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今日は年に一度の勇者サマのお祭りで、朝から爽やかな最高の上天気の中、花火屋のあたしたちはクルクルと忙しくって。それでもそろそろ、本番前のわくわくと緊張が始まる頃合い。打ち上げの方にはまだまだ全然関わらせてもらえてない、一番新入りの使い端つかいっぱのあたしは、お勝手からもよく見えるウチの花火を観ながら、終わったら全員で突入となる大宴会の支度の方を手伝うことになる。無礼講で名物料理や御馳走の食べ放題だ。そうだ、ルフィたちにも食べてってもらおう。賄いのオバちゃんの作る、お稲荷さんとイカの香味揚げ、物凄く美味しいんだから………。今日の後の予定はこんなものだった筈で、その内のどれにも、こんな展開が挟まるような予定も余裕もなかったのに。
「な、何なのよ、あんたたち。」
ちょこっと嬉しいような、でもでも何だか恥ずかしいようなことがあって、そいで気持ちを落ち着かせたくて、しばらく隠れていようと飛び込んだ裏庭だった。作業場での仕事も最終段階。もう蔵には用はない筈だから、誰もいないと思っていたのに。そこには親方と見たことのないおじさんたちがいて、しかも何だか不穏な空気で。
『逃げろっ、っ!』
親方が叫んだけど、あたしがトロかったせいで恐持てのするおじさんにあっさり捕まっちゃって。………どういうことよ、これ。なんで? 何が起こってるの? こいつら、何者? 裏の板塀が壊れてるのは、こいつらが水路から強引に押し入ったせいなの?
『その子に手ぇ出すなっ!』
親方が怒鳴ったのへ、
『うっせぇっ!』
別な男がすかさずのように怒声を浴びせた。
『あんたは黙って蔵ぁ開ければ良いんだよ。このお嬢ちゃんが可愛いならな。』
話の流れから見て、あたしが“人質”になってるらしいのが何だか悔しい。安っぽい派手さの浮いた、チンピラみたいなシャツを着た連中で、でも、今日のお祭り騒ぎの中なら浮かない格好だ。結構計算している、頭のいい奴ららしい。あたしの空威張りっぽい声にも、直接掴み掛かって来た奴が馬鹿にしてるみたいに“にやっ”て笑って見せただけで、余計なことは何にも言わない。
「…ほら、開いたぞ。」
分厚い壁の表面を白い漆喰塗りで仕上げられた、いかにも古めかしい作りの蔵の扉は三枚戸…三重になっている。重くて分厚い観音開きの大扉と、堅くて厚い一枚板の引き戸。そして、上半分に内側から金網の張られた内戸。宝石のように換金性はないけれど犯罪に使われかねない火薬を盗む“不心得者”がいないとも限らないからと、簡単には入れないよう、3つの鍵で守られている。そういう防犯のためもあるが、何より…火薬っていう危険物をしまってある倉庫、中で何か起こっても外へ大丈夫なようにと壁が厚い。だからして、
「そこには金目のもんなんか入ってないわよっ!」
見かけは一応立派だから、勘違いしてんじゃなかろうかと思った。親方はお祭りの関係者の小さなリボンを作務服の袖につけてるし。屋台の売上とか準備金とか寄付金とかを預かってる人だと間違えられたんじゃあ…。そう思って叫んだあたしへ、
「判ってるさ、そんなこたぁ。」
あたしを捕まえてた男がまた“にやっ”て笑って、突き飛ばすみたいにして一応は解放してくれた。でも、親方の傍に寄ろうとすると、
「動くんじゃねぇよ、お嬢ちゃん。」
親方の傍らにいた別な奴が体の前でちゃきって構えてこちらへと振り向けられたのは、テレビとか映画で見たことがある“拳銃”だった。
「俺たちが探しもんしてる間、じっと大人しくしてな。」
