天上の海・掌中の星

    “真昼の漆黒・暗夜の虹” 〜覚醒の果てに
 




          




 猛暑に台風、果ては地震と、自然の猛威にさんざ弄ばれた小さな島国は、それでも人々が健気にしぶとく、前向きに頑張っている、その清明な生気に満ちて綺羅らかに美しい。

  「別に詩的に言ってんじゃねぇんだぜ?」

 脇目も振らず明日へ明日へって手を伸ばす、前向きで一途な、つまりは無垢な生命力の健全さってのは、大気を濁らすことなく ずっと遠くまで放散される清らかなエナジーだからなと、聖封様が蜜をくぐらせたような金の前髪の陰にて“くすす”と軽やかに笑って見せる。毎週毎日のように、これでもかと様々な事件や事故、災害の襲う日常だのに、
「穏やかに平凡に過ごしてる人たちにとっては、単なる“昨日の続きの今日”なんだろな。」
 いちいち大仰な警戒をしても詮無いことだが、それにしたってね。誰だってそんな大事がまさか自分の身の上に起ころうとは思いもしないという点では同じなのにね。たまたまやって来るものに人生ごとを揺さぶられてしまうのだから、天運というのはまったく恐ろしいもので。
「…人災も少なくはないけどな。」
 例えば今年の猛暑は、特に都心のものに限っては“ヒートアイランド現象”というものだとされており。人造の街は熱気を放つばかりで逃がす術を封じ、眠らない夜は翌日にまで前日の熱を持ち込んで。それでの猛暑だったという分析だって出ていたりする…となれば、それは“自然の猛威”と呼んではいけないものなのかも知れず。

  「ま、明日のために今日から何か、ってね。」

 電力供給会社の回し者か、あんたは。…などと、呑気な会話を筆者と交わしつつも、その手は休みなくてきぱき動いており、キッチンには芳
かんばしい香りが様々に舞い踊っていたりする。
「…よしっ、完成っと。」
 真っ白なモーニングトレイに移された、レモンイエローも鮮やかなふかふかのオムレツを締めに、栄養バランスもばっちりの朝食が完成し、
「お〜い、ルフィ〜〜。食いに来い〜。」
「おうっ!」
 リビングにて登校のための準備、バッグの中身を確かめていた坊やが“ほ〜いvv”と嬉しそうに、キッチンまで飛んで来る。今朝のメニューは、ミートソース・オン・ザ・プレーンオムレツに、ほっこり焼きたてはちみつパン。野菜たっぷりスープのミネストローネに、千切り野菜をサラダ菜で巻いたロールサラダ・オーロラドレッシング風味。
「パンはまだあるからな。お代わり良いぞ。」
「おうっvv
 朝っぱらから食欲旺盛な坊やのお給仕に勤しみつつ、視線を上げれば…庭先の物干しでは、背の高いお兄さんがシーツだカバーだというリネン類を竿に干し出している真っ最中。一応の同居人なので、“実は寝ないんですよ、だから使ってはいないんですよ”なものであっても、一緒に洗って干さないと、何か変だなと気づく人は気づくもんだ…と、
“俺が言うまで気がつかなんだってのも、暢気な話だが。”
 寝具のカバー類どころか、お兄さんが毎日いろいろ“着替えて”いるお洋服も干し出されることはこれまでなかったらしく、
『………あのな。』
 汚い兄ちゃんだなって思われてないのか、お前。そんな風には言われたことねぇけどな。お兄さんたちがそんな会話を交わしていた傍らで、はいはいは〜いとお元気に手を挙げたのがルフィであり、
『それについてはな、本多さんチのおばちゃんがこんなこと言ってたぞ。ゾロはどこかの武道場に師範代として時々通っていて、そこで練習の後に風呂入るついでで洗って来るってことになってるらしいって。』
『…ほほぉ。』
『ほほぉじゃなかろう。』
 確かになぁ〜。ご近所の皆さんに決めてもらうことじゃなかろう。
(笑) そんな訳で、ここで“人として”同居生活をしておりますというカモフラージュのためにだけ、Gパンだのシャツだのを洗って干すようになったのがつい最近。
「きっとあれだな、道場の師範か奥さんに見つかって叱られたんで、家で洗うことになったって話に切り替わるんだろな。」
 同じ光景にこちらも視線がいったルフィがワクワクと楽しそうに言ったのへ、サンジが肩をすくめ、
「まあな。いっそズボラな不潔野郎って肩書がつく方が、あいつには似つかわしいんだが。」
 何せ、昔っから着るものになぞ一切 気を回さない、何とも野暮天な奴だったから。地上であれこれ着ているのだって、雑誌やチラシを眺めて適当にこれと決めたものを、術で呼び出して着ているまでのこと。………一体どこから“拝借”して来ているのやら、ですが。そんなセレクトなせいでか、一応はまともなセンスの服装でおり、
「近所のおばちゃんたちにも結構評判もいいんだぜ?」
「それもまた腹が立つんだよ。」
 自分じゃあ一切勉強も努力もせん奴が、オリジナリティのないカッコでお茶を濁しやがってよ…と、ある意味、片腹痛いサンジさんである模様。そんな軽口でにぎやかに沸いた朝食が済むと、
「ゾロ、サンジ、行って来ま〜すっ!」
 デイバッグを抱えてお外へ飛び出してく お元気小僧。そよぎ来る風でというより、本人の加速でもって、ふかふかな前髪が全開になり、丸ぁるいおでこが剥き出しになったまま、たかたか走ってく背中を見送って、
「さて。今日も無難に始まったが。」
 先に家へと上がりつつ、サンジがひょいっと肩をすくめた。庭から玄関へ真っ直ぐ運んだ方のお兄さんは、それへは口許だけで小さく笑ったのみだったが、正直言って複雑な思いなのはずっとずっと変わらない。何事もないに越したことはないのだけれど、いつか必ず降りかかる危難があるのだという微妙な現状。これがいつまでもいつまでも続くというのは、肝の座った面々揃いだとはいえ、これで結構プレッシャーも大きくて。

