Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ

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 深色のモスグリーンの金網に囲まれた、小さな運動場と平屋の学舎。滑り台やブランコ、ジャングルジムといった遊具の向こう。フェンスに沿って4つほど並んだ花壇にはまだお花の気配はないけれど、あと少しで完全にやって来る春になったら、チューリップや三色スミレたちが毎年可愛く花開く。もう随分と明るくなる時節となった朝の空気の中、大きく開かれた門扉の傍らにゆっくりと停車したのは、愛らしいカルガモバスで。その昇降口から順番に降りて来るのは、お揃いの紺のブレザーに黄色いベレー帽という制服姿の小さな子供たち。
「おはようございます。」
「おはよう、センセーっ。」
「はい、おはようございますvv」
 ここは小さな私立の保育園。創設者の出身地の名を取って"アラバスタ保育園"という名前で、保育士さんはカヤさんとビビさんという若い女の先生が二人。どちらもきれいで優しくて、カヤさんは看護士さんの資格を持ってて、ビビさんは司法書士の資格を持っているというから、何が起こっても結構頼もしい…のかもしれない。
う〜ん 園長先生はイガラムさんといって、恰幅が良いけれど音楽が大好きなやさしい人。送迎バスの運転手さんはメリィさんといって、それは温厚なおじさんだ。そしてそして、
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、もっかい見してっ。」
「新しいライダーの変身、もっかいしてっ!」
「よっし、よ〜く見てろよ?」
 お教室で水色のスモックに着替えて来た小さな男の子たちに取り囲まれて、携帯電話を腰のホルダーに横向きに挿すと、拳をむんっと構えたそのままに、ついこの間から放送が始まったばかりの、新しい仮面ライダーの変身ポーズを真似ている人物がいる。子供たちの人気者、童顔で元気なメンテナンス会社からの派遣社員、ルフィという少年で、彼も加えた5人が、この保育園の常勤のスタッフ一同である。
「相変わらず、元気ですねぇ、ルフィくんは。」
 職員室の窓辺から、園庭を眺めていた園長先生のお言葉へ、
「ええ。子供たちもすっかり懐いて。」
 園長先生にも朝のお茶をと運んで来ていたビビがくすくすと笑い、
「お掃除の方では、まだ時々とんでもないことをしてくれますけれど。」
 先週のとある寒い日にも、拭き掃除の仕上げの空拭きを忘れていて。早めに登園して来たビビとカヤが凍りついた廊下で"すてん"と転げた。たいそう寒かったがために凍っていたお廊下を、園長先生の奥様まで手伝って、必死になって溶かしては空拭きして回った事件はさすがに記憶に新しい。そんなおドジを重ねても、それでもやっぱり何だか憎めない、飄々としていて明るい彼であり、
「夜間の高校に通いながら、メンテナンス会社に勤めているのだそうだから、帰りの時刻にはきっとついつい慌ててしまうのだろうね。」
 子供好きなルフィくんは、随分と小柄で童顔だが、それもその筈、実はまだ高校生なのだそうで。夜間の高校に通いつつ、生活費と学資を稼ぐため、就業時間は割と自由が利くメンテナンス会社に勤めている。だが、そんな忙しい日々を送っているとは思えないくらいに、毎日元気にやって来る。子供たちから絶大な人気があるのは、戦隊ものや変身ヒーローものに詳しいからというだけではなく、天真爛漫、明るくて無邪気なところに"仲間意識"を持たれてのことだろうとは、園長先生の見立て。地味な水色の作業着姿のルフィが子供たちと遊ぶ様子をほのぼのと眺めやっていた彼らだったが、
「あ、そうそう。」
 ふと。ビビ先生が何かを思い出したような声を出した。
「園長先生はお聞きになりましたか?」
「何をです?」
「妙な噂話をですよ。」
 他には誰もいないというのに、ビビ先生はこそこそと声を低めて、口許に手のひらをかざすと、
「何だか奇妙な人たちが、この辺りを徘徊しているらしいって話ですよ。」
 そんな話を語り始めた。
「人通りの少ない、朝早くだとか夜更けにだとかだそうですけれど、変な"被(かぶ)りもの"を着た人とか、日頃あまり見かけないような人たちが、何人も連れ立ってこの辺をうろうろしてるって。時々、何だか奇声を上げたり、暴れたりもしてるらしくって。」
 そうと言って眉を寄せ、
「子供たちの中にも、お稽古ごとの行き帰りなんかに目撃したって子が何人かいるそうです。何だか…仮面ライダーみたいな格好をしたお兄さんがいたよって、結構話題になってるらしくって。特撮マニアの自主製作ビデオか何かの撮影かも知れませんが、殺陣
たてって言うんですか? 乱闘の活劇や何かに子供たちが巻き込まれたら困りますよね。」
 ルフィがやって見せていた"変身ポーズ"から思い出した彼女なのだろう。保育士さんらしく、子供たちへの影響を案じているらしき様子であり、それを聞いた園長先生は、
「そうですか。いえ、私はそんな話は聞いてなかったですね。」
 好奇心旺盛な子供たちが無防備に近づかないように、成程、それは気をつけねばなりませんねと、鹿爪らしく相槌を打ってから、
「さあ、授業を始めましょうかね。」
「あ、はい。」
 園内放送のチャイムの音が軽やかに流れて来たのをキリに、まとわりつく可愛い子供たちを教室へと戻そうとしているルフィとカヤを眺めながら、こちらの二人もそちらへと向かうことにした。