きぃ〜〜〜っ。あたし、こういうやり方で人の頭を押さえ付けて言うこと聞かす奴って、大嫌いなんだけどっ。(怒っ) それに、今やっと気がついた。昼前にウチのテントにいた怪しい男。あれもこいつらの仲間じゃないの? センスない服装が似てるもん。でも…でもさ、何でまた、ただの花火屋でしかないウチが、こんな奴らに嗅ぎ回られたり襲われたりしてんの? 判んないことが一杯で、でも、親方が眉をキツク寄せて“逆らうな”って顔するから。こういう時も、親方から言われたこと、聞かなきゃいけないのかな。うう"…。大体、何でこんな奴らの言うこと唯々諾々と聞いてんのよ、親方っ! いつだったか、都会の街から来た、やっぱ柄の悪い奴らを、威勢のいい啖呵だけで追い返したこともあったのに。
「おい、どこだ? 紙の包みはよ。」
蔵の中はそんなに明るくはない。あんまり電気配線とか通してないし、明かり用の火皿も勿論置いてないからだ。要領を得ないせいでか、どたばた・がたんという、荷を乱暴にいじってる音と苛立ったような声がする。
「おいこら、あんまり乱暴にすんな。火薬の荷もあんだろ。爆発したらしゃれにならんぞ。」
ふぅ〜ん、一応は色々と判ってるんだ。でも………。
「紙?」
それって雁皮紙のことかな。花火玉っていうのはさ、特別な和紙を何重にも貼り重ねて玉状にするの。どういう姿になるかを計算して配置した火薬がバランスよく夜空へ飛び出すように、外殻は素早く燃えてしまわないといけないのだけれど、空へ高々と打ち上げる点火段階の爆破でばらけては話にならないから、薄いけど丈夫な雁皮紙っていうのを使うんだ。表面へ最後の何重かを貼り付ける作業を、今朝までのずっと担当してたのはあたしで、
「…もしかして、これ?」
あたしは作業用のエプロンのポケットから一枚のくしゃくしゃになった雁皮紙を取り出した。数字とかアルファベットが意味なく並んだ書き取りがある。てっきり親方が…新しい花火の火薬の成分表か何かをメモって忘れてんじゃないかって思って。それで、後で見せようと思って退どけておいたんだ。戸口から顔を出した賊どもは、
「それだっ。」
途端に喜々とした顔になる。こんな紙切れのために、あたしら拳銃まで向けられたの? 何よ、大仰な。
「いい子だ、お嬢ちゃん。それをこっちに渡しな。」
「あんたが持ってたってしょうがない。それは俺たちにだけ必要な代物だ。」
何よ、何よ。今更猫撫で声出したって遅いわよっ。何だかもうもう、ムカムカが最上級にまで膨らんでいて、
「…いやっ。」
「?」
途端に親方がギョッとしたけど、だって癪だったんだもんっ!
「あたし、力づくと家柄自慢の威張りんぼは大嫌いなのよっ。これが何なのかは知らないけど、こんなひどいコトする人たちが欲しがってるようなもの、ロクなもんじゃないに決まってる。」
拳をきつく“ぐう”に握って、さっきからずっとむっかりしてた分を込め、あたしは大きな声で言い切った。…けど、その途端、
「…んだと、このアマっ!」
きゃあ・きゃあ・きゃああぁぁ〜〜〜っ!
偉そうに啖呵切ったけど、だからって憤懣の大きさのまんま、度胸や腕っ節や何やらまでもが強くなれるもんじゃあない。親方の後ろ、蔵の戸口に立ってた一際大柄な男に“ずかずかずか”って歩み寄って来られて、声にならない悲鳴を上げて後ずさったけど、大して広い庭じゃないからすぐにも“とんっ”てどっかにぶつかった。何か堅い壁だから裏口の扉かな、これ。ああ、これ以上は逃げらんないよう…っ。そう思ったと同時に、
「…っ!」
誰かが肩を掴んでる。いやだやだ、捕まっちゃった? 足、速い、あいつ。殴られるのかな、刺されるのかな、やだぁ〜っ! パニックで気絶しそうなほど怖かったあたしの耳に、
しゃりん、…がきっっごつっっ!
