天上の海・掌中の星 “グリーン・ノート” @
 



          




 暖冬だった割に雪が多かった冬が、その重たいお尻を何とか上げて、もたくさしながら同じ場所にて足踏みを続けてた…という感が強かった今年の春の訪れは。一応、記録的には平年並みの日付で桜を咲かせもしたものの、花散らしの無情な涙雨と入れ替わりでやって来て、そのまま一気に初夏へなだれ込んじゃうんじゃなかろうかと思わせるほどの、あの気の早い爽快な暑さをなかなか齎
もたらさず。
「今年ってまた冷夏なのかな?」
 一昨年が確か、10年振りくらいの記録的な寒い夏で、受験生だったとはいえ夏の遊びはきっちりとこなした坊やには不平たらたらな夏だったのを思い起こさせたほど。
「お前って暑いの苦手じゃなかったか?」
「ん〜ん、そんなことはないぞ?」
 そりゃあサ、蒸し蒸しする中で教室に留め置かれて補習授業受けたり、部屋に籠もって宿題やんなきゃなんないとか、そういう状況に置かれたらかなわないけどサと、けろりと言う。
「どっちかって言うと、暑いのは気持ちいいぞ?」
 冷たいデザートが美味いし、キャンプだの海水浴だの、色んなトコに出掛けてって思いっきり遊べるしvv にゃぱ〜〜〜っと思い切りの手放しで笑うお顔には遠慮も何もきっぱりと欠片
かけらもなかったからね。ああこりゃ、訊き方も不味かったかなと苦笑したのが。緑という珍しい自毛をいかにもスポーツ青年風に短く刈った、屈強精悍、筋骨隆々、何の先入観もなく四字熟語を思い浮かべてみて下さい、それってあなたの恋愛観なんですってよというお説を、NHKの番宣番組で観たばかりの Morlin.ですが。………げほごほ・んんんっ、そうじゃなくってですね。(何を言うとるのだか…/苦笑)あくまでも実用的な筋骨だけを、自分の使い勝手で培ってその身にまとい。日頃は着痩せするのを幸いにシャツの下に包み隠しているものの、それが出来ない夏場には。Tシャツやマッスルタンクから惜しげもなくはみ出さ…見えやすくもこぼれて覗く、何とも頼もしきその威容と、凛然とした見目・風貌から、町内ご近所の妙齢なるご婦人たちから、今 流行の人気若手韓流スターたちさえ霞ませてしまうほどの支持を…こっそり得ているらしき、年齢不詳のお兄さん。いかにも男臭い鋭角的な面差しを、だがだが、居候先の稚いとけない坊やにだけはふんわり和ませて笑って見せる罪な人。名前を“ロロノア=ゾロ”といい、ここだけの話、実は生身の人間ではない。機能美に満ち満ちた そりゃあ頼もしいその肢体は、見栄えや嵩こそ要らない細工をしてないながら、人間とは微妙に成分や材質が異なるもので構成されているし、基本的には飲み食いせずとも眠らなくとも、支障なく生命活動を保持出来るというから、はっきり言って“人外”で。人間たちが侭ならぬ現実へ泣いたり笑ったり困ったり怒ったりしているこの世界の少しほど上の次界からやって来ている、言ってみれば“お客様”であり、そのお役目は“邪妖成敗”ただ一つ。殻を持たないが故に、本来ならばこの“陽界”には居られぬ筈の陰体の、そんな中でも特に性分たちの悪い負世界からの“はみ出し者”を、悪しき影響が出る前に斬って畳んで片付けるのが彼のお仕事。殊に彼が担当するのは、処分に一刻を争うような“大物”や“危険物”が主で、それだけの力を持っているからこその役割ではあるが、判断を鈍らせる感情も感傷も不要とばかり、心なき機械のように居た彼だったが。どのくらいの歳月が、那由多の果ての幾星層をも飛び越えられるほどに流れたか。流れ着いたる この今の現世にて、彼は逃れえない存在と出会った。

