Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
其の六 “夜景宙華”@  
2002・夏休みすぺさる


          




 花火は夏の風物と決まっているような感があるが、実は…日本に限って言うと、かなりの無理があるというのをご存知か? 花火と言えば本来はお祭り騒ぎに文字通り“華”を添えるアトラクション。冷房装置がさほど発達していなかった時代、陽が長いせいで昼間の熱気の色濃く残る真夏の夜に、何だか寝てらんないからと、だからこそ大いに騒ごうよと催された“夏祭り”には成程付き物なのかもしれない。(ついでの余談。花火にカラフルな色がついたのは江戸の中期以降だそうで、それまではただ白く目映く光るだけの代物だったとか。)ただ、ここで問題になるのが、日本の夏場は夜になっても湿度が高い。空気中に湿気が多いと、やたらと煙が籠もるため、連続して打ち上げるのには不向きだそうで、花火師の試し打ちは空気の乾いた冬場の夜にされるのだとか。

 まま、熱帯夜の暑気払いには打ってつけの華やかな夜花。パッと咲いてパッと散る、桜のような潔い心意気には、ケチをつけず楽しみたいもんです、はい。



            ◇


 空の端っこに余光を見た最初は、一瞬のこと、何かしら目の錯覚みたいなもんかなと思った。それから少し遅れて、どーんと空気を震わす振動のようなものが伝わって来て。それが同じ方向からだったから、ああ、これは間違いないと思い、壁に凭れて腰を下ろしてた見張り台の床から立ち上がり、手前の縁に肘をついて凭れつつ、音がした方へと目をやった。
“…花火、か。”
 暑さしのぎの夕涼みや、それを当て込んだ夏日の宵の催し物の目玉として、華やかに打ち上げられる、夜空に直描きのイルミネーション。そういえば昼間接舷した港町のあちこちに、カーニバルのポスターが貼られていたっけ。まだ何かしらのイベントが始まっていた気配はなかったものの、町中どこか浮足立っていたのは、今夜から“前夜祭”の始まるその当日だったからなのだろう。今はもう、少しずつ離れつつある中規模の交易の町。少しばかり田舎っぽかったが、その分、のんびり穏やかな、気さくな感触のした土地だったと思い出す。
“………。”
 これが“スターマイン”という種類のものなのか、中心から均等に放射状に開くダリアの花のようなのが大半だが、内側と外側、土星とその輪っかのように二重に開くもの、宙へ放たれたネズミ花火のように、しゅるしゅると這い上る螺旋状の光の軌跡を残すもの、柳のように撓うような華線を描くものなど、随分と様々な種類のものが次から次へと上がっている。
“………。”
 ちょっと昔だったら、こんな風に屈託なく見とれたりはしなかったなと思う。ああ花火かで終しまい。誰かさんのように何でもかんでも損得がかりでいた訳ではないが、旅の空の下、一人で観ていた頃は、得られる何かがあるでなしと、さしたる感慨もなかったものだ。ましてや誰かと観たいなぞという、ある種ロマンチックなことなぞ、欠片
かけらほども感じたりしなかったのに。
“…呼ばねぇと怒るかな。”
 そんなことを思う自分がいる。だが、呼んだ途端に終わったなら、もっと怒る彼かもしれない。昼間、この催しの関係者と一緒に居たのだから、ちゃんとプログラムなり確認しとけば良かったかな…などと、こうなる展開が先に分かっていたとしてもまず絶対やるまいなことを今更ながら思っていると、
「…ん?」
 ぱしっという音がして、夜風を切って何かが飛んで来るようなかすかな気配。そして、
「よ…っと。」
 飛ばされないようにと片手で押さえた麦ワラ帽子の、今ちょうど思っていたその顔が、ゴムゴムの力を使って甲板から一気に上がって来た。腰の高さの縁を乗り越えつつ、こちらを見やって、
「あ、起きてたんか。」
 開口一番、彼から先にそんなことを言うものだから。
「何だよ、それ。」
 見張り当番に向かって失敬なと、少しばかり眉を寄せると、
