3
ハッピー・マンデーで月曜にずれた“敬老の日”に催されている市立V高校の体育祭は、アトラクションを兼ねた各クラスの応援合戦と、有志による寸劇もどきの仮装行列が披露されたお昼休みを挟んだ後、午後の部が始まっていよいよの佳境へとなだれ込む。クラス別と紅白別の対抗戦になっているためか、ここまで進むとクラスごとの団結力にも熱が入って結構盛り上がっており、
「リレーってのは最終競技なんじゃないのか?」
人世界の常套にもかなり詳しくなった聖封様が、優雅な仕草でもって小首を傾げて見せたのは。坊やが大きな花丸をつけたプログラム、そこに記された赤いヒマワリみたいな花丸印の3つ目が、午後の種目の割と上の方についていたからで。リレーといえば足の速い精鋭クラスの子たちが選ばれて出る“花形競技”なんだろうにと思ってのご意見へ、
「もっと点数の高い“スェーデンリレー”ってのが、最終レースにあるんだと。」
「あ、そういや中学ん時もあったな。」
トップが100m、二番手が200m…と、走者が後になるほど100mずつ担当距離が増えていって。アンカーはトラック1周、400mも走るため、僅差でなくても大逆転のチャンスが大きにある、何ともドラマチックなリレー競技。そっちが一番の大トリになっているのらしく、
「ルフィも足は速いが、もっと速い子がたんといるんだと。」
さすがは“スポーツ奨励校”で、陸上競技技能に秀でている子も多数いるため、中学生時代ほどルフィの独壇場という訳でもないらしい。
「ファイトだ〜〜〜っ、白組〜〜〜っ!」
これも馴染みのウソップくんが団長を張っている“白組応援団”の、元気のいいエールがより一層盛り上がって、各学年ごとの男女合計6レースが始まった。クラス対抗とは別枠の紅白の勝負では、大きな優勝旗が三年生の代表者に授与される誉れがある。しかもその授与式の模様は、卒業記念に配布される記念アルバムは勿論のこと、ここが今時、且つ、スポーツ奨励校で、最終学年度の行事を撮影したDVDにも結構長い尺で収録され、勝った側の面々を優先的に映してもらえるので。三年生の頑張りようは半端ではないし、協力してよねとばかり、下級生たちへの発破もかけまくりというノリとなるのだとか。だからして、リレーのようなクラス対抗競技であれ、同時に加算される白組としての加点も意識せねばならないらしい。
「ま、特にハラハラせんでも良さそうだが。」
「そだな。」
アンカーということで、トラックの一番最後の待機場に立ってる小さな坊や。他の男子たちより格段に背丈の低い小ささは、いっそ女子の選手の中に埋没しかねない印象さえあって。
「最近の女子の体操着ってばブルマじゃないから、余計に見分けがつかんよな。」
そうなんですよね。太もも丸出しを生徒が嫌がるのと、月に一度の例のものの時なんかに具合が悪いのとから、女子の体操着にも短パンを導入しているガッコが多いそうで。そうなると着ているものにそれほど変わりがないものだから、スレンダーな女の子が一人多い図…に見えんこともなくなってたりするらしい。
「女の子まで短パンとは、残念だったな、お前的には。」
こうすっかり手慣れておりますと、大きな手にすっぽり隠れそうな小さなハンディカムを構えつつ、そんな言いようをするゾロへ…サンジの細い眉がきゅううと絞られる。
「………誰的に何がどう“残念そう”だって?」
あははvv まあまあ喧嘩しないで、お兄さんたち。(笑) ほら、一年生の男子の組が、一番最初にスタートしますぜ?
◇
保護者殿たちがごちゃごちゃやってる間にも、物の見事に3種目の競技、100×4mリレーをも制覇した坊やの、いよいよの最後の晴れ舞台が迫って来た。白組が微妙にリードしている中で行われる、アトラクション系の駆けっこで、コース上には玉入れに使うお手玉を重しに乗せた茶封筒たちが、選手への伝言にしてはちょっぴり頼りなさげに並んでいる。
【次のプログラムは“借り物競走”です。
観客席へ応援にお越しの皆様、選手の活躍へどうか快くご協力下さいませ。】
選手の足の速さのみならず、引き当てた“お品書き”が簡単なものかどうかという“時の運”も大いに影響する競技であり、指定される対象にさほど無理無体なものはないという話だが、
「伝説になっているのが、赤いリボンって指定があったんで髪に結んでたのを見つけて、ゴールまで“お姫様抱っこ”して連れてった下級生の女の子のと、そのままカップルになっちまった男子の話とか。」
あはは…vv そりゃまた“共学ならでは”なエピソードでございますが。
「いいか? ルフィ。別に“笑い”を取らなくて良いからな。」
「そんな事をわざわざ企むほどの余裕があるのは、お前くらいのもんだって。」
妙に念を押すウソップへ“大丈夫だってば”と言い返したルフィだったが、
“いや、お前の場合、企まないでやらかす“天然さ”が心配なんだって。”
ほほぉ? そりゃまた…例えばどんなのがあるんでしょうか?
