天上の海・掌中の星

    “真昼の漆黒・暗夜の虹” 〜覚醒の果てに A
 




          




 10月に入るとさすがに夏の気配もすいと掻き消えて。これが所謂“秋の気配”ってやつなのか、木陰の風や建物の中の空気が随分と涼しいものになって来た。何より空がず〜んと高くなったよなって言ったらサ、ウソップの野郎、こっちは毎日忙しくって、空なんかのんびり見てらんね、なんて言うんだぜ。晩ご飯の、ふっくらジューシィに仕上がった鷄の甘辛照り焼きをほふほふと頬張りながら、塩味の絶妙なシューストリング・フライド・ポテトにご機嫌なお顔になりながら、とろろんとなめらかな茶わん蒸しにときめきながら、そんな不平を並べた後で、
「なのにサ、背景の書き割りが何枚か出来たんでって、ポーチんとこでゴロンて寝そべって。あ〜ホントだ〜、空が高いな〜だって。」
 さっき俺が言ったじゃんか、あ・そうだっけ?なんて、漫才みたいなやりとりしちゃったと。そんなご報告をして、にこにこ笑うのが微笑ましい、何とも可愛いルフィを前に、自宅での待機組であるお兄さんたちもまた苦笑が絶えない。
「本番はいつなんだって?」
「10日。丁度3連休になってっから、土曜に準備して日曜が一般公開なんだ。」
 例年だと1日限りになっちゃってたところが、週休二日制となったのへさして間をおかず、先年からは“ハッピー・マンデー”という休日制度までもが始まったがために。体育の日がズレて土曜と合体し、その結果として“必ず3連休”となったので。当初は“準備・当日・振替含む休日3日”にしたものが、休みを挟むと後片付けにかかる手間も結構かかり、結局もう1日をつぶすことに成りかねない。そこで、文化祭を“2日間”とし最終日の半日を撤収作業にあてることにした。実行委員会や生徒会からの提案で、後片付け後に軽音楽部やOBバンドのステージつきの“後夜祭”を設け、そこで演目への人気投票や出店・バザーの売上など、部門別の表彰式をする…という段取りになったところが、かったるいからとサボる傾向がぐぐんと減って、この“後夜祭”だけ見に来る生徒も出るほどの出席率となり、
「公立のガッコなのに、そういうのアリなのか?」
 そんな軟派なお祭り騒ぎをしてもいいもんなのかと、怪訝そうな顔をしたゾロへ、
「何、言ってるかな。」
 それこそ今時の私立なんかだと、まま有名なバンドを招いて演奏をやっても生徒はなかなか集まんないって聞くぞ? そういうの興味の範疇外だしぃ〜っていう、ホンットに無気力無趣味な子が多いからだと、と。
「…何でまた、お前が今日びの日本の高校生事情に詳しいかな。」
 ルフィではなくサンジが口にしたもんだから。ますますのこと、破邪殿が胡散臭げに目許を眇めたが、
「ここいらだけじゃなく、広く関東一帯ってノリであちこちの気脈の動向も探ってるから、そういう空気も自然と拾えるんだよ。」
 ルフィのいる前なので具体的な言い方は避けたものの、例の召喚師の行動範囲はここいらを中心としてはいたが、結構遠いところにも足を延ばしている“関東全域”だった。まさかとは思うが、ルフィに仕掛けたものも一種の“予行演習”であり、本番本命の仕儀は別の場所で別の対象に執行する予定…なんていう、そんな可能性だって全くない訳ではないからと、そうまでの広域にて、油断なく探査の網を張っておいでであるらしく、
「坊主んトコみたいに、お祭り騒ぎだからって熱心なところの方が、勿論のこと多いこた多いがな。ガッコの行事なんて知れてるって食わず嫌いして、何を持ってったってダリィのダセェの文句言うばっかでサボり倒してるよな だらしないのも、少なからず居るってことだよ。」
 何のために高校生やっているのかって思いますよね、そういう子。一番やるせないのは、それが公立の学校だったとして…同じガッコを受験して、でも、間が悪かったかヤマが外れたか、僅差で落ちちゃった子でしょうよね。自分ならそんな半端なんかしないで、きっちり充実した学生生活送れたのにって、ますます悔しいことだろに。………まま、おばちゃんの愚痴はおいといて。
「昔はな、キャンプファイヤーみたいにして、廃材とかを全部燃やしたんだって。」
 その炎で焼く、芋やトウキビを皆で食べたとかどうとか、柔道部の顧問の先生が話してくれたのだそうだけれど、
「あ〜、焚き火はなぁ…。」
「うん。今はそうそう簡単には許可が出ないからさ。」
 ダイオキシンが出るからと、単なる枯れ葉の焚き火でも叱られちゃうご時勢ですからね。ペンキ塗ってあったり接着剤で貼ったような合板や段ボールを燃やすなんてとんでもないこととなり、ゴミとして回収してもらわなきゃならなくなった。…大工さんが現場で余り木片を燃やすのもいけないんでしょうかね? ゴミが減らないのは、こういうところにもあるんじゃなかろうか?
「また脱線しているオバさんは置いといて、だ。
(いやん)あと何日もないのに、お前、台詞が頭に入ってないんだと?」
 手痛いご指摘だったのか、
「はやや…。」
 途端に萎んでしまうところがまた可愛い。ルフィのクラスは、講堂で披露する寸劇にて…中世を舞台にしたロマンチック剣劇アクションものを演じることとなっている。しかもこの坊ちゃんがその主役だというのに、なかなか台本が覚えられないのだそうで。
「だってよォ、台詞ん中にカタカナの名前がいっぱい出て来んだもん。」
 うら若き近衛兵のサランドルくんは、周囲の多くの人々から愛されている天真爛漫な少年であり、仕えている王族の方々からまで親しげに接していただいている果報者。裏では様々に…葛藤や陰謀、秘密がらみのややこしい所もあるそうだけれど、そういった点は他の登場人物たちの会話にて解説されるので、ルフィは役柄の少年ご本人と同様、そんなややこしいものは知らないまんまの、極めて自然な演技ばかりで通して良いのだが、
「無国籍風にしたいからか、ミハイロビッチにストイチコフ、ランドルセンにジークフリート、アルトマーニュ…と、舞踏会に招かれて来た怪しい客人ってのが、そういう長ったらしい名前ばっからしいんだ。」
「そ、それは………。」
 どっかで聞いたような、つまりは“お国柄”的な響きを持ってる欧州各国の独特なファーストネームをあれこれと掻き集めたらしいのだが、
「原作は大きな出版社が出してる小説本だからな。出来るだけ沢山にしといた方が、角が立たないって編集部辺りが考慮したんじゃないのか?」
 そだね〜。いかにも怪しい人たちって割り振りになってるだけに、ドイツ風とかデンマーク風ってのだけに限っちゃったら、印象が悪くなるってクレームがどっから来るや判りませんものね。台本を覗き込む2人のお兄さんたちのお顔が“成程な〜”と同情的になったものの、単なる父兄の彼らには何ともしてやれずで、
「一応はプロンプターがつくんだろ?」
 台詞が閊
つかえたら助けてくれる、カンニング用の黒子さん。台詞や演技を袖から教えてくれる担当者がつくとか言ってなかったかと、宥めがてらに訊いたサンジへ、
「そんなもん、舞台に上がっちまったら判んなくなっちゃうもん。」
 決して“上がり性”な彼ではないものの、慣れない衣装を着せられ、スポットライトを浴びて演技をするなんてな、究極の“慣れない立場”に立たたされている真っ最中に。頭が真っ白になるなんていう切羽詰まった事態に追い込まれたならば、やはりそれなりのパニックにもなろう。種類は違えど大舞台には慣れているし、肝が座っている子ではあるものの、
「皆で頑張っての出し物だからサ、いいかげんなその場しのぎなんかしちゃあ、マズいんだろし。」
 出演する子も、そうでない裏方の子も、自分の関わった場面場面への思い入れは強い筈。書き割りの窓を塗ったの、伝令として駆け込んで来るだけの役だけれど、練習には真面目に出ていたの。そんな子たちの努力が一杯集まっての完成披露が“本番”なのに。それを踏みつけにして自分だけ良けりゃいいなんて、そんな我儘勝手なことをしてはいかんと。皆で作り上げてるものだという道理がちゃんと判っている優しい子だからね。

