◆◇ おまけ ◆◇◆
さてさて。今はとっくに陽も昇り、潮風も爽やかに静かな海をいざ進む、愛船ゴーイングメリー号の船上に居る彼らである。すったもんだのあった島ともお別れで。例の大臣さんたちは、こちらが実は結構な額の賞金を懸けられたお尋ね者だと判っていながら、けれどもこっそりと出港を見逃してくれた。
『さんや町を救って下さった方々だからね。』
そのが“腕に縒りをかけて”と、頑張って作ってくれた大きな大きな弁当は、サンジが預かってキッチンにある。大食らいの船長に持たせておくと、昼まで保もつ筈がないとのことで。
『サンジのケチっ。』
膨れた船長さんへ“何とでも言え”と向こうからも睨んで来たほどに、少々機嫌が悪かった彼なのは、その頑張り屋さんだったちゃんと、ドラマチックなお別れが出来なかったせいだろう。何しろ、
「けど、まさかな。あんなところへ、のお兄ちゃんが帰ってくるとはな。」
いやにしみじみ、感慨深げな声で言うルフィに、ゾロがくつくつという苦笑で応じている。そう。昨夜のお喋りに出て来たところの…海賊狩りとの一騎打ちを目指して海へ飛び出したという彼女のお兄さんが、あの騒動の中、どういう偶然か戻って来ていたのだ。
『…何ですか? この騒ぎは。』
住まいの方に人の気配がなかったのでとこちらに来てみれば、機動隊やら警官が一杯という尋常ならざる気配。しかも、その只中にいるのが自分の妹だということで、
『っ!』
突然の嵐の中を苦労して上陸したことが吹っ飛んだほど、そりゃあビックリしたらしいが、まあねぇ………。
『お兄ちゃん?』
の方だってただならない驚きようをしていて。駆け寄って飛びついた反動で、そのお兄さんが路上に押し倒されてしまったほど。
『…もちょっと鍛えなよ。』
って言うか。こんなで“海賊狩り”と一騎打ちしようだって?(笑) それはやさしげな雰囲気の濃い青年は、苦笑混じりに身を起こし、
『2年も留守番させてごめんな。』
へとそんな風に言ったから、
『もう外海に出るのは辞めたんだ。』
『ま〜な。』
どこか“しぶしぶ”という様子がないでもなかったが。それを察してだろう、
『怖い目にあったの?』
が眉を顰めてそう訊くと、
『いや、不思議とそれはなかったな。』
その点へはあっけらかんと応じて、
『たださ、どの船に乗り合わせても、ちゃんと用心棒として契約してても、気がつくと“賄い方”に落ち着いててな。海賊が襲撃して来ても、お前は良いから厨房に居ろ、怪我されたら明日からの飯は誰が作るんだ…なんて言われてさ。』
という訳で、海賊狩りになるのは諦めたのだそうな。…血統なんじゃないんですかね、それもまた。(笑)
「あの兄ちゃん、今度はサンジが目標になったりしてな。」
楽しげに言った船長さんへ、
「どうだろな。」
くくっと可笑しそうに吹き出した剣豪は、今は自分の目の先、いつもの羊頭に乗っかっている、青い空と碧い海に生える真っ赤なシャツの小さな背中を、どこか眩しそうに目を細めて見やっている。あれだけの大騒動も、この彼らにあっては、せいぜい…定期船が10分ほど遅れたという程度の出来事に過ぎない。もしも自分たちが居合わせなければ、にもあの大臣にも、そしてあの港町へも、とんでもない災厄が降りかかっただろう事態に発展しもした一大事ではあったろうが、逆に言えば、それほどのことでさえ、彼らには余裕で対処出来たことなのだ。わざわざ諍いさかいや争いを好む訳ではないものの、大海をゆく海賊だもの。日常茶飯的にかち合う事件・事態の過激さのレベルは、はっきり言って一般人とは違い過ぎる。市民としての権利に守られるでなく、神にも親にも恥じない誇りや倫理感を讃えられるどころか畏れ多くも吹っ飛ばし、直接的に命を素手でやり取りするよな世界にいる彼らだ。そんな彼らが、だが、何とも清々しく活躍したことか。陸おかで足を地につけ安穏と暮らす人たち以上に、誇りや道義、世の習いを当然ごととして重んじていたのは、やはり“許容”や“度量”の大きさの違いというものであろうか。………と、
