天上の海・掌中の星
 
“寒凪天狼” 〜剣豪生誕記念作品DLFです)
 

 
          




 蒼白に凍てついたような、それは鋭い刃を振るう時はいつも、どこかしら物騒な気配を背負ってて、いかにも恐持てってな顔してた。けど。そういう闘いの時にこそ、生気というのか気魄というのかが思い切り発散されていて、奴の真の存在感というものの厚さや重みを大きに感じることも出来た。日頃は起きてんだか寝てんだか、どこかうっそりとした とっぽい野郎だから尚更に、その存在感の落差も大きくて。戦いの最中の冷然とした雰囲気に、別人だろうと言われても納得出来るんじゃないかねと思ったほど。
"日頃の顔ってのも、あんまり知らなかったんだがな。"
 人付き合いは嫌いなのか苦手なのか、仕事で顔を合わす時以外はその姿を見かけたことはなく、何処で何をして過ごしてやがるのかもさっぱりと不明。気難しい"人嫌い"かと思えばそうでもなく、むしろ大雑把な方だろうか。だが、かといって気安くもない。良く言って質実剛健。正確に言やぁ…不器用で頑迷で猪突猛進。唯一、奴を身近において手づから育てたという、嵐と戦を司っていた先代の天使長様は、こんな風に言ってたかな。

  『後にも先にも、天にも地にも、彼はただ一人の存在なのだ。』

 個を語れば誰だって例外なく"そう"なのだろうにと、知ったような屁理屈でもって、その時は話半分に聞いてたと思う。後になってその言われようの"本当の意味"が分かった。彼はただの"破邪"ではなく、ただの天聖界人でもなく。その身という"器"の中に、ずっと昔にお隠れになった筈の聖霊の神格の素養を封じ込めた、途轍もない存在だったのだと。



  ――― そんなご大層な奴だったのによ。何だよその情けねぇ面はよ。





            ◇



 その日は珍しくも天聖界に上がって来ていた彼奴であった。何でも、破邪全てを統べる天使長様から直々ご指名にての召喚があって、無理から報告に来いと呼び立てられたのだと ぶっきらぼうに話してくれた。強大な邪妖を単独で封滅出来る"高等特別技能"を保持している身だからと、任務においても行動においても ある程度は自由な裁量を認められており、逐一の報告だなどと…これまではそんなこと、特に必要ではなかったのだが。色々な意味合いから"例外にして破格な"彼とその被護者だということが最近になって判明。そのため、これまでは好き勝手やってた"野放し状態"だった彼から、定期的に直接対面して近況やら経過やら様々な話を訊く必要もあろうと、ナミさんが直々に設けた召喚だったらしく。用事も済んだし急いで下界へ戻らねばと気が急いてた野郎を何とか引き留め、さて。どうやって口を割らせたものか。ナミさんも面倒なことをご注文下さったもんだよ…。

  『…訊き出す? 何をです?』

 知的に力んで大きく張った深色の瞳も、表情豊かな魅惑の唇も。さらさらの柔らかそうな髪に、練絹のような真白き肌。溌剌とした健康美に満ち、バランスの取れた肢体といい、まるで…艶やか なめらかな象牙に丁寧に刻まれた芸術品のような、いつだって凛然と麗しい、まさに女神の中の女神様。そんなナミさんがわざわざ聖封一族の御曹司を呼び立てたのは、いつものお仕事…地上への特務派遣に関する伝達のためではなく、
『だから。ここんとこのあいつ、妙に浮かれてるみたいだから。その理由をね、聞き出してほしいのよ。』
『………。』
 奴に対して特別な感情や関心をお持ちなナミさんではない。ない筈…なのだが。何しろデスクワークが主体のお役目で、いつも慢性的に退屈なさっていらしゃり。現場の苦労とやらはわざわざ知りたくもないけれど、現場の躍動とか拾い物とかいう"トピックス"は余さず知りたいという好奇心の旺盛な方だから、中でも飛びっきりに異色なケースの"奴と彼"に関する情報は、それが昨夜の夜食のメニューであれ、知りたくて知りたくてしようがない天使長様であらせられるご様子。
"…それに。奴がまた、口の重い野郎だからな。"
 問われたことへも半分かそれ以下の応対や生返事しかしないような横柄な奴だ。さぁてどうやってその口を割らせるかと…考えること、数刻。

