赤い石のお人形

―1話・小さな看板娘―




山のふもとにある村に、小さいくても有名なお店がありました。
そのお店は、魔技師という不思議なアイテムを作る兄妹のお店です。
お兄さんが材料を仕入れて、妹のビオラがアイテムを作って店番をしています。
そのお店には、かわいい女の子の人形がちょこんとカウンターに置いてありました。
名前はリイタ。ただかわいいだけの人形ではありません。
有名な人形師・イリスが作ったしゃべる人形です。
しゃべるだけじゃありません。腕を振ったり首を動かしたりもします。
だからちょっと無愛想なビオラに代わって、お客さんのお相手だってできます。
「いらっしゃいませ〜。」
「おや、今日はごきげんだねぇ。」
今日のお昼のお客さんは近所のおばさん。
常連さんなので、リイタとも仲良しです。
「えへへ。昨日はビオラにきれいにしてもらったの。」
リイタはとてもお客さんにかわいがられているので、すぐに手垢で汚れてしまいます。
だからビオラやお兄さんは時々、
人形にも使える秘密の洗剤できれいにしてくれるのです。
「おばさん、今日は何が欲しいの?」
「え〜っとね……くすりを3つもらえる?
うちの馬鹿亭主がまた薬を切らしちゃってねぇ。」
このおばさんの旦那さんは、村を守るお仕事をしています。
だから怪我はしょっちゅう。
すぐに効く傷薬がかかせないので、ビオラのお店の常連さんなのです。
「はい、どうぞ。」
「じゃ、これでいいかしら?」
お金を払ったおばさんは、ビオラの薬を受け取ってお店を出て行きました。
「またね〜。」
ぱらぱたと腕を振って、おばさんを見送りました。
歩けないけど、腕や首は動かせるんです。
「あ、またお客さん。いらっしゃいませ〜。」
お昼時なので、お客さんが続けてくるのは珍しいことです。
しかもそのお客さんは、見たことの無い人でした。
「こんにちは。えーっと……魔法屋って、ここでいいんだよな?」
金髪にオレンジのメッシュを入れた男の子は、
ちょっと自信なさそうにビオラにたずねました。
「うん、うちでいいんだけど……見かけない顔だね。旅の人?」
「いや。俺はツァオベラー村に住んでる魔道士だよ。今日は、ばあちゃんに買出しを頼まれてね。
ティンクルベリー12個と、ペンデロークを4つくれないかな?」
「あぁ、あの村なの。じゃあ、少し遠いね。一人なの?
あ、お代は6720コールだよ。」
ビオラと同じくらいの男の子がお店に来るのは珍しいので、
いつもはあまりしゃべらないビオラも少しおしゃべりになります。
手際よくティンクルベリーとペンデロークを袋に詰めました。
「まあね。これでいいかな?」
「うん。じゃ、おつりが80コールね。はい、これが品物。」
おつりを男の子がしまってから、品物が入った袋を渡しました。
「ありがとう。ところでこの人形は何なんだ?」
男の子は珍しそうにリイタを見ました。
薬や爆弾、他にもマジックアイテムがたくさんある店の中にこんな人形があるから、
ちょっと不思議に思ったのかもしれません。
「しゃべって手と首も動く、うちの看板人形のリイタ。
かわいいでしょ?」
「はじめまして、よろしくね!」
リイタはパタパタと手を振ってちょっとだけサービスしました。
初めてのお客さんはこれをやると驚いたり面白がったり、
見てて楽しい反応を返してくれるからです。
「へぇ……本とだ。かわいいな。
あ、そうだ早く帰らないと。それじゃ。」
ぽんぽんとリイタの帽子を2、3回なでてから、男の子は帰っていきました。
「またきてね。」
そういって、ビオラはふと変なことに気がつきました。
いつもならよそから来たお客さんはリイタが質問攻めにするのに、
どういうわけか今日に限っておとなしいのです。
「……リイタ?」
「え?」
ぼーっとしてたらしく、リイタはびっくりした風に返事をしました。
「え?じゃないよ。どうしたの?ねじでも切れた?」
「ぜ、ぜんまい仕掛けのおもちゃと一緒にしないでよ!
たまにはおとなしくしてたっていいでしょ!」
ばたばたと珍しく両腕を振って必死な様子。
人形だから表情は変わりませんが、何かを隠しているのはすぐにわかります。
「そう。……じゃあ、明日はきっと空からぷにぷにが降ってくるね。」
「どういう意味よーーー?!」
ビオラにからかわれて怒ったリイタの怒鳴り声が、店の中に響きました。
いつもの光景です。

