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昼下がりの町並みは、一見いちげんの観光客サマたちには判らないかもしれないけれど、何だかふわふわと浮足立ってるような雰囲気が一杯する。無邪気に駆け回る子供たちだけじゃあない。いつもはぶすっと不機嫌そうな顔ばかりしている経具屋のおじさんまでもが、ついつい笑っていたりする。誰もがつい“わくわく”とした笑顔になってしまう何かがそこここに満ちているのは、お客さんたちだけじゃあなく実はあたしたち土地の者にも楽しみなお祭りが、いよいよ始まるって実感に血が騒ぐからだ。
“ん・ふふん♪”
でもって、あたしの血が騒いで…もとえ、あたしが知らず知らず口許ほころばせてご機嫌になっているのは、お祭り プラス かぁっこいい男衆たちとお友達になれたから。それぞれにタイプの違う、けど、どの人もとぉっても魅力的な3人なんですもの。もうもう、ご近所さんへも鼻高々ってもんだわよ♪(…意味不明/笑) 屈託がなくてお元気で、まるで“生意気にもタメグチ利いて来るけど、実は甘えたがりな弟”っぽいルフィでしょ? 頼もしい体格で渋く決めてて口数少なく…見えるけど、あっちへふらふらこっちをキョロキョロと落ち着かないルフィをいちいち牽制しては世話を焼いてる“気苦労の多い長男坊”っぽいゾロさんでしょ?(笑) 蜂蜜をくぐらせたみたいな金の髪に青い眸で、締まった身体にダークスーツを隙なく着こなした、見るからに二枚目なんだけれど、まるで“世界中の女性は自分のために生まれて来たんだ”って信じてるみたいなフェミニストのサンジさん、ですもの。一緒に歩いてると笑えるったら。ま、サンジさんのわざとらしい博愛主義は、本気を見せたくない“ポーズ”なんだろけどね。えへへ♪ 何かとトロ臭いあたしではあるけどね、日頃からも、純情なのやらとっぽいのやら、自惚れさんやら天然さんやら、お年頃から熟年まで、色々な男衆に囲まれて仕事してるんですからね。何となく判るってもんよ。(自慢っ/笑) え? 二枚目を3人も引き連れてることをひけらかしてるって自慢をしたかったんじゃないのかって? ………そっか。傍からはそう見えてたのか。だからお祭りのあとで、花屋の若奥さんとかお総菜屋さんのおばさんとか、小町娘って評判の筆屋のお姉さんとかから、何だか歯切れ悪い声をかけられたんだな。あの男前はどこの人たちだったんだって。………ま、それはともかくだ。おいおい
「でもね、何か訝おかしいのよね。」
自分の担当だった二寸玉の最後の荷を会場まで運び入れ、台車を戻しにと店まで戻る道すがら、あたしはつい、ずっと思ってたことを彼らに話していた。
「向こうのお店がさ、支度金がなくなったからったって、そうすぐにも全ての作業がストップしちゃうのは変なのよ。」
「???」
ちょっと言葉をはしょりすぎたせいか、ルフィがきょとんとし、荷がなくなった代わりに彼が乗っかっている台車を押してくれていたゾロさんが、眉間にますますの皺を寄せる。そんな中、サンジさんが、
「現金がすぐ手元になくとも、直接の段取り的には問題ないんだ。」
そうと聞いてくるから、飲み込みの素早い人なんだなぁ。お船で食事を担当してるコックさんだっていうから、そういう段取りには馴染みがあるせいなんだろな。
「うん。だってね、することがなくなったからって休暇を出された向こうの職人さんたちが、昨日一日こっちの手伝いに来ててさ。そいでこっそり話してたの。原料や材料が底をついてた訳じゃなし、盗まれたっていう尺玉花火にしても、特殊な材料や資材を使った新作じゃあない。確かにお金が無いなら問屋への支払いが滞りはするけれど、だからって言って、作業的には…全工程をストップさせるような“支障”じゃあないんだがなって。」
こっちがあおりを食って忙しくなったからっていう恨みからの邪推だけじゃなく、普通に考えたって何だか訝しい話なんだよね。
「職人たちへの日当が払えなくなるとか。」
と、これはゾロさんの意見で、
