月下星群 〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星

       〜 RUN・RUN・RUSH!B
 

 
          




  ルフィ本人は説明をはしょっていたが、昼休み明けには"パフォーマンス"という演目がある。フォークダンスは何だか気恥ずかしいのでと、何年か前の生徒総会で廃止となり、その代わりのように設けられたのが"これ"だそうで、学年を混ぜて縦に分けた"組チーム別"の混成応援合戦。今時には珍しい、1学年に5クラスもある学校ならではの出し物でもあろう。その応援合戦にルフィもまた、裾の長い詰襟制服に…余りを風になびかせるほど長い襷
たすきをかけて、小さな手が濃色の衣装に映える白い手袋という団員姿で混ざっていたから、
「…お。」
 呑気に休憩と構えていた破邪様が慌ててビデオカメラを構え直す。
「へぇ〜。此処の制服じゃないな、あれ。」
「ああ。」
 この中学の合服は濃紺のブレザーだ。あんな…くるぶし辺りまで裾のある、襟の高い学ランを着たルフィなぞ、ゾロも今まで見たことがないだけに、サンジから掛けられた声へもおざなりな返事を返しただけ。カメラの液晶画面についつい見とれているから…おいおい、破邪様ったら。
(笑)
"この様子じゃ、気づいてないかもな。"
 はい? 何にでしょうか? サンジさん。
"俺らにもカメラのレンズが向いてるってことにだよ。"
 あやや。サンジさんの側はさすが、気配を読む能力に長けているだけあって、とうに気づいていたらしい。まま、何しろ存在感のある二人連れだ。片やは、髪の色こそ緑色という突飛なそれで、耳朶に棒ピアスなんぞを揺らしている、どこか洒落者っぽい今時の若者…という描写に収まりもする青年だが。生身の本人と相対すれば、そんな軽薄そうな雰囲気など微塵もない、意気の厚みが即座に知れる男性で。武道の達人然としていて筋骨隆々、実に頼もしい男衆。上背があってよくよく鍛えられ、肉惑的でさえある雄々しい体躯に、機敏で切れのいい所作が相俟
あいまって、蒼い刃のような冴えを添え、力強さの芯にひそんで匂い立つ、清冽なる印象を際立たせてもいる。面差しは鋭角的で男臭く、目許が力むとその眼光の迫力たるや、やわなチンピラ風情では太刀打ち出来ず、一睨みで腰が砕けるかもしれないほどだし、口許には不敵そうな笑みが殊の外よく映える、いかにもな剛の者。もう片やの連れはと言えば…地のものだろう金髪の映える、白磁の肌に青い瞳。ご町内の奥様方の間では"ゾロを時々訪れるご友人"と認識されているお兄さんで。西欧系らしき かっちりした目鼻立ちは、だが、その造作がやさしく端麗。咥え煙草というニヒルなアイテムの似合う、黒っぽいスーツ姿でいることが多いのだが、夏場でも不思議と暑苦しくはなく。むしろ…その細っこい肢体がぴしっとシャープに締まった立ち姿はあくまでもクールで、印象としては清涼感さえ沸くほどでもある。ルフィの話ではお料理のプロだというから、フランスかどこかで修行中のムシュに違いなく、半径数m以内という至近遭遇した女性には愛想を忘れない、なかなか気配りの細かい人だとか。
"…おいおい。こいつ、そんなことをしとるのか?"
 らしいですよ。優雅なご挨拶とか会釈とか。そんなせいでか…見目麗しき春蘭秋菊
おいおい、艶やかに趣きある男衆二人の方こそが"目的"だという観衆も少なくはないらしい。一体どういう情報網があるのやら、PTAの奥様方のみならず、OGらしき高校生やら大学生も混じえた女性の"お客様"が妙に多いとあって、