 お遊戯、お絵かき、お歌に粘土遊び。ピアニカ演奏、紙芝居。あと半月もせぬうち、春になったら年長さんたちは卒園で、たいがいはすぐ近所にある公立のグランドライン小学校付属の幼稚舎へ揃って上がる。都心では過激化が噂されている"お受験"もなく、ほのぼのとした土地柄の中、地域住民の皆様にも可愛がられて、のほほんと運営されている保育園であり、
「そうそう。ルフィくんもこの春でちょうど一年なんですねぇ。」
 授業が始まり、子供たちが教室に入ってしまったため、庭のお掃除を済ませて所在無げにしていたルフィを園長先生が呼び招いた。近所の和菓子屋さんの三笠まんじゅうなぞ勧めながら、のんびりと朝のお茶の時間である。
「…それで。お父さんの行方の心当たりは掴めそうですか?」
 こそりと訊かれ、5つめのおまんじゅうをもぎゅもぎゅと頬張っていた少年の口が止まった。
「おお、いけない。お茶を飲みなさい。」
「あ、違います。つかえた訳ではありません。」
 慌てる園長先生をいなしつつ、小さく笑って見せる。だが、その笑顔は心なしかどこか寂しげであり、
「父は…やはり捕らえられたと見た方が良いようですね。」
 ぼそっと一言。穏やかに低く響く声で、何でもないようなことのように言おうとする彼だが、
「それでは"バロックワークス"に?」
 あらためて訊かれるとその眉間を憂いの色に曇らせる。
「先日現れた"怪人"の特徴は覚えてらっしゃるでしょう?」
 園庭を眺めやり、ぽつりと呟くルフィであり、
「ドリルの腕でやたらと穴を掘っていましたね。花壇が全滅になるかと心配しましたが、水道管を掘り当てて逃げて行ったのでしたっけね。」
 園長先生がそうと応じたのへ苦笑をこぼして、
「あの時はお廊下を凍らせてしまって済みませんでした。」
 今朝、ビビ先生が話していた一件のことならしく、逃げた相手を追う方に掛かり切りになってしまい、こちらの後始末をうっかり忘れた彼だったらしい。
「誰もいない時間帯で良かったですよ。」
 何より彼のせいではないのだし。子供たちが巻き込まれては大変ですからねと、小さく微笑った園長先生へ、ルフィもまた小さく頷き、
「ですが…連中もまた、この園のどこかにあるらしいと気がついたのかも知れません。」
「では、やはり。」
「はい。異次空への入り口を探しているのだと思います。」
 園庭に直接出られる大窓の框に腰を下ろしていたルフィのその表情は、どこか憂鬱そうな気色を拭えぬままでいる。
「エターナルポースが壊れてしまった今、俺もまたラフテルからの救援を待つしかない身ですからね。帰るに帰れず、本部への連絡も出来ずで。奴らが此処へ現れるのへの対処しか出来ません。」
 悔しいやら不甲斐ないやら。若々しい横顔へそんな苦悩の色を深める彼に、
「まあま、君は君に出来る限りのことを頑張っているのですから。」
 おまんじゅう、まだ沢山ありますよと、園長先生は大きな箱を差し出したのである。



            ◇



 小さな町の小さな保育園。そこに勤める小柄な少年は、だが、実は…働き者なただの勤労少年ではなかったりする。保育園のお仕事が終わって、作業着からトレーナーにGパンとスタジャンという普段着に着替えてから。お買い物の人出があってにぎやかな、小じゃれた雰囲気の駅前通りまで出ると"スタスタ…"と足を運んだのが、
「ただいま。」
 色濃いスモークガラスのドアを押し開ければ、頭上で"ころろん"と可愛らしい音を立てるドアベル。ポプラ並木の街路に沿った側の壁は一面まるまる格子窓になっていて、そこから降りそそぐ木洩れ日で店内はたいそう明るくて。2人掛け、4人掛けのボックス席が1ダースほどと、カウンターにはスツール席がやはり1ダース。モーニングサービスと昼には簡単なランチセットを出す、結構はやっている喫茶店。そこへと入った少年へ、
「よお、ルフィ。今日は早かったな。」
 グラスを磨きながらカウンターから声を掛けるのは、金色の前髪を顎の先まで伸ばした長身痩躯の伊達男。アルバイトの雇われマスターかと思ってしまうくらいに、随分と若い青年である。
「うん。今日はお弁当がない日だからね。」
「ああ、そうだったな。」
 応じながら、カウンターの内側のパントリーや冷蔵庫から、ちゃっちゃと何やら取り出し、オーブンやフライパンの上へ、器用な白い手が何度か往復して。あっと言う間に、
「ほれ。スペシャルランチだ。」
 奥向きの手洗いでざっと手を洗ってスツールに戻って来たルフィの前へ、タイミングも位置も、測ったようにピタッと出されたのは、中皿いっぱいに積まれたミックスサンドとホットドッグ、ミニドリアにアルファルファのサラダと、グレープフルーツのジュースが乗っかった、ランチ用のトレイだったから。
「ありがとうvv」
 にこにこと笑う少年へ、腰に大きなカフェエプロンを巻いたマスターさんが"ふふん"と笑い返す。屈託のないお顔でランチを片付けにかかるこの少年が、実は只者ではないということを、園長先生と同じくらいにこのマスターさんも知っている。一年前のとある夜更け、あのアラバスタ保育園の裏手の路地にて、奇妙な衣装を着たまま昏倒していたこの少年を一番最初に発見したのが、何を隠そうこのサンジなのだから。





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