  『お〜い、ゾロ。久し振りに飲まないか?』

 にんまり笑って酒瓶を何本か…これ見よがしに腕に抱えて来たのを見せてやると、そこは隠し事が苦手な奴で、そりゃあ嬉しそうに食いついて来たのである。そして………。


  「ルフィがな、俺に"誕生日"をくれたんだ。」


 いやに嬉しそうに、それは にまにまと笑いながら語りやがるが、口を割らせるのにドえらく散財させられた。取って置きの銘酒を一体何本ほども空けたやら。下界ではあんまり飲む機会がないらしい。それでなくたってあの坊主の子守で日がな一日を送ってやがるからなぁ。昼間は本人の相手、夜更けては邪妖への警戒とあっては、のんびり酒なんぞ味わってる暇なんて そうそう無かろうて。まま、ナミさんからの厳命でのこと。爺ィも文句は言うまいが。それはともかく、だ。
「誕生日?」
 意外な単語に、キョトンとしつつも聞き返せば、
「ああ。俺が生まれた日、だとよ。」
 そんくらいは知ってます。思わず突っ込んでやりたかったが、何だか安物の漫才コンビのネタ合わせみたいなんで辞めた。…こんな俗な言いようがついつい出るのも、人世界に長く居た悪影響だろうか。
"まあ、いいんだけどよ。"
 ザルの上をゆく"ワク"並み、希代のウワバミだってのは知ってたが、こうまで凄まじいとはなぁ。絶対に自分の嵩や体重より多く呑み干したんだろうに
(おおお)、泥酔とか酩酊とかいう状態ではなく。所謂"ほろ酔い"ってやつ? 気分がほんのりと上向いて、浮かれてしようがないという辺りの酔い方へ、やっと追い上げることが出来たのは良かったのだけれど、
「可愛いこと言ってくれんじゃんかなぁ♪」
 おおお、音符が語尾に。こんな口調で喋るとこなんざ、これまでに一度たりとも見たことねぇぞ、お前。察するに…こうまで妙にご陽気になっているのは、単に酒のせいだけではないなと、サンジもついつい苦笑する。素面
しらふの内は どんなに巧妙に"盛り上がろうぜ♪"という方向で話を振っても、
『何の話だよ。』
 ああん?なんて偉そうにガンくれてやがったが。ホントは誰ぞに話を聞いてほしかったんじゃないのかと苦笑混じりに思うほど、それはそれは嬉しそうに頬や口許がほどけまくっている破邪殿で。


  『なあゾロ、ゾロの誕生日っていつなんだ?』
  『誕生日なぁ。それがよく判らんのだ。』
  『なんだ、それ?』
  『俺は誰も気がつかないうちに神殿にいた不思議な子供だったらしいからな。
   見つかったのが大体このくらいの時期、
   秋の最中だったってことしか判らんのだそうだ。』
  『ふ〜ん。…よ〜し、そんじゃあ、俺が決めてやるぞ。』
  『お前が?』
  『おう、そうだ。えとえっと…うん。11月11日がいいぞ。』
  『11月11日? 何でだ?』
  『日本では同じ数字が並ぶことを"ぞろ目"って言うんだ。
   11月11日は一年の中で一番たくさん同じ数字が並ぶ日だから、
   一番"ぞろ目"な日だろ? だからゾロが生まれた日にぴったりなんだ。
   うん、もう決まりっ!』

