Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
其の七 “嵐の晩に…”E


          




 外はいつの間にか雨も上がったらしくて。しんとするほど静かになってる。店先の土間には、二階や厨房、階段で伸びていたものを集めてまとめて、古新聞みたいに束ねた、賊の連中。数えてみたら23人もいた。表は表で、ゾロさんが縛り上げて街灯の根元にまとめられた手合いがやっぱり20数人。こんなにもの頭数をあたし一人へ振り向けたの? このチヂミの大将は。か弱い少女になんてことを企むかね、このタヌキ親父はまったくもう。
「大体、何でカクテーキ大臣に毒を盛ろうなんて企んでるのよ。」
 こちらもお初に出て来た名前だったね。内務大臣のカクテーキさんは、主にこの島全体の住民たちの生活にかかわる政務の全てへの責任者みたいなもんで、刑事事件関連の治安維持やら、港や町の整備や、税制や福利厚生に至るまでの管理だとか取り締まりなどなど、そりゃあもう様々なことに対する、本当に色々な方面への権限を持つ人で、元は観光局から外務系の畑で活躍していた人なだけに、骨惜しみをしない働き者で、温厚実直なお人柄から人望も厚く、任期も長い。それに何と言っても、この町出身の大“名士”様だ。そんなお人に毒を盛ろうだなんて、ただの殺人よりも性
たちが悪い、途轍もなく大きな企みだもの。だのに、
「ふんっ。お前に言っても始まらんね。」
 小娘に話しても仕方がないって顔してる。そして、
「それよりとっととこのロープを解くんだよ。ワシらを警察に引き渡したとて、一体何を…どれほどのことをやったのか、誰がどう証言出来るというのだ。」
 自分もまた後ろ手に引っ括られ、手下どもも全員意識失って伸びてるってのに、ま〜だこんな毒づきが出来るとは。元気なオジさんだなぁ、まったく。まだ言うかと呆れつつ、
「どういう意味よ、それ。」
 真正面に立ちはだかって、あたしがきっぱりそう訊くと、
「そこな輩どもは、どう見ても旅の途中の下賎な者ども。そしてお前はただの小娘。そんな面々が何を言ったとて、ワシ自身の言葉の方をこそ、皆して信じようぞ。」
 う………。それは…そうかも。でも、
「でもっ! 犯罪捜査っていうのは証言だけを尊重するものじゃあないわ。物的証拠やアリバイを集めて、誰がホントの事を言っているのかを調べるものよ。あんたが今此処に居るってことだって、どうやって説明するつもりなのよっ。」
 これは本当だ。大昔なら、白状すればそれで有罪ってな乱暴なお裁きもあったらしいけれど、今は当然のことながら大きく違う。たとえ本人が“自分がやりました”と言ったとて、実況検分っていうので犯行時の様子を再現させてみたりするし、何よりも凶器や残留指紋なんていう証拠そのものとかアリバイだとか、客観的な“物的証拠”っていうのが揃わなきゃあ有罪には出来ない。現にやったことのあれもこれもをどうやって拭いさるつもりかと聞いたあたしだったんだけれど、
「くくく、そんなものは簡単さね。お前らがワシを陥れようと画策したということにすればいい。」
 ………っ! なぁんですってっ!
「ワシは昔なじみの女将の名前で手紙をもらって此処に来た。ところが、女将は留守で。留守番で居合わせた小娘は良からぬ者どもを引き入れて、そうさな、店の売上を持ち逃げしようとしておった。そこへ来合わせたワシをこんな風に縛り上げて、好きなように言いたい放題。困ったもんだと説明すれば…警察はどちらを信用するかの?」