  ――― こいつめ、と。

 大きなお兄さんたちに擽ったげな苦笑をさせてしまう。
「おいおい、今からそんな弱音吐くなんてお前らしくねぇぞ。」
 金髪碧眼のお兄さんが、テーブルの上へでっかい肉マンを追加してくれつつ励ませば、
「そうだぞ? 剣を交えるシーンの練習だって、俺が相手になって家でもさんざんやったろうがよ。」
 大きな手を伸ばして来たゾロが、つややかだがまとまりの悪い髪をくちゃっといじって“いい子いい子”と頭を撫でてやる。
「なんだよう、二人してvv
 いきなり子供扱いかよぅと、それでもすこぶる嬉しそうに。目許を細めてにこにこと、ご機嫌そうに笑い出した坊やであり、
“ま、いざとなったら俺らでも何か手伝えようしな。”
 少々反則技ながら、落ち着けと心の中へ直接の声を掛けてもやれる。台詞とやらを読んで届けてやることも出来る。当日までは内緒の、そんなバックアップをそれぞれの胸に秘め、可愛い弟分の勇姿を楽しみにする保護者の方々だったのでありました。………う〜ん。そんなに緊迫感なくても大丈夫なんだろうか、果たして。だって、季節は秋ですぞ? ただでさえ“鬼門”の東北、丑寅の方からの風も吹いて来ようかという、冬籠もり前のシーズンの到来だってのに。怪しの気配へますますの警戒は、どこさ行っただ、あんたたち。
(苦笑)








