天上の海・掌中の星

    “真昼の漆黒・暗夜の虹” 〜召喚師
 



          



 さてとて、いつまでも暑いまんまにそれでも日は過ぎて。文化祭の準備を進めつつ、体育祭への練習も進む。ルフィは相変わらずにその俊足を買われており、徒競走に100m×4リレー、障害物走と借り物競走という4種目へとエントリーされている。
「応援団もやりたかったんだけどもな。」
「残念だったな。」
 何処から借りて来たのやら、漆黒の長ランをまとって手には白手袋、額には鉢巻きという、いかにもな応援団のスタイルになっているのがウソップで、
「ちんまいのが こういうカッコして張り切ってる図ってのも、ウケは良いんだがな。」
「…誰が“ちんまいの”だよっ。」
 むむうと膨れたルフィの右手のあの怪我も、今ではもうすっかりと治っており、毎日の練習にウキウキもので参戦中。インターハイでの活躍でもって、一年生でありながら既に全校にそのお顔と名前が知れ渡っているものだから、

  「…あ、ほら。あの子あの子。」
  「やだvv 可愛いじゃない♪」
  「ホントよね〜vv なのに優勝しちゃったのよ、柔道で。」

 トラックをたかたかと軽快に駆け回る、小柄で童顔な男の子。何が楽しいのやら、いつも満面の笑顔でいて。彼の周囲に集う友人たちやら先生方やらも、それにつられてか良いお顔で笑っている。そんな温かなオーラに包まれている子だからか、誰もがついつい視線や意識を奪われて、次の瞬間には“くすすvv”と笑ってしまう、不思議で幸せな子。
「水泳の方には出ねぇのか?」
「うん。俺、足は速いけど泳ぐのは遅いし。」
 そうそう何でも備わってはいないということか。泳げないという訳ではないけれど、競泳に出るほどには得意な訳でもないルフィであるらしく、
「ま、あんまりお前ばっかが目立ってもな。」
「あ〜。別に俺は目立ちたくて一杯出たいって言ってんじゃねぇぞ。」
 心外なことを言うなとまたまた“ふぬぬ”と膨れたところへ、

  「いつもお元気ですね。」

 にこやかにお声を掛けて下さった方があって。冗談半分ながらもウソップへ掴み掛かりかけていたルフィが“はにゃ?”と一旦停止。傍らを通りすがった方だろう、声の主へと、腕を振り上げたままで顔だけを向けると、そこに立っていらしたのは、
「あ…♪」
 穏やかそうに笑っている、白衣姿の、
「黒須センセー。」
 線の細い、いかにも文系ですという雰囲気の、優しい雰囲気をした背の高い先生。いつぞや、電車の中でルフィを助けてくれた物理の先生で、
「こんにちはっ。」
 まるで小学生みたいな稚
いとけないご挨拶をするルフィへ、眩しいものでも見守るように柔らかく笑って見せると、
「はい、こんにちは。」
 小さく首を傾けての会釈をして見せて下さって。一緒にいたウソップへも目顔でのご挨拶。
「体育祭の練習ですか?」
「はいっ!」
 にこにこと嬉しそうにお返事をするルフィへ、ますますのこと、何か甘いものを舐めたように目を細めての笑顔を深め、
「随分と頑張っているようですね。上級生たちからも君の名前をよく聞きますよ。」
 評判の元気溌剌小僧であることを、だが、黒須先生は今まではご存じなかったらしい。それを知ったものだからと、益々のこと楽しそうなお顔をなさっていらっしゃり、
「あの時の怪我も、もう治ったようですね。」
「うん…じゃないや、はいっ。」
 そういった環境にいるせいで、年上のお兄さんタイプには殊更に懐きやすい子なのだろうか、仔犬が遊んでくれるお相手を前にわくわくとお尻尾を振ってお座りしているかのような。お行儀よくしなくちゃ、でもね、この人が大好きだからわくわくが止まらないって。今にもじゃれつきたいけど我慢しているのというのがありありしている、そんな懐きようが、傍にいるウソップにまで伝わってくる。
“へぇ〜…。”
 ウソップの側はロボット工学を扱う部活の関係でもう知っている相手であるものの、本来なら二年生にならなければ接点は生じない先生。誰にでもすぐに懐く子だが、滅多に会う機会のない…教科担任ではない教師にまでとはなと、ちょっぴり驚嘆している次第。とはいえ、
“この先生なら判らなくもないけどな。”
 物静かで話し方も物腰も穏やかな、それは優しい先生であり、授業はきっちり、水も漏らさずという進め方をなさるそうだが、それ以外の場ではいつも和んだお顔をしていらして。お話ししている人から意識を逸らさずにいてくれる、それはそれはソフトで温かな雰囲気のする人で。理数系なのにもかかわらず女子からの人気も絶大という、小学校の先生みたいな人だから。元気でやんちゃであると同時、構われたがりで甘えん坊なルフィが懐いても不思議なことではない。
「お元気なのは良いことですが、もうあんなお怪我は拾わないようにね?」
 自分は平気でも、心配する人には辛いことだから。あの時にもそんなような忠告を下さった、懐ろの深い優しい人。ルフィは“はいvv”と良い子のお返事をし、それじゃあと会釈を残して教授室のある図書館の方へと去ってゆく先生を見送って。
「…やさしいセンセだよなぁ。」
 うふふvvとご機嫌そうに笑うルフィへと、

