月泉の蒼壺 月夜に躍るU


 
          



  その石作りの建物にはいかにも重厚な趣きがあって、時の有名建築家が手掛けたという触れ込みの下、季節ごとに様々な種類の滴る緑の庭園を背景に、風格とでもいうのだろうか、でんとして圧巻、そんな存在感に満ちている。
「ええ、それはもう。何しろ、時の首相のお従弟様にあたられる、文人名士であられた方の創設で。その創設から今年で50年という記念の催しを今週にも構えているくらいですからね。」
 学芸員という係のおじさんが、それはにこにこと、まるで自慢の"我が家・我が子"を紹介しているかのように誇らしげに説明をして下さる。
「記念の特別展示も予定しております。その準備にただ今取り掛かっておりますため、通常の所蔵品の一般展示を中止しているのですよ。」
 分厚い壁の向こうでは、会場の設営や作品展示の下準備にと忙しそうに立ち回る人々の気配。そういえば大きなコンテナトラックによる大々的な搬入も、昨日辺りから始まっていたかな。
「それじゃあ、常設展示だった"古陶展"と"東洋近代画伯の歴史展"は、その企画が終わるまではお休みなんですね?」
 応接セットのローテーブルを挟んだ差し向かい。今時の、レンズの幅が細いタイプのメガネをかけた、ブレザー姿の男の子がそうと訊くと、学芸員のおじさんは"おや"と何かしら感心したらしく、
「よくご存じですね。」
 特別展示はその折々にポスターを張り出したりホームページなどへ告知を乗せたり、様々に宣伝もするし、来場者自体、それが目当てで来る人が大半なもの。館内に所蔵している品々を展示する常設展示の方は、そんなことをしていると気づかない人の方が多いくらいだ。だが、
「祖父が生前、よく寄せていただいていたそうですからね。十何年か前までは、所蔵図録も発行なさってらしたでしょう? それをボクも、まるで絵本みたいにして見せてもらっておりましたもの。」
 少年はそれは物慣れた様子でそうと言い切り、はんなりと笑って見せる。
「おお、そうでしたか。さすがは王都学園の生徒さんですね。」
 この街よりももう少し都心にある総合学園で、それこそ名士の子息か、若しくは…ずば抜けて頭脳明晰、あるいは運動能力や伝統の一芸などに秀でている人材しか入学を許されない、超エリート校として有名な学園。そこの文化部の取材なんですと、前もってのアポイントメントを取り付けて来ての正式な面会である。先に彼自身が説明した通り、今週中に開催される特別展の準備で、本当なら猫の手も借りたいほどに忙しい最中なのだが、館長が直々に
『丁寧にお相手をするように』
とクギを刺したところの取材。細かい裏書き説明はなかったが、どうやらどこぞの名士の坊ちゃんであるらしいなと裏読みし、子供相手に懇切丁寧な応対・説明を続けていた学芸員のおじさんは、相手の知識の深さに"やはり名家のお子であったのか"と実感したらしい。
「特別展示の方もそれは充実した内容になっておりますよ? 宜しかったらどうぞお運び下さいませね。」







