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さて。テーブルへのセッティングも済んで、旦那様も自分できちんと着物に着替えて。
「あけましておめでとうございます。」
「おめでとうございます。」
お屠蘇といっても普通の日本酒。お祝い事だから舐めるだけ付き合えと、盃にちょびっと注がれた熱燗のお酒を、
「ふや…辛いよう。」
舌の先につけただけで"ぴーぴー"と悲鳴を上げて見せるルフィに、ゾロはくすくすと可笑った。相変わらずな幼さが何とも愛らしい。とはいうものの、
「それにしても、腕、上げたよな。」
窓から降りそそぐ初春の陽射しの余光でたいそう明るいテーブルには、お雑煮とお造りや、カマボコ、生ハム、数の子の他に、小振りな鯛の尾頭付き姿焼きと、こちらも小さめながらもきちんと2段の重箱に収められた…お煮染め代わりの炒り鷄や紅白なますに酢バス、黒豆に田作り、きんとんにだて巻に、慈姑くわいと高野豆腐と蕗ふきに昆布巻きの煮付けなどなどが載っていて、茶わん蒸しからは仄かな湯気がほわり。
「去年はね、黒豆とかきんとんは出来合いのだったけど、今年のは鯛以外は全部お家で作ったんだよ?」
サミさんとかお隣りの奥さんに教えてもらって、と。嬉しそうに胸を張る。サミさんというのは、彼らの住まうこのマンションの一階に店舗を構えている、ミニコンビニのオーナー夫人のことで、
「だて巻の作り方っていうの、サミさんがお店のレシピカードに出しててね。工場とか板前さんでないと作れないって思ってたって言ったら、お重に入れるものはたいがいお家で作れるものなのよって。昔々はカマボコだってお家で蒸して作ったのよって。」
ちなみに。おせち料理というのは"お節せちのお料理"という意味で、本来は節句に食べる料理全般を差し、春や夏の風物料理もそう呼ぶのだそうな。お正月のものを特にそうと呼び始めたのは、戦後すぐだったか、某デパートが普段からも店頭に並べている煮染めを"お正月のおせち料理に"と売り出したのが始まりだそうである。余談はともかく。お年始回りで忙しいから、若しくはお正月くらいは台所仕事もお休みにするために、日もちのする食事を年の暮れの間に作って準備する。いくらサミさんでも、カマボコ作りまでは"実体験"としてでは知らないそうだが、
「そいで、じゃあ一緒に作ろうかって言ってくれて、お宅にお邪魔して作ったんだ。」
きんとんはお味見のし過ぎで結局作り直しちゃったと、いかにも彼らしいことを言う。
「そういえばさ、ゾロのお家のお正月はさ。伯母ちゃんが必ず、お赤飯と五目いなり作ってくれたよね。」
「ああ、あれな。」
「美味しかったなぁ。」
毎年のようにお年始のご挨拶にと家族で伺っていたお家を、食べ物でうっとり思い出す辺り…これまたやっぱり彼らしい。苦笑しかかって、だが、ゾロの側でも似たような記憶があるから、その件では揚げ足は取れなかったりする。父方の本家の道場での、新年神事にまつわる様々な儀礼に出る関係で、前の晩から出掛けていたゾロの帰宅を待ち構えていたのが、蒸し上がった赤飯の匂いと…この従弟の笑顔だったものだ。
『ゾロ、ゾロっ、あけましておめでとーvv』
『ああ、おめでとう。』
『あのな、後で土手まで凧揚げしに行こ?