  「…こりゃあ、やりにくいな。」

 ぽつりと呟いたゾロへ、サンジが"おや"と眉を上げて見せる。
「何だ、気づいてたか。」
「…あのな。」
 いやに感心したように言われて、破邪様がちらっと反駁したげな目線を寄越したが、
「他意はないさ。本当に、お前、感応力が高くなって来たよな。」
 それで感心したまでのこと。えと、破邪様の方でも女性たちからの秋波に気づいていたということでしょうか?
「こんなにも人間たちの生気が充満しているのによ。」
 ………お?
「だからこそ、目立ってるっての。」
 ははあ…。成程、そっちの話ですね。彼らの本来の使命は、人世界に跳梁して健全な陽体の生気を侵害し、果ては世のありようへまで影響を及ぼす"負の陰体"を封印浄化すること。数多
あまたある次元世界の中で、唯一、形ある"陽体"によって構成されている物質優先な次元が、この"人世界"であり。陽と陰の鬩せめぎ合いにより発生した、激しくも強い生気の充満する世界であるが故、その生気を目的とする良からぬものがさまよい出たり、肉体という頑丈な殻器に包まれていた"意思"という陰体が、その体を失ってもなお何らかの事情から存在し続け、負の気色に変化してしまったりするものだから。それによる混乱や歪みを均すために彼らが派遣されているのだが。
"あの坊やみたいに、妙に陰体を引きつけちまう人間ってのは少なくないんでね。"
 おや、そうなんですか?
"ああ。だから、そういう人間は、本来なら俺ら"聖封"の者が、本人にも悟らせない格好でマンツーマンで守護してる。"
 だが、ルフィは様々な面で"大例外な子供"だから。ただ守るのみならず、接近してくるものは片っ端から"封殺"してしまう、破邪のゾロがついている。最初は単に経緯的な運びだったのだが、例の"黒鳳"事件以降は、こうなるべくして出会った彼らなのだと天聖界の主立った方々にもきっちりと認可されているという。…ま、そっちの話は、今回は"ともかく"と置いといて。
「何かしらの決まり文句みたいだが、校舎裏が今だと人目がない。」
「よし。」
 ………話はついたらしいお兄さんたちだが、そのビデオ、この会話が全部入っとるから、あとで音声の編集をしないとえらいことになるぞ。
(笑)






            ◇



 陽世界は太陽、すなわち"日輪"の放射する強い生気に満ちている。そのあまりの強烈さに、此処で存在したければ頑丈な"殻器"が必要とされる。ここが唯一の"物質優位の世界"である由縁。よって、真昼の人世界にはあまり迷い出て来る陰体は居ない筈なのだが、何事にも例外は つきもので。

  「こんなに人が集まってるところへ さまよい出て来ようとはな。」

 昼間に出て来るのは、かなりの力の持ち主か、若しくは無制御な暴れ者。だから尚のこと、早めに対処せねばならない。ここいらの地域の行事でもあるほどに盛況な、中学校の運動会。その校庭からさほど離れていない、公道の脇の斜面になった緑地帯に、やたらと角の立派な大鹿が佇んでいる。○ブリのアニメに出て来そうな巨体の怪物だのに
こらこら すぐ傍らを駆け抜ける車や自転車の通行人たちが全く気づかないのは、それが実体のない"陰体"だからで。とはいえ、大人しいなら影響もないかというと…そうは行かない。佇んでいる足元の芝草が、まだ枯れる季節でもないのに紫色に変色を始めており、
「…瘴気を出してやがる、か。」
 本来なら此処に居るべきではない存在。その歪みが放つ抵抗の反動が、こちらの側の住民を弱い順に侵食している。何も気づかぬままに人がぶつかりでもしたならば、
"あっと言う間に瘴気に侵されちまう。"
 そんな恐れのある、危険極まりない存在。
「ゾロ。」
「ああ。」
 対象を前後に挟み、まずは身柄の確保にかかる。中空へと伸べた手に光を凝結させて、ゾロが呼び出したるは白鞘の精霊刀。だが、
「余計な手間を取らせんなよ?」
 これはまだ使わない。此処で騒ぎを起こしては、今の段階なら気配を察知することが出来ない人にまで及ぶような、何かしらの影響を残しかねないからで。

