天上の海・掌中の星 “風に運ばれて”

〜ナミさんBD作品
 



          




 今年の梅雨は地域格差が凄まじいほどに大きくて。避難勧告が出たほどに降り続いた東日本や日本海側に引き換え、西日本の、殊に太平洋側の奈良や四国なぞでは、水瓶として頼りとしているダムが悉く涸れ始めており、夜間断水なんていう非常事態にまで陥って。今年もまた難儀な夏になるのかと、そんな不平が誰ぞに聞こえたか。程なくして西日本でも雨が振ったがこれがまた半端ではない豪雨になり、今度はこちらでも水害の声が聞こえてくるほど振り続けたもんだから、
「極端から極端、だよな。」
 コメンテイターのおじさんが“今後の予想”なんてものを並べ始めたテレビのニュースへ、う〜むと鹿爪らしく唸って見せて、
「家を沈めるほど降ってるところの雨水をサ、乾いて困ってるとこへサッと運べる何かがあればいいのにな。」
 困ったことだと、ややもすれば真剣なお顔で。それにしては…SF映画かまんがに出てくる便利アイテムみたいなものを想像しているのだろう坊やへ。リビングの同じソファーに座したまま、苦笑混じりなお声での返事を返す。
「お前、それ、冬場に大雪のニュース観てた時にも言ってなかったか?」
「あれれぇ? そうだっけ?」
 北陸や東北地方で史上何番目というほどの大雪になったことを報じていた、先の冬のニュースを見るたびに、
『あの辺てサ、大きな地震があったのになぁ。気の毒だよなぁ。この辺とか、いっそもっと“暑くって溜まらん”って言ってるような土地で、半分くらいでも引き取れたらいいのになぁ』
 そんなことを真剣なお顔で言ってたルフィであり、
「だってさ、多すぎて困ってるトコと足りてないって困ってるトコがあるんなら、分け合えれば理想的じゃんか。」
 これこそ究極の“ギブ&テイク”ってもんじゃねぇの? 何か間違ってるか? 俺、なんて。低いお鼻を大威張りで“つ〜ん”とそびやかしつつ、そのくせ…ちゃっかりと、大好きな空間、大好きな精霊さんのお膝の上、懐ろの中という、一番居心地のいいところに、ごそごそと潜り込んでる坊やであり、
「…さっきから“坊や、坊や”って もーりんさんから呼ばれてるの。もしかして俺のことか?」
 なあなあと、肩の上の保護者さんのお顔を振り仰いで尋ねているのが、この春から高校二年生に進学致しましたの、モンキー=D=ルフィくんであり、
「そうみたいだな。」
 こんなして甘えてるようじゃあなと、苦笑を混じえて応じてやったお兄さん。屈強精悍、頼もしいまでに筋骨の備わった肢体を、だが今はゆったりと和ませている偉丈夫さんだが、実は実は。この世に仇なす悪霊邪妖を打ち祓い、陽世界の安定を保つため、別の次元からやって来ている“破邪”という精霊さんで、その名をゾロと呼ばれてらっしゃる。3年前の盛夏に出会って、そのままずっと、この坊やの傍らに“守護精霊”としてついている彼なのだが、
「だから“坊や”じゃねぇっ!」
 もう高2だぞ、高2っ!…って、何にもない空間へ話しかけるのはやめたまい。
(笑)
「あんたも…そうじゃねぇだろが。」
 ああ、はいはい。無責任にも煽ってからかうのはやめるから、そんな底冷えのしそうなキツい眸をこっちへ向けないで下さいってば。でもね、ルフィくん。あなた、相変わらずに“腕白”って言葉が一番似合いそうな、無邪気でお元気で、周囲周辺をぱぁって照らす、お日様かヒマワリみたいな男の子なままなんですもの。だから、決して軽んじて言ってる訳じゃあないの。そこんとこ、どか、ご了解下さいませなvv

  「…おばさんに可愛い子ぶられてもなぁ。」

 何だとーっっ!
(怒)