“この夏一番のメガヒット。皆のアイドルへと一気に駆け登った、魅惑のプリンセスを挙げて下さいってクイズに、サーティ・ファイブのシャンパン・ライチって答えるような奴だもんなぁ。”
………それってもしかして、アイスクリームのフレーバーじゃあ?(笑) 普通はアイドルとか、少しズレてもヒット曲を出した女性ミュージシャンとかを挙げるもんだろうに、あっさりと食べ物を答えちゃった坊やであり、何から何までこんな感じの言動が多い子なので、その感性に大いに不安を覚えている応援団員のウソップくんであるらしいのだが、
「ダイジョブ、ダイジョブ♪」
ご本人はお気楽そうに構えて笑い、じゃあ行って来ると集合場所へたかたかと向かった。そんな後ろ姿へ、
“………まま、大丈夫かな。”
苦笑を向けたウソップは、少々 力んでいた肩を“ま・いっか”と降ろして見せる。多少奇妙な解釈をしたとしても、あのベビーフェイスで“え〜〜〜?”なんて言われれば、大概の係員は丸め込まれてしまうかもなんて。そんな形の期待というか予測というかを感じたからで。
“ほら。あの係員のお姉さんも、ルフィのこと、クスクス笑いつつ見ているし。”
学校指定のジャージ姿の左腕へ係のリボンを留めている、上級生らしき女生徒たちが、そこが詰め所の役員用のテント下に集っては、こっちを頻繁に見やって楽しそうに笑っていたし。これもインターハイでの活躍のお陰か、その愛らしいお顔が全校生徒に知れ渡っている溌剌坊やは、今やそのまま学校全体のアイドル扱いなのかも知れないから。あまりにわざとらしい贔屓は無理でも、そのくらいのお目こぼしは…期待しても良いんじゃないかと。
“頑張れ、ルフィっ。骨は俺が拾ってやるから。”
いや、そんなオーバーな。(苦笑)
こういった“お遊び要素”の強い種目は、さほどに躍起になって“絶対に勝て”という応援のエールが飛ぶことは少なくて。指定されたものを探す姿の頼りなさを微笑ましいと感じたり、それならこれを持って行きなさいよと所持品を提供して参加出来るのを楽しんだり。場内が和気藹々あいあいとしたムードに包まれる、それは楽しい定番の競技。ピンクのサンダルだの、哺乳瓶のキャップだのと、出来るだけ観客席から借りるしかないものを指定されたカードを片手に、右往左往する生徒たちに笑いつつ、場内は穏やかなムードに包まれており。
“♪♪♪vv”
こういうムードが大好きなルフィとしては、ワクワクが止まらず、まだ駆け出してもないうちから口許がほころんでいる始末。
「次の組、前へ。」
ゴールでの混乱を避けつつ、さりとてスムーズに進行させるべく。レースごとに色分けされたリボンを肩に、スタートラインへと呼ばれて、待ってましたと進み出る。丁度ゴールはゾロやサンジがいる辺りに間近くて、よっし頑張るぞという気概も膨らむ。新しい封筒がコースに並べられ、係の女生徒が素早い足取りでトラック脇へと退いたのを確認してから、
「用意っ!」
ぱぁんっと鳴り響いた号砲一発、駆け出した生徒たちに場内の歓声も高まって。終盤を迎えた体育祭も大いに盛り上がっていたのだが………。
“………ふふふvv”
封筒を一通。着ていたジャージのポケットへと忍ばせつつ、生徒たちの群れから こそりと離れる人影が1つある。真っ直ぐのつややかな黒髪をボブにそろえた女生徒で、少しばかり奥深い雰囲気のある表情が何とも大人びた、落ち着いた所作をした人物であり、此処にウソップが居合わせたなら、あの時に…ルフィが机の中に仕込まれてあったハサミで怪我をした時に、ハンカチを貸してくれた少女だと思い出せたに違いない。同じ一年の中には見かけない、誰にも覚えのない顔だったため、結局ハンカチは返せずにいるその相手。それもその筈で、
「言われた通りに置いて来たわよ。」
校庭から外れ、中庭を通った先の自転車置き場。そこへと辿り着いた彼女は、頭に手をやると髪を引く。すると…さらさらと指通りの良さそうだった直毛が丸ごと外れ、頭の形そのままをくるんだ、水泳用の帽子のようなシリコンのキャップが現れて。それをまた取り去ると、下から現れたのは…ふんわりと広がるカーリーの縮れがかかった豊かな黒髪。
「この年齢トシでこんな格好をさせられるとはね。」
ジャージの襟を爪のきれいな指先で摘まんで艶あだっぽく笑う。そんな彼女へ、
「似合っているよ。先日の制服姿もなかなか綺麗だったし。」
そこで待っていた“相手”が柔らかく笑って見せて、やはり綺麗な手に持っていた厚みのある封筒を差し出した。
「これが残りの報酬だよ。」
「ありがとvv」
クススと笑った女性は、このヘアスタイルになると本来の年相応に戻れるのか、その笑みもより一層に大人っぽくも色っぽく、
「あんな可愛い子をこんなやり方でじわじわ苛めてもいいの?」
どこか挑発気味な言い方をする。それへ、
「苛めてなんかないさ。一種の求愛行為だと思ってほしいね。」
意味深に笑い返した男へ、アラと笑い返し、
「またお店にも来てちょうだいね。」
そこに置かれてあった着替え入りのバッグを肩に、裏門のある方へと足を進め始めた彼女であったのだが。相手と擦れ違う格好になったその瞬間。
――― っ!