「かっこよかったなぁ……なんて言うんだろ?」
ビオラが眠った後、彼女の部屋のテーブルでリイタがつぶやきました。
頭の中に浮かんでいるのは、昼間お店に来た名前も知らない男の子です。
彼のことを考えると、なんだかどきどきしてきます。
こんな気持ちは生まれて初めて。
そう思った瞬間、リイタはきっとこれが恋なんだと思いました。
前にお店に来て「好きな男の子がいて、その人のことを思うと夜も眠れない」と、
安眠香を買っていった女の子の事を思い出します。
好きな人がいると、どきどきするらしいとそのとき知ったのです。
だからきっと、その子とおんなじなんだと思いました。
(どうしたらいいのかなあ?)
男の子が住んでいる村に行けば、会えるかもしれません。
でも、困ったことがあります。リイタは歩けないのです。
昔歩こうとしたこともありましたが、バランスが悪いのか立つこともできません。
他にもたくさん問題はあります。
そんな事を考えていたその時です。
キラキラと目の前に細かい光がたくさん現れて、緑の服を着た妖精が現れました。
「こんばんは〜♪」
「わぁっ!?」
びっくりして、リイタは思わず大きな声を出してしまいました。
「し〜っ。そっちのお姉さんおきちゃうよ?」
「あ、そっか……で、妖精さんが何の用?」
妖精が口の前で人差し指を立てたので、
リイタは小さな声で話しかけました。
「おいらは妖精じゃないよ〜ドゥルだよ。ポポって言うんだ。」
「ドゥル……そっか、木のマナなんだね。」
マナは世界中にいる精霊みたいな種族です。
普段は姿を見せませんがとても有名な種族なので、
たとえば木のマナなら森にいるということは、リイタでも知っています。
「昼間はびっくりしたよ〜。
オイラは結構生きてるけど、しゃべるお人形なんて初めてさ。」
「あたしを初めて見た人はみんなそういうよ。
ところで……ほんとに何しに来たの?」
マナは姿を現さない限り普通の人には見えないので、
どこから見てたんだろうとは思いましたがあんまり気にはしません。
「あ、そーそーそれなんだけどさ。
おねえさん、うちのクレインに興味あるでしょ?」
人形に「おねえさん」なんて変な気もしますが、
そんなことはポポの言葉の前では気にしてられませんでした。
「え?!もしかして、あの金髪の男の子が、クレインって言うの?」
「そうだよ〜。オイラの兄弟みたいなものさ。」
ポポがあの男の子の名前を知っていて、
しかも兄弟みたいなものと聞いて、リイタはとても驚きました。
それはつまり、一緒にいてとても仲がいいということです。
「……て、言うかなんであたしがクレインって人に興味あると思ったの?」
「ん〜、それはマナの勘ってやつさ。
とにかくオイラは、面白いな〜って思ったからお話したかったのさ。」
なんだか全然理由になっていない気がしましたが、
とりあえずそれはおいておくことにしました。
それよりも、クレインのことをちょっと聞いてみたくなりました。
「そっかー。ねぇ、クレインってどんな人なの?」
「うーんとね……錬金術師の勉強ばっかりやってるんだ。
けっこー女の子にもやさしいから、村じゃもてるんだけどねぇ。鈍感なんだよね〜。」
「へ〜……そうなんだ。」
勉強ばっかりやってるということは、まじめな人ということでしょうか。
女の子にもてるというのはちょっと複雑ですが、
やさしいのはちょっといい感じです。鈍感というのはちょっと気になりますが。
「そーそー。おっといけない、オイラもう帰んないとクレインがうるさいからさ〜。
また今度会おうねー♪」
「うん、じゃあね。」
またキラキラと光を出して、ポポは消えてしまいました。
マナは面白い移動をするようです。
「クレインかぁ……。」
もっと彼のことが知りたくなったリイタは、明日ビオラにあるお願いをしようと決めました。


