Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
其の六 “夜景宙華”A  
2002・夏休みすぺさる


          




「…あ〜ふあふあふ・ふあわわわ〜〜〜。」
 顎が外れるんじゃないかと思えるほどに、それは大口を開いて。その少年は大きな欠伸を空へと放った。もうじきお昼になろうかという、午前中の中途半端な時間帯。ウチの店先、日避けの幌
ほろのちょっとばかり向こう。その昔、夜空からの帰還を果たした伝説の英雄像の台座に背中を預けて凭れている辺り、他にも往来を行く姿の絶えないところの、観光客の待ち合わせだろうとは思ったのだが、
“それにしちゃあ、時計を見ないのな。”
 位置としては随分と遠い高みながら、銅像と向かい合う時計台がここからはよく見えるのだが、一向にそちらを見上げない彼だという事にもとっくに気づいていて…それもまた何だか不思議。何となく気になるのは、存在感のある少年だったから。身なりは普通で、夏の気候のここに合わせたのだろう、半ズボンにノースリーブの赤いシャツ。赤い帯のついた麦ワラ帽子の下には黒い髪。もっと幼い子供のそれのようにくりくりとよく動く黒い眸の、ごくごく平凡な姿の少年ではあったのだけれど、どこか…そう。目の端、視界の中にいたなら、ついつい確かめるべく中央へと据え直したくなるような、見逃せない何かを感じさせる子なのだ。全体的に細っこいんだけど、ひ弱そうな印象はない。もっと大きくなって幾らでも強くなれるんだぜって、そんなバネみたいなものを秘めてるって感じかな。大きな眸は表情豊かで、口許には何やら楽しげな企みでも含んでいるかのような笑み。屈託のない、けれど、何にそんなにワクワクしているの?と訊いてみたくなるような、奥深い何かを抱えてるっていう雰囲気があって。
“う〜ん。”
 そんな彼がついつい気になるものだから、手元が疎かになってたらしくて、さっきも仕上げ途中の玉を取り落としかけ、親方から“ぼんやりしてんじゃねぇぞっ”と、とうとう雷を落とされたほど。うん。あたしらの仕事に“ついうっかり”は許されない。それは判っちゃいるんだけれど、ホントだったら今日はお休みな筈だった。だって、祭りは明日からだけどもさ、あたしたちが関わる“本番”は、今夜がその初日当日なのよ? 親方は所謂“昔気質
かたぎ”の職人だから、さほどきっちり“計画”を敷く人ではないけれど、それでもちゃんと段取りの心積もりってものを構えてた。各作業の職人さんたち…徒弟さんたちから使いっ端つかいっぱのあたしたちまで、尻を叩きの、どやしつけのしながら、一昨日の昼には全部の作業を済ませて、注文があった分はきっちり納品を終えていた。ところが、残りの半分を請け負ってた知り合いの花火工房で事故があったらしくって。火薬への引火爆発なんていう、人死にの出そうな物騒なものじゃあなかったんだけど、祭りの主催である町から支給された手付け金を掠め取って、番頭だか代貸だかが逃げたとかで。しかも先に作っておいた値打ちのありそうな大玉の花火も、そいつに持ち逃げされたとかで。それで急遽、ウチがその工房に割り当てられてた分まで仕上げなきゃならなくなったんだ。この時期の観光客が楽しみにしている、勇者の祭り。それには花火が付き物だ。それもこの島独特の工夫がされた代物だけに、どっかから代用品を持って来れば間に合うってもんじゃあない。