涼やかな、けれど重々しい音がした。金属音。そいから、何かを叩いたらしい堅い音と、
「ぐうあっ。」
野太い悲鳴と…そして、間近から響いて来た声。
「刀が一本しかねぇってのが歯痒いが、お前らくらいの雑魚ならこれで十分だ。」
何かにぶつかったと同時、無意識のうちに身を縮めて堅く堅く瞑ってた眸。それを恐る恐る開くと、あたしを捕まえた腕は、奴らじゃなくてゾロさんのだったって判った。ついでに言うと、ぶつかったのも壁や扉じゃなくってゾロさんの胸板だった。堅いんだ、こんなに。…いや、ポ〜ッとなってる場合じゃないんだけれどね。顔を上げたあたしに、
「大丈夫か? 。」
こっそり気遣いの声をかけてくれる。やさしいなぁ。お声もまた、何とも言えない良い響きだし。なんか…ホッとし過ぎて気が抜けて、腰も抜けそうだよぉ。
「な、何だ! お前らっ!」
突然現れたこの人たちには、賊の方でも驚いてて。でも、手配書が出回ってるくらい強い人たちなのにね。この人たちは無頼の悪者じゃあないけどさ。それでも一般人のあたしたちよかは同んなじ…荒ぶる海の戦いの世界に住んでいるのだろうに。直接に会ったことないと、こんな反応なのかなぁ。あ、それともレベルが違い過ぎるのかも? 憧れの?“雲上人”がこんなに間近い眼前に現れる訳ないってやつ?
「あ、兄貴ぃ〜。」
あたしに掴み掛かろうとしていた大男は、情けない声を上げて後戻りしている。右肩を押さえていて、太っとい腕はだらんと下がったまま。半袖シャツの袖口から血は出てないから、大方…かの有名な“峰打ち”っていうのでしたたかに叩かれたのだろう。斬られなくたって相当痛かったろうし、手加減しなかったなら骨が砕けてしまうから斬られたのと変わらないダメージを受けるんだよとは、後日親方から聞いた話。助っ人登場に焦ったか、賊らは勇み立ち、親方の腕を掴んで引き寄せて見せる。
「下手な手出しすっと、この親父が…っ。」
今度はそっちを人質にすんのっ?! もうもう、なんて汚い奴っ! 再び激高し、歯軋りしかかったあたしの頭上を、
ひゅんっっ!
何かが風を切って飛んでゆき、
「あわわっ!」
同じ速度で戻って来たけど、今度は塊りになってて、
「おっと、危ねぇ。」
ゾロさんが素早く…またまた片手だけで、足が浮くほど軽々とひょいっとばかりに抱えて退どかしたの。あたしを。あたし…内緒だけど結構重いのに。日々のお仕事で筋肉ついてるからね。こそこそ …で、何がお空を通ったのかなと振り返れば、
「しししっ、の親方ならこっちが預かった。」
ルフィが親方と並んでて、そんな変なこと言って笑ってる。(笑) あ、そっか。ゴムゴムの技なんだ。また見極めらんなかったよう。速い〜〜〜。
「下手なことすると親方がどうなるって?」
「何、ややこしいこと訊いてやがんだ。」
ぽこんと軽く、ルフィの頭を帽子の上から叩いたサンジさんまで揃ってて、さあさあ形勢逆転っ! 頭数は微妙に少ないけど、実際の腕っ節はまだ良くは知らないあたしだったけど、絶対に大丈夫。きっと腕前が違うのよvv だって、海軍の手配書っていう折り紙付きなんだしvv(おいおい、ちょっと違うぞ。/笑)
「なんだ、てめぇらはっ!」
向こうとしては…状況が把握出来てないのか、声が上ずり始めてる。さっきまでの威勢のいい“脅し透かし”はどうしたのかなぁ?