 《 Φγβюθ…》

 サンジが素早く封咒を唱えて、邪妖の周囲に結界を張る。半透明のクリスタルカプセル。これに包んで、さてどこぞの異次元世界へと送り出せれば世話はないのだが、
「このデカさじゃあ無理だ。」
「だろうよな。」
 次元と次元の境目というのは、実はそうそう簡単に通過出来る"壁"ではない。…この話は展開によっては長くなるので、関心がある方は拙作『アルバトロス"うふふのふU"』を読んで下さればちょこっと説明してあるのですが、彼らのように瞬間的に空間移動が出来る身であっても、別な次元への、それも自分の身ではない物体の移動となると、途轍もない生気や念が必要であり、
「まして、此処に居たいから出て来た御仁なんだろうしな。」
 いやまあ、正確には"はみ出しちゃった"クチかも知れないのだけれど。
「しょうがねぇな。」
 肩をすくめた聖封様。ふっと眸を伏せ、その細い顎まで届くほど伸ばされた長い前髪の陰にて、小さな声で先程と別な咒を唱え始める。端正なお顔が仄かに翳りを含み、日頃は伸びやかで味のある声が、神秘的な咒を単調に読み続けて。そうして、その場にいた二人と一頭が…ふっと空気の中にその姿を溶かし込んだ。



 最初の打ち合わせにしたがって、まずは"大鹿もどき"さんに校舎裏に移動してもらう。このくらいの、同じ次元内での移動ならお任せな聖封さんであり、但し、
「おっと…。」
 さっきかけた封じの咒は移動とともに相殺されたか、解き放たれた途端に大きな角を振り立てて、前脚にて大きく宙を掻く"竿立ち"状態。自分を害する者たちの出現に、やや興奮しているのだろう。
「回収を待ってはおれんか。」
 さして力のない存在や、力はあっても動きのない物体の場合は、彼らほどではないレベルの破邪や聖封たちによって気長に対処されることだが、今回はそんな暢気な構えではいられない。
「可哀想だが、不動の封が効かない以上は…。」
 穏便な対処では済まないとの判断を下したサンジの言葉に無言のまま頷いて見せ、
「暴れてくれるなよ。」
 歩幅を取って すっくとばかり、鋼の芯を呑んだように背条を張って真っ直ぐと。凛然とした立ち姿もそれは雄々しく、邪妖の前へと身構えたゾロは。その体の前に精霊刀を捧げ持ち、提げ緒を巻かれた鞘の口と、綾糸がぎっちりと巻かれた刀の柄とを、鍔
つばを挟んで握り分ける。カーディガン代わりのように肩に掛けていた木綿のシャツを、かなぐり脱いだ下から現れたるは、ゆったりしていたTシャツの袖を今はぴったりとまとわせた…引き締まった肉の束が、隆々と盛り上がって張り詰めた逞しい二の腕で。眼前に…こちらも好戦的なまでの気配を漲みなぎらせ、姿勢を低く身構えた大鹿の邪妖を、射貫くほど鋭く見据えた眼光も勇ましく、