「それはないわ。ウチと一緒で殆どが住み込みの職人さんたちだし、お給金は日当払いじゃない。月毎とか年毎のまとめ払いだもの。そんな形で大きなお金が出てったのは確かに痛手だろけど、それでも何とか…外の島からの注文を沢山引き受けるとかして、帳尻の合わせようは幾らでもあるわ。」
「じゃあ、食いもんを買うお金が無くなったからじゃねぇのか? 住み込みならその全員に食事も出さなきゃ、なんだろ?」
これはルフィの意見だったが、
「それもないと思う。特に組合があるって訳じゃあないけど、日々のご飯のお世話くらいなら、同じ町内とか同業者のよしみで周りがいくらでも助けるもんだからね。それに、ウチへ手伝いに来てた職人さんたち、ちゃんと弁当持参だったもん。」
こんなこと、あたしが詮索したってどうにもならないんだろけどね。親方だって、
『お調べならお役人さんのお仕事だ。任しときゃあいいんだよ。』
そんな風に言ってたし。はふうと溜息をついたあたしへ、
「…心配なんだ。」
「え?」
不意に。ルフィの静かな声がした。
「だからさ、が気になってるのは“事件そのもの”じゃないんだろ?」
ん〜んんん? あたしが立ち止まったからか、ゾロさんもサンジさんも足を止める。店に近い細道に入っていたから通行の邪魔ではないけれど。ルフィの黒々とした宝珠みたいな眸は、真っ直ぐにあたしを見ていて。
「納得の行かないことだからじゃなくて、同じ花火屋の店で起きたこと。
だから、何だか飲み込めないトコがあんのが落ち着けなくって心配。
そうなんだろ? 。」
「…あ。」
自分でも気がつかなかったこと。何でだか落ち着けなくて、気になってて。でもあたし、日頃はこういう事件にいちいち好奇心が向くようなタイプじゃあないのに。
“そか。そうだったんだ。”
凄いな、ルフィって。親方が見せてくれた手配書によれば、ルフィは船長さんなんだって。それも一番高い懸賞金が懸かってるって。この3人の中では一番小さくて子供みたいだけど、そっか、こういうとこがあるから、船長さんなんだね。奥深い人なんだね。そうと思ってちらと見やれば、ゾロさんもサンジさんもどこか“満更でもない”って顔してる。良い船長だろうがって、自慢してるよなお顔だよ? それ。
「うん…。ルフィが言う通りだと思う。」
あたしはこっくりと頷いてた。
「それとさ、同じ町の仲間なんだからさ。話してほしいなって思ったの。」
「話す?」
「うん。一体何があったのかとか、どんな風に困っているのかとかさ。いくら親しくても、言ってくれなきゃ判んないことって沢山あるでしょ?」
あたしは、つい…口走ってた。
「あそこ、小さい子がいてね。お仕事が空いてる時はいっつも遊びに来てくれてた。それが最近は全然姿もなくってさ。何かがあって、こんなこと思いたくないけど…あたしとは遊ぶなって言われてるんなら寂しいかなって。」
あたしたちの仕事は、注文されたことだけを期限を守って片付けるだけって代物じゃあない。手が空いたなら新しい工夫とか考えて、先へ先へ進む種類のものでもあるから…だから。
「あたしが何か、新しい工夫のこととか聞き出してるんじゃないかって疑われてないかなってさ。だから、もう遊んじゃいけないよって言われたとかさ。そんな風に思っちゃったんだ。来なくなった最初の日。」
誰かに言うつもりなんてなかったのにな。言ってから、てへへと先に笑って、
「こっちこそ小さい子みたいだよね? ダメだな、あたし。」
何とも思ってはないのよと、言ったつもりだったんだけどね。
「…そっか。」
ルフィは短く言って、でも、
「はやさしいんだな。」
続いたのは、びっくりするくらい穏やかで静かな声。
「他人が痛いの我慢出来なかったりさ、自分が痛いのは絶対誰にも言わないでおこうとしたりしてさ。」
“………あ。”
何でだろう。眸の奥と胸が“きゅっ”てなった。そいで、鼻の奥に何か熱いのが触れて“つん”とした。
「………。」
すぐ傍にいたゾロさんが、薄く笑って、あたしの頭、ぽんぽんて軽く叩いてくれて。サンジさんが、すかさずってなめらかさで、ポケットから出したハンカチを顔に当ててくれて。あれ? あたし泣いてた?