「美術館の歴史の取材なんて、ホームページとかで資料を集めりゃあ良い。わざわざ現場まで行かなくても出来ることなのにね。」
 窮屈だったネクタイを襟元からむしるように引き抜いて、ブレザーを放り投げ、折り目のぴしっと走ったズボン、きちんとアイロンのかかっていた純白のシャツをぽぽいと脱ぎ捨てる。明るい陽光を通す嵌め殺しの窓枠が床のフローリングにアールデコ調の模様を描いているが、そういう装飾に凝った"デザイナーズ・マンション"なんてなしゃれたものではない、少々年代ものなアパートメントの一室であり、
「こらこら、そこいらに散らかすな。」
 そんなに狭い部屋ではないが、それでも…包装紙を剥がす端から床に捨てる子供のような、そんな行儀の悪い"お着替え"には、部屋でその帰りを待っていた男が眉を寄せて見せた。
「学芸員のおっさんを信用させるの、一苦労だったんだぜ? 疑ってかかられてんじゃないかって思うと落ち着けねぇしさ。」
 お行儀の良かった口利きも演技であったらしくって、あああ、かったるかったと、坊やは大きな背伸びをするが、
「…人の話を聞いとんか、お前はよ。」
 ぽぽいと放られた衣装一式を拾い上げ、ドレスケースのハンガーへと掛け直すのは、緑髪を短く刈った体格のいい男で、その名をロロノア=ゾロといい、
「この制服、レンタルなんだからな。余計な汚れがあると弁償させられんだよ。」
 シャツは…洗って返した方がいいのかなと、案外マメなところがある…じゃなくって、余計な詮索をされるのは極力避けたいらしい彼へ、
「こんなの借りるなんて怪しい奴しかいないって、ちゃんと分かってるんじゃないのかな、向こうもさ。」
 着慣れたGパンに重ね着トレーナーという"普段"のいで立ちに戻りながら、そんな減らず口を返すのは、ルフィという男の子。王都学園の中学生に化けていたが、実は…それで十分通用していた小さなタッパでありながら"高校生"であるらしく、趣味は"陸釣り"と怪盗の追っかけ。
(笑)
"…なんだ、そりゃ。"
 だってホントのことじゃないですか。そんな彼だからして、さほど"今時の高校生"とはいえない節が多々あるのだが、それでも、大人で、しかも世情には偏った接し方しかしていないゾロに比べれば、よほど"今時"の平均や標準を知っている方。そんな彼が地道を上げて追い回していたのが、巷で"剣豪"などという古風な称号を得ている怪盗さん。各種様々な防犯システムやらちょいと過激な警備員たちが設置・配置されているような美術館や金庫を、何の武装もせず何の特殊装備も持たず、その身一つのほぼ素手で攻略してしまう達人であり、今時古風なくらいのその手際や、どうしてもという時には…どこに隠し持っているやら、切れ味のいいスティール鋼の刀を振っての大立ち回りで追っ手を蹴倒すところから、そんな古風な仇名がついたのではあるが、その希代の怪盗さんというのが、
「…ま、そういう事情には確かに通じちゃあいるらしいがな。」
 詰まらなさそな顔のまま、そんな言いようで応じてくる。こういう衣装や小物から乗り物・食べ物、武器装具から旅券の偽造に、潜伏先の手配、公安関係の最新情報まで、ありとあらゆる"希望"を整えてくれる凄腕のエージェントさんから借りたもの。何でも、たいそう個性的な数々の発明の資金を集めたくてと始めた便利屋だったらしいのだが、今や裏の世界では知らぬ者のない存在にまでなっているとかで。その仲間というのが、あのスナック"バラティエ"のオーナーを務めるサンジと、一般の方々から"仕事"を請け負ってくる仲介屋のナミである。
「怪しい人間だって事を探られたくないんじゃねぇよ。」
 シャツは洗面所の小型洗濯機へ放り込み、あとの一式はドレスケースにきっちりと収納しつつ、そんな言い方をするゾロであり、それへと、
「???」
 きょとんと小首を傾げて見せる坊やへ、
「自分の素性を探られたくないだけだ。」
「秘密主義なの?」
「こういう仕事してるんだ。当たり前だろうが。」
 足がつくのを恐れて。相手の物資調達の腕前は信用していても、いざという時の口の堅さにまでは信頼をおいていないということだろう。だが、
"…それだけでもないくせに。"
 坊やはこっそり胸の中にて呟いた。だって、
「お前みたいなの抱えちゃあな。前にも増して、あれこれ詮索されちゃあ不味い身になったんだよ。」
 そうと付け足されて、ほらねと苦笑。自分の身がかわいいが故の保身だよと言いつつも、彼が守りたいのはいつだって"自分に関わった人々"なのだ。
「話を戻すがな、調べものには俺だってPCを使うこともある。だがな。催し物をします、だとか、休みますなんていう告知情報は載せても、どういう部分休館になるのかだとか、あれこれ封鎖とか中止とかしますって辺りの細かいことまでは、わざわざ告知しない場合が多い。そんな風に"入力されていない情報"はPC端末からじゃあ調べようがないんだよ。」
 相手から提示された情報だけでは不十分。だから、こっちから出向いて行ってその耳目で拾ってくるもんなんだよと、そうと言いたいらしい大怪盗さんへ、
「…ふーんだ。自分が型通りのPC検索しか出来ないもんだからって、負け惜しみ言ってら。」
 ソファーにぽそんと腰掛けながら、頬を膨らませての悪態をつく坊やだ。その口利きへ、
「んだと、こら。」
 テーブルまで、昼食だろう大きめのトレイを運んで来たゾロが目許を眇めた。やや吊り上がった目許にはそのキャリアが滲んでいるのか、充分すぎるほど鋭角的で挑発的で。大の大人でもちょいとビビるほどに恐持てのするお顔だのに、
「ああっ、それ皿うどんかっ?!」
「あ? ああ、さっきサンジが持って来たんだが。」
「食べるっ、食べるっ!」
「…お前の意欲は判ったから、落ち着け。」
 大怪盗の威容なんてどこへやら。早く頂戴ようと たかってくる坊やをいなしつつ、トレイごと危なげなく頭上に避けてから、
「まずはテーブルの上を片付けな。」
「おうっ!」
 食べ物をかざせば素直に言うことを聞く辺り、やっぱり高校生とは思えないほど無邪気な少年であり、雑誌だの資料だの、一面に広げられてあったあれこれを大慌てで片付け始める彼を見やりつつ、
「仕事はちゃんと済ましたんだろうな。」
 これこそが眼目、そのためにわざわざ足を運ばせた段取りへの確認を取る。
「抜かりはないよ。ちゃんと"置いて来た"からさ。」
 それよか早く食べたいようと、わっくわくなお顔を向けられて、
"なんか、保育士んでもなったような心境だよな。"
 何とも言えない感慨に、ついつい溜息の一つもこぼれてしまうゾロである。