  「浄封滅殺っ!」

 裂帛の気合いとともに刀を抜き放ったゾロである。







            ◇



 プログラムは午後の部も順調に消化され、ラストのスェーデンリレーの2つ前。ルフィ二つ目の出場競技、借り物競走がいよいよ始まった。スタートして数m先、コース毎に封筒が1通ずつ、玉入れ用のお手玉を載せて置いてある。中に書かれてある"借り物"は、先生方もチェックした"無難なもの"に留められてあるそうだが、時々茶目っ気からの"特別カード"というのが入っていて。持って来れたら何と書いてあったかは公表しない、カードはゴールでコンパクトタイプのシュレッダーにかけちゃって絶対に内緒…という条件の下、大好きな先生だとか、苦手な食べ物だとか、個人的な質問を匂わせる"借り物"を持って来させる場合があるのが、この学校の特別ルール。勿論、企画した側は口外しちゃいけないし、本人へ聞きほじくるのもご法度なのが暗黙の了解。だからこそ続いて来た代物で、そして………。
「えっと…。」
 胸がわくわくするスタートのピストルの音を聞いて、反射的にダッと駆け抜けかかって…他の選手たちとほぼ同時に到着し、慌てて拾い上げた事務封筒。ルフィが引いた封筒の中に入っていたのは、

   「あやや…。/////

 もうお約束かも知れませんね。はい、問題の"特別カード"だったらしいです。夏場の陽焼けがまだ色濃く残る頬を仄かに赤く染めたものの、
"えと…。"
 大して迷うこともないルフィであったようで。封筒に戻したカードを握って、グラウンドの中を見回して…。
"………あれ?"
 目的の場所には何故だか…見覚えのない男の人がいる。あっさりとしたシャツにワークパンツという砕けたいで立ちの、ごっついまでに恰幅のいい男の人で。ロナウドダックのレジャーシートに座ってハンディビデオを回しているから、
"ゾロたちの知り合いなんかな。"
 その辺りの順応性はなかなかに高い坊やだったが、だとしたら、
"うわ〜。ちょっと困ったなぁ。"
 たかたかと そちらへ向かいつつ、胸の裡
うちは少々パニック。一方で、ファインダーの中、自分へと真っ直ぐ向かって来るルフィだと気がついたらしきその男性も、
「え?」
 ハンディビデオを取り落としそうなほど、何だか…目に見えてギョッとしたような素振りをして見せる。
「あの…。」
「あっ、わっ、えと…、あのなっ。」
 ルフィよりずっとお兄さんであろうに、わたわたと慌てて見せつつ戸惑ってばかり。
「あの、此処にいた人たち、知りませんか?」
 明らかに自分を撮影してくれていたらしいし、ゾロたちに頼まれての"お留守番"だろうに、
「あ、あややっ。/////
 何故かしら、異様に泡を食っているお兄さんであり、
「???」
 何だろうかと、ますます怪訝そうな顔になるルフィへと、

   「悪い悪い、遅くなった。」

 後方からそんな声が掛かった。顔を上げると…最初に此処にいた二人が、校舎側から軽い駆け足で戻って来たところ。
「すまんかったな。ちょっと"野暮用"が入って。」
「あ…。」
 そんな短い一言で、大体を察したらしきルフィであり、
「そんじゃあ、仕方ないよな。」
 皆まで言われずとも、邪妖関係のお仕事があったのだろうと察したこちらさんも…すっかりと慣れたもんだねぇ。うんうんと大仰に頷いて見せてから、
「でも、この人は?」
「え?」
 ルフィには見覚えのないお兄さん。それを…失礼ながら指差した坊やに、ゾロとサンジが顔を見合わせ、
「………あ、そうかそうか。」
 互いの齟齬の元が何であるのかに、真っ先に気がついたのはサンジである。

