月夜見
  
 
去年今年こぞことし @ “蒼夏の螺旋”より

 

          



 突然始まったドラマの映像の中に放り込まれたような。直前からの"つながり"が分からずに、
"………うう。"
 眸を開けないまま、辺りの気配をまさぐって。ついでに手でも周りをまさぐりながら、
"…うっと。"
 すぐ傍にあったのをその手のひらで"撫で撫で"してみた"気持ちいい温み"へ、とりあえず頬を寄せる。柔らかい訳ではないのだけれど、大好きな匂いと温みが心地いい。今朝も何か寒いなぁ、起きるの憂鬱だなぁという、こちらのもそもそとした動きに気がついたのか、その温みが そおと動いて。もぐり込んだ自分をやさしい腕が囲ってくれる。大きな手が背中を撫でたり、髪の中、鼻先を突っ込んでみたり、そちらからもやさしく構ってくれるから。
「…にゃ。」
「起きたか?」
「うん。」
 ごそもそと、特注のトリプルサイズの毛布とお布団の中で囁き合う。相変わらずに奥方は小さいのだが、旦那様がちょこっと背が高くて大柄だからと、冬前に特別に誂えて取り寄せた代物で。ゆったりぬくぬくの温かさの中、間近から聞こえる優しい響きの声。カーテンを引いた薄暗がりの中ではあるが、夜中みたいに こそりと低められてはいない、落ち着いた声。ああ、朝なんだなと思い、こんなゆっくりしてるって事は、今日は"お休みモード"なんだと納得して。
"んっと、んっと…。"
 何だったかな。何か忘れてないかな。何か、何か。思い出さなきゃいけないことが、あったような気がするんだけれど。

   "えと、ゾロの仕事納めから何日目なんだっけ。"

 塩竈のゾロの実家からは"お正月には帰って来い"とさんざん言われていたのに、電車も高速道路もどうせ混むだろからとゾロが勝手に断って。
『お前、寒いの苦手じゃないか。』
 そんでもさ、ゾロの従姉のくいなお姉ちゃんやゾロのお父さんお母さんとか、逢いたかったのにな。お盆はほら、サンジの家に行っててやっぱり帰れなかったしと、頬を膨らませたルフィだったが、
『じゃあ、お前の実家に帰ろうや。』
 帰国して来て、まだ一度しか帰ってないだろうが。ゾロがそうと言い出すと、
『…ん〜、でもなあ。父さんも兄ちゃんも帰ってないだろからなぁ。』
 ルフィはもっともらしい顔で小首をひねって見せた。少年の父上は貨物船常勤の航海士で、兄上も既に仕事に就いていて。実家と同じ県内ではあるが少しばかり遠くへと独立している。よほど示し合わせねば、実家に居合わせるのは相当に難しい一家なのだ。
『近所の友達には細かいこと話してないからさ。この姿の俺が帰っても、まずは"本人"だってことを信じてもらえないだろし。』
 という訳で、そっちの実家へも帰らないこととなり。

   "…えっと。"

 もう一つの"実家"…みたいなもの、サンジからのお誘いもあったんだけれど。そっちもやっぱり飛行機での長旅はちょっとな、夏の時みたいに長くは滞在出来ないしと、そんな理由で丁重にお断りを入れた。ネットの向こう、PCのモニター越しに、それはそれは残念そうな顔をしていたサンジだったが、
『あいつの方は年明けからきっちり始まる仕事もあろうけど、ルフィだけなら長居も出来るだろうによ。』
 商社マンのゾロは三が日が明けたらすぐにも仕事だろうが、ルフィの方はそうまで切羽詰まってなかろうと、
『美味しい御馳走もたっくさん作るぞ? それに、クリスマス・プレゼントも渡したいしな。』
 諦め悪く"お誘い"を繰り出して、更に掻き口説いて来た。
『クリスマス・プレゼントって…もう届いてるぞ? 壁掛けタイプのでっかいプラズマテレビ。』
 ゾロの冬のボーナスで買おうかどうしようかと相談していたら、それを見越してというタイミング、クリスマスにはまだ日のあった某日に、一番新しい機種の大きなテレビが、録画機能つきDVDデッキと共にやって来たのだ。ちゃんとお礼も言ったのに、もう忘れたの?と、ルフィが小首を傾げれば、
『それとは別口のがまだ、こっちに幾つも取ってあるんだよ。』
 某有名スポーツブランドのスノウボードにスキーウェアのセット、オフロード・ラリーに参戦出来るぞタイプのミニ・バギー、地中海のとある小さな王国で催されるニューイヤー・パーティーへの招待状。
(んん?)
『その国の王子様がな、なんかルフィに似てるんだな。』
 ………おいおい、それってもしかして。
(笑) 金髪碧眼のたいそう麗しい、世界屈指のビジネス・エージェントさんがそんな風に粘ったものの、
『…でもさ。着いた途端くらいにゾロだけ先に帰っちゃたらさ、ベルちゃんがグズらないかな?』
『………う"。』
 生後7カ月。もうもう可愛い盛りで、この若いパパさんが時間の許す限りの暇さえあればずっとずっとという勢いで、とろっとろに蕩けそうなお顔で相手をしている一人娘のベルちゃんは。どういう訳だか…まずは子供には怖がられそうな鋭角的な面差し、野武士を思わせる恐持てな風貌をした、ロロノア=ゾロというお兄さんにエライこと懐いている。どうしても寝付かない時の必殺アイテム、ナミママお手製の"お気に入り大全集"DVDに収録された、この日本人のお兄さんの映像を見せれば、あら不思議。キャッキャとはしゃいで むずがらなくなり、そのまま子守歌なぞ囁けば、それはそれは大人しく、健やかな眠りについてくれるというから。
『ゾロって"癒し系"だったんだね。』
『物凄い"局地限定"だけどな。』
 あはははは…。
(苦笑)