「勇者?」
「そう。この島にはその昔、空を舞う伝説の千年竜を手なずけて空を自在に駆けていた勇者がいて、外海から来る侵略者たちをことごとく追い返していたの。ところが、敵の海賊たちも、どこからか同じように千年竜を乗りこなせる傭兵を雇って来てね。それで勇者とその傭兵との一騎打ちとなったの。戦いは夜にまで及んで、真っ暗な空の上、危険な戦いは続き、そしてとうとう勇者が勝った。その時、町の人たちが勇者を応援しようとしてたくさんの篝火を焚いたの。それが発展したのが、この町の名物でもある優美で見事な花火だって言われているのよ。」
 よほど待ち人が来ないのかしらね。戸口こそ開けてはいるけど今日は開店休業状態の店先で、後れ毛が邪魔になる肩までの髪をうなじで束ねて、額の方はバンダナで包み、ごついエプロンを敷布の代わりのように膝に広げ、軍手を嵌めた手で小さな二寸玉の表に番号をつける仕上げ作業に取りかかっていたあたしへ、いつの間にか…正確には、さっき親方からどやされた様子でこっちに気づいたらしい彼が、無邪気にあれこれと声を掛けて来ていた。打ち上げ花火の中では一番小さな“二寸玉”。直径は6センチほどで、三寸、四寸…と大きくなっていって、九寸の次は一尺。30センチもある“尺玉”は、あたしじゃ危ないからってまだ触らせてももらえない。そう。あたしはまだまだ下っ端だからね。本格的な作業はまだあんまりやらせてもらえない。この二寸玉だって、この中の幾つかしか中身にまで関わったのはないと来てる。(ちなみに、尺貫法が廃止になってからは一応“3号、4号…”という呼び方に変わっております。尺玉は10号、二尺玉は20号という具合。外国のは“インチ”だそうですよ。)とはいえ…どんなに小さくたって花火は花火だ。だってのに、時々無造作に手を伸ばして来て、あたしの膝周りに足の踏み場もないほど置かれた木箱の中、うずたかく盛られた花火玉を触ろうとするから、
「こらってば。気安く触るな。」
「いいじゃんよ。何か面白そうだ。」
 あたしとさして年齢は変わらないくらいだろうに、もっとずんと小さな子供のような言いようをする。間近になった大きな眸は悪戯っ子のそれのように生き生きとしていて、伸びやかな声には聞いてて楽しくなる響き。打ち解けて喋ってるとなかなか楽しいんだけれど、ダメなものはダメ。
「ダメよ。これは全部火薬なの。素人には危ないんだからね。」
 ちょっとキツク言うと、
「ちぇ〜っ、のケチンボ。」
 ぷく〜と頬を膨らませる。そんな顔もまた可愛いんだけど………あれ? なんで。
「あたしの名前。」
 言った覚えはないよと怪訝そうな顔を向けると、丸椅子に腰掛けたままのあたしに目線を合わるように、伏せてあった樽に腰掛けてた彼は、
「しししっ♪」
 樽の縁に後ろ手を突いて、体の前で履いたままの草履の裏をぱしぱしと合わせて見せつつ、それは楽しそうににんまりと笑った。
「おう、さっきあっちのおっさんが呼んでたろ? よそ見ばっかしてんじゃねぇよ、って。」
「〜〜〜っ/////。」
 やっぱりそれでか…と、かぁ〜っと顔が赤くなった。まだまだ至らない下っ端だもん、どやされるのには慣れっこだけれど、この子にそんなとこ聞かれたなんてと、ちょっと恥ずかしかったのだ。すると、
「おれはルフィ。」
 にっぱーっと笑って彼は実にすんなりと自分の名前を口にした。
「モンキィ=D=ルフィってんだ。」
