があった。
「すげーな……。おーいリイタ、聞こえるか?」
“あ、デルサス!ねぇ、みんなは無事?!”
答えると同時に、呼び出されたときと同じようにリイタの姿が浮かび上がる。
「心配しなくても、私達は大丈夫だ。」
“そっか……よかった。”
心底ほっとしたように、リイタが安堵の息を漏らす。
「無事じゃないのは、そっちの方だろ。
ったく……本当にもうだめかと思ったんだぞ!!」
絶望のどん底からは救われたためか、
不覚にも目頭が熱くなり、泣きそうな顔でクレインが怒鳴る。
“……クレイン、ごめんね。”
「おいおい、こんなところで言ってる場合か。
言っとくけどな、これはあくまで一時しのぎなんだぞ?」
「このままでも、数百年以上持ちますけれどね。
ただ気をつけて欲しいのは、依代であるそれらが粉々にならないようにすることです。
それさえ守れば、何の心配も要りませんよ。」
依代が粉々になってしまえば、また不安定な状態に戻ってしまう。
そうなれば、またいつ消えてしまうか分からない。
「ありがとう、ご尽力感謝する。」
案外早く2人を救えたことに、マレッタは心からの感謝をヤヌアールに述べた。
礼を述べられたヤヌアールは、大したことではないと言うように柔らかに微笑む。
「長老様の命ですから、お気になさらず。それでは、里に戻りましょう。」
こうして目的を果たすことに成功した一行は、ズィーゲル・ゲベートに引き返した。
 
 
 
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ようやく目的地に到着しました。リイタ&アーリンも、魂だけですが復帰です。
1年ほど更新が停滞しておりましたが、
急に書く気が回復したので、出来るだけこれも頑張って更新しようと思います。
自作小説並みか、それ以下にペースになるでしょうが……(汗
で、残っていた書きかけの量がとんでもない量になっていたので、
2つに分けてこれと10話を同時アップしました。