  「こいつはチョッパーだよ。」
  「………っ☆」

 あっさり言われても。ルフィが知っているのは、ちょっとデフォルメされてて縫いぐるみみたいな、直立トナカイの姿をした…山高帽子の高さを足しても自分の肩までも身長のない、小さな小さなチョッパーだけ。
「だって…。」
 それを言おうと仕掛かって、
「あのな。」
 サンジが"ちょいちょい"と小さく手招きをして見せる。それに従い、少しだけ身を寄せると、
「あのままの姿恰好で人前に出られると思うか?」
「………あ。」
 ただのお留守番として座らせておくだけで良いならともかくも、ルフィの姿を撮っておけという"リクエスト"付き。ムクムク毛皮を着ていて蹄のついたお手々をした…3等身の縫いぐるみが、ハンディビデオを器用に操っては、
「周囲の他のお客さんたちがびっくりするよな。」
 いや、きっと"びっくりする"くらいでは収まらんと思うのだが。
(笑) そこで、人間に変化へんげした彼であるらしく、
「ひゃあ〜。こんな強そうな奴に変身出来んのか、チョッパー。」
 素っ頓狂な声を出すルフィには、ご本人も"てへへ…"と笑ってどこか面映ゆそうな顔になったが、
「それより。何でお前こんなとこにいる。」
「あ、しまったっ。」
 ゾロに問われて我に返った。辺りを見回し、ゴールにはまだ誰も飛び込んでないと確認して、
「あのな、あのな。借り物っ。」
「ああ。」
 それは分かっていると頷首するゾロの腕を取り、
「だから。ゾロっ、来てくれ。」
「はあ?」
「良いからっ!」
 柵の代わりのロープを跨がせ、トラックの方へと引っ張り出して、
「走るぞ、ゾロっ!」
「あ、こら。待てってっ!」
 何にも説明されないままに、がっしと掴まれた腕。さっき刀を振るったばかりの。もしかしてまだちょっと、緊張感に張り詰めているかもしれない"破壊"の手。自分の強靭さや能力は、サンジのそれのように"時には何かを守るため"には絶対に使われない。問答無用で、摘み取り、滅させる手だ。多くの無辜
むこの存在の安泰のため…とはいえ、例えば今回の相手のように、何かの弾みで飛び出しただけの、邪心なき者でも封じねばならない身であって。
"………。"
 これまではそんなこと、一度だってこだわらなかったのにな。誰かがやらねばならないことだ。そして、そんな能力を持つ以上、自分があたるのは当然の理屈じゃないかと、理路整然、きっちり飲み込んであたっていたのに。
「早くっ。何をボーッとしてんだよ、ゾロっ。」
 そんな自分の腕を躊躇なく掴んで引くルフィ。自分に比べれば遥かに小さな手。楽しくてと弾む声、幼
いとけない笑顔。自分のような"死神"に触れてはならない、無垢な存在。
"………。"
 不意に。そんな想いが胸に去来し、ついぞ無かったほど、気が重くなりかかるが、

  「ゾロってばっ。何、ぐちゃぐちゃ考えてんだよっ!」
  「…え?」

 はっとして顔を上げると、大きな琥珀の瞳と視線が真っ直ぐにぶつかった。
「ゾロ、何だってするって言ったじゃんか。何でもするからその代わり、大人しく守られててくれって。」
「…っ!」
 夏休みに入る直前くらいの、丁度今日と同じくらいに爽やかな朝のこと。ゾロが不在だった隙を突いて、結界から出て来てしまったルフィに大きな鳥妖が襲い掛かった事件があった。すんでのところで戻って来たゾロに助けられたものの、

  『何だってするから。
   寂しかったんなら、飛んで帰って来るからさ。
   こんな危ないこと、絶対しないでくれ。な?』

 真摯な顔でそうと諭され、ルフィも…ゾロにそんな顔をさせたことが面目なくて、声を立てて泣き出してしまったのだ。(『黎明朝凪』参照、ですな。)
「仕置きがキツかったのかもしんないけどサ、そやってゾロが守ってくれたから続いてる運動会なんだぞ? ちゃんと堪能しないと、ゾロが頑張ってやった"お仕事"の意味がなくなるだろ?」
「…ルフィ。」
 ほんのちょっぴり、的を外して いはするが、それはそれこそ心の中まで読める彼ではないから仕方がない。むしろ、だからこその"客観的な"言いようをしている彼だし、
「ゾロが楽しくねぇんじゃ、俺だって詰まんねぇもん。」
「…そうだな。」
 この子の笑顔を守るために傍らに居る。邪妖を倒せるか否かよりも大切なこととして、ずっとずっと傍らにいてくれと勿体なくも懇願された。そればかりか、