 きぃ〜〜〜っ! 悔しいっっ! 老獪って言うんですってねこういうの。頭の先から湯気が出るかと思ったわ、ホント。よくもまあ、いけしゃしゃあとこうまで言い張れるもんだ。でも…逆にちょぉっと心配にもなったの。だって、この場で証言出来るのはあたし一人。ルフィもゾロさんもサンジさんも、他所の人だからね。見たの聞いたのという証言くらいなら通りもするかもしれないけれど、こんなややこしいこと、却ってこっちが繰り出した企みだとか言われたなら、こいつが言うようにただの口裏合わせと解釈されちゃうのかも? こんな時に、こんな大事な時にぐらぐらしちゃうから、あたしったら、まだ“小娘”の部類なのねと、妙なことに感心までしちゃったじゃないの。
「このおっさん、何言ってんだ? 。」
 会話の中身が見えないらしいルフィが、カウンターの中、配膳台の端っこに凭れたまんま、ひょこんと小首を傾げたのへ、
ちゃんの本当の証言よりも、おっさんの言うことの方を、此処のお巡りは優先すんだとよ。」
 金色の髪を掻き上げながら、サンジさんが忌ま忌ましげに説明して煙草に火を点ける。それへと、
「え? なんでだよ。は嘘つかないぜ?」
 純粋に“そんなの訝
おかしい”と思ったらしいルフィから、なあ? と大きな眸で顔をのぞき込まれて、あたしもそれで済めば良いのにって何だか悔しくなっちゃった。子供でも分かることじゃないの。あ、いや、ルフィがそうだという訳では…ないんだけれどもね。この厚顔親父をどうしてくれようかという怒りと、どうにもならないのかなという悔しさと。あたしの胸もお腹も、ぐつぐつと煮えかかってたと思う。………と、
「面倒臭ぇよな。」
 カウンターの上へ片足胡座って格好で腰掛けて、土間にまとめてくくって据え置いた手下たちの方を油断なく見張っててくれたゾロさんが、ため息混じりのどこか…ちょっと悪ぶった声を上げたのだ。
「いっそのこと、此処でぶった切っちまおうか。何とかに口なしってな。その煩い口を封じちまうってのも手だぜ。」
 腰から外して立て掛けて、雄々しい肩口のところへと凭れさせている3本の刀。それの鞘をこつこつと、曲げた指の節でこづきながらそんな風に言い出すものだから、
「ダメよっ。そんなのっ!」
 正直言って、それも良いかもなと思わんではなかったけれど
おいおい
「それじゃあ何にもならないわ。言うこと聞かない大臣を暗殺しちゃれと思ったこいつと、同じ卑怯者に成り下がるだけだもの。」
「失敬な小娘だな。」
 ちょっと直裁だった言いように、場の空気を読んで余裕が出て来たのか、
「言うことを聞かないくらいで暗殺まではせん。そもそも、あやつはワシの後輩での。それだけでも言うがままになって当然じゃというに、融通が利かぬ“うつけ”じゃからの。それで仕置きをしてやろうと思ったまでじゃ。」
 チヂミのタヌキ親父が偉そうに言い放ったその時だ。
「だとよ。どうするね? 大臣さん。」
 ゾロさんがそんな風に声を返したから…え? 大臣さん? そんな“呼びかけ”へと応じるように、
「つくづくと呆れ果てたの、チヂミよ。」
 振り返れば、さっき破れた大戸の大穴のところに、地味なスーツをぐっしょりと濡れたまま立ちはだかっている人影がある。街灯の光が照らしてるその人は、でも………。
「ゾロさん、違うよ。その人は…。」
「秘書さんの方、だってか? 俺は町に張り出されてた観光用のポスターしか見てない身だがな、この人の体格やら顔立ちやら、どう見ても大臣さんご本人に思えてしようがないぜ?」
 はい? チヂミの大将もどこか胡散臭いって顔で居たけれど、
「さすがは名のありそうな剣士殿。それだけで見分けがつくものなのですね。」
 ゆっくりとした1歩でお店の中へと入って来て。秘書さんはにこにこと笑って、両の頬を手袋を嵌めた手のひらでごしごしと擦り始める。すると…どうらんっていうのかな、濃い化粧らしいのが落ちて、ついでに何か貼ってたらしいのも落ちて、10歳くらいいきなり年を取ってしまって。


