天上の海・掌中の星 “冬の陽だまり”
 




          




 暖かい冬だ。十二月に入ってからも、コートやマフラーの要らないままに日は過ぎて。クリスマスが近づくと、さすがに外気は少しずつ冷たくなっても来たけれど。窓辺の陽だまりなどにいると、暖かくて暖かくて眠くなるほどで。
“それでも。東北の方では雪も降り出したっていうしな。”
 今年は途轍もないほど災害の多かった年だった。殊に被害の甚大だったのが冬場は豪雪地帯となる日本海側だったため、雪が遅いのは幸いしていたものの、それでもやはり…全く降らないという訳にはいかずで。今週の始め辺りから、根雪となるのだろう湿った雪が降り出したという。毎日毎日世界中から掻き集められて来る色々なニュースをテレビやネットで見ながらも、どうしてだか…自分の周囲は無事なんだと。今日から地続きの明日が、何もしなくとも必ず来るものだと、当然のように思ってしまう。何の保証もないままなのに、今日も退屈極まりない日々の繰り返しになるに決まっているんだと、思う前から信じて疑わないでいられるのはどうしてだろう。

  “まあ…俺の場合は、あんまり“普通”とは言えなかったのかも知んないけど。”

 物心ついたかどうかという頃から既に始まってたこと。結構“普通”ではない日々を送って来た自分かもなと、今更ながらに感じて…苦笑が洩れた。だってね、今まではそんなことに思いが及ぶ暇や余裕さえも無かったんだと思う。成長するにつれて、何かしら能力の数値が上がりでもするのか、怖いものを感じる度合いも頻度も高まって来て。自分にしか見えないもの、自分にしか分からない気配に怯えながら、その日その日を怖々と過ごしてた。明日はともかく、ずっと先のこと…将来のことなんて、そういや考えてなんかなかったんじゃないのかな。何になりたいとか、何を目指したいとか。ガッコに上がる前辺りはともかく、具体的なもの、考える年頃になっても、そんな遠いことへなんて全然目が向かないでいた自分だったと思う。日々の中の一瞬一瞬ごとに、何かしらを感じては息を呑んで身構えてたから。

  “………ぞろ。”

 そうだったんだなぁなんて、しみじみ思い返せる、振り返ることが出来るようになった。そんな余裕が出来たのも、ゾロが来てくれたから。そこへと思考が辿り着くと、ぼけらと窓の外を眺めていたお顔が、たちまちふにゃりと緩んでしまう、何とも判りやすい坊やであり、
「…フィ、ルフィ?」
 隣りの席の子に肘でつつかれ、あわわ授業中だったと我に返ってしまう様が何ともコミカルで。閉口されるどころかクラス中の生徒たちがドッと受けてしまったから、相変わらずに人気者な可愛い子である模様。今の坊やの笑顔には、もう…怯えを押し隠すための無理からな気配は微塵もない。