            ◇



 キリがないので、筆者との実のない掛け合いはそのくらいにして。
(笑) 高校2年生のルフィくんは、丁度今日まで、一学期の期末試験に追われておりまして。午前中で全てが終わった苦行からヤットコ解放されたよ〜んっと、それはそれはウッキウキでのご帰宅を果たし、お昼ご飯には破邪様特製の冷やし中華を平らげて。のんびりと“食休み中”を堪能していたところへ、
【 ルフィ〜〜〜vv 遊びに来てやったぞvv
 ぽわんと室内の中空へ灯った、テニスボールくらいの光玉。いくら曇天だからって、真っ昼間から出るとは何とも不埒な人魂だなぁ…じゃなくってね。
「あっ、チョッパーじゃんか♪」
 聞き覚えのある舌っ足らずなお声へ、こちらもニコニコと嬉しそうに応ずれば、光の玉はポンッと軽い音を立てて弾け、次の瞬間には縫いぐるみを着た小さな子供という風体の、直立トナカイくんが現れた。途中から角を出してる緋色の山高帽子がちょっぴりお洒落な彼こそは、天聖界の住人、伝信係のチョッパーくんで。
「サンジは一緒じゃないのか?」
「うん、今日は忙しいんだって。だから、晩になったら迎えに来てくれるって。」
 それとも、俺だけだったら詰まんないのか? バッカだなー、そんな訳ないだろ? そうだ、こないだハイキングして来た時のDVDがあるから、一緒に見ようぜvv 小さい者同士が睦まじくも意気投合し、大型テレビの前へと並んで陣取る様子は後ろから見ている分にはなかなか愛らしい光景だが、
「ゾロっ! 頭出し、やってくれvv
「お前ね…。」
 実は実は。最近になって買い替えたこの薄型大画面テレビに合わせて買い替えた、最新型のDVDデッキを…いまだに操作出来ないルフィだったりし、
「だってよ、本体へ録画出来るって理屈が…今イチ、あのさ…。」
 これまでの、テープカセットを入れてそれへと録画する方式との違いが、設置後から数えて…もう1年近くは優に経っているにもかかわらず、全然飲み込めていない坊やだっていうから穿っている。
「ゾロの方が上手に扱えるのか?」
「おうっ。他にも、ハンディカムとかもゾロの方がきっちり使えるし、観たいとこだけ集めての編集まで出来ちまうんだぜ?」
「わわっ、凄げぇ〜vv」
 詳細までは何だかよく判らないけれど、天聖界にない“機械もの”の操作を、それを作った地上人でもなかなか扱いが難しいものらしいのに自在に操れるなんて。それってきっと“凄い”ことに違いない。そうと思って、大きな瞳をきらきらと潤ませるトナカイくんだが………何のことはない、
“毎年毎年、最新鋭機種のを送りつけて来ては、ルフィが出場する大会ものの全てを撮影させるお父様がいるからなぁ。”
 つまりは“慣れ”ですね? 破邪様。
(笑) 先日もそんな点へ、
『相変わらずの親ばかさんに、良いように使われてんのな、お前よ。』
 聖封さんから“プクク…”と笑われていたのだが、
“あいつだって、この家のIHとかいうキッチンツールには未だに慣れなくって、手ぇ出せねぇでいるクセによ。”
 それは…。
(苦笑) IHというと所謂“電磁調理器”ですね。最近のは、おナベを選ばないで使えるそうですし、火力もなかなか強くって、ガスに引けを取ってないそうですが。夏場は涼しいし、お掃除も楽で、給湯器なんかと組み合わせてのセットコースにしちゃえば電気代もかなり割り引いてもらえるそうですが。でもなぁ。古い人間な筆者も“炎が見えるガスの方が分かりやすいから”って思うので、なかなか踏ん切れないでおりますです。…もーりんの家の台所事情はともかく。
「ほいよ。」
 テレビ前のラグにちょこりと並んで座ったおチビさんたちの頭越し、後背のソファーから延ばした腕でリモコンを操作して。画面を、編集したままのハードディスクのものへと転じさせれば、
「おおお、ルフィが映ってるぞっ!」
 天気のいい中、瓦みたいな石の板を敷いた、そりゃあもうもう何ともハードな上り坂を、お元気に歩いた箱根でのハイキング。ルフィもゾロも、体力には自信のコンビだったので、道中のところどころの旧跡とやらではいちいち足を止め、記念写真代わりに映像を収めておいた。それを航海中のルフィの父上へ宛てて、コンパクトディスクへと焼き直して送ったところ、寝る前に毎日観ていると喜びのお返事があったのだけれど。
『…なあなあ。あれって、あれもこれもって欲張って編集したから、全部観ようと思ったら1時間近くかかるよな?』
『ああ。』
 気に入ったシーンだけ抜粋して見てんだよ、そうだねきっとと、お互いへ言って納得し合いつつ、内心では…きっと毎晩のように最初から最後まできっちり観てんだろうなぁと、確信していたりする二人だったりするそうで。親ばか・ちゃんりんもそこまで貫いていただけると、いっそ清々しいのかも。
“おいおい、本気か?”
 うふふのふvv
「何か物凄い険しそうな道だな。これって修行場なのか?」
 チョッパーとて、サンジのお供で人間世界にはちょくちょく運んでいる身だからね。大昔ならいざ知らず、今時の普通一般の道路ってのは、人里の中であればあるほど平らに均されてそれは歩きやすいようにと整えられてるってのを知っている。全ての道はローマへ続く…ではないが、道路の整備というインフラは物や人の流通の基本であり、それが上々のうちに発展すれば、国を育てる“経済の動脈”ともなるからで。だから、こんな苛酷な道が今の時代にまで残っているなんて、きっと体を鍛えるための修行用の場所なのだろうと思ったらしいが、