  ――― 運命が用意した邂逅。
       されど、幾つも幾つにも分かれていた分岐点で、
       一つ一つの方向を選んで進んだのは、彼自身の意志と覚悟。

 まだまだ稚
いとけない無垢な魂は、だが、物心つく前から、小さくはない危険と恐怖に晒されており。得体の知れない者共に理由ワケも分からず まとわりつかれるのは、さぞや辛くて恐ろしかったことだろうに。自分にだけ聞こえる寂しい声へ、聞こえない振りは出来ないからと、懸命に耐えていた 心優しい子。そういうのは“優しさ”ではないと、そういう輩をどうにか出来る自分が来たのだからと、同情するよか向かうべき処へ送り出してやれと。そうと言い切り傍らにいることを決めたその時は、まださほどには自覚も薄かったのだけれどね。お仕事や義務で此処に居てくれてるだけなゾロなのかなぁと、そんなのヤだなと思い始めていた坊やへの、自分の側からの気持ちにやっと気づいて。何とも切ない恋心が少しずつ育ってゆくその傍らで、様々に苛酷な宿命やドラマが動き始めもしたけれど………。


   『ぞろ、だいすきだ…。』

   『やっと逢えたね。』


 ねぇ、そんなの関係ないよね? 二人を翻弄した色々が確かにありはしたけれど。今世の此処で出逢えたことや、お互いの身に潜んでいた前世の何とか。最初からそうなるようにと運命づけられていた何やかやが、死の淵へまで彼らを誘
いざなうほどにも苛酷なそれとして、いっぱい待ち受けてはいたけれど。放ってはおけないからと先へと踏み出したのも、絶体絶命の危地にあっても諦めないで抵抗したのも。そして何より、お互いへ惹かれ合ったのも、

   ――― 紛うことなく、自分たちの意志からのこと。


 生まれた土地も、此処までくるのに通った道程も、経て来た時間も何もかも違う二人だけれど。それまでの全てがすっかりと色褪せるほどに、互いが大事で………大好きで。ただただ遠い明日に今日をつなぐことをだけ、祈るようにして迎えた何千回もの怖かった夜も忘れた。封印滅殺した邪妖の向かう“負界海”を任務の端々に垣間見ては、辛うじて 骨の白と虚無の暗黒しか存在しない墓場のような虚数迷宮に、やがては自分もあそこへ引きずり込まれるのだろうかと、さして興味もないまま漠然と思っていた…死神という名の鬼でしかなかった自分を忘れた。相手のためなんて滸
おこがましいことは言えないけれど。ねえ、ずっとずっと一緒にいるために強くなるから待っててねと、坊やが眩しそうに笑えば、待つってのは離れてる相手へ言うことだからと…訂正しなと言わんばかり、小さな存在の大きな温みをもどかしげに懐ろへとくるみ込む、ようやく覚えた我欲へそりゃあ忠実になってるお兄さんがいたりして。どんな障害が現れようと、手をつないでいれば大丈夫。見失いはしないから大丈夫。どんなだけの惨劇や苦衷が訪れてもあっさり忘れて笑ってる、そんな幸せな彼らって………もしかしなくとも“最強”なのではと、今頃になって気がついてたりする筆者だったりするのですけれども。(う〜んう〜ん)


   ………閑話休題。
(それはともかく)


