天上の海・掌中の星 “序章”
 



          




 長いようで短かった夏も去りゆき、陽の射す昼間こそまだまだ暑いほどでもあるものの、朝晩はずんと涼しくなって、うっかり薄着でいると風邪を引きかねないくらいな日もあるほどの気候。

  「う〜ん。そだな、あっと言う間の八月ではあったよな。」

 全国的にはギリシャでの五輪と日本人選手たちの活躍に沸いた夏だったが、ここいらのご近所様の間では一年生で“全国制覇”しちゃった小さな柔道家のことの方が、取り沙汰されてた夏だった。高校生には見えないくらいに、小柄で童顔、それは無邪気な男の子である、モンキィ=D=ルフィくん。屈託のない笑顔の明るさとさっぱりした気性から、ご町内の人気者でもあるそんな彼が、初めて出場した“高校総体(インターハイ)”の男子柔道・軽量級部門にて、各地の著名な強豪たちを片っ端から薙ぎ倒しての優勝を決めたのが、八月に入ってすぐのこと。直前に催された高校生選手権“金鷲杯”では、惜しくも三位だったが、その時点で既に“無名校の代表”“公立の星”とか何とか騒がれていたところへの、この戦果だったものだから。開幕直前だった五輪の話題さえ軽々と圧倒されてしまったほどであり、

  『今頃になって何言ってるんだかよねぇ。』

 中学生時代にもなかなかの戦歴を残していた身なので、身内も同然なご近所さんにしてみれば、どこか当然という気配も強かったことだけれど。全国の皆様からすれば、いきなり現れたヒーローのように思えたらしく。その直後に始まった五輪で、柔道競技の日本代表が大活躍した煽りもあってか、
『次の代表、未来の金メダリストは彼か?!』
 などと随分と派手に注目されてもいたほど。そんなこんなでルフィにとっては結構にぎやかだった夏・八月だったのだが、
「ま、それはそれだよな。」
 坊や本人としては、それほどの大騒ぎでさえ“済んだこと”であるらしい。
「二学期は行事が多いから、とっとと切り替えないと置いてかれるし。」
 九月一杯は まだ夏服のままな制服を着、心持ち厚めに切ったハムに片栗粉を薄くまぶしてから、解き玉子をつけては よーく油を引いたフライパンで何度も何度も両面を焼いたふかふかピカタと、キュウリのゴマ和え、豆腐とワカメのお味噌汁に小魚の佃煮という品揃えの朝ご飯を、ぱくぱくと豪快に平らげている元気者。
「秋にも大会はあるのか?」
「うん。国体がやっぱあるしさ、何とか杯ってのがもう1個あるんだって。」
 お代わりと突き出されたお茶碗を受け取り、甲斐甲斐しく炊き立てご飯をよそってやるのは、坊やの体格にしては結構な大きさのお茶碗を、だがだが小さな可愛いのに見せてしまうほど、頼もしい手をした大きなお兄さん。体格がいいから ちょびっと細長く見えてしまうエプロンをし、坊やへのお給仕の傍らに、大きめの弁当箱へこちらも出来立てのメニューを手際よく詰めており、
「あ、俺、ウグイスマメもっと食べるぞ。」
「お前、食後のおやつと勘違いしてねぇか?」
「してねぇもん。ちゃんとご飯のおかずに食ってるよーだ。」
 只今 食事中だというのに、昼のメニューにもっとと注文をつけるから やっぱり豪傑。お味噌汁もしっかりと最後まで飲み干して、
「…っかーっ、美味かった〜っ。御馳走様でしたっvv」
 満面の笑みにて合掌してご挨拶してくれるもんだから、作る側としては…擽ったい嬉しさを隠し切れなかったりもするのだけれど。
「何とか杯ってのは何なんだ。」
「うっと、何かよく判んねぇだけどさ。高校生に限ってねぇ全国大会みたいのがあるんだって。国際大会への予選も兼ねてるとか何とか聞いたけど。」
 大学生以上が主にはエントリーしているものだけれど、特に年齢的な制限はないとのことで、大きな試合ってのに慣れておくために参加だけでもしてみるか?と、顧問の先生やコーチから打診されているらしい。
「国体とかはサ、同じ世代のが相手だから、駆け引きとか戦術とかにもそんなに大差ないけど、大人が相手となると随分と奥が深いんだって。色々“きゅーしゅー”するもんも多かろって。」
 半分以上は受け売りらしい言いようをする坊やであり、
「まあ、判らんではないな。」
 食後のお茶を出しつつ、ゾロも感慨深そうな顔になる。例えば、ポイント制であることへ着目し、とにかく有効や技ありで点数を先に取っておいて、後は巧妙に逃げ回るのだって1つの戦術だろうし。組み手の工夫で相手側が嫌がるような掴み合いに持ってゆき、それを“消極的である”とジャッジさせるよな戦法だってあるだろう。いつだって すかっと技を決めてしまう、小気味のいい勝負ばかりを制して来た坊やの、それはそれは伸び伸びとした戦い方が、指導する大人にしてみれば不安なのかも知れずで、だが、
「ガッコの行事だって多いのに やんなっちゃうよな。」
 隣りの空き椅子に乗っけたデイバッグをがさごそとまさぐって、中から取り出したのが…1冊の文庫本。そんなにも分厚いものではないけれど、
「…珍しいな。」
 最近は忙しいあまりにマンガさえあんまり読まなくなった坊やだというのに、選りにも選って活字ばかりの本を読んでいようとはと、破邪さんが切れ長の眸を限界まで見開いてたのへ、
「あのな。」
 失敬だなと頬を膨らませたものの、そのまま“ぱらぱらぱらっ”と気乗りしないお顔で、ページをめくって見せたルフィは、
「これを元にしたお芝居ってのをやるんだと。」
 だから読んでおけと言われたんだよと…ちょっとばかり不満そう。
「お芝居?」
「うん。文化祭でウチのクラスは寸劇ってのをやるんだ。」
 スポーツが盛んな高校なので、部活の方の出し物に“模擬店”系が集中する。そのまま“フードテーマパーク”もどきの文化祭になってしまうのを防ぐため、一般のクラス参加の模擬店に許可はまず下りないのがセオリーなのだとか。そこで、作品展示やバザー、某東京○レンドパークっぽいゲーム大会に、合唱や寸劇の発表という格好での参加となってしまうのだが。ルフィのクラスには演劇部や文芸部、手芸部の女の子が随分といるせいで、寸劇にあっさりと決定し、
「何かよく判んねぇんだけどサ、俺は出ることに決められちっててサ。」
 圧倒的な票を集めた“推薦”で決まっちゃったらしく、
「けど、台詞は覚えらんねぇぞって言ったらサ、台詞が極力ない役にするからって言われた。」
「…ちょっと待て。まだ芝居の題材も決まってなかったのに“配役”に選ばれたのか、お前は。」
 何だか妙な順番でないかい、それ。不審げに目許を眇めたゾロへ、
「俺もそう言ったんだけどサ。道具作りとか台本書くのとか、衣装縫うのとか当日の裏方とか、そういった仕事は出来ないでしょうって言われてサ。」
 だから、無難なお仕事を割り振ったのよと言われては、返す言葉がなかった坊やであったらしい。人を無能扱いしてサと、ご本人様ぶいぶい怒ってらっしゃるが、