  ――― わざわざルフィを狙ったってことに端を発しているからな。

 動向が怪しく、しかも凄腕らしき、人間サイドの“召喚師”。この陽界には本来交わることのない筈の“陰界”から、凶暴な邪妖を召喚しては騒ぎを起こしている何者かがいる。その存在に気がついたサンジが警戒していたにもかかわらず、選りにも選って自分たちが親しくしている坊やへと狙いをつけたらしき相手であり。ルフィが怪我を負うような細工をして血を採取し、それを元に描いたのだろう召喚陣を彼に触れさせ、陰世界からの“門”を開いた。そのまま“寄り代”として利用されかかったルフィであり、この一連の流れをもって…その怪しき何者かは、ルフィにそういう手合いへの奇縁を見いだした者であるらしいとまでは察することが出来たものの、

  「人懐っこい子だからなぁ〜〜〜。」

 ルフィを知っているという者という最初の条件から、身近にいる誰ぞの所業だとまでは絞れたが、その“身近にいる”という条件付け、あの坊やに限っては…絞り込みには全然 役に立たない要素なので困りもの。通る道の上にあるもの全てへにこやかに愛想を振り撒く“愛嬌者”だもんだから、商店街の皆様や駅員さん、同じ時間帯に同じ道を歩いてるサラリーマンのおじさんたちやOLさんたちに至るまで…という勢いで、名前までは知らないけれど…という“顔なじみ”がドドンといる。こっちからの勝手なものではなく、向こうからも“ああ、あの子ねvv”とすぐさま思い出してもらえるほどの認知度なのだそうで、
「ここいらのアイドルってのは、大仰な言い方じゃあなかったんだなぁ〜。」
「まあな。全国大会や国体で活躍した時なんざ、そういう程度のお付き合いの皆様からも花束やら手紙やら、貰いまくって帰って来やがった。」
 お陰様で、全部にお返事を書くのに付き合わされたと破邪さんが苦笑する。そうですね、お名前は分からなくとも、毎日逢う方が相手なら、貰った時と同様に手渡しでお返しも出来ますからね。次の要素は、罠を学校内に仕掛けたところから、学校の敷地内に昼間出入り出来る者ということへも着目してはいるのだが、
「あの日のみって接触な筈ではないとしてだ。」
 学校という場所でも安心は出来ないという昨今の悲しき世情から、出入りのチェックは結構厳しくなっているものの、これが案外と部外者でも小細工せずして入れないものではないから…こっちもまたまた困りもの。清掃やら電気系統施設の保全やら、業者が来ない日はないし、死角になってる場所も多いので。フェンスさえ越えれば無人の教室に入り込むのもさほどには難しくないらしい。
「こないだ、次界壁通過を使わずに弁当届けに入ってみたからな。」
 昼までだと言っていたものが、急に練習が入ったからと携帯で“弁当要す”との報を受け、問題の場所である“学校”で咒術を発動させるのも何だからと、試しに警備員が傍に詰めている正門を通らないで入ってみたゾロだったらしいが、
「案外と楽勝だった。」
「まあ、お前は体力がアホみたいに余ってるから参考資料にはならんのだが。」
 もっぺん言ってみな。あんだと?違うってのか?この筋肉馬鹿が。額同士がくっつくほどの接近戦にて睨み合う、判りやすいいがみ合いが出るのは、もしかして余裕からなんでしょうか? お二人さん。
(苦笑) 相手の動向待ちという警戒中は、実は一番スタミナが要るものだと、あらためて感じているらしき、自宅首脳部の方々でございます。