「へぇ〜、結構立派な名前なんだね。」
 貴族や王族でもなさそうなのにミドルネームまで付いてるなんて、今時には珍しい。それでそんな言い方をしたところ、ルフィは嬉しそうに全開で笑い、
「立派か。そりゃ良いな。」
 変なところへ感心している。…変な奴。と、そこへ、
「おい、っ。」
 親方からの声が飛んで来た。親方と徒弟さんたちは、奥の作業場で尺玉や仕掛けものの仕上げ作業のラストスパート中。そんでも親方の手や目が要りような段階は越えたらしくて、さっきから何かと店先のあたしにも声を掛けて来る。恐らくは観光客だろう、他所者の男の子と呑気に喋ってるのが、サボってるように見えたのかもね。それはともかく、
「はいっ。」
 返事をしてそちらを向く。お返事は歯切れよく元気よく、が、職人の基本だ。親方は大きく張った顎をしゃくると、
「出来た端から会場まで運んできな。こないだみたいに、担げもしねぇほどの大荷物になっちまう前によ。」
「あはははは…、はい。」
 乾いた笑いを返して、あたしは立ち上がると台車の上へ仕上がった二寸玉の入った木箱を積んでゆく。
「こないだ? 、こないだに何かしたのか?」
 やはりちゃんと聞いてたらしいルフィが小首を傾げたのへ、
「…だからさ。ついつい後先考えないで、今みたいに座り込んで黙々と作業をしててね。さて搬入しましょうかって荷を見たらば、とても一度や二度では運び切れない量になってたの。しかもその日の倉庫の搬入の締め切り時間が迫ってて…。」
「おうよ。おかげさんでこっちは仕事が終わってたのに、お運びを手伝わされちまったぜ。」
 話の先を引ったくり、親方は“かっかっかっ”と愉快そうに笑った。
「段取りってもんを考えねぇから、そういうことになんのさ。」
「はいです。」
 仰有る通りでございます。その反省を踏まえて、一応は自力で押し引き出来る重さだけを積んで、擦り切れた石畳の路上へと押して出る。
「じゃあ、第一陣、行ってきます。」
「おう、気ぃつけてな。」
 これでも結構…見た目よりかは力はあって、腰の高さにまで何段か積み上げた木箱を載せた台車をがらがらと押してゆく。この辺りはウチみたいに祭りの裏方を担う家やら店やらが固まっているので、出店も催しに縁のある出し物もなく、よって…地元の人は別として、あまり観光客の行き来はない。だというのに、ルフィはあんな奥まった通りに何の用があって入り込んでいたのかなぁ。そんなこんなと考えながらぼんやり歩いていると、
「あややっ☆」
 台車の前輪が石畳の窪みに挟まって急停止したから堪らない。よそ見してたからだわ、きっと。がくんっと停まった台車の座面から、その弾みで前へと押し出された木箱。縁ぎりぎりで止まって滑り落ちはしなかったが、一番上になってた木箱だけはバランスを崩してごろっと落ちかかる。後ろから押してた関係で、受け止めるには前へと回り込まねばならず、さりとて…そこまでの運動反射は持ってないあたしだ。
「うひゃ〜っ!」
 何ともはしたない声を上げ、肩を縮めて押し手のバーをぎゅうっと握り締めた。だって、さっきルフィにも言ったように、これ全部火薬なのだ。そりゃあさ、ちっとやそっとではさすがにどうもしないけど、だからってやっぱし油断は禁物。静電気でさえ発火しかねないほどの危険物。それが衝撃を受けたとして、その摩擦で発火しないと誰が保証出来ようか。………ところが。
“………?”
