天上の海・掌中の星 “夏が来たっ!” A
 



          




 先程まで垂れ込めていた真っ黒な靄
もやはもはや消え去り、角っこや隅も、高さや奥行きの限りも何もない、ただただ虚無の空間がそこには広がっていて。そしてその中央には、一人の人物がすっくと立っている。銀髪を背中まで垂らした、かなり長身な人物で。革だろうか、ジャンパーとスリムなシルエットの裾長なパンタロンを身にまとった、小粋な いで立ちで。スレンダーだがスリーサイズのメリハリは見事なもの。ただ、

  「凄げぇバーさんだなぁ〜。」

 気配を探っていたゾロと違い、ルフィはその大きな眸をしっかと開けて、状況を見つめていたらしく、
「いきなり飛び出して来て、何にもないトコ蹴り上げたらサ。真っ黒な虎みたいのが飛び出して来て、しかもあっと言う間に消えちまったもんな。」
 ワクワクと興奮気味に話すルフィだったが、

  "…あ、まじぃ。"

 ゾロがひやっとして首を竦め、それとほぼ同時に、
「誰が"バーさん"だってっ!」
 ひゅんっと。風を切る音も豪快に、さっき邪妖を一蹴りで浄化した凄まじいキックがすっ飛んで来たから堪らない。
「ま、待った! くれはさん、タンマ、タンマ!」
 直撃を受けたらえらいことになるからと、ルフィを背負ったまま ひょひょいっとその場から飛びのいて、慌てたようにゾロが制止の声を投げかける。この男が"さん付け"するとは余程のことで、ルフィなぞは"くれはさん"という一続きの名前かと思ったほどだったが。
「あんたもあんただ。破邪の坊や。獲物の足を止めてくれたのは良いが、いちいちその物騒なものを構えるんじゃないよ。」
 まだ半分は寝てたような輩を完全本気の凶暴な奴にしちまっただろうがと、お怒りから来ているその攻撃はなかなか止まらず、
「いや、だからサ。てっきり俺らを狙って飛び出して来たかと…。」
「何でわざわざ、こんな朝っぱらから、陽世界に飛び出す妖獣がいるんだよっ。」
 その場しのぎの いいかげんな言い訳は聞かないよと、そんな勢いで流れるような連綿とした動きも鮮やかに、長い御々足
おみあしをぶんぶんと振り回し、踏み込んで来つつ旋回させ続ける、そりゃあお元気なお婆さん…じゃなくて、ご婦人だったが、

  「…おや?」

 追いかけ続ける標的くんの背中を見やり、ふと。その脚を止めた。

  「その坊やは…もしかして。」

 黒髪に大きな瞳の幼い坊や。…いや、これでも一応高校生なんですが。
(笑) こんな窮地にありながら、その瞳を まじっと見開いていて。目新しいものへの好奇心から…眼前で猫じゃらしを振り回された仔猫のように、そ〜れ〜は わくわくとしたお顔でいるルフィをじ〜〜っと見つめていた過激なご婦人。先程はその子の言いようへカチンと来て怒り出したのに、もうそのことを忘れたか。ふむと何やらへ納得すると、

  「ついておいで。」

 ワイルドな仕草で顎をしゃくり、さっさと元来た方へと踵を返す。きびきびとした動作もなかなかに決まっているご婦人であり、

  「どした? ゾロ。」

 ついてかないのか?とルフィが訊いたが、
「うん…。」
 そのルフィをこれ以上、亜空間で引っ張り回しても良いものかと、それを迷った彼である。くどいようだが、彼らが住まう天聖世界は、ルフィが住まう地上の世界とは"次元"が違う。絵の中の存在が…アニメーションというテクニックにて動き出せたとしても、現実の立体世界へ飛び出して来ることは出来ないように、肉体という"殻"や"筺体"なくしては存在出来ないのが"陽世界"の生命であり、その殻が通過出来ない"天聖世界"へ…どうやって連れて行けるものか。こればっかりはなと、どうしたものかという逡巡にゾロが戸惑っていると、

  《 とっととついて来ないかいっ! 案じなくともその子は大丈夫だよっ!》

 さすがは年長者、こちらの迷いをきっちり読んでのお言葉で。はははいっと背条を伸ばしたゾロが駆け出したのへ、何が何だか判らないながらも、

  "…何か面白そうvv"