            ◇



 その素顔・素性こそ隠しているものの、天下に名だたる大怪盗。名のある宝石や伝説の秘宝、金満家の金槐、隠し金などなどをそれは鮮やかに盗み出し、新聞紙上をセンセーショナルににぎわせて来た"剣豪"こと、ロロノア=ゾロ氏。そんな彼が、前作にて弟子だか仲間だかにしてやることとなったらしいこの坊や。実は…先に名前を挙げたスナック"バラティエ"オーナーのサンジという青年の弟でもあり、
「こんちはvv」
 昼下がりのがらんとした店内の奥。カウンターの向こうで"付き出し"の下ごしらえに勤しんでいた金髪碧眼の青年が、幼いお声に弾かれたように顔を上げて見せた。
「ルフィっ。」
 ブロンズグラスのドアを背にし、呼ばれた名前に呼応するかのように"ぱたぱたっ"と傍らまで駆け寄って来た坊やへ、だが、今日のお兄様はちょいと眉を顰めて見せて、
「お前。昨日と今日と学校サボってるっていうじゃないか。」
「あやや、もうバレた?」
「バレた?じゃねぇよ。」
 タオルでその白い手を拭いつつ、
「あんにゃろの手伝いなら辞めときな。兄ちゃん、まだ賛成はしてないんだからな。」
 彼もまたある意味であの怪盗氏の"お仲間"ではあるものの、なればこそ、裏の稼業は小説やドラマ、映画などで扱われているほど、華やかなもんじゃないということもよくよく知っている。人間の悪い方の"本質"の、醜くも汚いところがより露骨に剥き出しにされる場所であり、そんなところへこのかわいい弟だけは絶対に近づけたくはないと願ってやまない彼なのだが、
「でも、さっきお昼持って来てくれたじゃん。」
「う…っ。」
 こういう飲食関係の職についたのは、手先が器用だったことと客商売の傍らに情報収集をする方策として打ってつけだからと選んだことではあったけれど。それらよりももっと前。ずんと幼い子供だった頃に、ルフィと二人、ひもじい想いをさんざん味わったせいもある。早くに親とはぐれた彼らは、ここと似たような飲み屋の使い走りをこなしながら育ち、わずかなチップと店の残り物とで暮らして来た身。その反動でか、食べることで困ると人間性の品が落ちる、浅ましくなるということを実体験してもいて。せめてルフィだけはそういう泥に汚すまいと、自分の身をも顧みず、頑張って頑張ってここまで来たのに。
"何で、よりにもよって泥棒に入門するかな、この坊主は。"
 ………じゃあなくって。
(笑)喧嘩中であろうが家出中であろうが、行方をきっちりと捜し出し、和解への説得より先にと毎度必ず美味しい食事を差し入れして来た優しいお兄さんである。(ダメじゃん/笑)
「皿うどん、美味しかったよ? ありがとなvv」
「どういたしまして。」
 にぱーっと全開で笑ってもらうと、どうも何だか矛先も鈍る。かわいいかわいいと庇い過ぎた弊害は…ルフィ本人だけではなく、その庇護者であるサンジの側にもしっかりと波及しているらしかったりする。
(笑)そんな場へ、
「あら、ルフィ。早かったのね。」
 表から入って来たのが、今日はパンツスーツ姿のナミだ。すらりと締まった肢体は、だが、出るべきところは充分発達した"トランジスタ・グラマー"というやつで。
「"トランジスタ〜"?」
 …全員で"何それ?"という顔をするんじゃない、あんたたち。