   "…だから。"

 だからして、特に何をと構えずに、のんびり過ごそうということになった。

   "何を?"

 何をって、だから今日は。

   "………っ!"

 とろとろ再び瞼が降りかかっていたルフィだったが、やっと思い出して。ふにふにと旦那様の腕の輪から抜け出そうとし、頼りなくも抵抗を見せる。起きぬけの何とも覚束ない力で、こちらの胸板へ腕を突っ張って見せる小さな奥方に、
「どした? トイレか?」
「ん、ん〜ん。」
 もうもう、どうしてそうとしか思いが及ばない人なのだろうかと、ちょっと"オヤジ"かもしんない言いようへ"むうっ"と膨れながら。それでもやっと…抱えられたまま一緒に起き上がってから離してもらって、
「うと…。」
 猫っ毛の髪も、ちょっと大きめなパジャマも。ほのかに しとっと温もって、寝乱れてクシャクシャなまま。脚の間にお尻を落とし込むようにして、ベッドの上へ座り込んだ愛らしい奥様は、
「あけまして、おめでとうございます。」
 ふにゃむにゃと少々怪しい口調で、新年のご挨拶。………おお、そうか。今日は、おめでたい元旦でしたか。(…白々しいですかね/笑)体が柔らかいのか、まだ半分ほど眠いからか、そのまま倒れ込んで来そうなほど、前へ"ぱふん"と体を倒して来たのを、向かい合ったままで軽々と受け止める。
「あのな。そういうご挨拶は、お屠蘇を飲んでからって…。」
 去年も同んなじシチュエーションで言ったぞ、確か。絶対に随分と早くから起きていたらしい、くっきりした口調の旦那様からのそんなご指摘へ、
「あり? そうだっけ?」
 ひょこりと小首を傾げる仕草も愛らしく。あれあれれと、ぷちパニックして見せるルフィに、
「そうだった。」
 ゾロが呆れながら"くくっ"と笑って。さあさ、ロロノアさんチのお正月の始まりでございます。








          