今日はお店がお休みの日。
ビオラはお店に出すアイテム作りをお兄さんと二人でしていました。
「ビオラ、ちょっとお願いがあるんだけど。」
「どうしたの、急に。」
リイタに声をかけられても作業する手は休めずに、ビオラは聞き返してきました。
「また散歩でも行きたいのか?」
お兄さんの質問にふるふるとリイタが首を横に振ると、彼はちょっと驚いた顔になりました。
「あのね、あたしを歩けるようにして欲しいの!」
『えぇ?!』
思わぬお願いに2人ともびっくりして、思わず手が止まってしまいました。
「何でそんな……急に?」
お兄さんは戸惑った様子です。
いきなりそんなことを言われたのだから、無理もありません。
「……もしかして、昨日の男の子が気になるの?」
「えーっと、それは……。」
いきなり図星を指されたリイタは、困って口ごもってしまいます。
ビオラにもお兄さんにも、それだけでもう理由が大体わかってしまいました。
「私とお兄ちゃんの技術なら、歩けるようにはなると思うけど……。
でも、人形を好きになってくれるとは思えないけど。」
「う゛……。」
確かにビオラの言うとおりです。
どんなにかわいくても、リイタは人形なのです。
人間が人形に恋するわけがありません。でも、それでもリイタは歩いて彼に会いに行きたいのです。
「ま、それは後にしてさ。ビオラ、材料はあるから今からちゃっちゃと改造するぞ。」
「うん、わかった。」
リイタをひょいと持って、作業台の上に乗せました。
まずは、歩けるようにするためのアイテムの準備です。
その途中に、ビオラがふとこう言いました。
「そういえばリイタって、見た目の割りに重い気がしない?」
「ど、どーいう意味よそれ!」
別に人間の女の子ではありませんが、言い方が引っかかります。
「確かにそうだなぁ……何か硬いものが入ってるとは思ってたけど、
せっかくだし、ちょっと調べてみようか。」
「えー?!あたし分解されちゃうの?!」
ばらばらになった自分を想像したリイタは、思わず腕をめちゃくちゃに振って暴れます。
「まあまあ……ちゃんと元に戻すから。」
調べるといっても、いきなり糸を全部切ってばらばらにするなんてことはしません。
とりあえずお兄さんは、帽子を留めていた太い糸を切りました。
すると、リイタの髪の毛の中に不思議な赤い石が埋め込まれているではありませんか。
石はキラキラ光って、ルビーやガーネットのように見えます。
「宝石?ううん……違うね。」
「リイタ、頭に埋まってる赤い石のこと何か知ってるか?」
腕のいい魔技師である2人は、これはただの石じゃないと思いました。
手を触れると、何かとても不思議で強い力を感じるのです。
「え?う〜ん……知らない。」
そもそも自分の頭に石があることを知らなかったので、リイタは首を横に振りました。
「声、もしかしてここから出てるんじゃない?」
「そうかもな。う〜ん……とりあえずこの石はきっと大事なものだから、
傷がつかないように元通りにしておこうか。」
お兄さんは、リイタの帽子を元通りに縫い付けました。
結局、見たかっただけのようです。
「えーっと……ぷにぷに玉とにくきぅと、コメート原石にシルフのキッスでいいよな。」
「うん。後はこれを……。」
気が済んだ2人は、また準備に取り掛かりました。