 木箱が転げ落ち、中身の二寸玉が転がってゆく“ごろん・がこん・どすん…”たらいう物音とか、当たりどころが悪くての引火と、他のへの延焼、そして大爆発…とやらを恐れて反射的に身構えていたのに、そういった種の危険が起こったような気配はなかなかして来ない。あたしが眸を開けるのを待ってたりして? 様子を伺おうと顔を上げた途端にどかんと行くのかも? そうと思ってますます眸を開けられないでいると、
? どしたんだ?」
 背後からのそんな声がした。…へ? この声って? そして、
「花火玉だったら無事だ。」
 今度は正面からの…聞き覚えのない声。もしかするとちょっとばかし想像から外れた状況になっているらしくて、しかもそれってかなりラッキーな方向であるらしくって。
“夢なら正夢、逃げないで逃げないで。”
 こんな時のおまじないを心の中で呟いてから、そぉっと眸を開ける。真っ先に視野に入って来たのは、知らずそういう態勢になっていたらしい、俯いておでこをくっつけていた、台車の押し手のバー。そこからそぉっと顔を上げると、
「怪我はないのか?」
 低くて響きの良い声がする。しかも、間違いなくあたしを気遣ってくれてる。
「どうした? どこか打ったのか?」
「あ、いえっ。大丈夫ですっ!」
 滑り落ちかかってた木箱は、一応あたしが積んだくらいだからそんなに…途轍もなく重い代物ではない。でもね、ひょいっと突き出された刀の柄の先っちょで、こつんと支えられるほど軽くはないと思うの。なのにその人は、鞘ごと少しだけ腰から引っ張って突き出させた刀の柄の先っちょで、そう、左手だけで無造作に一点だけを支えて、見事に木箱を留め置いている。顔も声も余裕の平生もので、全然力んでないから凄っごいったら。あたしのどぎまぎした返事を聞いて、
「なら良いさ。」
 その人は“くくっ”と小さく笑って見せてから、ここでやっと右の手も箱に添え、元あった位置へと戻すとそのついでに…ひょいと屈んで一番下の箱を押し、それは簡単に木箱全部を押し手の傍ら、一番奥まで押し込んでくれた。
「ありがとうございます。」
 再度頭を下げるあたしに小さく笑ったままだったその人は、後で聞いたら…ころころと表情が変わるところが何とも可笑しくてつい笑ってしまった、んですって。ちょっと失礼じゃない? それ。でもね、何て言うのかな。そうだったって聞いても何だか怒れなかったんだ。だって、何だか………素敵な人だったから/////。素敵…っていうのとは微妙に違うかな? エレガンスだとか、華美とか、優雅とか、そう、所謂“美しい”とか“繊細な”とかいうタイプとは掛け離れてるから。頑健にして強壮。粗野にして強靭。あえてその魅惑を美的な感覚へつないで表現するなら“無造作の美”というところか。…いきなり寝言言い出した訳じゃなくってよ。これでも先々でアーティスティックな作品を手掛けなきゃいけない花火師見習い。ものの描写の妙なることってのも、感性の一つとして必要なんだから。とゆ訳で話を元に戻すと………日常的に腰に日本刀を差してるくらいだから渡り剣士か何かなのね。短く刈られた髪は珍しい淡い緑色で、染めてるのかな? 鋭角的な、彫りのくっきりした顔立ちで、印象は…一言で言えば“凛としていて清冽”。龍眼っていうのか、力強く吊り上がった迫力ある碧の目許が、でも笑うとどこか優しい。細く切れ上がって鋭い…っていうのじゃないからだろうな。意志の強そうなところがかちっとした口許に現れてて、耳元には、あらら、お洒落ね。片方にだけピアスなんか下げてる。顔だけでも十分魅力的な男前だのに、体格も…凄い凄いかっこいいvv あたしらの仕事は火薬への知識や長年の勘、緻密な計算、集中力や芸術性なんかが必要だけれど、それにもまして何かと力仕事が多い。しかも本舞台は野外だから、体中が陽にだって灼
ける。だからして、若い衆たちの屈強、且つ、陽灼けした体つきを日頃見慣れている筈なのに、その人の引き締まった体格というのか姿態というのかは、そんなあたしでも見ただけでくらくらっと来そうなほどに、それはそれは強かでセクシーだったの。シンプルなシャツ一枚っていう上半身だけでも、もうたっぷりと男の色香という魅惑にあふれていたもんだから、言葉を無くして見惚れてしまっちゃったのよん、これがvv でも…刀を腰に据えてたのが、サッシュやフォルダーじゃなく“腹巻き”ってのはどういうセンスなのかなぁ。(笑)
「大丈夫か? 。」
 ほややんと見惚れていたあたしに、再度後方からの声がかかって、パタパタとすぐ間際に寄って来た気配。はっと我に返って、
「あ、うんうん。大丈夫だった。」
 やっぱりだ。心配そうに顔を覗き込んで来たのは、ルフィだった。でも…あんた、誰かと待ち合わせてたんじゃなかったの? あそこから離れても良いの? てっきり、あすこに居残ってて、店先から離れたあたしを見送ったと思ってたのに。心配要らないわようと笑って見せると、そっかと笑ってそれから、木箱を受け止めてくれた人の方を向く。

  「どこ行ってたんだよ、ゾロ。」

   ………はい?

