天上の海・掌中の星

    “秋宵白月”


途轍もない暑さだった夏も、
さすがに遠い記憶になろうとしている10月半ばの今日この頃。
学生には行事がやたらとある二学期だけれど、
大学生なら11月が本番らしいの、
高校では10月中にもあらかた片付くようであり。

 『ウチは運動会が水泳競技込みだしサ。』

なので、体育祭は9月の末にあるし、
それでの前倒しか、文化祭も10月の半ば、
本来ならこっちへ体育祭を持って来る連休に、
催されるのが常となっており。

 『毎年って訳でもないらしいけどな。』

公立でありながら、スポーツが盛んな学校でもあるため、
年によっては…例えばサッカー部やラグビー部が、
年末年始恒例の全国選手権で上位に残れそうなメンツを集めていたり、
そうかと思えば、
秋の国体への代表選手を山ほど送り出せていたり、と。
そっちのスケジュールへ
融通を利かせる年度もあるらしいと聞いており。
ちなみに、
本年度はそういう変更はなかったので、
秋前半はさほど忙しくはなかろと見越されたらしい。

 「♪♪♪♪♪〜♪♪」

そんな訳で、この秋の行事はあらかた終えたばかりの、
柔道部所属の小さな武道家。
クラスの出し物は今年は合唱で、
自慢の喉でポップな流行の歌とアニソンとをご披露し。
部の方の出店では、
ちょっぴり小柄ながらも執事風の仮装でもって、
青空カフェのボーイさんを務めて人気を博したのだそうで。

 “毎年 三年生だもんな。そのうちネタも切れんじゃね?”

  ……余計な心配はせんでよろしい。(ううう)
  つか、そうじゃなくって、だな。

 “…うん。来月には飛び込みの大会が入ってるしな。”

いや、いきなり水泳に乗り換えた訳じゃなくってだなと、
セルフつっこみしているルフィ坊やだが、
勿論のこと、飛び込み競技のお話じゃあなくて。
実は11月の半ばに、何とかいう武道会館のお披露目がある。
武道と冠しているけれど、
幾つもの武道場と、大会を開ける観客席つきのアリーナの他に、
低酸素カプセルを初めとする、いろんなマシンや、
あらゆる設備が整っているトレーニングルームも充実させた、
言わば“総合体育館”のようなもの。
世界大会なんぞへ選抜されたナショナルチームの合宿所も兼ねるよな、
そんな大掛かりな体育館の、
こけら落としを兼ねた竣工記念大会があるそうなので、
頭のほうもどちらかといやそっちへと切り替わっているらしく。
それにしては…やっぱり、
陽のある内に自宅のある最寄り駅から降りたって、
川沿いの土手、ススキや茅の生い茂る原っぱを、
横目に見下ろしての、ジョギングコースを駆け抜けつつ。
おウチがどんどん近くなる〜と、
デタラメな節で口ずさんでいたりする、ご陽気な坊やなあたり。

  この年齢で、早くもマイホームパパです、ルフィさん。

  「お。じゃあゾロが奥さんか?」

おおお、切り返しましたね、あなた。
まあでも、おいしいご飯作って待ってるトコなんかは、
十分に“奥様”かも知れませんが。
(おいおい)
ただ、こちらのお宅の場合は“主夫”とした方が、
正しいのではなかろうか?

 「そだな♪」

その辺で手ぇ打っとかないと、
サンジの揚げ足取りに加担するのかって怒らりちまう…と、
にひゃりと微笑う屈託の無さよ。
独り言にしちゃあ、ちゃんと相手もあったという
(…笑)
不思議に微妙な会話をこなしつつ。
そろそろ街灯が灯りそうな頃合いの住宅街の、
ちょっぴり近道となる細道をたかたかと。
肩に引っかけ背中に降ろした柔道着を弾ませながら、
軽快に急いでいた黒髪の坊やだったが。

  「……………え?」

ものの気配には聡いルフィが、それでも、
“あ?”と気づいてとりあえず頭上を見上げたのと。
そんな彼を塗り潰すように、
その陰が さあっと、
通りの真上を音もなく横切って行ったのがほぼ同時。
まさに駆け抜けるといった観のあった素早さで、
あっと言う間に通り過ぎ、
後ろ姿どころか、陰さえ見えなくなった何物か。
羽ばたきの音もしなかったけれど、
けどでも大きめの鳥かなぁ、
陽を遮ったから大きく見えたかなと。
しばらくほど立ち止まったまま、
そいつが去ってった方だろう、
小道の北側に連なる塀の上の遠くを
うっとぉ…と眺めていた小柄な坊やだったのが。

