天上の海・掌中の星 “夏が来たっ!”
 



          




 梅雨に入る前に台風がやって来て、物凄い風に揉まれてしまったり。梅雨に入れば入ったで…思ってたほど雨が降らなかったかと思いきや、一部地域では集中豪雨で大変なことが起こってしまったり。相変わらずに油断は禁物な"お天気"が、それでもここいらでは連日の晴天と猛暑を運んで来たから。

  「夏だっ。」

 ジャッと音立てて勢いよくカーテンを引っ張り開けて、明るい陽射しが室内へとなだれ込むのを受けて立つかの如く、腰に拳を当てがって、窓辺でむんと偉そうに胸を張る。

  「夏だよな〜〜〜。」

 腰高窓から辺りを見渡し、感慨深げに"うんうんvv"なんて頷いて見せている小さな背中を、こちらは戸口から見やって、

  "…まあ、毎年恒例ということで。"

 春夏冬、それぞれの長期休暇の第一日目だけは、いつもは寝ぼすけな坊やが起こしに行くまでもなく張り切って起き出すのが、この家の常識というか恒例というかで。休みの日ほど早々と起き出して、他の家人がゆっくり寝ているのを妨げるほど、ごそごそとお元気に一日の活動を始めたりする。こういうのを"怠け者の節気働き"と、昔の日本では言ったものだが、

  "元気なんだから、ま・いっか。"

 苦笑混じりにそれで片付けてしまう緑の髪のお兄さん。…あなたもやっぱり相変わらずだよねぇ。
(苦笑)





            ◇



 ちょっとばかし間が空きましたが、腕白な坊やと雄々しき破邪精霊のお兄さんという、こちらのお二人さんたちも相変わらずでして。何かと行事の多かった初めての高校一年生の春と初夏を溌剌と駆け抜けて、さて。教科の多かった期末考査も何とか消化し、試験休みの間も、部活があったので平生と変わらないリズムで毎朝登校という形にて過ごして来た日々が、昨日の終業式でやっとの節目を迎えて、

  「今日から夏休みだもんなっ!」

 笑顔全開、にっこにこでキッチンまで降りて来たルフィの、寝癖で見事に立ち上がった前髪を。ダイニングで待ち受けたゾロが、その大きな手のひらでわしわしとばかり、おでこに降りるよう撫でつけてやる。
「けど。確かインターハイ選抜を兼ねた、都大会とか関東大会とかがあるって言ってなかったか?」
 七月末には金鷲杯とかいう、高校生の全国大会もあった筈。それらに向けての練習があるんだろうにと、きっちりとした把握ではないから曖昧な言い方になる"保護者代理"殿へ、
「練習はあるけど、日祭日はガッコが休みだからサ。早朝練習が始まるのは火曜日からだもんvv
 にっぱり笑って見せる、やはり豪傑。別に学校が嫌いだというのではない。友達も多い子で、同じ中学から進学した仲間の倍以上の新しい友達をあっと言う間に作ってしまった、何とも気さくな人懐っこさも健在だし。難しい勉強は ちと苦手だが、部活である柔道でもめきめきと頭角を現しており、先輩方からも苛められたり僻
ひがまれたりすることなく、見た目の小ささを裏切る"頼もしい奴"としてすんなり受け入れられている。

  ――― それでも、ね。

 今日も明日も明後日も、そのまた明日も明後日も。ずっとずっと"休み"だというのは理屈抜きに嬉しいこと。好きに使える時間の何と多いことよと、それを思うとわくわくが止まらない。

  「何たって授業がないしvv
  「………やっぱりな。」

 暑いからとダラダラだらけたり、過ごしやすいからと夜更かしをして宵っ張りになってしまったり…という心配は要らない、ある意味で立派な"いい子"だから。保護者代理のゾロとしても、さほどの杞憂は抱いていないが、