「ご挨拶だな。お前の方が行方くらましたんだろが。」
 魅惑の深色のお声が応じたのへ、
「違う。迷子になったんはゾロの方だ。」
 胸を張っての大威張り。ルフィはその剣士さんへとタメグチをきいているから。………え? え? もしかしてお知り合いだったの?
「俺、ずっと動かないで待ってたんだぞ?」
「そうか。そりゃあ偉かったな。」
 にっかり笑って、麦ワラ帽子の上から“ぽむぽむ”と頭を軽く叩いてやってる。そっか。お友達、ううん、もしかしてお兄さんだとか? いかにもな“子供扱い”をされているのに、ルフィが膨れたりしない辺り、よっぽど仲が良いと見た。傍で何となく立ち尽くして、そんな彼らを見やっていると、
、こいつゾロ、俺の仲間なんだ。」
 ルフィが当然事のように紹介してくれる。
「あ、えと、うん。初めまして。」
 も一度頭を下げたあたしに、ゾロさんはやっぱり“くくくっ”て笑って見せて、
「ああ。よろしくな。」
 気張らない声でそう言ってくれたの。何か何か、ツイてるな、今日のあたし。ルフィは可愛くて楽しい子だし、お兄さん
のゾロさんはカッコいいしvv
、それ、運ばないといけないんじゃなかったか?」
「あ、そだった。」
 ルフィに指摘されて思い出した。…うう"、この鈍さは一生治んないのかなぁ。
「どこまで運ぶんだ?」
「会場。港の傍の海岸で明日から始まるお祭りがあるんだけど、その夜の部の一番の見物なのがこの花火たちなの。」
「そだぞ、ゾロ。この町は勇者のお話があって、花火が有名なんだぞ。」
 先にあれこれと伝説や由来話を知ってたルフィが、まるであたしの方の身内みたいに言うもんだから、あたしも、それからゾロさんも、可笑しくって堪らない。
「さあ、運んじまおうぜ。まだまだ一杯あるんだし。」
「そうね。運んじゃうわね。」
 そう言って歩きだそうとすると、手伝ってくれとは一言だって言ってないのに、当たり前のことであるかのように、台車の押し手に手をかけたのがゾロさんで、
「会場ってどっちだ?」
 先頭切って歩き出し、そのくせ肩越しにそんなことを聞いてくるのがルフィで。
「えと、あっちよ。そこの通りに出てから坂を下りて行って、飾り付けしてある道なりに進んで行けばすぐ。」
 がらごろと台車を進めて町なかを行く。見慣れない顔触れで歩いてるあたしに、だけれど、注意を留める人は少ない。だって今日は前夜祭。ただ見物に来た観光客と違って、地元の人たちはそりゃあもうもう忙しい。海への感謝を捧げる神事っぽい儀式に携わる人たちは、数日前からいろいろな儀式をこなしてて、今夜の祭りでは花火に点火する大役を前に、最後の“禊
みそぎ”とかいうのに入っている筈。宿屋や食堂、レストランや土産物屋は日頃にも増しての忙しさだろうし、道筋に出てる屋台や夜店の準備で文字通り駆け回ってる人たちも少なくはない。こういう…本番直前の舞台裏っぽい騒然とした雰囲気って好きだなぁ。しかも。今日は何だかラッキーなあたしで、
「…んん?」
 ちょろっと前を見れば、屈託のない笑顔が振り向いてくるし、
「どした?」
 傍らを覗き見れば、物凄い男前さんがこっちを見返してくれるしvv
「あ、えっと。そこの角、左へ…って、ルフィ違う、そっちは右。」
「ああ、こっちか。」
「………ゾロさん、こっちだってば。」
「おお、そうか。」

   ……………。

 何なの、この人たち。もしかして右と左が判らない…の? ぷぷぷ/// なんか可愛いvv
?」
 笑い出しそうになるのを必死で我慢して、ついつい口許を引きつらせてたら、ルフィから怪訝そうな顔を向けられちゃった。
「あー、えっと。こっち。後は真っ直ぐだからね。」
 誤魔化すように前を指差す。まま、誰にだって欠点はあるさね。でもでも、可愛い欠点だこと♪





