月下星群 〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星

       〜 RUN・RUN・RUSH!A
 

 
          




 中学校の運動会で増えつつあるのが、騎馬戦などの危険な種目は廃止しようという動きだそうで。騎馬戦はともかく、ムカデ競走や二人三脚も危ないとするのはいかがなものか。だったらいっそ、世界陸上みたいに正規の"陸上競技"だけをすれば良いのでは? 応援合戦とかフォークダンスがないのは ちっと寂しいぞう?(あははvv) そして、小学校の運動会で最近よく聞くのが、一等二等という順位づけを無くそうなんていう学校があるという話。徒競走ではゴール前で皆で手をつないで、一緒にテープ切るのだそうで。競走って何だか気が重いものだし、衆目の中で子供の能力差へ順位をつけるなんて可哀想とか何とか。自分が億劫だったからという、親御さんの実体験に基づいたご意見ではあるのでしょうけれど、それじゃあ…勉強は苦手だけど体動かすのは得意という子は、一体どこで張り切れば良いのでしょうか。それとも、お勉強の方も"比較するなんてナンセンス"とばかり、通信簿なしにしちゃおうというのでしょうか。こういう話を聞くたんび、ついついそんな臍曲がりなことを思ってしまう筆者でございます。…体育関係の行事は、運動会もマラソン大会も大嫌いでしたけれどもね。
おいおい



 さて。またまた"なむなむ…"と坊やが寝る前にお祈りしたのが天に届いたか、運動会の当日はそりゃあもう、玻璃のように澄んだ明るさに満ちた、素晴らしい秋晴れとなってやって来た。二階の自分のお部屋の窓から、まずはそれを確かめて、ひゃっほうっとはしゃぎつつ階段を駆け降りる。
「ゾロ〜っ、弁当は…。あっ!」
 キッチンに飛び込めば、
「よぉ。」
 こちらもお久し振りの、金髪碧眼の長身痩躯。ピンストライプのシャツを腕まくりし、高い位置に据わった腰にはカフェエプロンという恰好もなかなか決まっている聖封様、ムシュ=サンジが特別シェフとして朝も早よから来ていてくれたらしい。
「やったぁ! サンジの弁当だっ!」
 ゾロの大きな手で握られた"おむすび"も、ちょっと固い時がある卵焼きも、実は大好きなルフィではあるけれど。こちらの彼は…何しろ、コロッケやカレーなんていう何でもないメニューでさえ、その手にかかれば絶品のキュイジーヌになってしまうという凄腕シェフで、それがあなた、こんな早くからきっちりと取り掛かってくれようものなら。一体どんな豪華なお弁当になることやら。
「なあなあっ。お花見の時のみたいな、お重箱の弁当か?」
「さてな。お昼時まで待ちやがれ。」
 相も変わらず、見栄えの端麗さに反比例して口が悪い男だが、それでも…菜箸を振るっている そのお顔はにこにこと機嫌が良さそうなので。これは期待して良いみたいだぞと、早速にもワクワクと心が躍る坊やであって。そこへ、
「ルフィ〜。起きたんなら とっとと顔洗って準備せんか。」
 リビングから保護者さんからのお声がかかる。パジャマ姿のまんまだった坊やはハッとして、
「いっけね。」
 慌てて洗面所へ向かうべく、キッチンから飛び出した。相変わらずにお元気な小さな背中を見送って、
"さて、細工寿司の支度にかかろうかね。"
 日頃からも二人分とは思えないほど一度にたくさん炊かれるご飯を、今朝はそのまた1.5倍ほども炊いた。半分は酢飯にし、ゴマやでんぶを混ぜて色をつけ、切り口に色々な絵柄が出る"細工巻き寿司"を作ってやる予定。たとえ女性が相手でなくとも、求められれば腕前の妙なるところを惜しみ無く披露してくれる天才シェフ殿。果てさて、どんな豪華なお重弁当になることやらですねvv






