天上の海・掌中の星 “グリーン・ノート” B
 



          




 山歩きさながらの旧街道制覇を達成したは良かったが、思わぬ出会いから拾ってしまったお嬢さんたち。街に出たからっていきなり“じゃあね”というのも、中途半端な助け方なのでと、彼女らが此処までお願いというホテルまでを送ってあげて、
「それじゃあ…。」
 宿泊中の女の子たちのグループが、連れではないその上、髪を緑なんて突飛な色に染めた男に背負われてのご帰還というのは、さすがに尋常なことではないからだろう。ロビーのソファーに降ろしていると、フロントからマネージャーさんらしき人が“どうかしましたか?”と飛び出して来たので、後は任せりゃいいかと腰を上げれば、
「え〜。」
「せっかくお逢いしたんだからぁ。」
 おいおい あんたら、怪我をしたお友達は良いんかいと。こっちが気を遣うような甘ったるい声を出す彼女らであり、
「後でここいらを歩きませんか?」
「あたしたち、まだあんまり出歩いてなくて。」
 …いや、結構な範囲を踏破してると思うけど。そうと言い返してやろうかとゾロが思ったその傍らから、

  「あ〜、残念だけどサ。」

 ルフィが先手を取ってのお返事を返していて。
「俺ら、爺ちゃんや婆ちゃんと一緒に来てるんだ。だから、この後は合流して一緒に温泉とか行って世話しなきゃいけなくてさ。」
 おいおい、いつからそんな嘘八百がすらすら言えるようになったんだ。坊やにしては、なかなかお見事な言い訳だったのへ、おやまあとゾロが呆れたのも一瞬のこと、
「そうなんだよな。俺らの男手でなきゃないと不便ならしいから。」
 だからじゃあねと、すっくと立ち上がり、声でさえ追わせる隙を与えぬまま、先にたかたかロビーから出てったルフィを追って、長い脚でのストライドも颯爽と、名前さえ聞きそびれたお兄さんも出て行ってしまって。
「あ…。」
「あ〜あ。二人ともカッコ良かったのに。」
 せっかくの縁だったのに残念だなぁと、お嬢さんたちが心からの溜息をついていたのさえ知らないまま、ゾロとしては既に関心さえなくなっており。それよりも、少し前を怒ったような荒い足取りでガンガンと歩いてく坊やの方が、ずっと大事。
「ルフィ。おい、待てって。」
 デイバッグを担いだ二人連れ。この街には珍しくもない観光客で、でも…どちらもちょっぴり印象的な風貌なので、妙に人々の目に立っており。喧嘩でもしたのかな、先をゆく子がなかなか止まらない。後から追ってるお兄さんも、そんなに逼迫はしていないから、他愛のない兄弟喧嘩とか? 周囲からの視線にも気づかずにいるのかと思えば、これまた不意に立ち止まり、くるりと体の向きを変えると、開口一番、

  「腹が減った。何か食べたい。」

 お顔がどこか口惜しそうなのは、自分の中に沸き立つ猛烈なる感情が、されど…平穏な時にだって嵩まる“食欲”という本能に負けたような気がしたからだろか。上目遣いになって膨れてるお顔が何とも言えず…可愛くて。

  “…ああ、いかん。”

 どんな感情で染まったお顔も、どんな振る舞いや仕草でも、自分にとっては ただただ愛しいばかり。こういうのって確か今時は“末期”って言うんだってなと、苦いやら甘いやら、どっちでもなくどっちでもある、そんな複雑な想いを噛みしめて。破邪殿、その翡翠の眸を擽ったげに和ませたのだった。