「なに。この親方さんやちゃんの知り合いで、
今は…柄じゃあないが、ちょっくら“正義の味方”ってとこかな。」
くくっと笑いながらサンジさんがそう応じて、その言い方がまた、どこかふざけて聞こえたのだろう。それに…このサンジさん。一見しただけじゃあ、スーツ姿も隙なく決まってるところが、見目が良いだけで場慣れはしていない色男…と解釈されちゃいそうな容姿だし。
「舐めてんじゃねぇよ、くらぁっ!」
威嚇的な声を上げる連中だったが、こちらは相変わらずにどこ吹く風という余裕のお顔なのが何とも頼もしい。
「いいからそれを渡しなっ!」
問題の紙を持ったままなあたしに掴み掛かろうと近づいて来た一人が、だが、
「気安く触るんじゃねぇよ。」
さっきルフィが言ってたのを思い出すような言い方で、ゾロさんが制したのへ立ち止まる。その鼻先へとちゃきっと刀の切っ先を差し伸べていて、
「この人たちの神聖な仕事場を、てめぇらの汚い血で穢しちゃあ気の毒だからな。叩くだけで済ましてやるさ。」
手首の返しだけで、刀の向きをちゃりっと持ち替える彼だったが、
「若造が偉そうにしてんじゃねぇよっ!」
大方、道場での立ち会いしか知らない口だろうと踏んだんだろうな。言われてみれば、ゾロさんて若いしさ。そんなに沢山“修羅場”踏んでるようなキャリア持ちには、到底見えなかったのね。懐ろから匕首あいくちを掴み出し、鞘を抜き放って、勢いよく突っ込んで来たけれど、
「哈っっ!」
重くて鋭い気合いの声だけで、実はゾロさん、わずかにも腕も刀も動かしてはいない。だってのに、
「ひ、ひいぃぃっっ!」
突っ込んで来た男が直前で慌てて止まろうとしてたたらを踏んだ。人を斬るのが怖くなって、無意識にも刀を引くと思ったらしい。一種の度胸試しっていうのかな。場慣れしてない素人なら、どこかで動じてしまって反射的にそうするそうなんだけど…ゾロさんが腕を伸ばしたまま構えてた日本刀は、かすかにさえ動いてはいない。今の一喝にすくんで自分で止まらなきゃ、そのまま自分から思い切り“串刺し”になるとこだったみたいだ。こ、怖いなぁ。親方が言うには、これが『単なるごろつき』と『命張って勝負してる人間』との《真剣本気》のレベルの差なんだって。匕首男と同じ位置、彼の真正面に立ってたなら、まだ少し距離があったにもかかわらず、あの刀の切っ先が…瞬発力のある獣の牙や爪みたいな、逃れようのない大きさというか鋭さに見えて、そりゃあ怖かった筈だっていうから………凄い。
「どうした。ただじゃあ済まない、そんだけの覚悟があんだろがよ。」
そうよ、そうよ。それも素人相手に言ったんだ、偉そうに。ってことは、あんたたちの方にも、事と次第によっちゃあ“ただじゃあ済まないしっぺ返し”があるかもしんないって覚悟してたんじゃあなくって? もうもうすっかり“虎の威を借る何とやら”って気分になって、三人とごろつきたちとの対峙をワクワクと見守るあたしだった。すると、
「…チッ。」
直接掴み掛かって来て、でも敢え無く、すごすごと、情けなくも引き下がることを余儀なくされた手下たちに、兄貴分らしい奴がいかにもという堂に入った舌打ちをする。そいで、
「馬鹿か、お前らは。」
子分たちに呆れたような声をかけると、ズボンのポケットに手を突っ込んで…取り出したのはオイルライターだった。
「俺たちゃあ、埃立てての喧嘩ぁしに来たんじゃねぇんだ。そこのお嬢ちゃんよ、悪いこた言わねぇ。さっきの紙、とっとと渡しな。でないと、この蔵に火ぃ入れるぜ。」
「………っ!」
途端にこちらの表情が強ばったのを見て取って、
「判るよなぁ? 賢いお嬢ちゃん。結構なほど頑丈な蔵だがここんチは花火屋。例え怪我人が出なくても、他へは延焼しなくても。こんなバタバタした祭りの日であろうがなかろうが関係ない。油だの火薬だの劇薬だのを扱ってる専門店で、その品物が爆発したりした日にゃあ。」