 ちょっとは肌寒さがやって来た今日は、クリスマス・イブで、それからガッコの終業式で。
「試験休みの間、どっか行ってたのか?」
 メール入れても音沙汰なかっただろとウソップから言われて、
「うん、ちょっと親戚んチに行っててさ。」
 続柄が一番近い親類は秋田の方だと知っているから、ウソップも疑いはしなかったが、
“…いいよな、親戚っつっても。”
 実のところを言えば…微妙にウソかも。だって“地上ではない”知己のところに行っての骨休めをしていたので、メールを乗せたケータイの電波も届きはしなかったという訳で。まま、ホントを言っても通じはしまいから、気にしなくとも良いんじゃないのでしょうかしら。そんなルフィのちらりとした戸惑いも、気に留めなかったらしき そのままに、
「どっか行くのか?」
「ん〜〜〜、まだ判んね。」
 冬休みのというよりも、今夜の“クリスマス”の予定を訊かれて、かくりと小首を傾げたルフィだったが、
“…?”
 わざわざ訊いたくせして…曖昧な返事にも突っ込まず、妙にわくわくと嬉しそうな顔でいるウソップだと気がついて。
「お前には予定があるみたいだな。」
「判るか?」
 自分にも訊いて訊いてとねだらんばかりの判りやすい顔だったからなと、こっそり苦笑していると、
「カヤと映画を観に行くんだっ!」
 おおっ、何か気合いが入ってますな。胸の前にてググッと力強く握られた拳を見て、
“…格闘映画でも観に行くのかな?”
 今話題の、韓国のワイヤーアクションものじゃないんですかね。(こらこら。笑)彼女とのデートなんだという、ウソップの燃える意気込みが今一つ伝わってないのが笑える会話で、
「映画か〜。」
 ホントに予定って立ててなかったなぁと思いつつ、でも、だからどうこうとも思ってはいない、至ってお呑気な様子でいるルフィであり、
「お前もさぁ、いいかげん彼女とか考えたらどうだ?」
 ずっと柔道一直線なのか? それにしちゃあ道場に通うでなしだろにと、今度こそはさすがに、ウソップの方が怪訝そうな顔をした。中学時代の国体での活躍に加えて、今年はインターハイでも大活躍した彼だったので、あちこちの有名な道場やら、気の早いところでは大学の柔道部の顧問の方々までもが来訪し、先のこと、考えておいてくださいねなんてお声をかけて下さっており。なのに、
“ただ飄々としてるってのとは、ちょっと違うんだよな。”
 余裕とかいうのではなくて。そうまでしてガツガツと柔道をやりたいルフィではなさそうだというのが、間近にいるからこそウソップには判るらしい。とはいえ、じゃあ他の一体何に心を埋めている彼なのかが、杳
ようとして知れなくて。
“こんなお元気坊主が何にも関心ないまんまで居られるとも思えねぇんだけど。”
 退屈退屈と連呼して駄々を捏ねるか、それこそ柔道やら他のスポーツやらにもっと身を入れて励むか。そういう“行動”を起こさないではいられないと思うのだけれど、そういう気配はまるっきりないままだし。実はアイドルの追っかけやってるというタイプでもなし。
(爆笑vv) ましてや、異性との交際なんて方面へなんて、
“こ〜んな判りやすい奴に隠し通せる筈がないっ。”
 ある意味、失礼にも勝手にすっぱり言い切られたその通り、
「彼女なんて要らねぇもん。」
 しししっと楽しげに笑ったルフィであるが、それへはそれで…何となく。意義がない訳でもないウソップで。
「勿体ねぇのな〜。」
 何しろ彼は人気がある。中学生時代もそうだったそのまま、明るくお元気で行動的で。そこへ加えて、人懐っこくて気さくで馴染みやすくって、クラス中の人間が一番に名前と顔を覚えたのが彼だったろうと思えるほど。あんまり度が過ぎる“目立ちたがり屋”さんには、少々思いやりの足りない、いわゆる“自己チュー”な輩が多い昨今だって言うのに、この坊やと来たら。幼さそうな見かけに寄らず、困っていると親身になってくれる懐ろの深さが案外と頼もしくって。能力外のことまで安請け合いしかねない、おいおいな傾向もたまにはあるが、そうなればなったで、その方向が得意だというお友達が“しょうがねぇな”と必ず手を差し伸べてくれる、十分すぎる人望だって持っているというから…もしかしたらこういう子こそが今時は“無敵”なのかも知れません。
(こらこら) …じゃなくてだな。
「お前、結構 告られてんじゃねぇのか?」
「コク…?」
 今時の言い回しも知らないほど、立派なオクテくんではあるが、
「だ〜か〜ら。付き合って下さいとか、女の子から言われたことねぇのか?」
 噛み砕いて訊き直してやると、

