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『あの町の花火はな、伝説の中、勇者への篝火として使われたものが発達したせいで、発光時間がすこぶる長いんだ。』
船に戻って急いで出港したその後で、夕食をとりながら昼下がりからのあれこれを皆に話したところ、ウソップが別な…恐らくはその勇者ゆかりの武器だの道具だの、ちょっとばかし怪しい代物を扱ってでもいた装備屋辺りから聞いたのだろう話を補足してくれて、
『そっか。花火職人と会ってたか。俺もその場に居りゃあ、少しは手助け出来たのによう。』
そんな調子の良いことを言っていた。彼の助力云々はとりあえず置いといておいおい、ウソップが聞いた話は本当であるらしく、随分遠くなりつつある筈なのに、花火の光はその仕様の見事さのディティールがくっきりと夜陰に映えて、いつまでもとても目映くて。笑顔がとっても気持ちよかった、気さくで明るくてやさしかった、花火師見習いの少女をそのまま彷彿とさせた。そのまま間近に眸を転ずれば、
「綺麗だなぁ〜〜〜。」
遠い花火をじっと見やって。ぽかんと口を開いて、時々、感に堪えたような声を出す。丸い額に大きな眸の童顔が、真珠のような色合いの月明かりの中、普段よりもずっと幼く見える。
「けど、は見てねぇのかな。」
そんな言葉をルフィが続けたのは、あの少女がこんなことを言ってたからだ。
『本職の花火職人はね、本番では空は見ないんだって。ちゃんと点火出来てるかどうかを気を抜かずに見届けてなきゃいけないから、筒の方ばっか見てるもんだって、親方が言ってたの。』
機械で制御しての打ち上げならそんなこともないのだろうが、そこが昔気質の職人の頑迷さ。最後まできっちり、自分の目で見届ける責任というもの…事故がないようにという意味ともう一つ、打ち上げまでを全部“自分の仕事”だとする、人任せに出来ない頑固な職人気質を感じさせ、いかにもあの親方なら言いそうなことだと、聞いたその時は納得した彼らだったが、
「どうだろな。」
剣豪殿はあっさりとした声で打ち消すような応じ方をする。
「は打ち上げには駆り出されちゃあいないって言ってなかったか?」
こんな短い言いようですぐに通じて、
「あ、そっか。」
じゃあ見てんのかもなと、ルフィは途端にニコニコと頬を緩ませる。港を離れて、浅くながらも一眠りしてもなお、こうまでその存在の感触を気持ちの中に温めて名残り惜しむなんて。この彼には随分と珍しいことだなと、ゾロはふと気がついた。すぐにも頭や気持ちを切り替えて、次の何かへ気分が向く筈が、いつまでも感慨深げでいるなんて、
“アピスと一緒だった頃以来じゃねぇのかな。”
ビビやカルーのことを印象深く思い続け、いつまでも感傷に浸っていたのは、一緒にいた時期の長さが違うし、何と言っても一国の命運を賭けるほどのすさまじいまでの死闘を繰り広げたせいもある。だが、はといえば、ほんの半日ほど一緒に過ごしただけの相手。一般人のの側からすれば一生に一度あるかないかという大事件だった騒動もあるにはあったが、あのくらいの騒ぎ、自分たちからすれば…自慢ではないがしょっちゅう巻き起こしたり巻き込まれたり、当たり前のように身近な出来事に過ぎない。
「…なあ、ルフィ。」
「んん?」
視線を花火から外そうとしないままな彼に、だが、苛立ちはせず、無心そうなその横顔を見やりながら、ゾロは言葉を続けた。
「お前、珍しいくらいに、のこと気に入ってたな。」
女性には別け隔てなく惹き寄せられるサンジと張り合うように、まるで“自分の”扱いをしてもいた。
「…そうだったかな。」
意外なことを訊かれた…にしては。その“意外なこと”を繰り出したゾロの方を向こうとしない。
「………。」
それ以上は何も言わないゾロが、何かしら…からかうでなく“判ってるぞ”と言いたげに薄く微笑ってるよな気がして。唐突なことを訊かれて、驚いても怪訝そうにもなってはいなかったルフィが、されど、やっと花火から視線を外して目許を少しばかり伏せると、小さな小さな声でこんなことを呟いた。
「あんな。…に抱き着かれた時、マキノさんの匂いがしたんだ。」
ああ成程な、と。ゾロにもやっと納得がいった。自分の家族のことをあまり語らないルフィ。だが、その代わりのように、故郷の話の中でしょちゅう引っ張り出していた女性の名前だと思い出す。姉のように母親のように優しかった、けれど仕事柄か責任感は強くて気っ風(きっぷ)のいい、若くして酒場のオーナーだったという“マキノさん”。頭を叩かれたルフィを心から心配し、強く引き寄せ、胸元に抱き締めたその行為や温かさ、そして匂いに色々と感じ入った彼だったらしく、だが
“そういう時にお母さん(代わりだった人)を思い出してどうするよ。”