            ◇



 最近のハンディビデオは、カセットテープではなくDVD仕様が主流になりつつあるようで、父上が送って来た最新型のも当然それ。校庭のトラック周りに設けられた観客席。生徒たちの席からはちょっぴり離れて、一般の"父兄席"にと仕切られた区域の…遅れてしまったのでちょっとは遠慮して端の方。ネズミーランドキャラクターのロナウドダックがプリントされたレジャーシートを敷いて、お弁当やら飲み物とデザートの入ったクーラーバッグやらを並べ、それから…とゾロが取り出したるは、
「何だ、何だ? まるきり"親ばか"そのまんまなんだな。」
 大きな手にはすっぽりと隠れ切ってしまいそうな、小さなツール。自分たちには本来必要がない物品だから、使い方だって知らなくて良い筈の代物だというのに、横手に起こされた小さな液晶画面の中、フレームの真ん中に狙い違わず愛しい坊やの姿をきっちりと収めている破邪様のテクはなかなかのもの。そんな彼に、ついつい呆れたような声をかけたサンジだったが、
「その"親御様"からの依頼なんだからしょうがないだろうがよ。」
「ほほぉお…。」
 わたわたと焦りもせず、カメラもブレさせることなく、至って飄々と答える破邪様には、小さく小さく苦笑して、だが、それ以上の冷やかしは辞めておく聖封様だ。ルフィがまず最初に出場する競技の徒競走。順番が来てスタートラインへと向かう坊やの側でも、こちらの位置に気づいてか、短く手を振って"此処だよvv"と合図をして見せる。そんな愛し子に片手を挙げて見せ、撮影に集中しているゾロのその。無心な横顔の、だが、何とも言えない優しい気配に気がついたから。そういう雰囲気の持つ"意味"というのか"価値"というのか、重々知っているサンジなだけに、下手なちょっかいを出す気には なれなくなったという次第。
"…やっと、のことだもんな。"
 気の遠くなるほどの長い間、人の世で言えば"永遠"に匹敵しそうなほどの歳月を、物にも人にも思想や嗜好にも、何にも全く固執せず。仲間内での交流も一切持たないままに、ただただ淡々と任務をこなし、そこに"在った"だけでいたこの男が、初めて持った執着の対象。

  ――― やっぱりだ。兄ちゃんたち、人間じゃあないんだろ。

 どんな出来事にもどんな人物にも心動かさず、本人そのもの自体が意志を持たない存在ではなかろうかとか、ただただ"封殺"をするためだけに在る、死神のような精霊だとか。まだ逢ったことがなかった頃は、そんな風に噂されていた彼しか知らず、実際に逢えば逢ったで、噂以上に孤高の存在であった彼に、それなりの覚悟、心積もりはしていたにも関わらず…少々面食らったものである。自分やナミさんを差し置いて、一体どんな"彼方"を見ている奴なのだろうかと、腹が立ったり苛立った頃もあったけれど。付き合いが長くなるにつれ、そうではないと分かって来た。彼は何も見てはいなかったのだと。終わることが果たしてあるのだろうかというほどの、遠い将来
さきなど見てはいない。すぐ間近の周囲だって視野にはない。何かを思うことのないままに、ただただ。自然な呼吸のように、討さねばならない"邪妖"という存在を狩っていた。そういう存在だった、そういう存在でしかなかった彼だったものが。あんな幼いとけない坊やに他愛なくもあっさりと陥落し、離れ難いまでの執着に身も心もしっかりと搦め捕られているのだから、不思議と言えばこれ以上の不思議もないような。最初の内は、邪妖に狙われやすい性をしていた彼を捨て置けなくて…だったものが、

  ――― あのな、どっこも行かないで。

 まだ自覚がなかった彼らが、しっかりと…お互いを大切な存在だと認識し合い、伝え合ったのが昨年の今頃、そう、ハロウィンの晩。大好きだから守りたいのだと、大好きだから傍にいてほしいのだと、気持ちを伝え合い、手と手を差し伸べ合った二人だった…そのすぐ傍らにいたサンジなだけに、

  "不器用なやり方ではあったがな。"

 天真爛漫で幼いそのくせ、意外なくらいに懐ろ深くて。寂しい魂を、可能な限り受け入れようと構えていた優しい子
ルフィ。自分なんぞに深く関わらない方が良いのだと、これまで同様に素っ気なく対したばかりに突き放されたと誤解させ、泣かせてしまい、見ていて滑稽なほど狼狽した…こちらさんも分かりやすい奴だったゾロであり、
"そんな初級者な奴らにやきもきさせられてんだからな。"
 そんなこんながとんでもない事態へ続いてもいた、いつもいつまでも"ビックリ箱"みたいな二人。先の冬には天聖界を揺るがすほどの途轍もない事態が立ち上がり、それにしっかり巻き込まれた自分だったが、
"…たいがい付き合いが良いよな。"
 困った奴らだと、その割には愛惜しむように、ついつい苦笑してしまうサンジである。