            ◇



 天聖界は確かに楽しくって、何度行ってもまだまだ全然、飽きてなんかいないのだけれど。あそこが故郷のゾロにとっては…さして目新しいものもなく、あんまり面白いトコじゃないのかも? そんなことをこっそりと懸念したらしき坊やであると、実はゾロの方でも気がついており。
“…ったくよ。”
 可愛いことを案じてくれて。そんな旅行の突端
とっぱなから、見ず知らずの女の子たちにまとわりつかれかかってしまったのへは、少なくはないご不満もあったろうに、そっちへも何とか我慢して見せて。
「あのな? ルフィ。」
「………。」
 彼らの宿泊先であるホテルまでの道すがら、どこかに入って何か食べるかと訊けば、あれが良いと坊やが指さしたのが、店先に大きな蒸籠
せいろうを出して蒸されていたお饅頭。子供の拳くらいはあるそれを20個ほどもまとめてお買い上げし、ホテルへのチェックインをしたそのまま、通されたお部屋でさっそくあぐはぐと、お饅頭へと勢い良くぱくついている坊やと向かい合い、さあ何と切り出したもんかと言葉を探していた破邪様だったが、
「…えっと。」
 さあ困った。日頃だったらそれさえ大威張りな“口下手”だが、こういう時にはやっぱり問題。想いの丈では誰にも負けない。何よりも大切だし、誰よりも愛しいのに、こんな場合は何を言えば良いのかと、不器用な頭が空回りをする。何をおいてもまずは“お前が大好きだぞ”と、そうと正直に前置いていいのにね。そんな基本の一言さえ頭に浮かばないのか、それともそれはちょっと脈絡がないだろうなんて、一丁前にセンスの有無を選ぼうとしてたりするもんだから、
「………。」
 歯切れの悪さにますます何かしら、お腹の底で煮えかかってた何かが収まりがつかなくなった坊やらしくて。
「…風呂、入って来る。」
 箱根と言えばで、大きな露天風呂があるホテルを選んでいたからね。お腹も落ち着いたからと立ち上がったルフィだったが、
「こら待て。」
 物を喰ったばかりでというのはあまりお勧めではない入浴だし、何よりもまだ話の途中だ。咄嗟にこちらも立ち上がり、長いリーチで相手の腕を捕まえる。腕力に訴えるのはどんな場合でも狡かったが、強く振り払おうとまではしないルフィでもあって。そのまま…まじっと見つけて来る大きな眸の真摯さへ、往生際が悪い自分だと自覚し反省。そして、

  「俺としては、判りやすく妬いてくれた方が嬉しかったりするんだがな。」
  「………え?///////

 まだまだ初心
うぶな坊やだからね、知らないのも気がつかないのも無理はない。大きな瞳をくりんと見張って、キョトンとしている童顔へとやんわり目許を細めつつ、破邪様、今回ばかりは ずぼらしないで言葉を足した。
「焼きもちってのはな? どうでもいい相手へは焼かねぇだろうが。」
「…えと、うん。」
 それを“あからさまに焼いてくれた方が嬉しかったのに”ということは、

  ――― あなたをどうでも良いとは思ってないのよ?
       それどころか、他の誰かによそ見したのへ こんなに怒っているのよ

 いつもなら初見の女の子は苦手だからって、誰が相手でも太々しいばっかなくせに、さっきは他所の女の子たちと妙に親身に口利いてたりしてさ。何か、何でだかそれが不愉快なんだからねと。ただ不貞腐れるだけじゃあなくて、そうと激しく示して欲しかったということであり。
「…ゾロって焼きもちが好きなんか?」
「おう。お前からのだけな。」
 いつもいつもじゃあ胸焼けもんだろが、たまにだったら美味いかも。にんまり笑って上体を少しほど倒し、ルフィの真ん丸なおでこへ自分の額をコツリとくっつける。まだちょこっと、顎を引くようにして俯いていた坊やであり、うりうりと軽く額を押しつけて、顔を見せなと催促すれば、
「う〜。///////
 むいと下唇を突き出してるお顔が、口惜しそうに上を向いたが………。

  ――― え?///////

 ふかふかな頬っぺと口唇の間に、さっきまでぱくついてたお饅頭の小さな欠片が堂々とくっついていたんだけど。いかにも子供っぽく頬が張っており、隠しようもないほど膨れていますっていうお顔だったんだけれど。もしかしたら泣き出しそうだった彼なのか、目許がほんのり赤くって。潤みも強いその眸が真っ直ぐこちらを見上げて来るのが、