キラリと光った何かがあって。肩辺りの高さに上げられてあった手の、小指の側。軽く握られた拳から、長い針が突き出しており。その先がカーリーヘアの女性の項へ触れている。深々と刺さっているという感じではないので、少し大きめな虫に刺されたような…そんな痛みに襲われたろうその女性は、力が一気に萎えたようにへなへなとその場に崩れ落ちてしまい、そのままコトリと昏倒してしまった。
“少しの間、眠っていてもらうよ。”
穏やかそうな笑みは崩さぬまま、足元に倒れ伏した彼女の顔へと1枚の紙をふわりと落とす。黒墨にて描かれたるは、円と幾何学的な模様を組み合わせた、何かの紋か陣形のようなもの。彼女の顔へと触れると、その模様がキラリと光り、青白い炎を放って…宙へと消える。
“この学校で何があったのかも忘れてもらおうねぇ。”
怪しげな仕儀を繰り出した人物は、そのままその場から離れると…にぎやかな歓声に沸く明るい校庭へと歩みを進める。丁度、一際高い歓声が沸き起こった瞬間でもあったその空気を読み取って、胸の前にて両手を合わせ、複雑な形で指を組み合わせると、
――― 吽おんっ
深々と吐き出された吐息に乗せて、低く張りのある声が空気を一閃したその瞬間に。彼の向背になった木立ちが一斉に、その梢をばさばさと音立てて大きく揺らいだ。そして………。
◇
駆け出した一群の中では一等賞の素早さでコースを駆け抜け、同じ位置へと並べられてあった封筒を手に取る。中にはトランプカードとはがきの中間くらいの大きさの厚口紙のカードが入っており、そこに書かれたものを場内で探してゴールまで持って行くのが基本的なルール。
“何だろなvv”
あまり突飛なものは指定されないと聞いてはいるけれど、すぐに見つかるのかな、見に来てる人、助けてくれるのかな、そんな想いも胸を交錯し、人懐っこいルフィであっても一応はドキドキと緊張する一瞬で。封筒から引っ張り出したカードに何が書かれてあるのかと、視線を落としたルフィだったが…。
“………何だ? これ。”
そこには。日本語ではなく、ルフィの見たことがないものが書かれてあった。焦げ茶色っぽい黒で、丸の中に三角や六角が組み合わされたものが描いてある。何かの紋みたいな模様が1つだけであり、地図の記号とかかな? ということは地図帳かな? でも、こんなクイズみたいな形での指定になってるとは聞いてないけどな。小首を傾げ、カードの縁を持ってた手の親指が、何ということもなく…その円陣の縁に触れた瞬間に………。
――― え?
描いてあった模様が、突然のこと 光を放ったのだ。滑らかな加工が陽を浴びて反射した程度のものではなく、模様のそのまま、こんな明るい真昼の陽光を制圧するほど目映い、濃さのある光が力強く吹き出して来て、
「わわっ!」
驚いたルフィが放り出そうとしたカードからその紋様が宙へと飛び出し、何もない中空へ拡大された陣形を描いて………ルフィと向かい合うように進行方向へ立ちはだかった。
「…何なんだよ、これ。」
特殊撮影の映画じゃあるまいにという不可思議な現象が、すぐ目の前にて起こったものだから。一連の展開を体験したルフィの驚きようは当然のこととして、周囲に駆けつけていた同じレースに参加していた他の生徒たちまでもが、ギョッとするとその場に凍りついてしまう。
特撮ドラマなんぞではお馴染みな現象だが、それを現実のものとして目の当たりにする機会はそうそうなかろう。水銀で描いた図形が、何の支えもないまま宙にゆらゆら浮かんでいるかのような。そんな奇跡に立ち塞がられて足が止まった一群へ、担当の執行部の生徒や先生方が駆け寄って来かけていたが、それより早く………、
「ひゃっ!」
陣形が。その動きを目で追うのが大変なほどの素早さで、一瞬でしゅっと窄まったそのまま、ルフィの胸元へと飛び込んで来たのだ。質量があるとは思えないような“それ”は、ルフィの着ていた体操着の胸元、名前を書いたゼッケンの真ん中へと飛び込むと、そのまますうっと解けて消え、そして………。
*いきなりの山場です。
っていうか、やっと、なのかな。
正体不明の誰かさん。お話の段取り的にはバレバレな人ですが。
一体何者で何が狙いか、これから明かしてゆきますね。
ああ、その前にこの修羅場だったっ!おいおい
←BACK/TOP/NEXT→***
|