そいつはいやらしく“ぐふっ”と笑い、
「そんな不始末が起こったなら、管理責任とやらが問われて、この先の営業停止は免れられない。…違うかな?」
んきぃ〜〜〜っ! 何て奴なのっ! あ、それで親方、こいつらに逆らえなかったんだ。普段は命惜しみしない困った人なのに変だなって思ってたんだけど、銃で暴れられたら、やっぱ引火の恐れがある。そっか〜、偉いなぁ。…って感心してたら『んなこたあ基本だ。呑気に感心してんじゃねぇよ』って、あとで叱られちゃったけどもね。いやいや、今はそうじゃない、それどころじゃない。
「う〜〜〜っ。」
やっぱりこれ、渡さないと収まんないのかな。こんなものが何なのかは知らない。それに、こいつは“渡せば何もしない”とか約束したところで守らないかもしれない。受け取ったその途端、追っ手を撒くため、若しくはあたしたちの口封じのため、やっぱり火を放つのかも。そのくらいは想像出来て、でもでもどうすれば良いのか、力のないあたしには選ぶほど選択肢もなくって。凄い不本意で癪なんだけど、でも仕方がないのかなと、ちょっと俯いて、腰んトコのポケットの縁へと手をやって、一旦仕舞い込んだ紙を取り出そうと仕掛かったその時だ。
――― ………え?
何かがね、ピカッて。いきなりの不意打ちで、鏡を反射させた光を一瞬当てられたみたいな。強いけど本当に一瞬っていう短い光がすぐ目の前で閃いた。あんまり眩しくて、そしてあんまりにも素早くて。反射的に目を細めて顔を背けたあたしだったから、何がどう運んだのか見てはないんだけれど、
「…ぐがぁあっ!」
何か変な声がした。その声は、さっきまで偉そうにライターを掲げてた男のもので、
「………え?」
そっちへと顔を向けると、その男、自分の顔辺りまで引き上げてた自分の腕を“信じられない”って顔で見やってる。額から横鬢からだらだらと汗が吹き出していて、
「???」
何なに何? 一体、何が起こったの?
「何かを盾に取るってのは、成程お前ら下種げすには常套手段なんだろうがな。俺たちはそういうのが一番嫌いなんでね。却って逆鱗に触れたようなもんだってんだ、馬鹿が。」
そんな風に言い放ったのがゾロさんで、
「くっ!」
ライター男が汗だらだらなままで歯軋りするから、ああそうか、ゾロさんが何か…光ったのは恐らく刀だろうから、刀を使って目にも留まらぬ早業で何かしたんだ。
「な、何しやがったっ!」
おやおや、本人さんにさえ見えてなかったらしい。ホント、格が全然違うんだなぁ。ほうっと胸を撫で下ろしたあたしに、横目で“ふふん”て小さく笑ってくれてから、
「腕が動かねぇんだろ? 言っとくが無理に手を添えて動かしゃあ、一生動かなくなるぜ。」
そんな恐ろしいことを説明してやる。
「腕の筋をな、俺にすりゃあ軽くだが撫でてやったんだよ。ちゃんとした整体師にでもかかって、じんわりほぐしてもらわにゃあ、ずっとそのままだ。」
ああ、それで。ライターを掲げてそのまま、腕だけが固まったみたいにびくとも動かないでいたんだな。災難だわねぇ、心からは同情してやれないけど。(笑)
「何なら左腕も“お揃い”にしてやろうか?」
此処に居合わせた…少なくとも、ルフィとサンジさん以外の、所謂“一般人”には到底見極められなかった達人技であり、一番頼りにされていたらしい兄貴分が一瞬でこんな無様な姿になってしまったことが、連中の気概から熱気を奪って寒々と凍らせてしまったらしい。…破れかぶれになって暴れられたら大変だったけれどもね。中途半端に頭が良いことから、場の見極めが利くっていうタイプの連中だったらしい。
「あわわわ…。」