 会場は港の手前。色々な催し用の広場になってるところで、ビーチバレーの大会とかも開かれてたりするほど広々したスペースだ。今は、青空の下に椅子とテーブルとがオープンカフェ風にずらりと広場中に並べられてて、ところどころに立てられたポールからポールへ、ひらひらとカラフルな小旗を連ねたロープが幾本も渡すように飾られてある。ロープには小さな電飾がからめられてあって、夜にはちかちかと可愛く光るのだろう。端の方では色々な屋台が着々と準備中。海側に仮設のステージが組み上がってて、その裏手には海を背景にテントが十基近く並んでる。係員や担当者の詰所というところかな。その一番奥があたしたち花火関係者のスペースで、打ち上げ用の合図を送り合うスイッチとかがセットされてある。(注;現実の現代においては、点火作業はコンピュータ制御になってる場合が多いです。)
「えと、ここから石段の縁沿いに回ってくの。」
 広場は土や砂地が剥き出しの場所。例に挙げたビーチバレーとか、あとスイカ割大会とか、ビーチや海に関係ある催しが多いから、テラコッタの煉瓦だのタイルやコンクリなんかの石で固めちゃう訳にはいかないんだな、これが。だからして、港に遠い方、町からやって来たすぐ手前の側だけ、広場まで降りてく石段の縁が4、5mほどの幅のまま弧を描くように海岸近くまで延びてるから、台車なんかを使った搬入には、遠回りにはなるけどそっちを通ることになる。今も色んな道具やら材料やら運び入れてる人たちが引きも切らずで、台車をがらがらと押して行き違ってる様子がなかなか盛況だ。
「真っ直ぐのコースでは砂地があるからね。台車では進めないのよ。」
 説明しながらコースを示すように腕を伸ばす。今度は一本道だから左右もへったくれもない。迷いようがないってもんで、ルフィもゾロさんも素直に台車用の舗道を進んでゆく。
「この町へはいつ着いたの?」
「んと、今朝早くだ。」
「補給? それとも観光?」
「両方だ。でも、俺とゾロは買い物班じゃなかったから“観光だけ目的”だな。」
「買い物班って…。じゃあ客船じゃなく自分たちの船で航海してるんだ。」
「そうだ。よく判ったな。」
 無邪気に小首を傾げるルフィ。屈託のないトコがホントに可愛いなぁ。それに、そんなルフィを見やるゾロさんのお顔も。何てのかな。判りやすく微笑んでるって顔ではないの。普通の、素の顔っていうのかな? でも、なんか。可愛くてしようがないぜ、この野郎って眸になってる。あっち向いたりこっち向いたりするの、しっかり視線が追ってるもん。判るけどもね。こんな無邪気で、しかもお初の土地で簡単にはぐれるような子。確かに眸を離しちゃあいけないわよ、うん。
「あそこか?」
 テントが見えて来て、あたしも大きく頷いた。
「打ち上げ用の筒はこの奥の堤防沿いに仕掛けてる最中な筈。そのセッティングが終わり次第、花火玉もそっちへ運ぶことになるんだけれど、今はまだここに置いとくの。」
 打ち上げの方の班長さんたちの姿がないから、セッティングにかかり切ってるってトコなんだろな。でも、困ったな。誰か居るだろと思ったから親方もあたし一人でやったんであって、こんな場所に花火玉の木箱を見張りもつけないで放置しとく訳にはいかない。
「…あ。」
 近づきつつあるテントの陰に、あれ? 誰かの姿を発見。良かった、任せて帰れる…と思ったのもつかの間。
“………誰だろ、あれ。”
 見覚えのない顔だ。ウチは結構大所帯だけれど、それでも職人さんたちの顔は全部把握しているし、こういう仕事だから素人のアルバイトさんは雇えない。だから、臨時に雇った人で顔まで知らなかった…というよな相手は一人もいない。そんな人が、なんでまた…あたしん店のテントでごそごそしてんの?
