天上の海・掌中の星

    “真昼の漆黒・暗夜の虹” 〜召喚師 A
 



          



 夏の名残りでいつまでも暑い日々が続いたものの、節季を前にすると…不思議なもので。少しずつ、吹きくる風から熱気が冷めてゆくのが、朝晩などに実感出来る。少しでも体を動かすとまだまだどっと汗ばむものの、見上げる空は高くなったし、そこに浮かぶ雲の形も随分と様変わりをしたような。そんな風に少しだけ秋めいた朝の空気の中、中学生時代と同様に、座るためのシートと大きな重箱、デザートの果物やスィーツを入れたクーラーボックスのに、ちらも大型のポットなどなどと。観覧に必要な定番のあれこれを、ルフィ辺りなら楽勝では入れそうな大きさのドラムバッグに詰め込んで。
「坊主は2日がかりだって言ってたけど、観に行くの、今日だけでいいのか?」
「ああ。1日目は水泳でルフィは出ない。それにプールサイドは狭いから、在校生の応援団であらかた埋まっちまう。一応のスタンド席を周囲に組むらしいが、それでも出る選手の父兄以外はわざわざ観に行かんのだそうだ。」
 それでは詰まらないからと、客寄せのため、今流行の男子のシンクロ・ナイズ・ド・スイミングを…なんて企画も立ったらしいが、見るとやるとでは大違い。そりゃあ難しくて、とてもではないが一朝一夕に こなせるものではなく。早々に ぽしゃったらしいよと、坊やが感慨深げに言っていたっけ。そのルフィが、

  『俺、4つ出るからな。全部観てくんなきゃダメなんだからな。』

 それは嬉しそうに毎日毎日アピールを続けていたのは、サンジの耳にも当然届いており。リクエストにお応えして、質も量も豪勢な“秋だ運動会だ、頑張れVer.”のお弁当を作りにと、わざわざ朝早くから ご降臨下さって。
「いい天気になって良かったよな。…お、可愛い子が多いね、この学校はvv
「何に やに下がってやがんだよ。」
 ちょいと反則技だが、簡単な結界を張って“誰も座りたがらぬ空間”にして確保しておいた…観客席の中でも結構見通しのいい一隅へ、まめまめしくレジャーシートを広げるお兄さんたちであり。そんな姿を見つけて、

  「あーっ。来た来たっvv

 開会式までまだ少しほど間がある時間帯。係の子たちが忙しそうに駆け回っている中を掻いくぐり、父兄の集うこんなトコまで たかたかと遠征して来た一年坊主。体育の時間用の半袖運動着に藍色の短パンという軽装であり、胸には“モンキィー=D=ルフィ”と記されたゼッケンが縫いつけられてある。
「間に合うんかなって心配してたんだぞ?」
 にっぱり笑う笑顔の眩しさに、わざとらしくも目許を眇めて見せ、
「俺たちをじゃなくて弁当を、だろうがよ。」
 ちょいとヒネた言いようをするサンジへ、
「んなことねぇもん。」
 あっさりと引っ掛かり、口許を尖らせ、ムキになって言い返す単純なところは相変わらず。そんな坊やの黒髪にいや映える、まだ真っ白い鉢巻きが巻かれた頭に、横合いから大きな手が伸びて来て、
「まーた団子結びにしてやがんな。」
「…あやや。」
 ほれあっち向けと手際良くいなして、後ろのごっつい結び目を器用にほどき、結び直して下さる保護者様。
「おら、出来た。」
「ん、サンキューな。」
 ポンと肩を叩かれてからこちらへ振り返ったお顔が、にししvvとそれは嬉しそうに笑っており、
「プログラム、持って来たか?」
「ああ。お前がでっかい丸つけてくれたのをな。」
「見逃すんじゃねぇって、わざわざ親切にもつけてやったんじゃんかよ。」
 親父さんからもしっかり録画しとけって言われてるからな、そう言ってゾロがバッグから掴み出したのは、またまた最新型のハンディ・デジカム。
「探しやすいように、ちゃんと先頭を走って来いよ?」
 聞きようによってはとんでもなく無体なリクエストへ、
「おうっ!」
 任しとけと胸を張り、じゃあ入場があるからと、手を振りつつ元来た方へと帰ってゆくお元気な坊や。
「お祭り騒ぎが好きな子だよな、相変わらず。」
 くつくつと笑うサンジの言いようへ、
「何人もで集まって何かやるのがな、大好きなんだよ。」
 別に“人騒がせ”が好きなんじゃないんだからなと言いたいらしき、一応のクギを刺したゾロである。人懐っこくて明るくて前向きで。そんな坊やには自然と人の方も集まってくる。まるでお日様みたいな求心力の持ち主で、
“陰体の俺らまで引き寄せられてるもんな。”
 溌剌としていて魅力的だからであれ、放っておけないからであれ、何とはなしでも目が離せない個性であるには違いなく。天聖界の住人まで手玉に取るとは、けしからん魅惑の持ち主だよなと、聖封様、今更ながらに苦笑が絶えないご様子で。そして、

  「ちょっと、何なに? あの人たちvv
  「カッコい〜いvv
  「あら、知らないの?
   あれがルフィくんの従兄弟のゾロさんとそのお友達のサンジさんvv
  「え? え? あんなカッコいい人たちが?」
  「あ、そっか。○美と▽代は中学が違ったもんねぇ。」
  「何よ、中学でも毎年応援に来てたの?」
  「毎年ってか、二年の秋からね。あと、国体とかにもわざわざ来てたし。」
  「ウチのガッコじゃ有名よ?」
  「そぉそvv
  「◇江なんか、部活やってなかったから特に後輩もいないのにサ。
   あの人たち目当てで去年の体育祭わざわざ観に行ったっていうし。」
  「あ、や〜だ。バラさないでよう。///////