 俺が5月5日生まれだから"びみょーに"お揃いだしなと、にししvvと笑い。御馳走やケーキを並べてお祝いしような、あ、さてはそれが一番の目的だな…なんて。そんな浮かれたことを話したのだが、そんなことを持ち出してくれたルフィだったのが何かこう、可愛いやら嬉しいやらで、と。あまり感情を表立って見せない、究極の"鉄面皮"だという恐持てな肩書きで通っていたこの破邪さんが。
"…そうか、こいつ笑い上戸だったんだな。"
 いや〜、そういう方向から"にまにまvv"と ゆるんでる彼ではないと思うのだけれど。
(笑) 確かに尋常ではないほどに にやけきってらっしゃいますが、そして、そうなるに至ったのは、お酒で抑制への箍たがが外れたればこそのことだろうなと、ワタクシとて思いはするのですけれど。

  "…お誕生日ねぇ。"

 その存在の"始まり"の日。究極のプライベートなデータなのに、後々になって誰かに教えられる格好で知る日でもあって。このむくつけき雄々しき武人にも、確かにその日は…この世に生を受けた日は必ずある筈なのに。気がついたらそこに居た、だなんて、あんまりにも素っ気なさすぎる。そんな扱いであることに、これまでこだわったことはなかった彼であろうと思われもするけれど、

  『よ〜し、そんじゃあ、俺が決めてやるぞ。』

 自分にも出来た"お誕生日"の方へではなくて、あの無邪気な坊やが決めてくれたということ。他でもない、ルフィがくれた"誕生日"だから。それでこんなに嬉しい彼なのだろうと偲ばれて。これまで同様、厳然と動かない無愛想なお顔の陰に隠してたのだろうものが、妙に浮かれてるとナミさんに悟らせるほど、隠し切れずに はみ出してた…と。

  "それより何より、これって疑いようのない"のろけ"だよなぁ。"

 天下無敵の破邪様が………のろけ。それって新しい武器でしょうか?
"もしかして効くかもよん? 独り身で寂しく逝った心残りが化けた魔性とかにはサ。"
 サンジさんたら、またそんな無責任なことを。
(苦笑)
「さぁてっと。」
 気分も良くなって、ついでに酒もなくなったことだしと、ちょいと浮かれた雰囲気の破邪様がふらりと立ち上がる。
「お、どした。」
「帰る。」
 ふふんと強かな笑い方をしているが、
「…お前。酔っ払ってないか? もしかして。」
 男臭くも不敵そうな笑顔は、なかなかに頼もしく見えたものの、
"行動に笑顔がついて回るなんざ、こいつに限っては有り得ねぇ話なんだってばよ。"
 しっかり酔っ払ってる証拠じゃねぇかよなと、今になって少々心配になって来た聖封様であり、
「も、もうちょっと居なよ。酔いが醒めてからの方が…。」
 さりげなく引き留めたのだが、
「いんや、帰る。明日は"誕生日"だからな。準備の買い出しとか何だとか、やるこた一杯あるんだよ。」
 それもあって早く帰りたがってた彼だったらしい。
「ルフィは自分がやるからって言ってたが、何か頼りなくってな。」
 はははと笑ったゾロさんへ、
"今のお前の方が何だか頼りないっての。"
 傍目にはそうは見えないかもしれないが、これで十分…普段の威厳が八割方損なわれている彼であり、
「それじゃあな。」
 大きく手を振り、んぱっと姿を消した。
「…え?」
 はい? 何か不都合でも? サンジさん。………と、
「………っ☆」
 どこやらから…凄まじい衝撃音と、床から壁からガンガン揺らぐほどの振動が響き渡って来て、

  「くぉらっ! どこの誰だっ!
   昼日中からウチの防御壁を体当たりで突き破って行った馬鹿はっ!!」

 北の聖宮、天巌宮を預かる大御所様ことゼフさんが、かんかんになって怒っている声へと肩をすくめて、
"やっぱ、相当酔ってるよな、あいつ。"
 その酩酊暴走ぶりに苦笑したサンジさんなのであった。何たって結界術の総本山なんだから、正式な手順を踏まなきゃあ出入りは出来ないほどの厳重な結界が張られまくっている筈で。そこを力任せに突き破るとは…さすがは"浄天仙聖"さんである。…って、そんな人を酩酊状態のままで野放しにして、大丈夫なんでしょうか?




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