「だってよ。ゾロ、今日は昼寝してねぇじゃん。」
 悪びれもせずにそんなことを言い、しししっと明るく笑ったのは、この海賊船の少年船長、モンキィ=D=ルフィであり、
「あのな。」
 寝るのが仕事な赤ん坊のような言われように、眉間の皺をちょいと深くしたのは、この船の副長にして戦闘隊長のロロノア=ゾロという青年剣士である。この船長さんにしてはなかなか穿ったことを言ったもんだが、単純な彼のこと、特にひねった裏や当てこすりはなかろうと、ゾロの方でもすぐに気を取り直した。
「夜中にフラフラ出歩いてるんじゃねぇよ。」
「うん。音が聞こえて来て目が覚めて、最初は“どうしようかな”って思ったんだぜ? 一応はさ。」
 視線はさっさと花火の方へと向けながら、ルフィはそうと説明し、
「でも、今夜はゾロがここにいるんだって思い出してさ。その傍にいるんなら叱られやしないよなって。」
 ある意味慣れたことだからか、ずぼらな短い言いようをする彼で。そして、
「成程な。」
 口の端だけ持ち上げて、短く“くくっ”と苦笑って見せる辺り、それが通じるゾロでもある。海からの呪いが生んだと言われている“悪魔の実”の能力者。今、あっと言う間に甲板からこの見張り台まで上がって来たのも、その能力を使ったもので、彼は全身がゴムのように途轍もないレベルで伸び縮みする。だからして、どんなに遠かろうが高かろうが手が届き、何かを引き寄せることも、ゴムの反動を利用してこちらから飛んでくことも可能。また、殴る蹴るといった打撃系統の衝撃はほとんど吸収出来るので、あまりダメージは受けないし、銃や大砲で撃たれても堪
こたえない。但し、船の周囲を埋め尽くす“海”からは呪われているので、落ちたら最後、特殊能力のみならず、全ての力を奪われてしまい、自力では指一本動かせないまま、海底へと引き摺り込まれてしまうという。だものだから、夜中に一人で甲板に出るなよと、この保護者殿からきつくきつく言われている彼なのだが、
“ま、一応考えてはみたってのが進歩ではあるか。”
 そうと納得し、剣豪もまた花火の方へと意識を向けた。夜になると吹く、陸から海への風に乗って港から離れつつあるのだから仕方がないとはいえ、臨場感はちと薄い、遠いめの花火だ。それでも…結構大きなものが次々に上がっているせいだろう。観客たちの放つ大歓声が、時折は風に乗って此処まで聞こえるほどでもある。
「…あん中にの花火もあるんだよな。」
 麦ワラ帽子の縁に遮られた月光の落とす陰が、丸い淵を刻んでいる小さな背中。ふと呟いたルフィの声に、三刀流の剣豪は…その鋭角的な目許に据わった切れ長の眸を、心なしか和んだ気色で満たしつつ、仄かに細めて見せた。
「どうだろな。終しまいの日の最後に上げるのばかり自慢してやがったからな。」
「それは親方の“自信作”の話だろ? はずっと、小さいのばっか一杯作ってた。」
 ルフィはすかさずのように言い返したが、
「俺たち逃がすのに、その小さいのをドドッと使ったんだぜ? 他人のには手ぇ出せずに、自分の作ったのを全部使ったのかもしれねぇ。だとしたら、今、あそこには上がってねぇってことんなる。」
 こちらも、きっちりと理の通った言いようをしてやる。すると、
「〜〜〜〜〜。」
 何とも言えぬ顔になり、かくりと肩を落として、
「悪いことしたな。」
 珍しくも反省して見せる彼だから。途端になんだかフォローしてやりたくなる辺り、やはり甘いお兄さんだ。
(笑)
だって後悔とかしちゃあいないとは思うがな。」
 剣豪殿は穏やかな声でそうと付け足してやる。
「悪かったってそう思うんだったら、これからはちっとは落ち着いて行動しろよな。」
「おうっ。」
 いいお返事だが、どこまで信用して良いものやら。ゾロは苦笑し、再びその視線を華やかな光の夜花へと向けた。この船長殿ととっつかっつなほどに、気さくで屈託のなかった行動派の、とある少女の面影を思い出しつつ…。


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