「ちょっと、そこの人?」
 その表情が見通せるほどまで近づいて、あたしは足を速めると相手に近づきながら声をかけてた。
「そこってウチの専用テントなんだけど。何か御用?」
 相手は男で、何だか安っぽいアロハ風のシャツを着た…全然見かけない顔だ。ウチの人間どころか、ここいらの人でもないぞ、こいつ。
「…っ。」
 あたしに気づいて顔を上げた男は、怒ってるような威嚇してるような顔を向けたものの、あたしだけじゃないって気がついたんだろう。チッと舌打ちをしてから、あたしの傍を足早に擦り抜けて、町の方へと去ってゆく。そのすれ違いざまに、
「………あっ。」
 わざとだろう、思い切り肩をぶつけてったの、腹が立つぅっ! 勢いが思いの外にあったから、あたしは“よろよろっ”てふらついてしまって。もう終点だから幅の分しかなくなってた台車用の遊歩道の縁、ぎりぎり海へ迫り出してた縁石のところまでたたらを踏んで…あやあやあや、落っこちるぅっっ!
「危ね…っ!」
 咄嗟のことだ。ああ、こりゃあ運が悪かったなぁって。あたしとしては、頭のどっかで諦めてもいたの。下は少しは深さのある海だったから、岩にぶつかって怪我…っていう心配はなかったし。勿論、あの怪しい男へは“今度見かけたら絶対リベンジしちゃるからなぁ”と思ってはいたけれど。
(笑) だから、そんなあたしへ腕を伸ばしてくれて、
「そらっ。」
 前掛けのベルトを掴んだそのまま、反動つけてぐいっと引っ張り、海へのダイビングを阻止してくれたゾロさんの反射神経と腕っ節には、
「え? え? え?」
 はっきり言って何が起こっているのだかも判らなかった。ただ、
「ああっ、花火玉がっ!」
 親方、褒めてっ! あたし、自分の身より花火玉を素早く心配したのよ?
(笑) 海へと落っこちそうになったあたしを掴まえようとしたゾロさんだったのは嬉しいんだけれど、その代わりのように台車が…制御する人が居なくなった台車が縁石に向かっていって激突。ばうんっと撥ねて、木箱が宙に舞ったのが見えた。ぶつかった拍子に宙へと舞った二寸玉たち。海へと向かって散り散りに吹っ飛んだそれらを見て、
「あああっ、親方から怒られるっ。」
 爆発の心配はないけど、海に落ちちゃあもうダメだ。今度こそは確実だよんと頭を抱えたところが、
「ゴムゴムの…」
 え? なになに? ルフィったらどしたの? 何だかお念仏みたいな声がして、次の瞬間には、
「投網っ!」
 大きな声でそうと叫んだルフィだったから。……………はい?



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