  “凄げぇな、そこまで把握されとるのか。”

 同じ学校から進学した子ばかりではない環境下。友達付き合いにあんまり“男だ女だ”という区別をしていたルフィではなかったらしいが、向こうの側からの遠慮もあろうから。少なくとも家に連れて来た女の子はいなかったし、どっかに出掛ける顔触れだってウソップを筆頭に男の子ばかりだったのに。いつの間にやら…女の子たちからそこまできちんと把握されているほど、隙なく注目されていようとは。今のところは集団で“か〜わいいvv”と騒がれているクチなんだろうが、

  “こりゃあ、油断も隙もないかもな。”

 う〜んとシリアスに構えかけたゾロだったのだが………ハッとしてぶんぶんとかぶりを振った。
「ゾロ?」
「いや…何でもない。」
 小バエが鼻先でうるさくてよと、大きな手で何かを追うように振って見せながら誤魔化して、
「ほら。のんびりしてて良いのか?」
「あ、いっけね。」
 部活の朝練があるんだったと、慌ててお弁当と凍らせたペットボトルのお茶をバッグに入れて、
「今日は部活のミーティングもあるから、ちょっちだけ遅くなる。」
「了解。」
 判ったと言ったのに。頑張って走って帰って来るからなと、何でだか念を押すように言い置いてく坊やなもんだから、
「食いたいメニューでもあんのか?」
 冷めないように間に合わせるからという意味だろかと、苦笑混じりに訊いてみれば、
「違げぇよ。」
 何言ってるんだと、キョトンとされて。

  「早く帰って来ないと、ゾロ、独りで待ってるのって寂しいだろよ。」

 けろんと。他意なく含みなく、そんなことを言ってくれる子。
「………。」
 一瞬、毒気を抜かれたように、返す言葉のなかった破邪様だったものの。
「何を勝手に、人んコト、ガキみたいに思ってるかな。」
 ちょいちょいと、小鼻の頭をつついてやって、
「文化祭とやらの準備の方も、しっかり楽しんで来な。」
 くすすと笑う男前。大人の男の渋い笑みに、
「ふや…。///////
不意打ちされて頬を染めてしまった坊や。う〜〜〜っと唸りつつも時間に迫られ、タイムアップに急かされるように玄関から飛び出してく。相変わらずに甘え甘やかされていながらも、何となく…もう一歩いま一歩が焦れったい。そんな感じのお二人さんであるようです。





   *何か訳の分からないタイトルですんません。
    この序章が済むまでは内緒ということで。


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