「ふや〜っ、お腹いっぱいだぁvv」
 学校にもよるのだそうだが、この頃はまた父兄と一緒にお弁当を広げるタイプの運動会が増えて来つつあるのだそうで。少子化でグラウンドにも余裕が出来たからなのか、不況で観覧にくる父兄の数が増えたからなのか。筆者は小学校を3つほど渡り歩いたのだけれども、父兄と一緒にお昼を食べた運動会だったのは、歴史ある古い学校の1つだけでしたね。(…何年前の話かは内緒。/笑)この学校もまた"親御さんの席まで行って、一緒にご飯を食べて良いですよ"という方針が取られていて。髪の色から言うのではないが、見るからに"色物"なお兄さん二人が座を占めていたレジャーシートの"席"まで駆けつけたルフィを待っていたのは。大きめの三段の重箱に収められた、それは華やかな細工寿司の数々と稲荷寿司に。大人の一抱えくらいはありそうな直径の、大きな鉢いっぱいに盛られた様々なお総菜各種。かりりと揚がったスパイシーな鷄の空揚げに、甘辛あんのからんだふっくらミニハンバーグ。ホイルカップに分けられたプチグラタンに、エビのチリソース煮、白身魚のフリッター。アスパラガスのベーコン巻きに、スパゲティのナポリタンサラダ。それからそれから、タケノコや干し椎茸、高野豆腐、小芋にレンコンといった根野菜が一杯の"お煮染め"があったのは…何だかお正月のお重みたいだったけれど、これも実はルフィの大好物で。デザートは桃とマスカットを閉じ込めた、冷たい微炭酸ゼリーですっきりとフィニッシュvv お寿司もおかずもお腹いっぱい食べて、満足そうに傍らの破邪様にふわんと凭れ掛かる坊やであり、爽やかな風といい陽気の中、このままうとうとお昼寝したいなというお顔。
「相変わらず足が速いな、お前。」
 最初の 100m走を余裕の1着でまずは制したルフィであり、各レースの一位たちで行われた決勝レースでも1位という堂々の優勝。柔道の成績はゾロとご本人から聞いていたサンジだったが、駆けっこの実力を"競走"という分かりやすい形で目の当たりにしたのは初めてのこと。まるで鬼ごっこのように、それは楽しそうにゴールを駆け抜けたルフィだったことへ感心して見せると、
「へへぇvv
 ルフィは素直に喜んで、
「だって気持ちいいんだもん。」
 半ばとろとろと、眠りかけの蕩けそうなお顔になっているのがまた、日頃の腕白そうな様子と打って変わって…何とも言えず愛らしい。
「あんなあんな? 走り出すとな? ひゅうって、耳んとこで風が鳴って、あとはゴールまで何にも見えなくなるんだ。」
「何にも?」
「うん。見えてはいるんだろけど、光とか色とか何かそんな感じでさ。新幹線みたいなまで速くなってる筈はないのに、そんくらいの速さで通り過ぎてく景色みたいな感じになるんだ。」
 そんな中を、何も考えないで。自分も風になったよな気分で一気に駆け抜けるのが、爽快で堪
たまらないらしく、
「ゾロとかサンジとかにだって、負けないかも知んないぞ?」
 それぞれに立派な体躯の二人の大人に、そんな一端の"宣戦布告"をしちゃうほど。そんな会話の内容よりも、見るからに眠たげな様子へおやおやと苦笑したゾロは、少しほど体をずらしてやって、小さな頭をお膝に…正確には腿の上へと載せてやる。
「んにゃ?」
「いいから、ちっとだけ寝てな。」
 午後の部が始まる時間になったら起こしてやるからと、つやつやの髪を撫でてやれば、
「うにゃい…。」
 数刻と待たずに、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてくる。どうやら昨夜は興奮して、珍しくも寝つくのに時間が掛かった彼なのだろう。周囲にはざわざわと、他の生徒や観衆たちの談笑の声や何やが、間断なく届くほどに満ちているというのに。大きな手でやさしく髪を撫でられながら、まるで小さな仔猫みたいに。坊やはくうくうと至福の午睡の中へのお散歩に出掛けたようである。






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  *もうちょっとばかし続きますvv
   うふふんvv