 そんな彼ら偉丈夫たちをこそりとウォッチングする手合いの方も、相変わらずに健在であるらしいです。平和だなぁ。
(苦笑)







            ◇



 高校生の体育祭ともなると、父兄までがわざわざ観に来るなんてのはちょいと珍しい話だが。このV高校は先の章でも述べたように“スポーツ奨励校”であるがため、設備や指導者などの充実度を見込んで、少しばかり遠いところから上京して来て、下宿や寮に入ってまでして通っている生徒もいる。そんな彼らの健やかな勇姿を見にと、はるばるお運びになる父兄も少なくはなく、こういった行事はそのまま“面会日”になってしまう傾向にあり。また、

  「あ、次の100m走、二年生だよ。」
  「●●くん、出るんでしょ?」

 スポーツマンとして名を馳せた“イケメン”についてるファンが、こっそり忍び込んで観戦している例も近年には増えつつあるとか。…まあ祭日だからね。不審なことをしなければ構わないのではないかと。そしてそして、

  「あっ、ほらほらっ! あの子っ!」
  「あ、ホントだ。あの子よっ!」

 ローカル限定イケメンどころではない、全国レベルでのネームバリューを持つ“アイドル”が、今年のV高校には誕生している。ちんまりと小柄で、高校生とは思えないほどに稚
いとけない面差しをした男の子。

  「きゃ〜〜んvv テレビで観たのと同んなじvv
  「そぉお? なんかもっと小さくない?」
  「だから可愛いんじゃんvv あ、こっち見たよvv

 出場する競技への待機場所にて、ひときわ落ち着きなくキョロキョロしているのが、まるで場違いなところへ紛れ込んでしまった小さな子供のようで。それですぐに目を引き、ああ、あそこにいると分かってしまう。勿論、ルフィとしては無意識にやっていることであり、朝礼や何やではしょっちゅう先生から注意されてもいて。そういう方面でも“分かりやすい”子だ、相変わらず。

  “………本当に、ね。”

 くすりと笑った緋色の口許。ちょっぴり大人びた艶を含んだ笑い方には、どこか…挑発的とでもいうのだろうか、穏やかではない気色も滲んでいたようだったけれど。辺りにあふれる健やかな活気の中にあっさりと紛れてしまうほど、微かでささやかなそれだったので。誰の目にも留まりはしなかったようである………。







  「100m走も、障害物走も一等だったぞっ!」
  「ああ、見てたって。」
  「ほれ、そこへ座れ。」

 鼻息荒くやって来た坊やの活躍ぶりへと相槌を打ってやりつつ、彼が座った周りを取り囲むようにと、重箱やタッパウェアやらを所狭しと並べて。一斉に蓋を取り去り、さぁさ お食べと、こちらも“待ってました”という臨戦態勢に入るお昼休み。取り皿にしては大きめの、小さなお盆くらいはあるメラニンのトレイディッシュに、これも食えこっちも美味いぞとサンジが次々に手際よく取り分けてやり。勢いよく掻き込むルフィが時々喉に詰めそうになるのへ注意を払って、飲み物を用意し、ただただその食べっぷりを苦笑混じりに見守っているゾロであり。
「んめぇ〜〜〜vv この豚と豆のケチャップ味の、初めて食ったぞ?」
「そか、美味いか♪」
 何でも好き嫌いなく食うが、それでいて味つけにも結構うるさいルフィでもあり、

  “その割に、初心者の料理に文句言わねぇのが、癪っちゃ癪だがな。”

 腕に自慢の自分の料理を喜んでくれるのは当然なこととして、それと同格のラインに…主夫歴2年と数カ月な男の、無茶苦茶 素朴な料理が並ぶのが、マエストロ・オブ・キュイジーヌのサンジには少々不服でもあるらしいのだが。こればっかりは仕方がないというコトもまた、百も承知。

  “特別な奴が特別な相手へ、特別な想いを込めて作ってるんだかんな。”

 たとえ…ちょっぴりコリコリとした歯ごたえの残るニンジンの入った肉ジャガでも、甘いんだか塩辛いんだかはっきりしない肉ジャガでも、糸コンニャクを入れ忘れた肉ジャガでも。これに勝てるのは、母親の手料理くらいのものだろうてと。苦笑混じりに仲睦まじく、構い構われている可愛らしい二人を眺めやる。

  「ほら、口の傍、ケチャップがついたままだぞ?」
  「にぃ〜〜〜。ゾロ、痛いって。」

 力加減が結構ぞんざいで乱暴な、それでいて…母猫が仔猫を舐めて構うのをついつい思わせるよな。間近に見てると、段々と…呆れ返るか腹が立ってくるよな睦まじさであり、


  “ゾロはともかく、
   坊主にも…当分は彼女とか作るつもりってのは沸かねぇこったろな。”


 それが果たして良いことなのかどうかは…当事者たちの抱える問題。どんな助言をしたところで、何も起こっていないうちは どうせ聞いちゃあもらえまいと、微笑ましい二人に苦笑が止まない聖封様だった。







 *なかなか話が進みません。
  おかしいなぁ、何が障害になっているんでましょ。
  ほのぼのしているばかりな方々ですが、
  ちらりと怪しい影がひとつ。
  さあて、次の章あたりで何か起こるかもですぞ?


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