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駅から住宅街へとつながる大通りに沿って連なる商店街は、個人商店が通りを挟んで向かい合い、昔ながらの“対面方式”での販売を展開している庶民の台所風。気さくなおじさん・おばさんが威勢よく商売している、町でも一、二を争うほどにお元気な一角で。特に今は、一年で一番の書き入れ時の“歳末”と来て。クリスマスのデコレーションのみならず、その次にやって来る“年末・お正月”にも向けて、赤と緑と白をメインカラーにした、のぼりやポスター、金銀のモールなどなどで、それはにぎやかに飾り立てられている。
「さぁさ、安いよ安いよ。塩数の子にイクラにカニに。今日はブリもお買い得だよ。」
おじさんが良い声で囃し立ててる昼時の魚屋さんの店先で、カキやサバ、ブリの切り身が並べられたところを眺めている大きな背中を発見した坊やが、たかたかたか…っと元気よく、通りを向こうから駆けて来た。
「ゾロっ! ただいまっ!」
「おお、お帰り。」
黒っぽいグレーのジャンパーに、浅い紺のストーンウォッシュ・ジーンズ。今時のお兄さんにはよくある着こなしの後ろ姿だったが、短く刈られた髪が緑色という特長があるので、まず見間違えはしなかろう同居人。
“髪の色なんかで見分けてなんかないぞっ! 背中だけ見りゃ判んだかんなっ!”
失敬だなとばかり、叱られた筆者は置いといて。(めそめそ) 屈強精悍、それは見栄えのいい体躯をあっさりとした普段着で包み、相変わらずの“主夫”ぶりにて、今夜の夕飯用の仕入れにやって来ていた彼であるらしく。駅から飛び出して来たまま、真っ直ぐ商店街へと突っ込んで来たらしきルフィからのお声へ、一応の反応をしはしたものの、
「お前、さては寄り道する気 満々だったな。」
何たってこの商店街のアイドルであり、別名“買い食いの王様”な坊やだから。特にこの時期は、肉まんやタコ焼き、お好み焼き、大学いもにアメリカンドッグなどなどが殊更に美味しいシーズン。そんな誘惑に勝てる筈はなかろうと、ちろんと…斜(ハス)に構えた鋭い眼差しにて、上背のあるところから見下ろせば、
「違うもん。電車からゾロが見えたからだもん。」
だったもんだから、帰っちまう前にって大急ぎで渡線橋渡って来たのによと、ぶいぶいと不平を鳴らして口許を尖らせるお顔がまた、
“………可愛いじゃねぇか、こいつわよ。”
ついつい胸中にて たじろいでみたりしてって………お兄さん、お兄さん。(苦笑) 屈託のない坊やは、大きな肩から下がっているトートバッグに興味津々という体でいて、
「今日は何だ? ブリの照り焼きか?」
さっそくにも晩のご飯のメニューを訊いて来る。どんどこ腕を上げてるゾロなので、ブリなら大根と一緒に甘辛に煮る“ぶり大根”も美味しく作れるようになったし、ふろふき大根も、上からかける葛あんにそぼろが入ってるのとか、蒸しエビが乗っかってるのとか、色んなのが作れるようになった。そんなこんなでワクワクしながら訊いたらば、
「いんや。」
まずは“ブリ”じゃあないと応じて、
「今晩はサンジが来てくれるからな。」
一応、ヒラメと車エビとズワイガニは買ったんだが、何を作るつもりかは皆目 判らんと正直に述べた。
「…あ、そっか。クリスマス・イブだから。」
行事や催しにからむ日は、必ず来てくれる天聖界の凄腕シェフ殿。別に腹が減る訳ではない人種なのにね、代々で料理上手な家系なんだって。本能的な次元に訴えることだし、人が純粋に喜んでくれるジャンルだしってことと、天聖人たちも…腹は減らないが味覚はあるので、これも一種の嗜好の延長ということで必要な役職ではあるんだとかで。そんな一族の御曹司である、金髪のシェフ殿も勿論のこと、とんでもなく美味しい料理を次から次から作ってくれる。そんなせいで、彼が来ると聞けばいつもいつも、そりゃあ判りやすく喜ぶ坊やなのだが、
「でも、なんか…。」
おやや? 今日はそうでもないみたいで。珍しいこともあるもんだなと、んん?と小首を傾げているゾロの視線に気がついて、
「だってよ。こないだまで、当たり前みたいに毎日喰ってたから。」
そう。実は試験休みの間中、天聖界に遊びに行ってたルフィであり、よって食事もずっとサンジさんのお手製の御馳走ばかりを食べていた。そんなせいか、