  「で? この"夏休みの目標"ってのはどういう意味なんだ?」

 小学生じゃあるまいに、1日の過ごし方を図にしたタイムテーブルだとか、ヒマワリの花びらを1枚ずつ塗ってく"目標達成表"だとかの亜種として、学校から配布された訳ではなかろう。
"そこはやっぱり、一応は高校生だからな。"
 生活管理くらいは自分でこなして、計画的に過ごせというのが当然のご指導なのだろうけれど。ならば…リビングの壁にデンと貼られた"お習字"は何だと訊いている破邪様らしく、
「こういうものは、普通なら自分の部屋に貼るもんだろうが。それと…せめて楷書の読みやすい字で書け。」
 広げられた大きな手のひらが"パンパン"と叩いて見せたもの。普通サイズの半紙に、なかなか前衛的な書体で伸び伸びと書かれたそれは、普通一般の人には…なかなかに解読が難しいかも。もっときれいな字で書きなさいというのが、彼には珍しくも"遠回し"な言い方になったのは、

  「いいじゃんか。俺が読めてゾロにも読めれば、それで。」

 たかたかと傍らまで寄って来たルフィが、唇を尖らせて言い返す。というのが、この破邪様、基本的には"文字を読めない"身であった。と言いますか、彼は地上世界よりも高次元の世界からこちらを監視している存在で、基本的には…自我を持つ者の思考や意志をある程度は読み取れる。その場には不在な存在の意志も、書かれたものや居た場所に宿った思念を読めばある程度は把握出来るそうで。それと、彼の職務は緊急事態に召喚されてその場その場での至急の対処が求められるという場合が大半なため、地上にあふれる全ての言語の"文字"とやらで綴られた何かをいちいち把握していなくてもコトは足りる。彼自身の気性・性向から、人間自体との接触が少なかったということもあって、幾星層もの歳月を永らえて来た割に"文字"というものを一切覚えようとしなかったらしい。
"全部、なんて簡単に言うが、どんだけあると思ってるんだ。"
 そですよね。日本語だって漢字と仮名と片仮名っていう3つもの字体がある。アルファベットだってラテンの国に入れば、フランス語やポルトガル語には特殊記号つきの字が出てくるし、ロシア語やギリシャ語も字体は微妙に違う。漢字圏内と安心するなかれの、中国や韓国に、象形文字を使う部族だっていようから、一応の決まりごとがあって体系づけられているものに限っても、言語とか文字とかいうもの、世界中に何百種あることやら。話がエライこと逸れましたが、そんな訳で、逆に言えば…どんな達筆だろうと悪筆だろうと、字そのものではなく、そこに残った思念を読めるゾロには、丁寧に書いてなくたって関係ないだろうがと言いたいルフィであるらしく、

  「…まあ、そうなんだけどもな。」

 はああと大きな溜息が一つ。自分にはよくても、肝心な人間同士のコミュニケーションは取れまいにと、やっぱり案じてしまう破邪様であり。
"お習字教室にでも通わせるべきなのかな。"
 こんな字でも解読して採点しちゃうガッコの先生って、本当に偉大だよなと、今更ながら感心しちゃったゾロであったりする。
(笑) ちなみに…問題の半紙には何と書いてあるかと言えば、


   《 全国制覇!!》


 ………どこの戦国武将ですか、この子は。
(苦笑)













          



 海の日が"ハッピーマンデー"で月曜にずれ込んだせいで、ルフィの通う学校は土曜からの3連休の頭から既に夏休みになっており。先に述べたように日祭日は管理者である大人も休みとなっているので、部の活動の方もまずは3連休。誤解されやすいというか何というか、学校の先生方は生徒たちと同様に夏休みを丸ごと休める訳ではない。学校には出て来なくとも…新学期の準備は必要だし、勉強熱心な先生は各地で催される教育者へのゼミやら研究会何やらに出掛けもするし。あと、当番制でプールやグラウンド使用の監視係というのが回って来る学校もあるそうだし。部の顧問なら当然のことながら活動に合わせて登校しなければならないし。気分転換に夏中遊びまくるという先生が丸きりいないとは言わないけれど…教師というお仕事は本当に大変だそうです、はい。

