Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ

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 とっぷりと陽の暮れた住宅街の一角の。陽のあるうちは子供たちの歓声やらお遊戯の声なんぞもフェンスの向こうの園舎から聞こえて来る、それはそれは明るく見通しのいい通りなのだが、陽が落ちると一転して人通りも絶えてしまう寂しい裏路地の途中。そんなところにばったりと倒れ伏していた人影に気づいて、食器を引き取りにという出前帰りだったサンジはぎょっとして傍らへと駆け寄った。
「おいっ、しっかりしなっ!」
 街灯の覚束無い明かりの中、抱え起こしたのはまだ幼い顔立ちの男の子だ。だが、
"…どういうカッコだ、こりゃ。"
 一番近い装束はと考えて、何とか思いついたのが…オートバイに乗る人の着る"ライダースーツ"だろうか。合成皮革製のドライスーツみたいな上下が一枚につながっていて、前ファスナーで脱ぎ着する、いかにも機能的そうなあの服装で、だが、周囲のどこにもオートバイなぞはない。性分
たちの悪い若いのに絡まれて、寄ってたかって殴られて、バイクの方は奪われでもしたのだろうか。とはいえ…都心の方でならともかくも、こんなのんびりした土地でそんな物騒な事件はまず聞いたことがない。第一、幹線道路は遠いため、やんちゃなバイク乗り自体がそうそう通りすがらないような土地柄だし。それに…どうも何だか、ただのライダースーツではないような気がする。よく分からない小さな装置みたいなものを、ごちゃごちゃと幾つもくっつけたベルトをしているし、どうやって脱ぎ着するのだか、そう…ファスナーどころか、縫い目や継ぎ目さえないのだからして。
"一体どういう…。"
 不審だよなと思いかかっていたところへ、
「う…。」
 その少年が小さく唸った。意識が戻りかけているのかもしれない。
「しっかりしな。どっか痛むのか?」
 かけた声へ反応して、ゆっくりと見開かれた大きな瞳。その黒耀石のような深色の眸を見たその時から、この彼との奇妙な間柄は始まったのだ。


            ◇


 それから。何らかのショックの後遺症でか、ぼんやりしていた彼をその場で介抱してやっていたその最中、いきなり聞こえた悲鳴や罵声混じりの騒動の物音。それらに反応して跳ね起きた彼が…これもまた何だかよく分からない格好の連中に掴み掛かられていたイガラム園長を、素晴らしい運動能力で助け出したのを、間近で目撃するに至ったサンジである。何せ…電信柱に"直角に"足を吸いつけさせて天辺まで一気に駆け上がったり、ピッと立てた指先で指し示した先のものを"ふわり"と宙に浮かせたり発火させたり、一応は頑丈な鉄の枠に張られてある金網フェンスに体が浮き上がるほどの勢いで叩きつけられて…生身の本人はけろりとしているのに、フェンスの方がぶちぶちバリバリと、安物の網戸のごとくあっさりと裂けてたりした日には、
『…メン・イン・ブラックじゃないっつうの。』
 途轍もないにも程があるぞとばかり。イガラム園長と二人して、眸を大きく見開き、ただただ…彼と何人かの"敵"との繰り広げる"異次元の戦い"とやらを見守るばかり。小柄な彼だが格闘の心得はあるらしく、超能力じみた特殊な能力のみならず、懐ろの深みに引きつけた拳を疾風のごとく繰り出す切れの良さや、頭上まで高々と跳ね上げられる足の爪先の勢いなどは、なかなかどうして威力ある攻撃。それらに辟易してだろう、
『…っ。あっ、待てっ。』
 相手一味が手ぶらながら逃げ去ろうとした。そんな連中を追おうとして、だが、彼は再び倒れ込み、園舎の中、空いていた部屋で介抱してやったのだが、

  「俺、実はこの世界の人間ではないんです。」

 再び意識を取り戻したルフィは、寝かしつけられた布団の上へ身を起こし、いたく真面目なお顔でそんなことを言い出した。
「こことはほんの少しばかり軸のズレた、お隣りの次空を住まいとしている人間なんです。証明するのは難しいことですが…。」
 突然おかしなことを言い出した妙な奴だと思われたくはないらしい彼に、
「いや…何となく分かるから安心しな。」
 こほんと…そんなことをわざわざ言うのはこちらも何だか照れるがと、それでも心配はしなさんなという顔で応じてやる。警察や救急車を呼ばなかったのがその証し。何しろ…この眸で見たのだから。この小柄な少年が、足の裏にどんな仕掛けがあるのやら、電線に足を吸いつかせるように逆さまになって、それはスムーズに"たたた…っ"と駆け回る姿をだ。二人からの理解を得たと判ったらしき少年は、
「異次元に勝手にダイブしてはいけないんですよ。」
 自分の抱えて来た事情とやらを語り始めた。それへの違法行為を働く罪人たちを取り締まるのが俺の仕事なんですが…と、言いながらも着ていた特殊スーツのあちこちをパタパタと叩き、はっとして胸元のポケットから摘まみ出したのが…見事にヒビが入った、カード状のプラスチックシート。
「…エ、エターナルポースが………。」
 磁石のような機能のついた、時空転移のアイテムが、さっきの活劇のせいか、それとも不時着とやらをした結果か、使用不能なほどに壊れてしまったらしくって。
「こんな壊れやすい構造な方が問題なんじゃねぇのか?」
「帰ったら開発局にその旨を申請しときます。」