  『今日さ、楽しかったか?』
  『俺、ゾロに何かしら"楽しい"って想い、してほしかったからさ。』

 こんな自分をお友達扱いしてくれる優しい子。なのに、自分から憂いを引き摺っていてどうするか。
「判った。何がなんでも一等賞だな。」
「おうっ!」
 にやっと笑い合って、心機一転。行くぞと駆け出せば…今度はゾロの側が引き摺るほどに速い速い。


  「どうしたよ。俺より速いんじゃなかったのか?」
  「うう〜〜〜、負けるもんか〜っ!」


   ………だから。相方と競走してどうすんの。
(笑)







 他の生徒たちも、やや遅れて次々にゴールへ向かっているが、それぞれが手にしているのは…白いミュールだったり、タッパーウェアの蓋だったり、ポテトチップスの袋だったりと、全てが"物"、その筋の専門用語で"無機物"ばかり。
「一体どんな"注文"で奴が連れて行かれたんだ? 緑頭のおっかないお兄さんってか?」
 こちらはシートの上へと腰を落ち着け、観客の一人に戻ったサンジが訊いたのへ、
「判んない。」
 チョッパーのお返事はいと短いが、サンジさんが訊いたみたいな条件付けは、あまりにも断定的すぎるのでは?
(笑)
「でもさ、さっき放送でも説明があって、内緒の"特別カード"を引いた人は、大好きな人とか逆に おっかないって思ってる人とか、連れて来なきゃいけないんだって。連れて来たら点数が二倍になるって。」
 ドタバタ楽しい競走を、純粋に楽しんで観ているらしきチョッパーが、ビデオの液晶画面を見ながら明るいお声でそんな風に応じて、
「へぇ…。」
 サンジは何かしらピンと来たのか、小さく小さく苦笑をし。目許をゆるやかに細めつつ、ゴールへ一番に飛び込んだ大小2つの背中を眺めやった。パーンパンと一着がゴールした合図のピストルが鳴らされて、係の女生徒がルフィの差し出すカードを確認。連れて来たゾロとルフィとを何度も見比べてから…にっこり笑うと、カードを傍らの台に載せた小さなシュレッダーへと差し込んで粉砕してしまう。これは"OK"というサイン。


   「なあ。どういう"お題"で俺だったんだ?」
   「内緒だっ! それがこの競走の決まりだぞっ。」
   「…それって借りられた本人にもか?」
   「分かんないけど、今回は そうだっ!」
   「おいおい。」


 1と書かれた小旗を持たされたゾロに、それは嬉しそうにまとわりついている小さな腕白坊や。そんな様子に、周囲もほのぼのと笑っていて、

  "わざわざの説明なんざ、要らねぇよな、ありゃあ。"

 そうですよね。
(笑) 残すは400mも走るスェーデンリレーのアンカーという大役が待っているルフィだったが、このはしゃぎっぷりなら大丈夫。大きな背中へひょいっと飛びつき、そのままおんぶしてもらって、退場門へと運んでもらう。そんな愛らしい様子に、場内からは割れんばかりの拍手が沸いて、いかにもほのぼのと楽しい運動会は、澄んだ秋空の下、その佳境をいよいよ迎えようとしていたのであった。









   〜 でも、Fineしちゃうの 〜  03.9.26.〜9.29.


  *カウンター104,000hit リクエスト
    Chihiro様『天上の海〜設定で"運動会"のお話。ベタ甘でvv』


  *えらいことお待たせしてしまいました。
   こちらも雨が降って、いきなり鬱陶しい天候になりまして。
   この夏は変なまま秋に食い込んだんだなと
   そんな風に思った次第です。
   でもでも、遠くにホイッスルの音とか、
   応援の声を揃えてる練習の様子が聞こえてはいて、
   やっぱ、いいもんだなと思いはしましたがvv
   ………あ、最後のリレーの結果は、
   どか、各自でご想像下さいませ。
こらこら


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