2人はそれから3時間、一生懸命作業を続けました。
そしてついに、リイタが歩けるようになるアイテムが完成しました。
「ほら、できたよ。」
「わぁ……って、靴?」
リイタは、差し出されたアイテムを見てちょっと面食らいました。
どう見ても、今履いている靴と同じものにしか見えません。
「見た目は今の靴とおそろいだけど、これを履けば歩けるようになるはずさ。
……よし、これでいいだろ。」
あらかじめ靴を留めてあった糸を切ってから、
新しい靴を履かせて縫い付けてあげました。
「わーい、ありがとう!
よいしょ……あ、ほんとに歩ける!ねぇ、これどういう仕組みなの?」
初めて歩いたリイタはうれしそう。
ご機嫌になってビオラに聞きました。
「その靴には、ほんの少し浮く効果があるの。
で、あなたの行きたい所に連れて行ってくれるわけ。」
「……浮いてないけど?」
体がふわふわした感じはしないし、
机の上にあった鏡を見ても足はしっかり地面についてます。
「本当にふわふわ浮いたら上手に歩けないだろ?
だから、体を支えられる程度に調整したんだ。」
これは本当に微妙な調整なので、この2人でなければできないことです。
「へー、そうなんだ。」
「さて、歩けるようになったけど……どうするの?」
まさかそのまま行くなんていわないよねと、ビオラは目で言っています。
もちろん、リイタだってこのままの姿でクレインに会いに行くわけではありません。
「決まってるじゃない!人形じゃだめだって言うんなら、人間になる方法を探すのよ!」
「そ、そんなぶっ飛んだこといわれてもなあ……。」
お兄さんの顔が引きつってしまいました。
人形が人間になれる方法なんてあるのかなあと、こっそり思っているのでしょう。
「そんなことができたとしたら、魔法しかないね……。」
ビオラが疲れたようにつぶやきました。
元気いっぱいハイテンションなリイタと違って、2人はかなり困った様子。
「魔法?そーいえば、前に山の反対側のふもとに魔女が住んでるって誰か言ってたっけ。
前から気になってたし、行ってみようかな。」
「えぇ?!だ、大丈夫なのか?!」
山の反対側のふもとに住んでいる魔女といえば、
怪しい薬を作っているとか、年を全然とらないとか言う変な噂しか聞きません。
そんな危ないところにリイタを行かせられるわけがありません。
「平気だって!じゃ、いってきまーす!」
「あ、ちょっとリイタまって!」
窓から飛び出したリイタは、そのまま走って行ってしまいました。
まだ遠くには行っていないでしょうが、草むらにまぎれてどこにいるのかよくわかりません。
「もう……止めても聞かないんだから。」
「しょうがないよ。無事に帰ってくればいいけど……。」
2人はとても心配でしたが、連れ戻しても無駄な気がしたので追いかけませんでした。


「よいしょ……よいしょ……。」
村を出てから山のふもとまでは楽でしたが、山道は坂だから登りにくくて大変です。
人形だから疲れないといっても、大変なものは大変なのです。
「ぷに?」
「わぁ!ぷ、ぷにぷに??」
あんまり外には行かないので、本物を見たのは初めてです。
不思議そうにリイタを見ていますが、どうやら襲っては来ない様子。
そのまま坂道を登っていこうとしていたので、思い切って上に飛び乗ってみました。
「このまま行けたら楽だよね〜♪って、ゆれるよ〜!!」
ぷにぷには気がついていないのかどうでもいいのか、
振り落とされそうなリイタを乗せたまま山道をどんどん登っていきました。


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おとぎ話風味パラレルです。ビオラのお兄ちゃんやダフネばあちゃんも生きてますよ。
設定があちこち変わりますが、オールキャラで行きます。
パーティメンバー残る4名もばっちり登場予定。