            ◇



 さてとて。いよいよと言いますか、やっとのことでと言いますか。実際の日にちと大きくずれ込んで
おいおい 迎えましたるは、10月10日、市立V高校主催 文化発表会の一般へと公開される第1日目。広い校庭のあちこちには、運動部が設けた…焼きそばやタコ焼き、綿あめにポップコーン、クレープなどなどの食べ物系模擬店の屋台や、カラーボールでの的当て、水風船釣り、各種ハンデ付きの腕相撲大会、フリースローで運試しなどといった簡単なゲームコーナーなどが展開されており、校舎内の各教室ではお化け屋敷や喫茶店、ビデオ上映会に文化部の作品展示と、家庭科部や美術部、写真部などなどのOBや有志による出品作を販売するバザーなどなど…と。こちらもなかなか中身の濃い、出し物・見物が勢揃い。
「この、男子バレー部の“打ちたて新そば、実演販売”っていうのはサ、顧問のN先生の実家から送って来る摘みたてのお蕎麦を、先生と部員とで粉にして打って食べさせてくれるんだって。」
「うわぁあ〜、それって食いたいな〜。」
 暢気な会話をご披露している、こちらさん。話題はいかにも純和風なそれだが、サテンのつややかなマントを準備され、貸衣装で揃えた中世の欧州剣士風のちょうちん袖の衣装を着せられた小柄な少年。カツラは気になるからヤダとごねたのを通してもらっての黒髪のままながらも、十分に可愛らしい近衛兵さんになったルフィが、今日も舞台装置の操作で忙しいウソップと二人、おでこをくっつけるみたいにして校内案内図の乗ったプログラムを眺めているところ。彼らの出番は午前の部の最後というから、幕が下りるのはお昼前。なのでと、どこで何を食べようかなんて先のことを相談している辺りはなかなかの豪傑である。
“だってよ、予約入れとかなきゃ模擬店なんかは席さえ取れねぇんだって。”
 あ、そっか。ご近所というと駅前まで戻らないと飲食店はないような、文教地区という土地柄なので。在校生も来賓もお昼に押し寄せるお店となる“模擬店”さんは、だけれど…普通のお店屋さんじゃないから、商品の品揃えもきっちりとはしてなかろうしねぇ。きっと恐らく“売り切れ御免”だろうから、寸劇が終わって、着替えや片付けを済ませてから駆けつけたのでは、食べ物系はどこも間に合わないのかも。………って、お弁当はどうしたの。今日の分だって、サンジさんが用意してくれてる筈でしょうに。
“それはそれだもんvv こういう日にしか食べられないものってのもあるじゃんよvv
 こんの贅沢もんがっ!
(笑)
「おや、誰もいないのかと思ったが。」
 確かに無人の教室で、二人が窓辺近くの席であーだこーだとお喋りしているところへ。ひょこりと入って来た人がいる。彼らの教室は、展示や何やに使われているクラスの教室に隣り合ったり挟まれたりしていない“飛び地”になったので、あまり部外者が迷い込まない場所だった筈なのだが。だからこそ、こんなして衣装に着替えたルフィと、その暇つぶしの相手になってたウソップだったのだけれども。思わぬタイミングで、しかもいやに落ち着いた大人の声が掛けられたもんだから、これにはドッキリ。
「…っ!」
「あ…。」
 だがだが、そんなウソップと向かい合ってたルフィの方には、相手のお顔もよ〜く見えていて。
「黒須センセーっ!」
 腰掛けていた椅子から立ち上がり、満面の笑みを見せたほどのお相手は。ワイシャツの袖の二の腕に腕章をつけている、優しげな男性。物理担当の黒須先生で、今日は校内の見回りを担当していらっしゃるらしい。
「そうか、劇に出るんだったね。」
 ちょいと変わった衣装を着ているルフィに気づき、その恰好ではあまりウロウロも出来ないねと、ふんわりと苦笑する。大人に限っては体育系な人々に取り囲まれている反動だろうか、折り目正しく丁寧でソフトな、そんな優しいお顔や態度がルフィのお胸を絶妙に擽るのらしく、
「午前中の最後だったね? きっと観に行くからね?」
 やんわりと眸を細めて言って下さったのへ、キュウゥンとときめきつつ、
「はいっ! ///////
 いいお返事をし、お廊下へ出てゆくすらりとした背中をいつまでも見送る辺り、

  “ホンっトに危ないぞ、こいつ。”

 ゾロさんもしっかり見張っとかんと、なんて。それこそ一体どこまで本気な心配なんだか、胸中にて転がしたウソップだったりするのであった。







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  *ああう、10月のお話だったんですね、これ。
   地震のお話とかしてるけど。まだ起こってないじゃんか、この時点では。
   聖封様の先走り、ということで。
   どうかご容赦くださいますように。
それもどうかと

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