終章
――― なあなあ、黒須センセイは、ゾロのことどのくらい覚えているの?
何の気なしな口調にて、結構微妙なこと、衒いなく直球で訊いて来た無邪気な坊やへ、
『そうですねぇ。』
どこかのんびりとした様子で、あらためてのことと構えてか。口を噤んで、胸の底など浚うように ひとときほど間合いを取った、長身の物理の先生は、
『昔っから口数は少ない方でしたね。はいというお返事だけはきびきびと返してくれましたが、それ以外はあまり自分からはあれこれ話すような子ではなくて。でも、好奇心は旺盛だったようでしたよ? 放っておくと半日が一日でも、雲の流れやアリの行進、じっとじっと眺めていましたし。』
ほんわりと笑って懐かしそうに話して下さり。そんなだったんだってなと、お家に帰って坊やが話せば。当のご本人さんは、
『そんなもん、覚えてねぇよ。////////』
お返事は乱暴ながら、短く刈られた緑の頭にはいや映えるほど、ちょっぴりお耳を赤くしてしまうことなんかが、たまにあったりした破邪殿であったりもしたそうな。ぶっきらぼうで愛想無し。人付き合いが下手で、でも、そんなことは欠片ほどにも不自由に思わず、鬼を狩る“鬼神”とまで呼ばれてた、天聖界最強の破邪だったゾロ。
「でもさ、サンジもナミさんも。ゾロがどういう奴かってことは、よっく知ってるじゃんか。」
思わぬ遠くへお出掛けし、都庁規模の大きさの龍に追われた大冒険も、過ぎてしまえば“ああ面白かったvv”で済んでしまう腕白さん。危険な修行場からやっと戻って来たのを引き連れて、近所の市場経由で帰りついた我が家のキッチンにて。少ぉし高いカウンターを挟んで向かい合う二人の間には、先日通信販売で買ったばかりの“タコ焼き器”が湯気を上げている。あんなすっとんぱったんがあったのに、今夜のメニューを忘れてなかったところはおサスガな主夫であり。説明書を読んだだけで手を出したルフィが“タコ入りお好み焼きボウル”を作ってしまったその後を受けて、こちらさんも初めてなくせに、いやに器用にくるくると生地を丸めて見せつつ、
「見世物代わりには丁度いいって、遠くから眺めてたからじゃねぇのか?」
可愛げのない言いようをするゾロへ。鉄板からお顔を上げたルフィは“む〜〜〜”っと眉を寄せて見せた。
「ゾロってホント、サバサバしてんのな。」
世を拗ねて僻ひがんでというような、突っぱねるような言いようではないものの、人懐っこいとは到底思えぬ決めつけ台詞には、取り付く島のない、ぴしゃりとした響きもあって。
“そゆとこも、カッコいいっちゃカッコいいんだけどもさ。///////”
鉄板から皿へと移されたタコ焼きへ、早速のお箸が伸びたが、
「熱っちい〜☆」
「ほら、ソースかければ少しは冷めるって。」
ただでさえお前は少しばかり猫舌なんだから、焦らないで冷ましてから喰いな。でも、あんまりフウフウするとアオノリが飛ぶじゃんよ。いいさ、お膳や床なら拭きゃあいいんだし。それより口の中の火傷はなかなか後を引くから、そっちを気をつけな…と。人付き合いが下手だった鬼神様、この坊やにだけは至れり尽くせりな模様です。(笑)
“クールなのもカッコいいけどさ。”
そっけない風に思わせて、けれど、ホントは優しいゾロなんだって。皆だって知ってたんじゃなかろうかと、時々ルフィは思ったりする。愛想がなくとも、一片の動揺もないままに瞬殺の刃を振えても、だからって心が凍っていたと誰が言える。機械のように淡々とあれと、その判断力の邪魔になろうからとコウシロウさんが記憶を持っていったのは、苛酷な使命に忙殺される中でゾロが傷つかないようにであり、それはすなわち、傷ついて血を流すだろうほどの心を…人並み以上の感受性を持っている彼だと分かっていたからに他ならず。悪態をつきながらもルフィとの仲がこじれないようにって、ぶっきらぼうで不器用なゾロへのフォロー、沢山してくれたサンジだったのだって。小さい者弱い者へは、その技量で庇えるだけは庇うゾロだと、何度も何度も見て来て知っていたから。心を配ってやってもいいかと思えるような奴だと思っていたからだろうし。
「? どした?」
「ん〜ん。なんでもない♪」
今度は餅を入れてみようよ。餅かぁ? ダメかな? じゃあカレー粉とかvv もしかして もんじゃ焼きの感覚になってないか? お前。神戸はスジ肉煮とコンニャクが入るんだと。京都は刻みキャベツが入るそうで、それを聞いた やしきたかじんさんが怒ったの怒ったのって…という、関西ローカルな話はさておいて。(笑) 来たる夏を乗り切るためのタコ尽くし。最初のタコ焼きだけでお腹がいっぱいになりそうな勢いの、坊やだったりするのでございます。
「来たる夏?」
「そういう時期の話だったんだと、書き始めはよ。」
ううう、うっさいわねぇっ!(ううう"…)
◇
目眩いがするほどの幸せに、なのに、すっかりと感覚が慣れ切ってしまい。どれほど素晴らしいことかも忘れて、大切に思わなかったから。それで、神様が取り上げてしまわれたんだろうか…なんて、
“やっと落ち着いた頃でも、そんな言い方をしていたっけね。”