  「あんまデレデレしてっと、ゾロさんから妬かれねぇか?」

 ついつい忠告してしまったウソップである。…って、そういう把握をされてるんでしょうか、あのお兄さんてば。
(笑)







            ◇



 中学校時代の体育祭にも、大きなお弁当を持参しての応援に駆けつけた家政夫もどきのお兄さん。勿論、今年のそれへも足を運ぶつもりでいるのだが、

  「父兄が見学に行っても良いのか? その高校ってのは。」
  「ああ。スポーツ奨励校だから、
   こういった行事にこそ親御さんがいらして会う機会が出来るっていう、
   遠方から入学している子もいるのだそうでな。」

 特別なお弁当にと使う大きめの重箱を流しの上の釣り戸棚から取り出して、洗い直しをしていた破邪様。淡々とした語調なのはいつものことで、先日の混乱も多少は落ち着いたという様子を見せており、
「何ならお前も加勢にくるか。」
「加勢にって…。」
 体育祭への応援というより、その前の、弁当を作る手伝いの方をこそ見越してのお言いように、くくっと苦笑したサンジであり、
“まあ、落ち着いたんなら良い傾向だが。”
 キッチンに立つ大きな背中をダイニング越しに見やりつつ、こちらはリビングのソファーに身を置いて。小さな庭を淡い金色へと染めつつある初秋の陽光を眺めながら、のんびりと構えている聖封様。坊やの怪我もあっさりと完治したというし、その後の様子にも気になる陰は寄りつかぬまま。サンジの方でも、立て続いていた魔物の召喚事件がこのところは起こらないため、未だ当事者を把握してはいないままながら、何となく落ち着いた日々を過ごしている模様。
“こちらの一件も…夏のお遊び、気の迷いという形で自己終結してくれれば良いのだが。”
 夏の暑さと解放感や奔放さからの、もしくは好奇心からの、突発的な凶行であり、熱が冷めると共に後悔するなり飽きるなりして、これ以降は止めてくれれば一番良い。無論、そうそう暢気に構えていて良いことではない。とはいっても、
“悪しきことってのは、まずは起こらないに限るからね。”
 視線を降ろしたローテーブルには、ルフィが文化祭で演じるというお話の台本が投げ出されていて、学校へ持って行き忘れた坊やであるらしい。今は自分の十八番である体育祭の方が重視されていて、それどころではないということか。
“運命に翻弄される少年剣士…か。”
 サンジも少しほど文庫本の方へと目を通させてもらったが、いかにも少女が好みそうな、ちょっぴりロマンチックな仕立ての活劇もので。ただただ悲劇ばかりを連ねてあるのではなく、主人公の少年も、彼を取り巻く人々も、どんな困難にも頭を上げて前向きに立ち向かう、なかなか雄々しくも図太い芯が通った快作で。だからこそ、今時の少女たちにも受けているのだろうなと、重々思わせる作品だった。
“頼もしい同性の先輩さんが秘めたる恋心を抱いたりもするしな。”
 今は流行ってんですよ、そういうのも。
(笑)
“………。”
 本人の意思によらない“宿命”という奇禍に巻き込まれるところなどは、いみじくもルフィ本人にへも重なるようで。

  “だが、それへは…。”

 自分の強い意志にて。そんな呪縛なぞ物ともしないで、立ち向かった彼だったのを知っている。逃げるのではなく、自分の確固たる意志で。強大な邪妖にその身を利用されるくらいならと、灼熱の熔岩の満ちた谷底へ怖じけも見せずに飛び込もうとした彼だったと、あの大騒動の後、ナミから聞いたサンジであり、

  “大概のことなら、もう大丈夫なんだろうがな。”

 どんなに不吉な陰が忍び寄ろうとも、あの坊やが相手では、そして…この破邪の守護がついている限りは、問題なんてないだろサと、我がことへの安堵のように、小さく笑ってしまう聖封さんだったりするのだが………。









  *このままだと だらだら長くなってしまいそうなんで、
   お話の段落を区切ってみました。
   秋の祭典を背景に、何だか不穏な雲行きでございますが。
   ………こんな長丁場にするつもりはなかったのになぁ。(とほほ。)


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