  「なあ。何か俺に用でもあんのか?」

誰へというでない、だが、
独り言にしちゃあくっきりとした声で、
そうと言い放ったところ。

  ズズぞぞという、かすかな気配の動きが聞こえ

ブロック塀の上縁から足元へ。
斜めにくっきりと線を引いてた陰の鋭角な三角の中から、
ずりゅりぬと、粘っこい何物かが ひり出されて来ており。

 《 これは驚いた。
  気配に気づかれそうだと分身を飛ばしたに、
  そんな目眩ましじゃあ効かなんだか。》

どこかへ飛んでったものと思わせたかったのに、
依然として立ち去らず、じいと見つめてくる少年だったのへ。
これは誤魔化しが効かない相手だと、そちらさんもまた見切ったのらしく。
えらく上からの物言いをするのは、

 「人の言葉が判るんだ。」
 《 人? ああ、お前らの意志くらい読めんでどうする。》

柔らかな粘土みたいなそやつは、
黄昏どきの金の紗をおびた空気の中では、
輪郭も危ういような存在だったが。
それでも縦にするすると盛り上がり、
ルフィと同じほどの大きさになったと思や、
次にはそのまま何かの形になろうというのか、
クレイアニメの実写実演であるかのように、
外側の輪郭を固めていってのそれから、

 《 こやつは、お前の身内か何かかえ?》

強いて言うなら、マネキンか。
口はおろか表情さえ動かない塑像となった“それ”から、
それでも声は届くので。
発声の仕組みが異なるのか、それとも意識への語りかけなのか。

 「……。」

だがまあ、ルフィにはそんなことはどうでもよかったようで。
それよりも、

 「なぁんか ムカつく。」

ここに至って、初めて不快感を示す。
不気味な存在への恐怖心もなかったし、
理不尽な出現と話しかけへの混乱もなかったものが、
自分と同様な姿の何かへ形を取った途端、
見るからに不機嫌ですというお顔になってしまい、

 《 何だ、こやつとは仲が悪いのか?》

お前の心象にあった奴なのに。
何なら痛ぶってやってもいいぞ、その代わり折り入っての頼みが…と
口も動かさぬまま言いかかったそのお顔が、
やはり凍りついたそのままで微かに強ばると、

  ――― ぴきり・めきめき、と

何か堅いものが、それでも呆気なく砕けるその寸前の、
崩壊を知らせる ひび割れの音を刻み始める。
張り詰めたもの、一気に砕いて粉砕する力のあまりの大きさに、
何の抵抗さえ出来ぬまま、

  ――― かかっっ、と

罵りの声やら悲鳴やら、
あるいは未練がましい呪詛を言い立てる間さえ与えず、
乾いた音を響かせて、誰ぞに似ていた泥人形が崩れ落ち。

  だというのに

その足元から伸びていた漆黒の陰だけが、
置いてけぼりを食ったまま、
少し歪んだアスファルトの道に居残っている様は、
何ともシュール。

  《 な…何だ、何奴のしわざ、》

  「そりゃあ こっちが言いたいねぇ。」

怪しい声による愚弄の罵声が終わらぬうち、
ルフィの傍らに、すっくと立った人影があり。
ほんの先程までは居なかったその存在は、だが。
ただの幻や まやかしにしては、
たいそうな存在感を 重厚な気迫としておびており。

 「お前に出来たことが出来る者、
  他には絶対いないとどうして思うね。」

やはり宙から滲み出すかのように現れてのそのまま、
ごつりと重い手が既に抜き放っていた太刀を水平に構えての、
真っ直ぐ真横に相手を切り裂いた 据えもの斬り。
目にも留まらぬ、疾風のような一閃で、
それもまた目眩ましだったのだろう、
泥人形の傀儡を容易に粉砕してのご登場であり。

 《 く…っ。》

大方、こちらの少年の持ち合わせる、
巨大な容量の“殻躯”を構成する基盤、
かの玄凰の、陰体としての匂いの名残りにでも、
ふらふらと惹かれたのだろう うつけ者。
本体は地面の表へ薄く張りついており、
誰かに似せた傀儡へ、
ルフィが気を取られた隙を衝こうとでも企んだのだろうが、