  「あ…。///////

 何だ? 何でだ? 体の中で平衡をつかさどってる何かが、今“ぐらり…”と大きく揺らいだような気が。どんなに失血しても疲労困憊状態にあっても、立ち眩みなんてなささやかな不調には縁がなかった。精も根も尽き果てて意識がなくなってその場で倒れるか、せいぜい頑張って踏ん張って自力で寝床まで頑張るか。そんな極端な自分には、かつて体験したことがない反応。無意識の内での たじろぎが招いた身の萎縮。
“………嘘だろ?”
 そりゃあ確かに、それまではどんな美姫の涙にさえ心揺らがなかった“鬼”でしかなかった自分が、この子に出会って随分変わったという自覚はあった。彼だけが大切で、後は何がどうなったって良いと、ただの我欲よりもずっと業の深い思い入れを持つようにもなった。けれどそれって、彼をただただ守りたいという、何でも捧げるという色合いの気持ちだった筈なのに。

  「………え?」

 息を引き、それから急に押し黙ってしまったゾロだとあって、まだちょっと怒っていた筈が“んん?”と小首を傾げてしまったルフィへと。大きな手がゆっくり伸びて来て、柔らかな頬をそぉっと包み込む。暖かくて乾いた感触のゾロの手。乱暴なばかりな男の子の手ではなく、すっかり大人の何でも出来る機能的な手。頼もしい彼を象徴していて、ルフィが大好きなその手に気を取られていたら、やはりそぉっと近づいて来たものがあって。
“あ………。///////
 ふわりと。ゾロの温みが近づく。良い匂いと存在感と。それから…あのね? 精悍なお顔が何か思い詰めてるような表情で近づいて来て。あれれ、これって…。覚えのある近づき方だったから、気がついたら目を伏せてたルフィであり。

  「ん。///////

 あのねあのね、時々、寝る前とかにしてくれるキスと、ちょっとだけ違った。唇を下と上と順番こにゾロの口がきゅって挟んで。何かそのまま食べられちゃうんじゃないかって風な構い方。何か変だって思ったのも束の間で、背中に回された腕、そりゃあしっかりと抱き締められた。いつもは頼もしいばかりな腕なのに、


  ――― 何でかな。
       ゾロが、俺にすがりついてるような気がした。









            ◇



 こんなにも好きだよとこの上ない態度で示してもらっては、わざわざ焼き餅を焼く意味もなくなって。膨れていた頬もあっさりと萎んで、機嫌が直ったルフィだったが。
“………何だかなぁ。”
 腕の中へと収めた小さな温みが、自分から擽ったそうに身じろぐまで、ずっとずっと抱きすくめていたゾロであり。
“守ることで十分に満足してたのにな。”
 ご機嫌さんだと屈託のない笑顔でいてくれれば、それで十分だった筈なのに。何とも言えぬ情感を込めたお顔を間近にして、どうしたことか…この手から懐ろから、引き離されないでほしいと思ってしまった。否、思うより先に手が出ていた。ルフィを愛しいとする想いから発していたには違いないが、意識して“いい子いい子vv”と構うのとは微妙に違った、と思う。
“危ねぇよな〜〜〜。”
 理性が吹っ飛んだ末の反応だったということか? サンジあたりに知られたら、これだから初心者は…なんて したり顔になって、何かしら尤もらしい講釈でも一席ぶち上げられるかもしれない。不慣れには違いないが、それはやっぱり御免こうむりたいからと、
“色即是空、空即是色…。”
 さっきから唱えているのは、気を静めるおまじない。臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前の“九字”でもいい、とりあえず我を忘れることだけはないようにと、あらためて心静めつつ禁忌を自らに強いる、破邪様だったりするのだが、


  「なあなあ、あとで露天風呂、入りに行こうぜ、ゾロvv
  「ははははは、はい〜い?」


   前途多難だねぇ、いろんな意味で。
(爆笑)







  〜Fine〜  05.5.13.〜5.18.


  *カウンター 174,000hit リクエスト
    ひゃっくり様
     『“天上の海”設定で、ちょっぴり大人テイストのラブラブvv

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  *時間をかけた割に、
   いつものと何処が違うんだという感じですいませんです。
   う〜、この破邪さんの甲斐性なしっっ!
(笑)

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