 ゆさゆさと揺れる背中にしがみついて。こちらさんは"くふふvv"と、それは楽しげに笑ったルフィである。





            ◇



 どこまでも続く真っ白な空間を、ただひたすら…ゾロだけが駆けて駆けて。やがて二人が辿り着いたのは、その真っ白な空間が不意に形を取ったようにも思えた、やっぱり真っ白な、大きな門である。そのままお城みたいに大きな門囲いも門扉も、染みや汚れひとつない純白で。ゾロとルフィが追いつくのを待っていたあのご婦人が、とんとんと、拳の甲にて扉を叩くと、二枚一組、観音開きの大きな扉はゆっくりとなめらかに開き始める。中へと吸い込まれるようにどんどんと開いてゆく門戸の向こうには、

  「…うわあぁぁ〜〜〜vv」

 何とも美しい風景が広がっている。瑞々しい緑があふれる奥深い森の向こうには、さあさあと霧の雨のようなしぶきを振り撒いて、幾条もの細い滝や噴水のようなせせらぎが降りそそいでいる。水路をつなぐ山々渓谷があっての落下飛散ではなく、プレート状の岩盤たちが重力を無視してふわりふわりと、あちらこちらの宙に浮いていてのことであり。じっと動かぬものばかりではなく、空を泳ぐ雲のようにゆったりと移動している岩盤もあり、それらの縁から清水の流れが、遠くは白い糸のように、近くは瀑布のそれのように轟々と下の土地へと流れ落ちているというから、これはまた何とも不思議な風景だ。そんな風景の中をゆったりと飛んでゆくのは、人がまたがれるほど大きな孔雀だったり、翼が背中に生えた白馬だったり。
「あ、あれって水晶じゃないのか?」
 中空に浮かぶ岩盤には、土の島以外に綺羅らかな水晶の柱が何本も立った美しいものもあり、
「わぁ〜。なんか御伽話の中みたいなとこなんだな。」
 ゾロの頼もしい肩口から身を乗り出すようにして、前方に広がる風景に無邪気にもはしゃいでいる坊やだったが、

「…ルフィ。」
「んん?」
「平気か?」
「? うん。」

 けろりと応じる彼に、それはおかしいとゾロが首をひねる。だってここは…、

  「何をグズグズしておいでだねっ。」

 埃が入るから、とっとと入って扉を閉めなっと、先に入った くれはさんとやらがゾロを どやしつけ。ははは・はいっと、半ば"反射"にて、大慌てで中へと飛び込んだゾロであり。不思議なことに、彼らが飛び込むと二人の背後でパタリと、こんなにも大きな扉がもう閉じている。
「あれま、面白い仕掛けだなぁ。」
 愉快愉快とやっぱり楽しげなルフィとは違い、ゾロは何とも言えない心境を隠し切れなくて。だって此処は、

  "天聖世界の南の聖宮。天炎宮なんだぞ?"

 おおお、それはまた。境界線の曖昧な端っこどころか、純然たる天聖世界の、ある意味で"ど真ん中"じゃあありませんか。でもでも、だとすれば。精神体のみが存在出来る"時空軸"を持つ世界。ルフィのような"殻"を持つ身はいられない筈。まずは境目の次元壁を通り抜けられない筈で、どうしても通るには殻を捨てるか壊さねばならず。それはすなわち…、

  "魂だけの存在になれってことだ。"

 ………幽体離脱って、そう簡単に出来るもんなんでしょうか。

  "だから…っ!"

 そう。だから、先程から彼には珍しくも躊躇し倒していたのだけれど。
「あ、あっちには何があるんだっ?」
 そんなゾロの心持ちも知らず。お元気な坊やは、とうとう保護者さんの背中からぴょいと飛び降りて、手近な草原へと駆け込んで行ったものだから、
「あっ。こらっ、ルフィっ!!」
 ゾロがまた、焦ったの何の。このうえに、その魂とやらが迷子になったり、元から此処にいる別の魂と…不慣れだからと混ざり合いでもした日には………。

  「ルフィ〜〜〜っっ!!」

 冗談じゃねぇっ! 物凄い勢いでルフィの後を追った破邪様である。…迷子にならなきゃ良いんだけれどもね。
(笑)
「あんたも いい加減にしてやんな。」
 はい?
「からくりを分かってて、さっきから破邪の坊主をからかってるんだろ?」
 あははvv さすがは くれはさんですね。お見通しだったですか。
「まあ、あのまま直進すれば、あの子たちが遊んでる泉の縁に着く。」
 心配は要らないだろうよと肩をすくめて、手近の空を舞う大きな孔雀を指笛で招き寄せる。千紫万紅、華やかに様々に。絢爛豪華な花々の咲き乱れる草原の向こうには、鏡のように静かに澄み渡った表をきらきらと光らせた水辺があって、そこへと目がけ、先回りをしようという彼女であるらしい。長い錦の尾羽根をひらめかせ、大きな孔雀はくれはさんを背に乗せると、天高く舞い上がったのだった。





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     Pchanさん『天上の海 設定で、天世界での夏休みvv