「…あたし。」
「きっとみんな知ってる。わざわざ言うのが照れ臭いから言ってくれないだけだと思う。親方さんも他の人たちも、のそういうとこ、よく判ってて自慢にしてるんだ、きっと。」
ルフィがそう続けて、
「だな。忙しい筈の親方さんがああまで頻繁に様子見に顔出すのは、親だからってだけじゃあない。」
ゾロさんがそう言って笑い、
「ああ。気立ての良い娘さんだから、可愛くてしようがないんだ、構いたくてしょうがないんだよ、きっと。」
サンジさんがそんなこと言ってくれるから、
「………ふぇ…。」
馬鹿、ばか、馬鹿っ。あたし、もう大人なんだからね。お外で泣くなんてみっともないじゃんか。必死で我慢して俯いてたけど、ああもうダメだ。足元が歪んで見えてる。目の縁に溜めとくのももう限界だ。
「…あっ!」
「ちゃん?」
ダッシュで細道を駆け出して、店の手前で路地へと飛び込む。裏手の倉庫に直接続いてる路地だ。ちょっとだけ、そこで隠れてよう。小さい頃、叱られるといつも潜り込んでた蔵の奥なら、みんなだって気がつくまい。すぐに泣きやむから大丈夫。そうと思ってばたばたと、小さな庭のようになってる裏手へ飛び込んだあたしは…、
「………え?」
そこにいた人たちにギョッとした。
「親方?」
あああっ。やだやだ、どうしよおっっ! 慌てて前掛けのベルトに挟んでた手ぬぐいで顔を覆いかけたけど、
「…あれ?」
親方と一緒にいたのが、見たことのない人4、5人ほど。お祭りの打ち合わせ…にしては、なんでこんな場所で? そろそろ会場に入って、プログラム通りにセッティング出来てるかの点検しないと間に合わないのでは? 母屋の奥の作業場から直接出入り出来る裏庭は、蔵の入り口まで飛び石が渡らせてあって、その短い道の両脇には芝が敷かれてある。その芝が、どうしてだろう、横手から削ったみたいに剥げてるから。そいで、それを視線で辿ってゆくと、裏手の木戸が板塀ごと抉られて大きく穴が空いていたから。
「親方、これ…。」
「逃げろっ、っ!」
………へ?
きょとんと鈍臭い反応をするあたしに、いいいいい…って焦れったそうな顔をした親方の横、妙に険のある顔付きのおじさんがこっちへ近づいてくると、いきなり腕を掴み上げた。
「痛っ!」
いきなりでビックリしたせいもあって、動けないままのあたしだったから、捕まえるのは容易たやすかったろう。強く掴まれたのが痛くて小さく悲鳴を上げたのと、
「その子に手ぇ出すなっ!」
親方が怒鳴ったのがほぼ同時。そんな親方に、
「うっせぇっ!」
別な男が怒声を浴びせた。
「あんたは黙って蔵ぁ開ければ良いんだよ。このお嬢ちゃんが可愛いならな。」
………どういうことよ、これ。なんで? 何が起こってるの? こいつら、何者?
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