この世にはどうしてもどうしても歯が立たない悲劇というものはあって。希望を捨てず、本人が諦めないならば、いつかはどうにかなるというような。本人の資質の成長や何やを待てるだけの、余裕のある話ならともかくも。今の今、雪崩を打って押し寄せて来た、それは苛酷で大きな危機に、されど自分にはどうすることも出来ない、間に合わないとしたら? 愛する人を、大切な人を守れない。あまりに非力で、もしくは無知であるが故に、自分は全く役に立てず、加担も出来ない。そんな悲惨な巡り合わせの不幸を恨み、力のない幼い自分を呪って憎んで。涙が涸れるまで泣いて泣いて、ただただ“強くなりたい”とだけ闇雲に願った悪夢が、皆の上へのしかかって来たことがあったのを、
「どんなに歳月が経ったって、
すっかりと忘れられるものではないところがまた、癪だったらないわよね。」
今回のお話の前の方で、ナミさんがふと噛みしめたのと同じ想いを、ノジコさんもまた口にする。辛く悲しい思い出ほどいつまでも鮮烈で、いつまでも忘れがたいのは何故だろうか。同じ過ちを、後悔を、二度と繰り返さぬようにという、学習能力があればこその防衛システムの為せる技なのか。
“何にも覚えていないよりはマシなのかも知れないけれど…。”
例えば。破邪という苛酷な使役には不要だと。むしろ、一つ一つのケースにいちいち感情が揺れては、本人が辛いだけでいっそ邪魔だからと。恐らくは、他のどんな子供とも変わりなく、愛情一杯に育てられたのだろうその記憶を、ごっそりと持って行かれてしまい、事物への思い入れも感情も薄いまま、ただただ淡々と戦い続けたゾロが、そんな苦行へ何ひとつ苦痛を感じないでいられたのは、果たして幸せだったと言えるのだろうか。
「あら、でも。ゾロにはとっても嬉しい宝物との出会いが待ってた訳じゃない。」
最初の戦いから転生して来た最強の聖霊と、遥かなる過去からという途轍もない咒を負わされていた少年と。例の黒鳳がらみの、恐らくは“必然的な運命”としての出会いであったのかもしれないが、その後の顛末はというと、他でもない彼ら自身の強固な意志が動かした、これ以上はなかろう“最強のハッピーエンド”だったことは、その場に居合わせなかったノジコさんもよくよく知っており、
「何にも先入観がなかったからこそ、あの坊やと二人して過去からの襲撃者へも真っ向から立ち向かえた。それってやっぱり、コウシロウさんが為した采配が正しかったからこそじゃないの?」
見様によっては何とも涼しげないで立ちをまとった肢体を、ソファーにゆったりと埋めて。艶やかな所作の映えるきれいな手には、ルビー色のワインを半ばほど、細い脚のついた滴の形のグラスに揺らしながら、もっともらしく言い切った姉へ、
「はいはい。」
ほっそりとした肩をすくめると、敢えては逆らわないわよという言いようを返したナミさん、
「あんたにとっては、コウシロウさんのやること為すことは全て、正しくて素晴らしかったんでしたっけね。」
そんな一言を付け足したものだから。途端に、あれほど雄々しくも凛々しかった女傑が、
「…っ。////////」
たちまちの内に、頬を真っ赤に染めるところがなかなか可愛い。あれ? でも、それって………?
「それを言い出すなら、ナミ〜〜〜〜。」
「何よ。」
「あんた、コウシロウさんが転生してたこと、黙ってたわねっ!」
ははあ、やっぱりそういうことだったのですか。(笑) 話そうにも、あんたはなかなか捕まらないし、逢えたって自分の用だけ済ますととっとと帰っちゃってたでしょうが。
「それとも…なぁに? 係官やらいっぱい集まってる場で、そうそうそう言えば、あんたの大好きだったコウシロウさんが…なんてカッコで報告してほしかったのかしら?」
「〜〜〜〜〜ナミのお馬鹿っ! /////////」
本当に他愛のないことだのに、胸中の動揺からお顔を真っ赤にして。馬鹿なんて、あんたなんか嫌いよなんて、家族を相手に罵って。言われた方だって大して堪こたえないままに、あっかんべなんて返してたりする。なんて穏やかで、なんて温かな一時を過ごせるようになったやら。心騒がせる風よ、吹くな。諍いばかりを煽る、嵐よ吹くな。まだ見えぬ先へと、ただただ心躍るばかりの、そんな悪戯な風だけを巡らせてあげたい。姉との応酬にはしゃぎつつ、そうという決意をその胸に新たに誓った、我らが頼もしき女神様だったりするのである。
〜Fine〜 05.6.29.〜10.10.
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*唯一、素性というかその過去にあまり触れてなかったのが、
このお話のナミさんだったので、今回、思い立って書いてみました。
サンジさんやゾロさんに、それなりの経緯やら孤独や悲劇があったように、
ナミさんにもまた“聖魔戦争”の余波は及んでおり、
でも、だからこそ、
辛かったからこそその悲しみに負けるもんかと、
同じ悲劇は繰り返すまいと、頑張った末の現在だと思うのですよ。
要領が良いだけの存在を“勝ち組”なんて呼んでる今時ですけど、
そんな中身のないことで良いのかなとか思ってもいましたんで。
ベッタベタだったかもしれませんが、
あの強気な女神様にもこういうドラマがありました…ということで。
それにしても時間をかけ過ぎですね。大反省…。
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