  「で? こんな早くから起き出して、何するつもりだったんだ?」

 破邪様特製、スクランブルエッグとハムのサンドイッチと、キャベツのコンソメスープ、春雨の酢の物という朝ご飯を平らげて、仲良く並んで食器を洗って片付けて、さて。リビングへと移ったゾロに続いたルフィだったが、そうと問われて"んむむ…"と小首を傾げてしまう。
「う〜ん。そこまでは考えてなかったなぁ。」
 これですから。
(笑)
「ゾロは予定があるのか?」
 早起きした自分にご飯を出せるほど、やっぱり早く起きてたくらいだから。何か予定があるのかと訊けば、
「特に、はないな。」
 こちらさんもあっさりしたもの。毎日の日課ならあるが、それは所謂"家事"であり、自分の仕事だし。
「もうしばらくすりゃあ洗濯機が止まるから、洗濯物を干して。掃除機かけて庭の草を刈って。昼前に買い物に出て、昼飯の支度して。………そんなトコかな。」
 ちなみに、庭への水やりはもう済ませたし、布団干しも済んでいる。あとは臨機応変と、けろりと応じたゾロに、
「よぉーし、じゃあその洗濯を手伝ってやるっ!」
「あ、おい。」
 言ったが早いか、意気込んで洗濯機がある風呂場へと駆けてった坊やであり、どたばたという足音を聞きながら、

  「全国制覇の足掛かりか?」

 思わず洩らした破邪様だったりした。
おいおい






            ◇



 洗濯物といっても二人分。シーツやタオルケットに至ってはルフィのものだけと来て、学校から持ち帰った体操着や何やが加わってもそんなに量はない。3本ほどの竿に全部干し出せば、それでもう終しまいで。
「なあなあ、手伝うこと、何かないのか?」
 殊勝な言い方だが、実のところは手持ち無沙汰なのだろう、キッチンへ向かってすたすたと歩くゾロの背中や腕へと仔猫みたいにまとわりつく。小さな手でしがみついて来たり背中に抱き着いたり、にゃんにゃんと懐く様が可愛らしいこと この上ないと思っているくせして、
「こっちには、もうねぇな。階上
うえへ上がって宿題でもしてな。」
 にべもない言いようをする辺りが、こちらは可愛くないお兄さんだが、まま、家族というのはそういうものか。
「じゃあじゃあ、ゾロはこれから何すんだ?」
「勝手口回りの芝刈り。」
「俺もやるっ!」
 弾けるようなお返事へ"これだよ"と苦笑をし、
「お前な…。」
 いい加減にしとけとか何とか。言いかけたゾロの表情が、ふっと引き締まった。傍らから腕を伸ばしてじゃれかかって来ていた坊やへ、逆にこっちから手を伸ばし、ひょいと小脇に抱え上げて、身体を斜めに構え………何かへ警戒して見せる。
「ゾロ?」
 いきなり変則的な"半分おんぶ"をされて、だが、そこはこちらにもある意味"慣れ"がある。負の陰体という、地上世界に本来現れ出てはならない存在の"悪霊・邪妖Ver."たちを退治するのがゾロのお仕事であり。そしてまた。そういうのが寄り付きやすいルフィのことを、傍にいてずっと守ってやるからと、これまた堅く約束した間柄。なので、
「…っ。」
 状況からそういう場面らしいと判断するや、ルフィは自分から…よじ登るようにしてゾロの背中にしがみつき、
「手ぇ離していいぞ。」
「ああ。」
 ゾロの邪魔をしてはいけないとするなら、最善、自分は何をすれば良いのかを、ちゃんと考えて行動出来るよになった。ゾロはまずルフィの無事を最優先するから、逃げたり隠れたり出来るなら離れる。それが無理なら、逆にこうやって一番の至近へおぶわれたり懐ろにしがみつく。心置きなくお仕事をこなしてほしいからという、これもまた一種のコンビネーションであり、