「待ってる人、か。」
前を向いたまま、どこかしみじみと呟いたルフィに、ちょいと意外な発言という気がして、
「いるのか? お前。」
こちらも何気に訊いてみていたゾロである。すると、
「う〜ん。どうだろ。」
小さな船長さんは小首を傾げて、
「帰ってくるからって約束は、誰ともしたことないなぁ。」
とのご返事。どこかへ“帰る”という考え、概念が、今のところこの少年の頭の中にはないのだろう。そして、こんな問答になるより前にそうと把握していたからこそ、怪訝に感じて訊いてみたゾロでもあって。そんな副長さんの方へと肩越しに振り返り、
「いつまでも友達だから、また会おうなって、そういう約束だったら、沢山してるけどな。」
しししっと笑う。この言いようのその通り・そのまんまに、子供なままの彼だから、なのか。それとも既に超然としているが故、前しか、未来さきしか、その視野にはなくて。一つ処にこだわるような、そんな小さな概念なんぞは欠片ほども頭にないのか。
“渡り鳥でさえ、帰る故郷があるのを知っているのにな。”
それぞれの生態環境に合った“渡り”をする鳥たちは、何の制約もなく悠然と大空を舞うように見えつつも、実は決して“奔放”なぞではない。越冬先で生まれた雛でも、親たちと共に本来の住まいである故郷へと帰る。そうせねば生きてゆけないからだ。故郷よりもずっと暖かな越冬地には天敵もまたずっと多いためであり、まま、そういう他人様の?事情はともかくも。自分の実力と自負を右手に、揺るぎない信念を左手に、船の主帆にも負けないくらい大きく胸を張ってさくさくと行軍中のルフィには。振り返るという感覚は、後悔することと同じくらい、意識のどこにもないに違いない。これからの先々に必要かもしれない“反省”は恐らく大事だが、後悔はまだ要らない。そんなことは、体が思うように動かなくなってからでも出来ることだから…とばかり、立ち止まるなんてとんでもないし、振り返るなんて以もっての外だと、寸暇も惜しんで遥か彼方ばかりを見やっている少年。そして、
“………。”
彼はそれでいいと、そう思う自分がいる。後背はおろか、足元さえ注意して見てはいないようなところのあるルフィだが、いつも顔を上げていてくれれば良いと思ってやまない。時折、遠くに見つけたものを嬉しそうに“ほら、見ろよ”と示してくれれば良い。そんな間合いさえなく飛び出して行ってくれても良い。ちゃんと後陣は守るから。馬力が足りなきゃ背中を押してやるから、足場がないならおぶってやるからと、いつの間にかそんな風に思うようになっていた自分がいる。確たる目的あてなど定めぬままでも恐れなく、自由に羽ばたく小さな背中。大事に庇われるのは嫌う、奔放な背中。時折、この腕の中へと閉じ込めたくもなるものの、それではダメだと苦笑を洩らして。せめて、自分の夢を果たしたその時に、彼と同じ至高を見つめ、同じ高みにいられれば良いのだがと、唯一それへだけ“奇遇”を頼あてにしてしまう剣豪殿だったりするのである。
「…まあ、振り向かなくとも地球は丸いからな。真っ直ぐ進んでりゃあ出発点に戻るらしいが。」
「へぇ〜、そうなんだ。」
ログに導かれての、このグランドラインの旅でさえ、一応は東へ東へと向かってる訳だし。きっちり一周すれば、あのラブーンの待つ双子岬へ再び戻ることとなる…筈だ。
