Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
其の六 “夜景宙華”E  
2002・夏休みすぺさる


          




 騒ぎを聞きつけてた近所の人が先に駐在所まで通報してくれたらしくて、ぽかぽかぽかって全員を思う存分殴り終えたと同時くらい、早速のように警察の人たちが来た。祭りの前夜祭で町中が混雑してたにもかかわらず、さっさと来てくれたのは、ちょうど手配が回ってた一味だったからだそうで、ウチの雁皮紙に書かれてたのは、ここいらの島々の政府が年間予算とか税金とかを全部預けてる連邦銀行の、特殊な金庫の鍵にセットされてた暗号だったんだって。うひゃあ〜だわ、そりゃ。
「助かりました。こいつら、色々と用意周到で、しかも現場では残忍で手荒い仕事をする奴らなんで、なかなか足がつかなくて手を焼いてたんですよ。」
 目撃者が残らない、つまりは皆殺しがモットーの血も涙もない一味…とかで。早い話、公安としては後手後手に回ってたのへギリギリとしていたらしい。こいつらの自供から、向こうの花火屋のご主人は小さなお孫さんを人質に取られてたって事も後日判った。だからご主人は誰にも何にもホントのこと話せなくて。こいつらが在庫を全部調べ終えるまで雁皮紙に触れなかったから、作業が完全にストップしちゃってたんだって。もうもう、悪辣にも程があるわっ。あっさり捕まる直前に、思う存分ぼっこぼこにされて怯えてたの見てたから、物凄くせいせいしたわよ。大体、そもそもは自分たちがうっかり紛れ込ませたドジのせいじゃん。自業自得ってもんよ、ざまあみろ。そんな具合で、気がせいせいとしていたもんだから、あたしったら…またまたうっかりしていたの。

  「逮捕にご尽力いただいたのは、こちらの…?」

 警官だけでなく海兵もいたのは、賊らを沖合に来ていた収監船に乗せる段取りになってたからだそうで、ウチの町にあるのみたいな小さな役所では、確かに取り扱いかねる輩たちでしょうよね。でも、店先での事情聴取を進めてたその最中、

  「………おや?」

 何かに気づいたような声を出す海兵さんで。そいから…何となく視線を外してるゾロさんやサンジさんの態度に、あたしも遅ればせながら気がついた。ああっ! そうよ、この人たち、賞金首だったんだ。賊が万が一にも意識を取り戻したり抵抗したら、あたしたちが危険だろうからって、警察が来るまで傍に居てくれたんだのに、うう"。やっぱ鈍
とろいわ、あたし。
“………。”
 どうしよう…と内心でやきもきしていたら、親方がそっと、あたしと店先の隅っことを交互に見やる。え? え? 何なに? …あ、そっか。合点が行ったあたしは、そそそ…っと後ずさりで店先へ寄り、軒先の隅に置かれた段ボール箱にわざとらしく後ろざまにのしかかる。すると、箱は簡単に四隅が裂けて、

  「…ああ、いけないわっ! あたしったら、花火玉の箱に蹴つまづいたの。
   みんな、急いで“ここから逃げてっ!” さあ早くっ!
   暴発するかもしれないわっ!」

 ごんごろごろろ…と石畳に転がり出たのは、確かにウチで作ってる花火玉。淡い茶褐色の雁皮紙を貼り重ねて作る、野球のボールくらいの二寸玉が、川の氾濫よろしく、陽光に満ち満ちた明るい道一杯にごろごろとあふれ出す。
「花火玉だって?」
「ひえぇっ!」
 くどいようだけれど、花火とダイナマイトは威力が違うだけで扱いに注意がいるとこは一緒。何たって火薬の塊ですからね。これだけの数がどうかしたとして、至近で衝撃を浴びたなら堪ったもんじゃないからって、警官やら海兵さんやらが、引っ括った賊を部下の係官が連れてった通りの向こうへあたふたと遠のいて、

「…っ、今のうちだ、ルフィっ。」
「え? だってよ。大変だから、んこと手伝わねぇと。」
「か〜〜〜っ、馬鹿か、お前はっ!」

 サンジさんが苛々と、でも、声は出来るだけ押さえて言い放つ。

ちゃんは俺たちを逃がそうとしてくれてんだよっ!」
「…え?」
「ほら、行くぜっ!」

 こっそりのウィンクを寄越してくれたゾロさん、サンジさん。そんな二人に両側から腕を取られて、ほとんど担がれてるような格好でこの場から離れてくルフィ。

「何でだよぉ。…っ。」

 まだ少し、一緒に遊んでたいのにと言いたげな、抗議のお顔だったのが、何だか…こっちも同じ気分だったから名残り惜しかったけれど、
“みんな、元気でね。”
 もう会えないかもしれない。きっと、多分。あたしが海へ出てけば分からないけど、住んでる世界が違うからね。でも、大丈夫だよ。あたし絶対忘れない。大物になったら新しい手配書が回って来るから、新聞にだって載るから判るもんね。物凄く有名な海賊になって、大活躍して取材されて、元気でいるぞって伝えてくれれば良いからね。じゃあね、またね、元気でね。

















   ……………あ、そうそう。


 何とか全部回収出来た“花火玉”は、実を言うと本物じゃあない。あたしがまだ小さかった頃に、職人さんたちの真似をしたがり、そんならやってみなって本物の雁皮紙で作らせてもらった“お稽古で作ったところの偽物”だったのだ。それをあんな沢山、しかも一個も捨てずに、あんなところにまだ置いてたなんて。親方ったら判んないことするよねぇ。ま、それで助かったんではあるけれど。



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