            ◇



 体育祭での奇襲に遭って以来、ルフィの身辺は異様なくらいに静かなもので。他の小者の気配さえ寄り付かないほど。
「まあ、それに関しては、私やたしぎさんが付いているからというのもあるんでしょうけれど。」
「だよな。」
 選択教科が自習になったのでと、クラスメートたちが文化祭用の準備作業に取り掛かり、主役を振られたその代わり、他の作業からは免除されてるルフィだけ、こっそり屋上に避難して…教育実習生のビビさんや、こちらさんは気配を殺して潜伏していると…言ってた筈が、用務員さんに見つかったもんだから。清掃メンテナンス会社から派遣された者ですという肩書を名乗っている たしぎ嬢との面会中。
「………。」
「いやあの、だって術は使うなってサンジさんから言われているんですもの。仕方がありませんよ? ね? たしぎさん。」
 術を使わなくたって、例えばゾロが侵入に成功したように。普通一般の人間のレベルにて、気配を消して行動していた筈なのにね。選りにも選って普通の人間…用務員さんに“あんた何してるの”と声をかけられた“潜入術”の不完全さには、いまだに落ち込むことの多かりしな彼女であるらしいが、それはともかく。
(う〜ん) 相手が相変わらず、黙したままな状態だというのは、こちらの彼女たちにも何となく。歯痒いやら焦れるやら、あんまり気持ちの良い状態とは言い難いらしい。
「ホンットに尻尾を出しませんものね。」
 周到というか用心深いというか。あの体育祭のあった日も、ルフィの他に何人か、日射病で倒れた人が出たということ以外には、さして不審な出来事はなかったとのことで。
「このまま諦めてはくれないのかしらね。」
「それに関しては何とも言えないわね。」
 片やはお花のような、もう片やはキリリと凛然とした、二人もの綺麗どころと向かい合うルフィ坊やとしては、

  「俺の方は、いつでもドンと来いなんだけどもな。」

 しししっと笑ったお元気なお顔へ、二人の護衛担当が“あらあら”と苦笑を返して。こちらの陣営も、今のところは“様子見”状態。少しずつ深まる秋の気配を感じつつ、いざという時のためにと鋭気を養っているところ。そして、

  「そういえば。台本の方は覚えられているの?」
  「あう〜〜〜。それが結構難しくてさ〜。」

 さっきの威勢のいい“ドンと来い”発言はどこへやら。台詞も演技も随分と削ってもらったにも関わらず、なかなかどうして難しいお芝居なんだようと、ふにゃふにゃ泣き真似をするルフィであり。……………そういえば、そうでしたよね。文化祭で主役の剣士なんてのを演じるんだった、この人。だだだ、大丈夫なんでしょうか。
こらこら



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  *お待たせいたしました。
   何だかバタバタしているうちに放ったらかしになってましたが、
こらこら
   あれの続きでございます。
   相変わらずのノロくさペースになりますが、どかご容赦を。