ぼとっと。その兄貴とやらがライターを足元へと取り落としたのを合図にするかのように、手下の賊どもは泡を食って四散しかかったのだけれど、
「おっと。どこへ行こうっていうのかな?」
ひゅんっっと。風が鋭く撓う音がして、片やはやはりゾロさんの刀の走った音。峰打ちであっさり昏倒させた大男の陰から、隙を突いて逃げ出しかけた賊らの鼻先、通せんぼっとばかりに振り出されたのが、長くて撓やかな脚の大鉈なた。その先が踏み込んだ空間で、だぁんっっ…っていう物凄い音と一緒に、裏勝手の扉が真ん中から真っ二つにへし割れた。
「あ…っと。済まないな、ちゃん。」
この非常時に、何か壊したことをわざわざ謝る余裕がまたかっこいいvv だからあたしも胸を張って、
「気にしないで。蔵が火事になっても爆発しても大丈夫なほど強い、そこいらの空手家が仕掛けた踵落としくらいで割れる筈がない扉だけど、サンジさんが強いのは仕方ないことだし、そもそもはそいつらが悪いんだし。」
言い切ってやったわ。ああすっきり。別にオーバーなことは言ってない。ホントにそのくらい丈夫な扉なのだ、これ。サンジさんとわざとらしい会話を交わしていたらば、
「あ。なあなあ、。俺だって本気出したら凄げぇんだぞ?」
何を張り合ってかルフィがそんな声をかけて来て。返事も待たずに、
「ゴムゴムのスタンプっ!」
そ〜れは勢いよくばぃ〜んっと脚が伸びてって、
「…へ? あがっ!」
抉られてた板塀の方からこそこそと逃げ出そうとしていた奴らの片割れの後頭部へ、足の裏ごと見事にヒット。この章の最初でちょろっと言ったけど、塀の向こうは水路になってて、大きい荷はそこから搬入出するのね。今は板塀が壊れちゃってて、そこから…恐らくはこいつらが乗り付けたんだろう小船が見えてたんだけど。その中へと勢いよく…仲間も道連れに倒れ込んだ男は、それだけで収まらず、船ごと大きく川の水をたわませてから返って来た反動で“ぼちゃん”と向こう側に落っこちた。
「な? 凄げぇだろ、。」
「うんうん、凄いvv」
ぱちぱちと手を叩きもって楽しく見てられたほど、あたしとしてはもう慣れたけど、初めて見る分にはおっかないことだったらしい。
「ひ、ひええぇぇぇ。」
裏勝手の前でその場にへなへなとへたり込んでしまった男を、ちょちょいっとネクタイを直しながら見下ろしたサンジさんが、
「どうすんだ? ああ"? まだやんのか?」
場慣れしている堂の入った声で、わざわざ訊いて差し上げる念の入れよう。びくびくと怯えるばかりで返事がないことへ苛立ったのか、
「ああ"?」
ざっと屈み込んで声だけで威嚇すると、
「ひっ! あ、あのあの、もう勘弁して下さいよう。」
お尻で後ずさりして情けない声を上げる始末。日頃はきっと、力のない一般の方々にそう言わせておいて、しかも容赦しないんだろうにね。あ〜あ、ベソかいてる。大人のくせにねぇ。(笑)
「どうするね、ちゃん。」
頼もしくておステキな3人から余裕の笑顔を向けられたあたしは、ずっと小さい頃に読んだ御伽話の中の女王様を思い出していた。カッコいい騎士や剣士たちが何人も傅かしづいてて、狩りをすればその見事な狩果を披露し、無礼な乱入者があればあっさり倒して御前へと引っ立てて、お伺いを立てるの。
『いかがいたしましょうか?』
って。何だかそんな感じで最高に気持ちよくって、
「全員縛り上げてお巡りさんへ渡しましょう。
…あ、でもその前に。
一人につき一発ずつ殴らせて♪」
そうと言ってにんまり笑ったあたしは、このまま彼らのお船に乗っても良いほど、どこか“海賊”みたいな顔だったって言うんだよ? 親方ったらさ。それって微妙に“褒めて”ないっての。(笑)
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