 「あんなもんで撹乱出来ると、
  お前、本気の本気で思ったのか?」

 《 うう…っ。》

罠にはめようとした本人からまで、
呆れたと言いたげな口調で尋ねられ。
アスファルトのでこぼこそのままに歪んだ陰像が、
ゆるゆると波立つように揺れ、

 《 搦め手はヤメだっ。》

ちいと舌打ちでも打ったのか、
弾みをつけての地べたから跳ね上がって来かけた影だったが、

 「…甘い。」

目には見えない長衣の袖を、
ばさりと鷹揚に振り払ったかのような。
そんなあっけない所作の先、
太刀の切っ先が鋭い銀線を描いて宙を躍り、

 《 が………。》

何か濁った泥が泡立つような、
そんな醜い声が 短く立ったと同時、
あっと言う間にしぼんだのと共に。
影の方もまた、しゅんと蒸散してしまった他愛の無さよ。
陰体の、それも負の力に満たされた“はみ出たもの”を、
刈るのもまた、生業である破邪にとっては、
仕事のうちとも呼べないような、ささやかな出動だったのだけれど。
有無をも言わさずというノリで、
小者相手に精霊刀にて、手っ取り早い対処を取ったのは、
今もなお、その口許を微妙にひん曲げている、
ルフィのご不興が彼を招いたからでもあって。

 「で? 何が気に入らなかったんだ。」

特に叱った覚えもなかったが、
早々とのご対面が不愉快だった何か、あったっけ?
そんな訊き方をしたゾロだったのは、
さっきの邪妖、選りにも選って、
こちらの破邪様に似せた傀儡とやらをこね上げたから。
本人も言っていたが、
それを見せることで気を許すだろう隙を、
何とか衝きたかったらしいのだけれど。
どうしてだろうか、ルフィ少年は、
ハッとしはしたらしかったものの、
そこから心和むどころか、むっかりと不機嫌になったようであり。
相手の邪妖に気を遣わせ、
何なら痛ぶってやろうかとまで言わせたほど。
何だよ、俺がそんな気に食わねえのかよと、
そっちへも“もの申す”したそうだったゾロだというのへは、
依然として気づかぬままらしい坊ちゃんだったが、

 「だってよ。」

ぶすうと膨れたまんまのルフィいわく、

  ―― ゾロはあんな不細工じゃねぇもん。

     はい?

 「あんなスケベったらしい三角の目じゃねぇし、
  口の端っこだけ上げるような やらしい笑い方しねぇし。」

 「…………ほほお。」

きっとアレだな、どっかヨソでさ、
こういうピアスとかしてる男は こういうもんだってゆう、
悪い見本を先に見ちまったんだ、こいつ…なんてな言いようを、
どこまで本気で怒っておいでか、
むむうと頬ふくらませて言いつのるルフィなものだから。


 “……まあ、俺へと怒ってねぇんなら。”


まあいっかと納得することとした破邪様の、
がっつりと雄々しい肩にも、
秋の落陽の残照が ほのかな茜を滲ませており。

 「おおお、うかうかしてっと真っ暗になんぞ。」
 「うあ、もうそんな時間なんかよ。」

  今日は揚げ春巻きと高野豆腐の煮染めに、手羽元の甘辛煮だ。

  おお、俺それ好きvv

  あとは、かき玉の澄ましに、
  本多さんの奥さんがおすそ分けにと下さった里芋の煮物。

秋の味覚もいただきの、
何とも美味しそうな温ったかメニューには、
坊やの至って健康なお腹も鳴る鳴る。
早く帰ろう、温ったまろうよと、
飛びついてくる坊やをおぶったまま、
すうっとその姿をかき消した誰か様。
誰もいなくなった細道には、
秋の木の葉がかさこそ鳴って。
とととと素早い足取りで、通りすがりのお散歩猫が、
その影、見せただけだった。









   おまけ


 「……お〜い、キュウゾウ?」
 【 にゃあんっvv】
 「元気にしてたのか?」
 【 にゃぁみゃっ♪】
 「そか、そりゃあよかった。たんと食ってるか?」
 【 にゃにゃんみゃvv】
 「お、栗のケーキ好きなんか。俺もあれは大好きだぞvv
  えっとえっと、確か ヒマラヤとか言んだよな。」
 【 にゃ? うにゃうみゅう。】
 「え? 違ったっけ? あれ?」
 【 にゃにゃ、みゃん・にゃうにぃ。】
 「へぇえ、久蔵は物知りだよなぁ。」


それはご機嫌さんでお喋りする仔猫さんの傍らで、

 “何でどうして通じてるんだろう…。”

七郎次さんが“う〜ん?”と小首を傾げておりますが、
これって後で、
記憶の修正とか施してるお猫様なんでしょうかねぇ?
(苦笑)




  〜Fine〜  10.10.18.


  *たまには邪妖退治も致します。
   つか、それがメインなお話だったはずですのにね。
(笑)
   学校帰りに襲われたお話も、
   確か『
青葦白刃』あたりで書いたんでしたっけね。
   それが最近じゃあ、
   長編か、アットホームなお話か、
   極端から極端へと化しとりますものね。
(苦笑)

  *追記 いちもんんじさんから、可愛らしい作品を頂きましたvv
   かわいいんだよんvv  
こちらvv

**ご感想はこちら*めるふぉvv

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