伯父さんが"げいらかいと"ってゆうの、揚げてやるってvv』
自分の息子はあまり"遊び"に関心を示さない、至って可愛げのない子だったもんだからか、ルフィが来ると玩具やゲームをあれこれどっと繰り出して構ってやる父で、
"そのお陰様で、俺も結構遊んだ方だよな。"
ゲイラカイトは少々年代がズレすぎだが(年バレ/苦笑)、それでも"懐かしい風物"というものへの蓄積が一応は人並みに持てているゾロであるのは、思えばルフィのお陰様なのかもしれない。和んだ眼差しを向けた先、
「ゾロ、ホントにお餅2つでいいのか?」
やはり5つ全部はお椀には入らなかったらしく、焼いたのを別のお皿に盛って…もう3つ目を制覇した豪傑が聞いて来て。苦笑が爆笑に変わりそうになって、内心非常に困った旦那様だったそうな。
◇
年賀状はたった二人の、それも若い家人しかいない家にしては結構な厚さで届いていて。当然というのか何というのか、ゾロへの賀状の大半が…自分が知らない名前の人からのものなのへ、ルフィが詰まらなさそうな顔になる。
「仕事でのお付き合いで知り合いになった人たちからなんだから仕方ないだろうが。」
商社の企画部勤務の旦那様のお仕事は、ばりばりの営業部の渉外担当ほどではないながら、それでも社外の人との交流が多い。
「全部、ゾロの立てた企画?」
「まさか。」
主任のフォローとか、現場で駆け回ってあれこれ手配する役だとか、今のところはまだそんなもんだよと笑ったゾロへ、
「うう"、だから出張が多いんだよな。」
おっとっと。そういや拗ねてましたよね、泊まりがけの出張に出ってちゃうのが寂しいって。思わぬところで飛び出した弱み。実は…クリスマス前なんていう切羽詰まった時期にも急ぎの打ち合わせ出張があったので、これは下手な弁解の余地もないぞとばかり、う〜んと困り顔になるゾロだったが、
「いいもん。サミさんがいつでも泊まりにおいでって言ってくれてるし。今度から、お世話になっちゃうんだもんね。」
「…おいおい。」
奥方も逞しくなられたことよ。(笑) 一方で、
「かわいいのが多いな。」
ルフィ宛ての年賀状は、その殆どが幼い字や絵のカラフルなものばかり。とはいえ、よくよく見れば全てがパソコンで描かれたものらしく、
「うん♪ PC教室の子たちからだ。」
別に"宿題"とかって言ってた訳でもないのにねと、ルフィは嬉しそうに笑った。同じマンションに住む子供からも届いていて、こちらからも彼の思わぬ範囲の交友関係が知れる。
「こういうの、やりたいって思う年頃なんだろね。」
お父さんやお母さんや、本来なら大人がすることを自分もやってみたい。お手紙はお友達止まりだけれど、年賀状だと大人の人へも出せるから…と、何となく気張ってみたいお年頃。丸々と描かれた干支のイラストに楽しそうな声を上げていたルフィだったが、一通り眺めて、さて。
「…うっと。」
ちょこっと暇だ。天皇杯サッカーはお昼からだし、箱根駅伝は明日だし。テレビを点けても、何だかよく分からないバラエティ番組しか流されてはおらずで、
「…初詣には昨夜行ったしな。」
も少しばかり駅から離れた、御屋敷町になりかかる手前ほどに小さな神社があって、ここいらの人はまずはそこへ出向く。その人たちの波に誘われて、年越しのおそばを食べてから、この二人もお参りに行ったのだ。
「せっかくお着物も着たのにね。」
別に誰ぞに見せびらかしたいのではないが、それでも一応は"お粧めかし"なのにと苦笑するルフィであるが………。
「…そういや、明日の夕方だよね?」
ぽそっと呟いた一言へ、
「?」
何のことだか判らなかったのも一瞬、
「………あ、いやまあ…そうだな。」
さあ、何のことだ?(ふふふ) 何と応じていいものやらとあやふやな言い回しになったのへの照れ隠し。大きな拳を口許に添え、出もしない咳払いをして見せてから、
「お前、そういうの好きだな。」
「えへへvv だって記念日だもん。/////」
歌うように言って台所へ立ってゆき、お茶を淹れて戻ってくる。ローテーブルに湯飲みを並べながら、ルフィは感慨深げな声で続けた。
「一年ってあっと言う間だなって。でも、それなのにさ、沢山のことがあってさ。」