「いいや。観光用の散歩道だぞ?」
「うひゃ〜〜〜っ!!」
 いや、普通の散歩道ともちょっと違ったような気はするのだがと、ゾロが苦笑を噛みしめつつ、だが、口は挟まないままでいると、
「地上の人間って見た目より実は強くて凄いなだな〜。」
 チョッパーさん、まともに信じた模様です。
(笑)
「だってだって、ルフィがお元気なのは判るけど、ほら…ここに小さい子も映ってるぞ。これって、家族連れだろう?」
 ファミリーが優雅にお散歩を楽しむ道には到底見えないと、これでなかなか観察眼があるというか、自然環境への分析力はさすが野生の勘が働いて鋭いのか。結構な荒れ道なのに、撮影者へニッコニコの笑顔で話しかけるルフィの様子や、休憩所で居合わせた別の観光客の中に小さい子供がいるのへと、
「人間って実は凄いんだvv」
 素直に感動しているおチビさん。確かに、ちらほらと小学生くらいの子供が映り込んではいるけれど、
“…バス路線が走ってる公道が、コースに沿ってあったんだけれどね。”
 せっかく感動しているのだから、ここはその気持ちを大切にしてやろうと…と言うか。単に面倒だったらしく、ゾロはまたまた黙ったままでいたのだが。やたら感動しているチョッパーへ、
「そっちこそ、ってか。天聖界の人こそ凄いじゃんか。」
 話に聞いてただけじゃなく、自分でも遊びに行けるようになったせいか、ルフィも結構向こうの世界を知っており、
「ゾロやサンジみたいな特別な奴だけじゃないんだろ? 一瞬で遠くへ行ったり宙を飛んだり出来るのって。」
「ふや? 何でそう思うんだ?」
「だってよ、こんなもんじゃなかったじゃんか。」
 天聖界という場所は、基本的に人の手が入らないままの原風景が広がる世界であり、雲の影がゆったりと横断してゆく、見渡す限りの草原や、緑の梢から洩れ落ちる木洩れ日が淡いスポットライトみたいで綺麗な森林。水の香も豊かな涼やかなせせらぎに、巨大な水晶柱を乗せて宙へと浮かぶ岩盤島、雲海に水墨画のような影を滲ませてる山々の佇まい。
心穏やかに安らげる、桃源郷みたいなところであるがゆえ、
「車や電車や飛行機なんてないのはサ。皆が皆、念じるだけで遠くまで移動出来たりするから必要なくて…なんだろ?」
 さすがは高校生で、そういう道理くらいは推察出来るようになったんだねぇ。偉い偉い…と、こちらさんもほのぼの笑ったゾロさんだったが。
「?? そんなことはないぞ?」
 チョッパーにしてみれば、そういう…お言いように含まれる意味合い以外の付帯物にまでは気が回らなかったのだろう。それはすっぱりとお返事が返って来て、
「天聖界でも、そうそう誰もが“念じ”でどこへなと行ける訳じゃない。能力が低い者はてくてく歩いてでしか移動は出来ないよ?」
「?? じゃあ遠くに用がある時はどうすんだ?」
 こちらもキョトンとしたルフィへ、
「許可をもらって翼馬を使うか、定期的に他の宮へ行くような、次空転移が出来る役職の人へ用事を頼む。」
 そうするしかないじゃんかと、こちらさんもある意味、当たり前のことを当たり前に応じたチョッパーで、これへはさすがにゾロが言葉を添えてやった。
「天聖界じゃあ、基本的に人はあんまり遠出しねぇんだよ。」
 丁度画面に映っていたのは、芦ノ湖沿いにあった整然と並ぶ大きな杉の木の並木道。なかなか立派で綺麗ではあったが、振り返れば遠景には町の家並みが見えるような、そんな場所でもあったりし。壮大なパノラマを展開するような風景は、様々に開発が進んだ現代では余程のこと、人跡未踏で交通がやたら不便な土地か、それで有名な保護区へでも行かないと目にすることが適わなくなりつつある地上だが、
「向こうは何たって“観念の世界”みたいなもんだからな。お前が感じる“完璧な自然”が残ってるっていうあちこちは、東西南北、四つある聖宮のどれをとってもさして大差は無い。」
 おややと大きな瞳を見開いた坊やへ、
「住んでる奴が違うのと、春夏秋冬のそれぞれを担当してるからって差異から、細かい風習が多少は違うかもってくらいのもんでな。こっちの世界みたいに、土地によって気候が違うの地形が違って風光明媚だのっていうよな、わざわざ別のとっから見に行く価値がありそなもんなんて、そうそうないよなもんだから。」
 だから、わざわざ遠出なんて思う人は少ないんだよと結んだゾロであり、
「…ふ〜ん。」
 何をどう納得しての“ふ〜ん”なのやら。何せ、説明に当たったのが、まだ幼くて実はそんなにも天聖界の隅々までを知ってる訳ではないチョッパーと、自分の任務を淡々とこなす以外には何へも関心を寄せはしなかったらしき、ずぼらなゾロという組み合わせ。先にも“自分たちは風呂なんか入らなくていいんだよ”なんてとんでもないことを天聖界の常識みたいに吹き込んでいて、ナミさんからこっぴどく叱られてましたからねぇ。

  「次元が違うってのはそういうことなのかー。」
  「………ちょっと違うぞ。」

 だいぶ違うぞ。



TOPNEXT→***


  *あああ、これのどこがナミさんBD作品なんでしょうか。(笑)
   昨年のアレほどにも大したお話じゃないんですが、
   まま、よろしかったなら、お付き合い下さいませです。