  「……………う〜〜〜。////////

 …お? この反応は?
“そっか〜。やっぱ、あるこた あったのか〜〜〜。”
 ぽんぽんぽんと調子よく返って来ていた答えが途切れ、何というのか…口許を顔の脇へと寄せてまで引きつらせ、いかにも“苦手なものが出現したぞ”というようなお顔になってしまい、
「まさか、そんな顔で振りまくったってんじゃなかろうな。」
「…振ってなんかいねぇもん。」
 今度は唇を尖らせて見せ、
「ただ“付き合って”って言われたのへは、いつも顔突き合わせてるじゃんかって言ってた。あと、二人っきりで付き合ってっていうのへはさ、柔道で忙しいからきっと無理だと思うよって言った。」
「………で?」
 そんな“ごめんなさい”があるかい と思いつつ、だがだが、それにしては。この坊やの周囲には、恋愛にからんだ浮いた話も沈んだ話もついぞ聞いたことがないのも、これまた事実。振られた子が気落ちして元気がなくなってしまったというような悲恋につきものな話や、傷ついた反動から近寄らなくなったり陰に回って悪口を言うなんていうよな悪質な話も聞いたことはない。すると、
「…でって言われても。」
 ルフィ本人も小首を傾げて見せる始末であり。
“う〜ん。”
 それってやっぱり、振られた子たちの方が潔くも爽やかに、告白自体を“無かったこと”にしてくれていたということではなかろうか。
“人徳っていうのかね、そういうのも。”
 邪気のない存在であることには間違いなく、困った時なぞ、本当に親身になって話を聞いてくれるし、出来得る限りのことへと尽力してくれる優しい子。だからきっと、周囲の女の子たち、振られてしまった子たち同士で、それなりの結束を結んで、ルフィ本人を困らせないようになんていう同盟とか作っているのかも。
「長生き出来そうだよな、お前。」
「おうっ、ありがとなっvv」
 何かがどこかで噛み合っていないのかもしれないが、まま、お元気な笑顔を向けてくれたから“良し”としようと。振られた女の子たちとさして変わらないのかもしれない、懐ろの広い“容認の心意気”にて。それ以上の言及は やめることにしたウソップくんでありました。





            ◇



 さてさて。講堂での退屈な終業式も済み、教室で個別に通知表をいただき、それでは年明けまで さようならと、二学期終了のご挨拶も済んで。部活の方は朝のうちの練習にて、冬休みの予定というのを既に聞いてあるので、今から集まるという段取りでもなくて。
「じゃあな、ウソップっ。」
「おうっ。晩にでも メールすっからっ!」
 少し遠いガッコに通うカヤちゃんを迎えに行くため、今から直接向かうらしきウソップのロケット・ダッシュを見送って、
“…クリスマス、か。”
 知ってはいても何となく。どうしたもんかという気持ちを持て余してた。一緒に居たい人は勿論いる。でもサ、
“特にあらたまるってのも妙な話だし。”
 だって、その人はいつだってルフィの傍に居てくれる人だから。クリスマスだろうがお正月だろうが、お誕生日だろうが期末考査の最終日だろうが、一切関係なく居てくれるし。クリスマスだからなんて構えて、じゃあ何するんだってことを思うと、
“…ゾロとかサンジって、キリスト教の関係者なのかなぁ?”
 それもまた妙な言いようだが、宗教関係者ではないよってことは随分前に言われてる。天使とか天聖界とかって言いようをしてはいるけれど、だからって“人間”の上に立つような、所謂“造物主”の配下の者とかそういった存在じゃあない。勝手にやって来て手ぇ出してるだけのことで偉くも何ともないって、ゾロ本人が言っていた。
“まあ、それ言ったら日本人の俺たちだって、ホントに“けーけんな気持ち”で祝おうって思ってない奴の方が多いんだろうし。”
 どうしたもんかと考えあぐねてる、少し大きめのウィンドブレーカーを羽織った小さな背中へ、
「ルフィく〜ん。」
 ぽーんっと掛けられた声がある。気さくそうな大人のお声で、お耳のいい坊やが
「…っ!」
 聞いた途端に…もしも髪の間にお耳が立っていたならピクピクっと大きく震えていたろうし、実際にはない筈のお尻尾を、背後でぶんぶんと振り回し始めてしまうような。いかにもワクワクっと楽しげな、そんな反応をしちゃうお相手と来れば、

  「黒須センセーっ!」

 はしゃぎたい盛りの仔犬のように、それはそれはテンションが上がったそのまま、声がした方へと振り向いて走り出す。お声の主は、一年生たちの昇降口より校門に近い位置にある、研究室棟の玄関先に立っていた白衣姿の先生。銀縁メガネをかけた目許を細めて、にっこりと微笑むお顔も何とも穏やかなそのお方こそ。ここ、市立V高校の物理担当教師、黒須コウシロウ先生とおっしゃって。真っ黒な直毛をうなじに束ねるほど伸ばしている、ほっそりした肢体のいかにも“学者”さんという風采をした男性で。そしてそして…ここだけの話、実は………ネ?







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