 顔を洗ってからお台所へ向かったルフィを見送りつつ、予備のお部屋に衣紋掛けに吊るして出しておいた、着物と装備一式をゾロが居間まで運んでくる。テーブルへのセッティングを八分ほど終えた奥方が、はしゃぎながら居間へとやって来て、さて。
「襦袢と足袋は自分で着な。」
「おうっ。」
 一昨年の暮れに、ゾロの実家のお母さんが二人にと送ってくれた和装一式。
『ずっと外国にいたルフィちゃんは、特に着たいんじゃないかって思ったから。』
 そんな殊勝な奴じゃねぇってと思っていたのだが、当のご本人は、
『伯母ちゃん? ありがとねっ。俺、凄い嬉しいっ!』
 電話を片手にキャーキャーと跳ね回って喜んでいたから、これにはゾロもびっくり。剣道の道着と似たようなものだからと、手慣れた旦那様からてきぱき着せてもらって、去年の正月は三が日のずっとを着て過ごしたほどであった。
「ほら、こっち来い。」
 簡単な襦袢を着ただけの恰好でパタパタ寄って来たルフィの肩に、浅い藍の紬をかけてやり、襟を整えてから前に回ってカーペットの上へ片膝をつく。そんなゾロの頭に、
「えへへvv」
 ぽんっと両手を軽く乗せるルフィなのも去年と同じ。
「こら。」
「だってさvv。」
 手持ち無沙汰なのと、こういう態勢、自分が彼を見下ろせるなんて格好になるのは滅多にないからのこと。
「ほら、やっこさんだ。」
「うん。」
 ゾロの子供相手のような言い方に小さく笑って、奴凧みたいに袖を左右に突っ張らかして。
"そういや、ずっと小さい頃も。"
 さすがに本格的な着物は無理だったが、夏場の浴衣程度なら、ゾロに着せてもらったことがあったのを思い出す。小柄な彼には大きな仕立て。裾を真っ直ぐに揃えつつ、腰の辺りで余分をはしょり上げていたゾロは、とあることに気がついた。
「おっ。はしょりが去年より ちょっと少ないって事は、背が伸びたな。」
「おうっ、やったっ!」
 何だか七五三の子供を相手にしているようなお言いようだが、7年間ほど"中学生"のままで成長が色々と止まっていたルフィなのだから、これも道理というもので。
「ゾロよりデカくなるんかな。」
「どうだろうな。エースは中学生の頃からデカかったけど、シャンクス叔父さんはそんな大柄な人じゃないからな。」
 身長は結構"遺伝"がものを言う。好き嫌いはあまりないルフィだが、兄のエースが中学生時代から既に大きい子だったことを慮
かんがみるに…。
「小さい方が可愛いじゃないか。」
 誤魔化しましたな、ゾロさんたら。そんなお返事へ、
「う〜ん、でもなぁ。」
 可愛いと言われて満更ではない辺り、実のところ、ルフィとしても…そんなにも"男らしさ"とか"雄々しさ"へのこだわりはない彼であるのかも。帯を締める前、仮の紐を腰に回してやりながら、
「そういや、あいつも送って来てなかったな? 着物。」
 思い出したことがあって切り出すと、その途端、
「…むう、あれは絶対に着ないからな。」
 クスクス笑うゾロへとルフィはちょいと おかんむり。何しろ、

   「サンジってば、なんで"振り袖"なんか送ってくるかな。」

 おおう、それはまた。こっちが日本人なのに、わざわざですか?
「もーりん、しらじらしい。」
 あははははvv でも似合いそうですけれどもねぇ。牡丹や桜、菊や菖蒲の花柄にしても、吹き流しや金銀格子、手鞠に奉書に御所車。朱や緋に紫、曙のぼかしや若草のグラデーションとか…。
「着てみた写真を送ってくれって言って来てるんだろ?」
「やだっ。絶対着ねぇもんっ。」
 言いながら、ゾロの頭をぽこんとはたく。丁度、帯を背後へと回していたところ。ルフィのお腹を抱えるようにしてぐっと引き寄せたタイミングだったからだが、
「こら。叩いたな。」
「無理強いするからだ。」
 お説教をしようと思ったらしいゾロだったが、むうと唇を突き出したルフィの、相変わらず子供じみたお顔に…ついつい堪らず吹き出してしまった。
「判った判った♪ その話は もうしない。」
「おお。」





 一応ちゃんとした帯を締めての着付けに仕上がったところは、どこぞの小間物問屋の幼い若旦那か お坊っちゃま風だったが、
「ゾロ、ゾロ、紐して。バッテンして。」
「ああ、襷
たすきだな。」
 あんまり他所ではそういう言い方するんじゃないぞと注意して。
(笑) 背中にバッテンが出来るよう、袖下から肩へ仮結び用の紐を渡すように巻きつけて、袂たもとを引っ張り上げる"襷掛け"をしてやると、お坊っちゃまから"可愛い板前さん"へと変身である。
「お雑煮温めて、お燗つけたら、すぐだからね。」
 だから早く着なよと、ゾロの方のお支度を急かしつつ、パタパタと隣りのキッチンへ。奥方らしき一端
いっぱしの物言いが何とも可愛くて、ついつい声を出さないまま笑っていたら、
「ゾロ〜っ。」
 声が飛んで来たものだから、おっと気づかれたかなと、大きな拳を口許に添えて表情を正す。………と、
「お餅、お雑煮に幾つ入れる?」
「…ああ。そうだな2つ。」
 な〜んだと溜息。いかにもお正月の朝という会話だが、
「2つで足りるのか? 俺、5つ食うぞ?」
 ………おいおい。
「そんなにお椀に入るのか?」
 …って、そっちかいっ。
(笑)




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 *明けましておめでとうございますvv
  何だか年末年始と某ジャンルの方ばかり更新していて、
  ちょっとご心配かけましたが。
  心境は“不安にさせたかよ”でございます。
  ちゃんとゾロルも書いております。