パレードが始まる前に
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今日の収穫はと尋ねられ、昨日と同じ公園で待ち合わせた太宰に向かって、
敦はそれはご機嫌なお顔で紡ぎ始める。
「はい。えっと中原さんは▽▽っていう作家さんがお好きだそうで、
あとジャズのピアノ曲がお気に入りで、
携帯の音楽プレイヤーへ目いっぱい収納しているとか…。」
「敦くん、一体何を訊き込んで来たのかな?」
じんましんが出ちゃったらどうしてくれるのと、
泣き真似までして大きく身を後ずさりさせる太宰なのへ、
ありゃすいませんと苦笑交じりに頭を掻いた。
そんな敦へまさかの対抗心でも沸いたのか、
「大体、あの表六玉のことなら、私の方が詳しいよ。
××って銘柄のタバコを吸ってるとか、
趣味の悪い帽子はそれでも一応英国渡りの有名なブランドので、
靴は確かイタリアの◇◇じゃなかったか。
そうそう、10代のころは○○って女優が好きで、
今使ってる香水も、実はその女優さんがお勧めしてたのだってこととか。
トーストは耳まで全部食べる派で、
……敦くん、ベンチから転げるほど引かなくてもいいじゃないか。」
立派な腕と深い深い執着を持つストーカーでも見るような眼でこちらを見、
うわぁあとその身を後ずさりさせすぎて、
3人座れそうな幅があったベンチの端っこから転げ落ちている新人社員さんだったのへ。
失敬だなと太宰の側も不機嫌そうな顔をする。
「私がポートマフィアに居た話は通じているよね?」
「あ、はい。」
自殺が趣味という奇行はともかく、
物腰優しく聡明なこの先輩は、
だがだが、実はあのポートマフィアに4年前まで籍を置いていたらしい。
結構な地位にあったところから、何に目覚めたか足抜けをし、
その身の履歴を洗ってから異能を生かせる武装探偵社に入社。
今度は人助けにいそしんでいるわけだが、
「その当時に、向こうは脳筋格闘系だったのでと相棒を組まされていたのだよ。」
太宰の異能は“人間失格”といい、どんなに強力な異能でも打ち消せるチ―トな代物。
頭も切れるし基本的な身ごなしも洗練されていて無駄はなく、
ちょっとした乱闘くらいならしのげもするが、
とはいえ、異能力以外の、
特に腕力がずば抜けている相手にはやや遅れを取るのも致し方なく。
そこでその不足を補うべく、
体術を極めているという中原中也と相棒を組み、双黒などと呼ばれていたのだとか。
「というわけで、
ヨーグルトは無糖のへブルーベリーのコンフィチュールを乗っける奴で。
あんぱんは白あんか粒あん派。
ゴハンは堅め派で、みそ汁は合わせ味噌が好きで、」
まだまだ続くようなのへ、さすがに閉口してしまい、
「辞めてくださいよ、もう。
そういうのは自分で知った方がいいです。」
「何だい、敦くんはああいうのがお好みかい?」
「じゃあなくて…。」
何を言い出しますかと真っ赤になってから、
こちらもおもむろに鹿爪らしいお顔を作ると、
「何で知ってるんだと聞かれて“太宰さんから聞きました”と答えてもいいんですか?」
「…それはやめて。」
何とも痛烈な反撃が返ってきたのへは、さしもの太宰も沈没するしかなく。
食べ物のネタが多いですね。
うん。朝ご飯食べながら打ち合わせが多かった名残り。
というやり取りを最後に、冗談ぽい応酬はやっと収まったものの、
所作にも品性が現れよう綺麗な作りの手を柔く握って作った拳で
口元を軽く押さえた太宰が、
そのまま少々考えこむような顔した。
「わざわざ敦くんの応対に中也が出てくるところがちょっと気になるな。
昨日の今日で何か隠したいことが出来たのかな?」
さすがにただふざけていた太宰だったわけではないらしく、
愛用の砂色のコートが冷たい風にたなびくのを見下ろし、
顎の先を指先でちょいとつつく。
何故また敦がそんなことまで訊けたのか、
腰を据えての話し相手になっていた幹部殿だというところへ
引っ掛かりを覚えていたようで。
「わざわざ、ですか?」
「うん。本を貸すのだって、返すという行動で相手を限定するためでしょ?」
「あ、そっか。」
訊き込みに来ているのだから色々な人へ声を掛けたほうが多彩で多角的な情報が集まる。
中原は“武装探偵社の中島敦だと皆が知っている”と、
敦少年の顔が誰へも差してるような言い方をしたらしいが、
ポートマフィアの本拠地ならともかく、
小請けにあたるようなこんな端っこの施設では、
そういう情報もきっちり申し送りされてはおるまい。
そんな状況なのを隠しつつ、
まずは借りた本の持ち主である中原を探すよう仕向けて、
そのまま取るに足らない会話を続けることで敦の気を逸らす心算だろうと、
向こうの手の内を指摘して。
「港祭りも近いしねぇ。」
観光客でごった返す中での騒動こそが困りものとし、
不穏な空気があってはならぬと軍警からの依頼を受けている彼らなのであって。
一体どういう目論見があってのことだろかと、
太宰としては昔の相棒の腹の底を見透かしたいらしい。
う〜んと考え込むように目許口許を鹿爪らしく歪めてみたものの、
「……。」
ふと、夕景の中に何を感じたものか、
幻でも探すように双眸を柔らかく細めてコンテナ広場の方を見やる彼で。
“ああ、まただ。”
緊迫の最中ではさすがにやらないが、
今回のようにやや余裕のあるお仕事についている折は、
時折こんな顔をし、何やら物思いに耽る太宰であり。
つまらぬ騒ぎを起こしては国木田あたりの怒号を買っているような反面、
気を散らすことは少ない彼だからか、余計に敦にも拾いやすい放心で。
“誰かを思い出させる空なんだろうか。”
夕景の少し進んだ寂しい空気に、誰を思う彼なのか。
そんなことをこちらは思ってしまった敦だった。
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