  「……………あ。」


 下から現れ出
でたのは、確かに…大臣さん、もとえ、カクテーキさんのお顔だった。ここいらの土地が出身地で、だから地の利は十分ご存じだろうけど。でも、こんなお偉い方がひょいひょい出歩いてるなんて…。そんなのってあり得ないことだわよと呆然としていると、
「怖い目に遭わせてしまったね、さん。」
 大臣さんは神妙そうな顔になり、あたしに向かって頭を下げた。ひょえぇぇ〜っ、そんなそんな、畏れ多いですぅ。
「実を言うとな、こやつの企み、薄々気づいておったのじゃよ。だがの、何ぶんにも証拠がない。そこでいっそ、何か仕掛けて来たものを未遂にねじ伏せるという乱暴な手を使うしかないかと思っての。」
 な、何、それ。
「囮捜査か。」
 そう呟いたサンジさんが、やっぱり…どこか忌ま忌ましいって顔になったのは、そんな手を打った大臣さんだってことよりも、そうだったんだと先にゾロさんが見通したからなんだろな。キツイ目でちろんって睨んだし。それを…片っぽの頬で笑って見せて、余裕で受け止めるゾロさんなのが、何だか…カッコいいvv
「それにしたって、あんたが直々に此処に出て来たのはよほどの確証があったからだろ? この店があんたへの接近手段に使われるって。しかもこんな嵐の晩に。」
 短くなった煙草を携帯用の灰皿にねじ込んで、それから…ぐいとあたしを引き寄せる。
「俺たちが居合わせず、ちゃんがたった一人でお留守番してたら。どうなってたと思うね。こんなか弱いレイディを囮の餌にするなんて、あんたらどうかしてないか?」
 あ、いや。あのその。か弱いってのは言い過ぎかもだぞ、サンジさん…と思ったけれど。
(笑) そんな風に言い返せなかった。だって。サンジさんのスーツの懐ろ、独特な感触や何だか不思議ないい匂いのする胸元へと抱き寄せられて。あたし、何だか頭がぼ〜っとして来ちゃったよう。ホント、こんな間近から見上げてもうっとりするよな面差しの男前なんだものvv そんな状態の“当事者”は話題から置いとかれてしまい、
「それは確かに。」
 俺らはたまたま居合わせたんだしなと、ゾロさんもそれは深々と頷くに至って、
「それへはある意味感謝しておるよ。」
 大臣さんも頭を掻いて見せる。…さては、カツラが蒸
れたな。だって、大臣さん、ホントは生え際がもう少し後ろだもん。(笑)
「ここの女将が不在だとは知らなんだ。いや、此処を見張っていた者からの連絡でそうと運んでいると知って慌てた。こやつが付け込むならそんな時かも知れんと用心してはいたが、こんな嵐まで重なるとは。」
 この辺りは後できちんと、女将さんも交えて説明を聞いたんだけれど、このお店は重要なポイントにされるだろうと、前から見張りの人が交代でついてたんだって。だって大臣様が口に入れなさるものを、しかも…こっそりなんてのは建前で、実は皆にバレバレなほど、ご贔屓にしてらっしゃるお店だし。それがこの急な嵐。しかも女将さんの親戚筋での事故と来て、監視していた段取りの方にも混乱が生じて、その隙をまんまと突かれて侵入されちゃって…って事態へ進んじゃった訳。
「せめて女将へだけでも言っておればの。お嬢さんだけを残すような不用心にはならなかったろうにな。」
 申し訳ないと再び頭をお下げになるのへ、
「あ、あの。もう良いです。」
 あたしは何だか畏れ多くなって、サンジさんに抱え込まれたままながら、ぶんぶんと手を振って見せた。
「だって、この人たちが居てくれて現に助かってるんだし。どうなっていたことかっていう事態には結局運ばなかったんだから。」
 そうと言うと、
はウチの船長並みの楽観主義者だな。」
 ゾロさんが笑って、
「違いない。」
 サンジさんも吹き出し、
「何だよう。大体、サンジ、いつまで のこと、抱っこしてんだよう。」
 ぷくぅっと膨れたルフィが手を伸ばして来て、
「あ、このヤロ。」
 すぽんと。サンジさんの腕の中から、あたしのこと横取りしたの。
は明日の朝一番に、俺に弁当作ってくれるんだからな。早く寝て休まねぇといけないんだ。」
「だからって、何でおまえが抱え込むんだよ。」
「いーんだ、俺は。のこと、好きだから。」
 な、なんか変な理屈でないかい? ルフィってばさ。