一年前。去年のお正月は、その直前に会いに来てくれたサンジが、ちょっとばかり不安に強ばっていたルフィの心を暖めてくれて。ついでに(笑) ゾロの鈍感なところを改めなよと意見してくれたんだっけね。そんなおかげで、やっと心から羽を伸ばすように安心して日々を送れるようになった、そんなお正月だった。寒い冬も二人なら平気だったし、ゾロは奮発して車を買ってあちこち連れてってくれるようになった。春にはお花見にも行ったよね。それからサンジがまた遊びに?来て。そうそうゴールデンウィーク前で、その時にベルちゃんが生まれて。夏休みには逆に向こうへ避暑にと出掛けて、ベルちゃんと…それからロビンさんとも初めて会ったんだよね? ベルちゃんが狙われた、ちょっと危ない事件もあったね。秋には箱根の別荘の温泉にも何度か行ったね。オリンピックや国際イベントも、世間を揺るがす大きな事件も沢山あったけど、そういうのはあんまり覚えてないな。それってそんな最近だったっけって思っちゃうほどだもん。屈託のない声でそんな風に並べてから、
「………あのね、昔はね。」
ルフィはぽつりとした声をこぼして、
「ずーっと生きてられたのに、不思議と…その日その日をどうやって凌ぐかってことしか考えてなかったんだ。」
そんな言いようをする。
「矛盾して聞こえるかもしれないけれど、先のことはあんまり考えなかったんだ。」
ひょんなことから不老不死の身となった少年。それと同時に、これまでの生活から決別せざるを得なくなった。年を取らないまま生き続けるということは、時間の流れから弾き飛ばされた存在になったということだったから。突発的なこととはいえ、サンジがいてくれたから困りはしなかったけれど。どうやって永らえるかは考えなくともよくなったその代わり、遠い先への約束が出来なくなり、将来というものへの夢を見なくなった。ゴールのない、漠然と広がる広野。成功も失敗も成長も蓄積もない、成果のない無為なばかりのただら長い歳月。
「サンジは凄いよなって思った。だって、そんな風な毎日をずっと一人で過ごして居たんだよ?」
そもそもからして…何だか孤独と縁よしみ深いお仕事をしていた彼だったらしいが、それにしたって限度というものがある。
「………。」
まだほんの1年半前のこと。何とも寂しかった日々を思い出してか、何だかしょぼんと肩を落としてしまったルフィに、ゾロはくすんと小さく苦笑って見せて。
「でもな。お前が救ってやったんだ。」
少しばかり低められた、響きのいい声が聞こえて。そのまま…お着物のせいで揃えられたお膝と腰をひょいっと抱えられた。
「はやや?」
ぽそんと着地したのはゾロの膝の上。抱っこされたそのままに、ただ腕でだけじゃあなく、着物の袂でも覆われちゃうように包み込まれて、
「7年もかかったけどな。息をひそめているんじゃなく、旅をしたり、お前に何やかや教えたり、そうやって生き返ったようになれたのも。ナミさんとの追いかけっこにあんな風に終止符が打てたのも。他でもないお前が、奴の懐ろへ飛び込んだからなんだぞ?」
「??? そうなの?」
見上げてくるお顔へ目顔で頷いて見せる。ねえ、人がもし一人しか居なかったなら、名前なんて必要ないって知ってる? 誰かと自分との区別として、誰かに呼んでももらうため、名前は必要になる。ルフィとの出会いは、此処にいるのだと叫ぶことも叶わぬまま、意味なく永らえていたのだろう彼に、自分の存在をしっかと確認出来る存在が現れたという形の素晴らしい"出会い"になったのだと、ゾロはそう言う。なんだか面映ゆい言われように、えへへと笑って肩を竦めたルフィだったが、
「でもね、サンジが言い出したんだよ? 日本へ行くけど会いたい人はいないのかって。そいで、ゾロと…あんな形でだったけど会えるようにってお膳立てしてくれて。」
7年も前に消息を絶った少年。生きていたとして、もうすっかりと大人になっている筈なのだから、その姿で現れたとて気づかれはしないよと。サンジはそう言って、ゾロの目の前へ姿を現せるような段取りを組んでくれた。ここいらの詳細は一番最初の『蒼夏の螺旋』参照ですが。(おいおい)そんな奇跡のような逢瀬を、ほんの短い間の"夢"として味わっていたルフィだったが、
「ゾロは俺んこと、忘れないでいてくれた。7年も経ってたのに、もう死んだものと思ってはいなかった。だから…追って来てくれたんだろ?」
死んだものと思っていなかったならば、次には矛盾に混乱するところ。だが、この男は自分の体感を、手ごたえの方を信じた。間違いなくルフィであり、幼いままだなんて訝おかしいと、そういう順番になったゾロであり、もっと踏み込んで追って来てくれたからこそ、今日の彼らがある。それが嬉しいとほこほこ微笑うルフィへ、
「俺としては複雑なんだがな。」
おやや、旦那様は…そうそう素直に、単純に喜べないのでしょうかしら。まあ、確かにね。大切な想い出、本人さえ自覚していなかったほど胸の奥底に秘めていた、それはそれは柔らかな気持ちを、突然現れた見知らぬ男に勝手に掘り起こされた揚げ句、振り回された訳ですし?