   ――― 無事に帰れたらね。

 絶妙な突っ込みとして言いたかった一言だったが、そんな冗談さえ彼をぐさりと傷つけそうで、お互いに顔を見合わせてしまった園長さんとマスターさんだったりしたのだった。



           ◇


 そんな場で出会ったのも何かの縁。屈託のないお顔も行儀のいい物腰も誠実そうで、所謂"人品卑しからず"というクチの好青年。

  『何でしたらウチの保育園に住み込みますか?』

 人の良いイガラムさんがそうと言い出したが、

  『保育園に素性が分からない人間がいきなり住み込むのはマズイでしょうよ。』

 サンジがそんな風に口を挟んだ。
『さっきの連中。あんたが追って来たらしい奴らは、あんた同様にとんでもない能力を持ってるみたいだしな。しかも、何だか…あんたから逃げようとせず、迎え撃って討ち倒そうと構えていたみたいだが。』
 ルフィ本人へそう訊くと、
『…それはきっと、俺が彼らと接触したからです。』
 彼もその点を"是"と認めた。
『記憶データを本部に送られれば、探査システムを使って徹底的に追跡されますし、あまりに性分
たちの悪い輩であった場合は、DNA抹消という極刑にかけられます。』
『DNA抹消?』
『担当官がその該当者を発見したその場にて、専用の銃器で死刑執行しても良いというお達しです。』
 よほど科学が進んでいる世界なのだなと、なのにどこかしら凍りついた理論が先走った世界なのだなと感心している傍らで、
『俺もその担当官ですから、通達が入れば執行人として、この"ヴォイドソード"で処分を執行出来ますが。』
 腰につけた何かしらの装具を触りながら、そんな恐ろしいことを屈託なく言い出す少年だったものだから、

  『おおう…。』×2

 ついつい震え上がった園長先生とマスターさんであったのは言うまでもない。彼の説明によると、その装具は一見すると単なる剣で、せいぜい微細な電磁波を放つくらいの"スタンガン"ぽい武器なのだが、内部のメモリーへDNAを登録された対象だけは…ただ触れただけでもあっと言う間に原子分解してしまうという恐ろしい代物。担当官本人が顔を知らなくとも"問答無用"で成敗してしまうのですね。
(ぶるぶる…)
『…だ、だったら尚のこと、そんな奴らからのリベンジをかけられかねない人間を、小さい子たちが沢山いる保育園に近づけるのは良いことじゃあないだろう。』
 マスターさんは園長先生をそうと言い諭し、ここの二階の空き部屋を彼の住まいにと提供した。そして、彼の素性というのを隠すため、仮の肩書を園長先生と一緒に"ああだこうだ"と考えてひねくり出し、それを陰ながら支えて過ごして…今日に至る。小さめの背丈も屈託のない童顔も、どこも変わらぬ彼ではあるが。通りに面した大きな窓越し、お母さんと一緒にお買い物だろうか、通りすがった小さな子供がルフィに気づいて手を振って見せ、それへとこちらもにこにこ笑って手を振り返す。そんな様子へサンジもついつい苦笑をし、
「もう随分と馴染んだもんだよな。」
「そうですか?」
 えへへ…と嬉しそうに笑う童顔が、何とも言えず愛らしい。女の子のようなという愛らしさではなく、幼くて無垢で、それでいて真っ直ぐな純真さに満ちた、眩しい愛らしさ。どこか一途そうなそんな雰囲気が、そういえば…初見の時から妙にこちらの気を惹いてくれた彼であり。
"…まいったよな、こりゃ。"
 あの時、彼を引き取ろうと言い出した園長先生に"危険だから"なんて言い方をしたけれど。その実は…彼を自分の傍らに置きたいと強く感じたから。元来からして小さくて健気なものへはどうしても見て見ぬ振りが出来ない性分ではあったが、それ以上の何か…何かしらの"下心"があったからではなかったかと、今頃になって自覚していたりするマスターさんだったりするのでもある。
"いや、俺にはもう、愛する奥さんが居るんだけれどもな。"
 はいはい、妙な誤解はしてませんて。
(笑) むぎゅむぎゅと特製ランチを頬張る、幼いとけない異次元人の少年を、穏やかな眼差しで見守るサンジが、ふと、その顔を上げたのは、
「…お。」
 かららんとドアベルが鳴って、新たに入って来た客人があったから。押しても引いてもどっちでも良いぞタイプのガラス扉を、こちらは引いて開いた背の高い男性。


  「よぉ、ゾロ。」





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