 チヂミの一味は結局、外にずらりと控えてた機動隊の面々に引っ立てられていってしまった。前々から怪しいって目をつけられてて、しかもこれ以上はない証人がいたんだもん。もう年貢の納め時よね。あ、そうそう。あの大嵐は、何と女将さんが怪しんでた通り、能力者の仕業だったんだって。大雨を降らすことが出来る能力者ってのがいて、自由自在、好き勝手に雨を降らしてそれを商売にしてるんだって。え? ダンスパウダー? 何それ?
(笑) それを使ってここいらを嵐にしてさ。しかも、女将さんへ電報を打ち、ご丁寧に電伝虫の電波に割り込んで、女将さんの義父さんが怪我をしたって嘘まで仕立て上げて。…そうなの。あそこからして仕組まれてたことだったの。呆っきれるわよねぇ。あ、それとさ。これも後で分かったんだけれど、この町に他の食堂がなかなか建たなかったのは、やっぱりチヂミの裏工作があったせいで。建設許可を出す役所の偉いさんがお金で丸め込まれてたって事が暴露されたのがその翌週のことだった。



「あ〜あ、もう夜が明けそうだな。」
 大きく背伸びをするゾロさんの声に、あたしもやっと出られた外の空を見上げてみる。ざわざわと機動隊や警察関係の人たちが忙しそうに動き回ってはいるのは、連中を引っ立ててゆくだけでなく、現場検証とか証拠の確保等々というややこしいあれやこれやを係官の人たちが手掛けてらっしゃるから。とはいえ、現場はこっちの仕事場でもある。毎日の商いで日銭を稼いでいる商売だという辺りを重々考慮して、出来るだけ手早く済ませてくれるらしいというので、人海戦術を繰り出して係の方々が多数、店内へと入り込んでる今のうち、手持ち無沙汰なこちらは、皆して外へと出てみた次第。
「…ホントだ、明るいや。」
 黎明っていうのかな、もう夜中って空じゃなくなってる。それに、風もぴたっとやんでて…まあこれは、奴らに雇われてた能力者が、こっちより先に逮捕されてたからなんだけれど。無線の電伝虫の逆探知ってので、沖合に待機してたそっちの連中もとっくにお縄になってたんですって。う〜んっと体を伸ばして、深呼吸も一杯して、さて。やっと一通りの鑑識や証拠確保が済んだらしい。肩越しに振り返った店から、ぞろぞろと係の人達が出てく様を眺めやり、
「じゃあ、お弁当作りにかかりましょうか。」
 にっこり笑ってそうと言うと、
「え? いいのか? 、寝てないだろ?」
「そうだよ、ちゃん。少しでも寝ないとお肌に悪いぞ。」
 ルフィもサンジさんもやさしいな。でもって、ゾロさんが苦笑してるのは、
「でも、ルフィのお顔はワクワクしてない?」
「あ、えと…。」
 そうだってことに気がついてたからなんでしょうね。何にも言わないで全部きっちり把握してるなんて凄いなぁ。さすがは副長さんだよね。
「それに、たっくさん食べるんでしょう? だったら急いで作り始めなきゃあ、船出に間に合わないわ。」
 何だか色々あった嵐の夜だけど。突然の荒事が始まっちゃった、とんでもない運びにはビックリのし続けで、とっても怖かったけど。それと同じくらいワクワクもした。海賊なんて乱暴で危険で狡くてって思ってたけど、皆が皆、そうって訳じゃあないんだね。陸でスーツ着て偉そうに踏ん反り返ってるおじさんの方がよっぽど下賎だったりもするんだもんね。要は信念と心掛け。見目や肩書なんか関係ない。心まで男前かどうかなのよね? ………でもなぁ。こんなずば抜けた“男前”さんたち、それも3タイプもの“取っておき”さんたちに出会ってしまったあたし。これから先は、彼ら以下の男衆にしか出会えないって事なのかも? うう〜ん、これはなかなか複雑だよん。(嘆息)




←BACKTOPNEXT→***


   *もうちょこっと、おまけへ続きますです。