"お前んコト、7年も独占しやがってよ。"
それって………。判りやすすぎるぞ、旦那。(笑)
「………。」
お膝の上という至近から、喉元を反り返らせるようにして見上げてくる愛しい人。間違いなく此処にいる、小さな、されど何にも替え難い大切な存在。やさしい温みにそっと顔を近づけて、甘い香りを確かめるようにと、もっと近づけて。此処にいる君を確かめるように………静かに唇を重ねてみる。
「…ん。」
触れるだけより少しだけ。深く確かめたせいだろう。離れた口許から、甘い吐息が はうと洩れ出し、こちらの胸板へやや斜めに凭れて来た。体が少ぅし斜めになって、和服の襟元、直線同士の合わせがかすかに肌から浮き上がる。こちら側へ凭れたがため、仰のけにひねられた細いおとがいの線の下、小さな鎖骨の合わせの窪みが、白い肌目を押して きゅうと浮き上がり、
「…あ、や。」
気がつけば。小さな上体を掻き抱いだいての深い口づけをし、そしてそのまま首条の肌を貪っていた。
「や…ん、…ねえ。まだ、明るいよ?」
困ったような声で牽制するルフィを抱え、そのまま向かうは奥の間だったから。………天皇杯は観ないのかな?こらこら
濃色の着物の、胸元や膝下のそれぞれの合わせ。身じろいだ拍子に、切れ込むような布の重なりの端々から覗いた、柔らかな肌が何とも蠱惑的で。左右に押し割られた襟元の中に浮かび上がるは、どこまでも撓しなう若さを裡うちに秘めた、小さくて白い愛しい身体。襦袢の肩が片方だけ ゆるまって、肉の隆起がないなだらかな二の腕辺りまで、自然とすべり落ちたその微妙な構図がまた、何とも しどけなくて愛らしかったから………。
「………もぉお〜。」
桜色に染まった頬を、その細い肩に押しつけて。ルフィがちょいと拗ねたような声を出した。おかげさまで天皇杯はもう終わってる。パープルサンガおめでとう、である。(おいおい、投げやりな/笑)
「もしかして酔っ払ってたのか? ゾロ。」
そういえば…お屠蘇にお銚子5本以上というのは多いよなと、今頃になって"う〜ん"と眉を寄せている奥方だったが、
「まさか。」
すぐ傍らに…こちらも既に着物は脱いだ恰好にて、片方の肘を枕のように頭の下に敷いて横になったまま、
「いい酒だったからな。しっかり味わってて、がぶがぶとは飲んでねぇから、まだまだ全然酔ってなんかないさ。」
けろりとしたお顔で応じる憎ったらしさよ。
"…うう、去年とはやっぱ違うんだなぁ。"
力づくという"無理強い"だった訳ではないのが…誰よりも自分で判るだけに。そこのところも、ちょっと悔しいというか何というか。あんなにも拙くて、恐る恐るの触れ合いだったものが、今では随分と物慣れて。何というのか………。
"もーりん、それ以上言わなくていい。/////"
あらそぉお?(笑)
「…怒ってるのか?」
汗でなお柔らかになった髪を、大きな手が梳いてくれている。温かな手、大好きな手。そして…どこを撫でると気持ちがいいのか安心するのか、ルフィのこと、何でも知ってるやさしい手だ。
「………。」
ちょっとだけ。黙って。深色の眸を、その底をまさぐるみたいに、じって見つめて。
「スケベなとこも、ちょっと好きだぞ♪」
声になるかならないか。ほとんど空気だけみたいな口パクの小声で言ってから。うふふと笑って眸を伏せる。穏やかで泰平なお正月。一年の計が元旦にあるのなら、今年もなかなか幸せな年になりそうだと、ほこほこと笑って…そのままお昼寝になだれ込んだ奥方である。
何はともあれ、今年もどうかよろしくな二人です♪
〜Fine〜 02.12.29.〜03.1.3.
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*見事に年をまたいでしまいましたが、
なればこそ、間違いなく今年最初の"ゾロル"でございます。
一番最初のお話から1年とちょっと。
こうも続こうとは思わなかった"新婚さん"シリーズですが。(笑)
このお二人さんは恐らくはずっとこのまま、
蜜月シリーズが辿り着いた"子持ち"にまではならないでしょうが、
時々は喧嘩とかしつつも、仲良く暮らしてゆくのではと思います。
どうか温かな目で見守ってやって下さいませです。
*何だかだらだら長い上に、ちょっと困った描写がなくもないですが。
それでも構わないわと仰せでらっしゃる方、
DLFと致しますので、お持ち帰り下さいませです。
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