「ゾロの、ほら。野菜いっぱいのちゃんぽんとか食べたいなって。」
せっかくご所望してくれているのに、どうせ俺のは質素なジャンクフードですよと、何とも可愛くないことを言い返し、お買い得だというブラックタイガーの大きいのを10尾ほど買って、店先から離れたお兄さん。待ってようと慌てて追いかけたルフィからは見えなかったが、魚屋さんのおじさんには…堪え切れない苦笑に口許が引きつっていたゾロだったのが、そりゃあよく見えており。
“可愛くってしようがないんだろうねぇ。”
だからこそ、ついつい意地悪な物言いをしてしまう。いい大人が小さい子に甘く接するなんて出来ないという照れ隠しか、それとも…それでも好きか?なんて、試してしまうのか。どっちにしたって傍から見ている分には微笑ましいこと。度を越して嫌われないようにねと、それだけを心配してやり、次のお客さんが差し出した岩がきのザルを“へい まいどっ”と受け取ったおじさんである。
◇
ケーキもサンジが作るらしいからということで、クリスマスらしい買い物はさしてしなかったままに、商店街を通り抜けて家路を辿る。さすがに、いつまでも拗ねた振りというのは大人げないから。不意に吹きつけた突風で掻き回されたルフィのくせっ毛を、大きな手櫛で梳いてやり、少しほど“いい子いい子”と多めに撫でてやって、それでチャラに持ってゆく。何だようなんて口では鬱陶しがりつつも、頭に触れた暖かい指の感触が嬉しかったか、小さい子のようにすぐさま笑顔が戻ったルフィであり、
“単純な奴。”
くすすと笑ったゾロだったけれど、それはルフィの側だって同じこと。いい子いい子なんて撫でてくれつつ、なんて嬉しそうな笑い方すんだようって、それを見て笑っちゃっただけなのにね。
“最初はぶっきらぼうな兄ちゃんだったのにな。”
仕事として邪妖退治をしているだけだと言っていた、あんまり笑わないままな可愛げのないお兄さんだったのに。ルフィのこと助けてくれて、それからね、叱ってくれた。見えないものが見える者の出来ることとして…なんて言って、そんな辛くて痛くて苦しいことを何でお前が背負っているんだと。いつまでも彼岸へ行かない、往生際の悪い奴らなんて甘やかさないで良いんだよと叱ってそれから、
『これからは俺が追い払ってやるから。』
そう言ってくれた。何もかもを判った上で、自分にはそいつらを払えるから、だからずっと傍に居るって言ってくれた人。強くて頼もしくって、背が高くて眼光鋭くそりゃあカッコよくって、それからそれから。それから…あのね? 大きな手がとっても暖かくて、撫でてもらうとどうしてだろうか、胸の奥とか眸の奥とか、何でだか つきんって痛くなることがあったりもした。どこかに行っちゃったらどうしよう、逢えなくなったらどうしよう。得体の知れないお化けより、それが一番怖かった頃もあった。でも今は大丈夫。そんなこと心配しないで良いって、ずっといるからって。それよか、馬鹿な無茶はすんなって逆に言われたほどだったの。ルフィに何かあったら俺はどうすれば良いんだよって。よくよく考えたらこれって凄っごい口説き文句じゃないのかなって、それほどのことまで言われたの。ねぇ、だからもう怖いものなんかないんだよ? 俺ってばvv
「♪♪♪」
楽しくってしょうがないって風に、ゾロの前になったり後になったり、スキップしながら歩いていると、
「?? お前、何か妙なもん持ってないか?」
「妙なもん?」
並んで歩き出した家までの道は、昼食時なのと少し寒いのとで人通りもなくて。乾いた陽光は、少しほど使い馴染まれて擦り減った観のあるアスファルトの小径を、ちょいと侘しい風景にと浮かび上がらせている。ブロック塀と月極め駐車場の金網フェンスとに挟まれた辺りに差しかかったところでそんなことを訊かれて、思い当たるものが…あ、あれかなと、制服の上へ羽織っていたウィンド・ブレーカーのポケットをゴソゴソ。
「これかな?」
小さな手が掴み出したのは、フェルト製の小さなマスコットだ。極細モヘヤの毛糸らしい髪と丸い顔。ビーズ玉の点目が微妙に可愛い、てるてる坊主さんみたいな、でもでも三角の胴の背中には白い翼がついている、もしかしたらば“天使”のつもりらしきマスコットで。