  「来やっ!」

 切れ上がったその上になおキツく眇めた眼差しが招くは、彼の武器である精霊刀"和同一文字"。眼前という中空に現れた純白の鞘の日本刀を、大きな手でがっつりと掴み取ると、鯉口をちきりと切って妖しい銀色に濡れ輝く白刃をゆっくりと引っぱり出す。
「………っ。」
 完全なる戦闘態勢。こうなったゾロは、ルフィから見ても正直言うと怖い。生命を懸けた真剣さという真摯な意志を、際限まで研ぎ済ませたその迫力が凄まじいからで。だが、それもこれも自分を守ってくれるためだと思えば、
"…ゾロ。"
 胸の中とかお腹の奥とか、じんわり温かくなって来て、自分も頑張らなきゃって気持ちがむくむくと膨らんでくるから不思議。お邪魔をしないように、そのために戦況を見て取らなきゃと、まじっと廊下の先をゾロと同様に見据えたルフィだったのだが、

  ――― え?

 夏の早朝の気配、明るさや涼しい空気が"すう…っ"とどこかへ吸い込まれ、一気に暗黒の靄
もやが視線の先に広がってゆく。今までいた自宅のお廊下が実は偽物の映像か何かで、この闇の空間に最初からいたんだよと気づかされたような、そんなにも鮮やかな空間の入れ替わり。

  「…チッ!」

 ゾロが鋭く舌打ちをしたのは、ルフィに難が及ぶと察したからだ。こんな亜空間に普通の生身の人間が居られるものではない。物体・固体以上の存在になれないものには越えられない、次元の壁の"向こう"へと続く亜空。このまま相手の占有エリアに引き摺り込まれたら、ルフィは真空へ放り出されたも同じ目に遭うかも。

  「邪性封滅っ!」

 抜き放った刀の切っ先を眼前に構え、気合い一喝、思い切りの突きを入れる。…と、周囲に垂れ込めていた靄が流れを見せて、切っ先をスルリと避けた気配。

  「くっ。」

 亜空に自分の気配を隠しての、迷彩防御を得手とする手合いであるらしく、こちらへの敵意がありありとしているのに所在が掴みにくくてやりにくい。

  "相手の腹ん中へ入ったも同じだからな。"

 こうして"向こうから"襲い掛かってくる場合は、十中八、九がルフィを狙っての急襲であり、向こうもその目的を遂げるまではそうそう引かないに違いなく。ゾロは深く息を吸い込むと、そのまま双眸を静かに閉じた。

  ………………。

 自分の感応器官のゲインを少しずつ上げる。視覚のみならず、音や匂いも当てには出来ないから、存在感をだけ拾い上げようと集中する。ひたひたと肌にまとわりつく湿った感触。四方へと伸ばした感覚に時折掠める気配があって、向こうもこちらを伺っているのが判る。背中の温みがじっとしているのはありがたいが、早く方をつけねばこの子が一番に危ない。
"出るか?"
 次に掠めたらそれを追おうか、そうと思ったその時だ。


   ――― 坊主、そのままそこで動くんじゃないよ。


 いやに高飛車な声がして。それから、

  「うわっ!」

 どんっっと。腹に響いてそのまま叩きつけて来るような、そんな気配がすぐ至近で炸裂したから堪らない。何かが弾けてその破砕圧に押されたという感じだろうか。圧し負かされそうになったところを、それでも何とか踏ん張れば、

  「もう目ぇ開けていいぞ、坊や。」

 そんな声がし、

  「うわ、凄げぇっ!」

 ルフィの声が続く。痛い何事が起こったやら。とりあえず、敵意は消えうせているのでと目を開けたゾロは、光の戻った眼前の空間に立つ人物に………唖然と目を見張ったのだった。








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     Pchanさん『天上の海 設定で、×××』(まだ内緒、ふふふのふvv)