やはり相変わらずにまだまだ子供だなと、ゾロとしてはほのかに安堵する。いや、嫉妬を覚えていた彼だったからではなくって。(んんん?/笑) 急に色気づいた彼であって、そこから知恵やら嫉妬やら身につけた“大人”になってしまったのならちょっとは寂しいかなと、保護者っぽい感慨が沸いていたから…って、あんたもそっちかい。色気のない。(笑)
「………。」
少しずつとはいえ、やはり離れつつあるせいだろう。花火自体は目映い閃光だから多少離れても見え続けているものの、その独特な打ち上げ音が、少しずつだが確認し辛くなっている。夜陰の静けさを掻き回すのは、時折すぐ傍らを吹きすぎる潮風の寂寥感を滲ませた小さな唸りだけ。………ふと。
「が言ってたろ。」
ルフィがぽつりと呟いた。
「んん?」
「いくら親しくても言ってくれなきゃ判らないことは沢山あるって。」
自分の仕事に生涯を懸けて誇りと責任を持つ、一人前の職人を目指そうという天晴な心意気のせいでだろうか。本人は何かにつけ“鈍臭い”と自己評価していた割に…それでも随分と闊達そうな少女だったが、その反面、繊細で臆病そうなところもそれなりに持ち合わせていて、
「ああ。」
あの時こそっと打ち明けてくれた様子は何とも可愛らしくて、ウチの女性陣たちにはまず望めない顔だったよなとまで思いつつ、さしたる抵抗もないまま頷いた剣豪へ、
「何となくで判ってても、ちゃんと言ってほしいことだってあるんだよな。」
ルフィはそんな風に付け足すから、
「? 何だよ。」
いやに神妙なことを…それもどこか回りくどい言い方で言い出す彼だなと、ようやく不審そうに感じて眉を寄せると、
「最近、ゾロから“好き”って言ってもらってねぇ。」
「……………あ。」
こらこら。何だ、その間の抜けたお返事は。顔や視線はやはり、花火の煌めく彼方の空へと向いたままながら、意識だけはこちらを真っ直ぐ向いている彼だと判る。ゾロからの応じを…返事を待っている彼であると。
「あ、と。」
言葉に詰まりながら、ついつい見返した少年の横顔。夜風に時折はためく額髪の、その下に見え隠れするのは。深みのある潤みを含んでなお光る、つややかな宝珠のような黒々とした眸。昼間はあんなにもお元気の塊りで、お日様のように見える彼が、どうして月光の下ではこんなにも違って見えるのだろうか。
「………。」
きゅうっと指が白くなったのは、見張り台の手摺りを強く掴み締めたせいだろう。そのまま飛び降りて去ろうという気色をルフィの態度の中に感じてか、足にバネを溜めんとする気配ごと、咄嗟に伸ばした腕の中へと小さな肢体をそのまま封じ込めるゾロだ。
「…ゾロ。」
取り込まれた腕の中。懐ろの深みに引き込まれ、その途端に彼の匂いにも包まれて、少しだけ落胆しかかっていた気持ちがじんわりと宥められる。どんな荒くれ男が相手でもその一瞥だけで縮み上がらせることが出来るほど、それはそれは恐持てのする彼だのに、本当はこんなにも穏やかでやさしいところだって持ち合わせているのだということ。どれほどの人々が知っているのか、もしかしたら自分しか知らないのではなかろうか。そう思うとそれだけで、とびっきりの優越感に胸の底辺りがくすぐったくなる。そんな彼からの想い入れ、言葉でもほしいだなんて、欲が深かったのだろうか。見かけ通りに面倒臭がりで、見かけによらない照れ屋なこの男にとっては、こんな風に行動で示しているだけで、既に十分“羞恥心”のゲイン目一杯なのかもしれない。
「………。」
今日のところはまあ良いかなと、そんな風に思おうとしかかったその時だ。
「先に言われてしまうと、催促されたみたいで言いにくいよな。」
低められたことで柔らかな甘さの増した、響きの良い声がすぐ耳元でして、
「………好きだぞ。ルフィ。」
「…っ!?」
どんな顔で言ったみたのやら。抱え込まれている腕にこもった力が増した辺り、落ち着いた声音ではあったが、その実、かなりの覚悟が要ったには違いなく。
「…ゾロ。」
「なんだ?」
「花火はもう良いから、部屋に帰ろうよ。」
「いや、花火はともかくも俺は“見張り”だって言ったろがよ。」
「船長命令で、もう見張りの必要は無〜しっ。」
「…そうはいかんだろ。」
うう、しまった。これって“蜜月まで〜”じゃなかったよなと(笑)、ごちゃごちゃ言い合いつつ既にいちゃついている、いかにも幸せそうな彼らの傍らからこっそり離れる、実況担当、別名“出歯亀”でもある筆者でございます。ではではvv
〜なし崩し的に、これで終しまい(こらこら)〜 02.8.12.〜8.19.
*昨年の“アリスSOS?”に続きましたる今年の真夏の試みは、
ドリー夢小説と相成りました。
いかがだったでしょうか?
こういうのはあまりお好きではない方もいらっしゃいますでしょうから、
去年の“女装もの”同様、偏った贈り物になってしまっておりますが。
今年もやはりものすごく暑かった夏がいけないのよと、
全てをお天気のせいにして、無責任な筆者はとっとと立ち去るのであった。
さらばだ、とうっっ!(笑)
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