「………判るんだ。凄いな。」
「いや。」
先に感心していただいたが、正直言って…正体までが判った訳じゃあない。
「何なんだ? そりゃ。」
「お〜い。」
かっくんと、ご丁寧にコケて見せてくれてから、
「黒須センセーにもらったんだ。クリスマスだし、しばらく逢えないしって。」
「へぇ?」
大きな手のひらをマスコットの真下に広げて見せ、そこに落とされたのを顔の傍まで持ち上げて検分する。よくよく見ると、いかにも拙い針の運びだと判る代物だったが、
「念を込めてある。」
「念?」
忘れてはいけない。この、緑頭のお兄さん。破邪という精霊なので、気配や想いというものを感知する能力は並の人間よりも長けている。それで嗅げた気配だったらしくって、
「逢えない間も俺が無事でありますようにって、持ち歩いてお祈りしてましたって言ってたけど、それのことかな。」
かくりと首を傾げた坊やの言に、成程ねと破邪の男が苦笑した。遠い遠い昔日のこと。どこからともなく天聖界に現れた不思議な赤子を、手元で育ててくれた天使長様がいて。その赤子が今のルフィの半分くらいの年頃になった頃合い、天聖界を襲った“黒鳳凰”の胎動と、それに乗じた負の陰体たちの暴動を鎮める凄絶な戦いの中にて、命を落としてしまわれたのだけれど。その御方と同じ笑い方をなさる男性が、なんとルフィの通う学校の先生となって現れて。幾星層もの時を越え、こんな間近に転生なさったのも、何かしらの強い絆がなせる業というものだったのか。
「センセー、自分で縫ったのかな?」
「昔の先生は結構器用だったがな。」
「あ、じゃあ、これもそうかも知れないねvv」
大事にしなくちゃね、そう言って手を伸ばして来た坊やへ ほいよと渡し、どこか不器用そうな所作でポケットへと収める幼い様子へ、見とれつつも何かを感じる。あの小さな家まで帰るこの道程は、毎日のように通っている慣れた道で。小さな肩、陽光に温められて輪郭が透けるふかふかなくせっ毛。覗いただけでは見通せない底へまで、一気に吸い込まれそうな琥珀色の瞳は、無邪気な笑みを含んで溌剌と輝いており。どれもこれも見慣れたものな筈なのに…どうしてだろうか、眸が離せなくて。ほとんど何も入っていないデイバッグをわしゃわしゃと揺らしている細い背中が、実は柔道有段者としてのバネを備えた身体で十分強靭だと判っているのに…掻き抱いてでも守ってやりたい、愛しくてたまらない。
――― ルフィ。
声を出して呼ぶつもりまではなかったのに。軽やかな響きの名前、ついつい口へと乗せていて。なんだ? 造作なく振り仰いで来た坊やの真っ直ぐな視線に一瞬怯みかかったものの、誤魔化すのも面倒だと、苦笑して…腕を伸ばした。
――― ………………。
いくら冬場だと言っても、まだまだ陽は高くて明るくて。だから、
――― ゾロのすけべ。///////
悪態をついたルフィの頬が赤みを増したのは、陽の色のせいではなかったろうし。急に風が冷たくなった訳ではないから、耳の先が朱色を増したのだってそんなせいではない筈で。むうと頬を膨らませ、でもね、怒っているわけではないんだよと、向かい合ってたお兄さんが着ていたジャンパーの袖をぎゅうと掴んで。
――― もっかい“ちう”してくれたら、サンジには黙っといてやる。
強かなんだか甘えたなんだか。随分と偉そうに言い放った坊やへ、判ったよと眸を細めてやんわりと笑って見せ。上を向いた小さなお顔へ、もう一回の……………。
〜Fine〜 04.12.24.〜12.26.
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*ついこないだ、ドタバタした騒動を書き終えたばかりのお話ですが、
あれって10月の文化祭のお話だったんですよね。
そこで、その後の彼らをちょこっと覗いてみた次第です。
相変わらずなようで、でも…ちょっとだけ、
何かが変わったような、進展したような。
またまたのんびりといちゃいちゃする彼らには違いないのでしょうから、
この冬は彼らには暖かいに違いありませんで。
また機会がありましたなら、ご報告申し上げますので…悪しからず。
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