“それを唯一やり遂げたのが海賊王…か。”
七武海さえ打ち滅ぼした彼らには、だが、尚の困難や艱難辛苦が待ち受けてもいる筈で、いよいよこれからが正念場。…だというのが判っているやらいないやら、
「なあなあ、ゾロ。」
「なんだ?」
「まだ昼じゃねぇのか?」
「…あのな。」
こんな短いやりとりだけで、相手の意図がすっかり判ってしまう相性なのは、今更だからともかくとして。(笑) 物によってはどえらく“近目(ちかめ)”な彼でもあるのへ、肩を落として溜息一つ。何にがっくり来て、何が言いたいゾロなのか、ルフィの方でもこれまた判るのだろう。
「だって凄げぇ上手かったんだ、の料理。」
羊の上で、ぐるんと回れ右をしてこちらへと向き直る。それへ“危ねぇな”と一瞬眉を寄せながら、
「が作ったのは、あそこにあった半分くらいだって言ってなかったか?」
言い返せば、
「そんでもだ!」
まだ見習いだからと恥ずかしそうに笑っていた少女。巻き込まれた乱闘活劇の最中、ウチの船に乗り込んでいる女性陣たちにはまずなかろう“可愛げ”というものが、何とも言えぬ懸命な一途さとなって顔に出ていたに、ルフィは…ともすればサンジも顔負けなほどのノリですっかり懐いていたっけ。
“…そうなんだよな。”
いや、勘違いはなさらぬように。いくら何でもそうそう惚れっぽい船長さんではない。むしろ、その方がまだ、悩むにしたって絵になろう。野望や信念、もしかして異性という人間に負けるのは構わないが、選りにも選って“食べ物”に優先順位を奪われるのは………単なる敗北感と呼ぶには切なさの足りない、何とも言いようのない虚ろな気分を運んでくれもするというもので。
「お前な。」
ちょいと眇目になったゾロに、んん?と小首を傾げた船長さんは、羊の首の部分をずるっと滑り降りて来て、
「…っ。」
今度こそ“危ない”と感じたらしい剣豪さんに首根っこを掴まれたのへ、素直に体重を預けつつ、
「変だぞ、ゾロ。」
宙に浮いてた脚を振り上げ、くるんと一気に。向かい合う相手の引き締まった胴回りへと巻き付けた。
「お前…/////。」
「なんだ?」
屈託のない笑顔に真っ向から覗き込まれて。
「………。」
返事に困ったゾロだった。もしかしてもしかして。何もかもすっかり察している彼なのではなかろうかと思えるような、こういう態度に翻弄されて、結局は妥協を選んでしまう甘甘な剣豪であり、
「あれって、判っててのことなのかしら。」
「さあ、どうかしら。天然だからね、ウチの船長は。」
たまたまデッキから見やっていた女性陣たちが、その睦まじさへほのかに苦笑した、お昼前の一時である。
〜Fine〜 02.9.8.〜9.14.
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*先の“ドリー夢”ではゾロさんが目立ちまくっていたので、
今回はサンジさんの出番を増やしてみました。
…いや、ウチは“ゾロル”サイトなのだから、
それで構わない筈なのだけれど。(笑)
でもって、仕上がってみれば、
やっぱり美味しいとこはゾロさんが占めているようなvv
チヂミのおじさんも、
まさか小娘一人をビビらせて言うこと聞かせるのに
こんなまで手を焼いて、しかも失敗しようとは思わなかったろうね。
すっかり“世直し道中記”と化しているドリー夢でございます。(笑)
ルフィは黄門サマなのだろうか。桃太郎侍も好きやったが。
一ぉつ、人より力持ち。(ちょっと違うぞ/笑)
戦いましょう、愛ある限り。(こらこら)
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