初キスどなた?

―前編―



別にうぬぼれていたわけではなくても、ショックは大きかった。
言葉は時に残酷である。
その使い古された感じのあるフレーズが脳裏によみがえったのは、至極当然のことだった。

恨めしいほどに晴れた空。
窓から差し込む光の明るさとは対照的に、アーリンの顔は暗雲が立ち込めたように暗い。
頭の中でぐるぐると堂々巡りを続ける思考に区切りをつけたくて、
彼は調合釜の前に居たクレインにこういった。
「なぁ……ビオラが、昔違う男と付き合っていたとかいう話はないか?」
「は?」
やけに思いつめた表情のアーリンにいきなり話を振られて、
クレインは間抜けに聞き返すことしか出来なかった。


「……なんだ、そういうことなのか。
別にいいじゃないか、今はアーリンのことが好きっていってるんだし。」
面食らったクレインだったが、アーリンの説明を聞いてようやく事情をつかんだ。
要するに、ビオラに昔の男が居るようなことをにおわされた、というのだ。
「別にいいだと?そういうお前には、
リイタから前に付き合っていた男が居ると聞かされても、平静で居られる自信があるのか?」
あからさまに呆れている様子のクレインに、アーリンの苛立ちは募る。
わかってくれないかもしれないと覚悟はしていたが、こうも無神経なことを言われると殺意さえわいてくる。
「え……だって、リイタはがさつだし馬鹿力だから、
全然男がよりつきそうにないし……。」
鈍感なクレインに話を振るだけ無駄だったと、この瞬間にアーリンは悟った。
自信があるというよりも、全然分かっていない。
殴りたくなったが、ぐっとこらえて代わりにアーリンはこういった。
「そのセリフ、そっくりそのままリイタに伝えておこう。」
「わーっ!卑怯だぞアーリン!!おれが何か悪いこと言ったのか?!」
彼が何で怒ったのかさっぱりわからないクレインは、
何故そんなことを言われなければいけないのかと、逆に食って掛かる。
しかし、静かな怒りを燃やすアーリンはそんなことは気にも留めない。
「ああ、言ったな。覚悟しておけ。30分後にお前は修羅場の中だろう。」
「おい、アーリン!」
クレインが止めようとする声を聞き入れるわけも無く、アーリンは不機嫌そのままの表情で拠点を後にした。
鈍感もここまで行けば犯罪だ。そう、心中で悪態をつきながら。


それから3分後。
「へ〜……クレインがそんなことを、ね〜。」
拠点の近くでリイタを捕まえることに成功したアーリンは、
さっそく先程のクレインの無礼な言動をさりげなく密告した。
軽く目が据わったリイタの声が、少々怖いものになっているのはアーリンの予想の範疇だ。
アーリンにしては大人気ない行動だが、それだけ恨みは深かった。
「……ま、それはともかく。
わざわざ外であたしを捕まえたって事は、何か大事な用があるんでしょ?
またビオラのこと?」
「わかってるなら話が早い。実は……。」
過去リイタには何度もビオラの件で相談しているので、さすがに鋭い。
やはり最初から彼女に聞けばよかったとアーリンは内心後悔しながら、
クレインにたずねた事と同じ内容の事を尋ねてみた。
話を聞かされた彼女の目は、見る見るうちに皿のようになる。
「っ……えぇーーっ?!」
「……リイタ、うるさい。」
至近距離で響いた絶叫に、アーリンは迷惑そうにつぶやく。
自分のセリフが原因とはいえ、何もそこまで驚かなくてもと思うのだが。
「ご、ごめんごめん。
だって、アーリンがそんなこと聞いてくるとは思わなかったし……。」
「で……どうなんだ?俺よりも先にカボックに居ただろう?知らないか?」
かなり切羽詰った気分で、アーリンはリイタに詰め寄る。
日頃のクールな彼からは想像もできない様子のせいで彼女が逃げ腰になっているのだが、それにすら気がつかないようだ。
「う、うーん……聞いたことは無いけど。
いきなりそんなことを聞くなんて、どうしたの?」
「それが……いや、ここだと話せない。森に行こう。」
「うん、わかった。」
別にやましい内容ではないが、色恋沙汰の話はあっという間に尾ひれがついて広がってしまう。
ましてアーリンは、カボックの若い女性の注目の的。
後々厄介ごとになると困るので、2人は速やかにバスカウッドの森へ向かった。


バスカウッドの森まで来たところで、ようやくアーリンはリイタに詳細を話すことにした。
あまり人通りも無いので、誰かが聞いたとしてもそれはモンスターくらいだ。
「……おととい、ビオラの方からキスをされたんだが……。」
「え、ついに?!やったじゃない!それで、どうしたの?まさか……。」
一瞬喜んだが、アーリンの浮かない顔に気がついて、何か言われたのかとリイタは身構えた。
すると深いため息をついて、アーリンは力なくこうつぶやく。
「『これで栄えあるキス2人目だね』って、言われた……。」
「あ〜……なるほどね。
それでおとといから何だか思いつめたような顔してたんだ。」
「我ながら情けないが……そうだ。」
やはり恥ずかしいらしく、ばつが悪そうなアーリンの顔がほんのり赤い。
あまり顔に出るたちではないので、よほど恥ずかしいのだろう。
一方のリイタは、ようやく腑に落ちたというすっきりした表情だ。
アーリンの真剣さが良く分かる立場だけに、笑ったりはしない。
「で、でもさ。キス2人目って言っても、別に前の彼氏としたとは限んないってば。
ビオラのことだから、からかって言ったんじゃないの?」
毒舌な彼女のことだから、
意外と冗談を真に受けやすいところがあるアーリンで遊んだ可能性も考えられる。
と、いうかそうでなかったらこの場合は気の毒だ。
「……冗談にしてはひどすぎる。」
「ま、まぁまぁ落ち着いて!
あたしからさり気な〜く調べてみるから、そんなに気を落とさないでよ。ね?」
叱られた子供のようにいじけたアーリンを、あわててリイタが慰める。
気休めでしかないが、落ち込んだ彼の様子はあまりにも気の毒だ。
「リイタ……すまない。」
「いいのいいの。気にしないで!
前に言ったでしょ?あたしはあんた達のこと応援してるんだから!」
この時アーリンの目には、リイタが女神か天使に見えたという。


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アービオ+リイタです。うちはこれが標準な気分です。
恋愛下手どころか人付き合い自体苦手なアーリンは、女の子の気持ちなんてまさに深い闇の中。
鈍感のクレインとか子供なノルンは論外、
デルサスはからかわれそうで嫌だとなるとリイタとか、そういうオチかも(笑
一応ビオラとも友達なのが強み?とりあえず、ビオラとリイタは動かしてて楽しいんですよねー。