 随分と話が逸れてしまって、ついでに…あんまり久方振りだったもんだから“これまでの彼ら”を簡単に浚わせてもいただきましたが。
(こらこら) ゾロが“夏は大好きだ”と豪語した屈託のないルフィの笑顔へ…内心でついつい苦笑したのは、
“日本の夏程度なら、しのぐのにも苦労はないのだしな。”
 湿度は高いがそれでも…40℃なんてな殺人的な数値がザラな、インドや熱帯の砂漠などに較べたら、バケツ水に足を突っ込んでるだけで何とかなるからマシな方。なればこそ、平気だと胸を張ってる坊やなんだろなと思っての苦笑であり、
「早〜やく着かないっかなぁvv
 いつもなら向かい合うよに腰掛ける彼らが真横に並んで座っているのは、走る喫茶室・小田急ロマンスカーの車内だったりし。展望車両の大きな窓越し、飛んでくように流れる新緑も目映い瑞々しい風景の中、彼らが向かうは箱根湯本へ。二年生へと進級した坊やが、まずはの春の柔道大会も制覇して終わったのでと、ご褒美がてらの旅に出ることと相成った彼らであるらしく。
『じゃあ、天水宮へ…。』
 このところ足繁く運んでいるところの、天世界の聖宮へお邪魔するか?と 訊いたところが、
『それもなぁ…。』
 決して飽いた訳ではない。何度行っても際限のないびっくりや綺麗や楽しいがあふれていて、好奇心旺盛なルフィがまた行こうな?を繰り返すほどの、正に“別天地”ではあるのだけれど。
『何でも揃い過ぎてるトコへ、身体が慣れちまうのもな。』
『…どしたよ、お前。』
 熱でも出たかと、丸ぁるいおでこへ手のひらを伏せれば、
『だ〜からサ。』
 あそこが故郷のゾロにはサ、さして目新しいものもなくあんまり面白いトコじゃないのでは? こそりとそんなことを懸念したらしき坊やであり、
『そこでっ!』
 妙にくじ運がいい坊や、いつの間にやらまたまた応募していた“新緑の箱根旅”とかいう懸賞に大当たりしており、そこへ行こうと突貫で計画を立てての小旅行。
『たまにはアナログ旅行しようぜvv
 いつぞや聞いた、シャンクス父さんからの受け売りを振り回し、わざわざの面倒を堪能するための旅とやらを敢行することに至った訳だが。
「山に行くのは実を言うと凄げぇ久し振りなんだvv」
「久し振り?」
 何でまたと問い返せば、
「だってさ、山ってところは大地の生気っていうのが一際濃いんだろ?」
「…あ。」
 そういえば。天へと間近い山の頂きは、昔から神様が降臨なさる聖なる場所だとされており、随分と旧い時代から信仰の対象にもなって来た。鬱蒼と生い茂る樹々から染み出す独特な生気も濃厚な、神秘と信仰とが長い歳月を経て深く深く綯
われ続けた処であり、精霊たちが集う処。足も立たない深みやら、大きくうねって山のようにそそり立つ波涛やら、海だって荒らぶれば人の微力など一切及ばぬ、恐ろしい処ではあるけれど。山の場合はその怖さの種類が違う。確かに麓の村と一続きになってる同じ大地の筈だのに…下手に深みへ踏み込めば、道や方位を見失う。何かしらの邪が声もなく忍び寄り、音もなく人を飲み込むかのような、そんな捕らえどころのない怖さがあったせいだろうか。ますますのこと人々の畏怖の念ばかりを集めた場所となり、大地の気もまた ますますのこと濃密に練り上げられ、何かを生み出す土壌になる。
「特にどうって目に遭ったからって訳じゃないんだけどもな。」
 それでも…言われてみれば。山はキャンプ場どまりであんまり行かなかったというか、何となく避けてたかなと、心当たりはある坊やだそうで。ゆったりとしたシートに埋まるように腰掛けて、もっと小さな子供のように、わきわきと落ち着きなく振る舞っていたルフィだったのは、そういう方向へのドキドキもあったからであるらしい。意識しないでとはいえど、心のどこかでは“おっかない”って思ってたなんてね。自身でも度胸のないことだよなとでも思ってか、てへへと笑って見せた稚
いとけないお顔へ、
「………。」
 黙って聞いてたお兄さんの大きな手のひらがふわりと触れる。柔らかな頬、スルリと包んで、濃色の眸の冴えた眼差しが、坊やの大きな眸を覗き込む。

  「怖いものを怖いって判ってるんなら、対処のしようもあるだろうよ。」

 弱虫だなと笑い飛ばしたりなんかしないで。怯えてもいいよと深みのあるお声が囁いてくれて。大きな手はそのまま“よしよし”と頭を撫でてくれるから。

  “ふやや。///////

 判ってるか? ゾロ。最近 何だか、物凄く俺ンこと甘やかしてるぞ? 思いはしても言い出せない。だって凄い気持ちいいから。こんな男臭くてカッコいいゾロから、俺しか見てないって眸で声で囁かれると、何かもう、身体の中が甘く蕩けて煮えそうになるからサ。///////
“………ゾロって、もしかしてサ。”
 んんん? もしかして?


   “実は、サンジ以上のタラシだったのかな?”


 それって色んな方面へ失礼な発言かもだから、間違っても口に上らせないようにね?
(爆笑)







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