  【トランジスタ・グラマー;transistor・glamour】

     宙を飛んでいる電波や電流の中へ乗って運ばれてくる電気信号を、声や音や画像へと変換する仕組みは…説明すると長くなるので割愛するが、それまでは"真空管"という部品が必要だった。一見すると白熱灯の電球にも似たその部品は結構な大きさがあり、それゆえにテレビやラジオの極少化にも限度があったのだが、そんなところへ出現したのが"トランジスター"という画期的な発明である。小さな基盤の上に金の線で結ばれたコイルや配線を凝縮したその小さな小さな部品が真空管に取って換わり、ラジオも据え置き型から携帯用にまで小さくなった。そんな時代に、体格が良くて存在感たっぷりな外国人女性のグラビアモデルに比べるとどうしても小柄ながらも、魅力的な張りのある3サイズを持った女性のことを、その、小さくても充実した発明品と引っかけて、
    『トランジスタみたいなグラマーさんだね』
    と、そんな風に言ったそうな。それをちょこっと引用してみた、どうせ年寄りな筆者である。(ふ〜んだっ。/笑)
     ちなみに。グラマーというのは"巨乳"とか"巨尻"とか、ボリュウムたっぷりな女性の体型を指す言葉…ではなく。そもそもは"魅惑の"とか"魔力"とかいう意味の言葉で、人々を魅了するような存在への形容詞。よって、俳優や冒険家の男性にも"グラマー・ボーイ"という言い回しをするそうな。



「ふ〜ん。」
「トランジスタねぇ。」
「原作ならともかく、このお話だと…やっぱり時代にそぐわない古い言葉ってことになるんでしょうよね。」
 う〜るさいわね。そんなことはどうでも良いから、話を進めなさいっての。
「ああ、そうそう。」
 筆者が急かしたせいという訳でもなさそうだったが、ナミが脇に挟むように抱えて来た少しばかり大ぶりのブリーフケースをカウンターに載せる。
「ゾロから頼まれてた偽造書類各種。それと資料を集めて来たの。ルフィに渡してくれれば良いって聞いてるんだけど。」
「おお。俺もそれでここに来たんだぞ。」
 一端(いっぱし)の"役目"を果たしに来たんだいと、ちょっと誇らしげににこにこと笑う坊やに、
「ナミさんからも言ってやって下さいよ。何も好き好んでこんな危ない稼業に首を突っ込むことはないって。」
 横からサンジが恨めしげな声を差し挟んだ。これが堅気の仕事なら、どんなささやかな使い走りでも喜んで励ましてやれるが、選りにも選って、往来で大声で触れ回れないような疚しい稼業だと来ては。十分にそれと分かる"困り顔"のオーナーさんへ、麗しのマドンナがどう答えたかといえば、
「お兄さんとしては心苦しいってのは分かるけど、別にあなたからの感化を受けて染まった訳じゃあないんだしvv」
 ………ナミさん、それってフォローになってない。
(笑)いっそ自分の下っ端として、このスナックで使い回してやってりゃあ良かったと、今更の後悔を胸の内に沈めつつ、
「…で? 今度は何を狙ってるんだ? 奴は。」
 二人へと温かな飲み物を出しつつ訊いたサンジへ、
「ダーメだよ。いくら兄ちゃんでも、こればっかりは言えないもんね。」
 偉そうに"黙秘"を振りかざす弟御だが、
「馬〜鹿。どうせナミさんに何かと調べてもらってんなら、もう漏れてるも同然なんだよ。」
 開き直った兄はなかなかに手厳しい。こうとなったら"同業者"も同じ。少しでも至らないところがあれば、容赦なくつついて自信を喪失させてやろうと構え直したのかもしれない。
「それはナミさんにだけじゃんか。ナミさんの仕事ぶりとプロ意識を信用してるから頼んだんで、ナミさんだって他の人には話さないよね?」
 おおや、なかなか一丁前なことを言う。これには、
「なになに? そんな偉そうなポリシーぽいこと、まさかあいつに吹き込まれたの?」
 ナミまでが意外そうに眸を見張ったが、
「…違う。自分で考えた。」
 ちょいと萎
しぼむところがまあ可愛いvv そんな彼へ、
「あのね、ルフィ。あいつはね、本当に本当に秘密にしときたいこととかは自分で調べるし、そういう形で絶対に外へは漏らさないわ。」
「? じゃあ?」
「手を抜くとかそういうレベルの問題じゃあないんでしょうけれど。このくらいならあたしたちに知れても構わないって、そんな風に思った仕事の時は、結構気安く話してくれてるのよ。」
 それだけ、彼にはめずらしくも気を置けない相手だと思っているということと、それとは別に…彼らの誘導がうまいというのも大いにあるのではあろうけれど。
(笑)それはともかく。ルフィ坊やも納得したらしいと見てから、ナミがカウンターの上へとすべらせたのは、すっきりとしたデザインの青磁の花瓶の写真だ。
「月泉の蒼壷。中国の古陶器の名品で、あの美術館の創始者さんて人が、焼きもの集めの趣味に目覚めたその最初に見初めた、そりゃあきれいな花器なんだって。」
 今でこそ、マイセンだのウェッジウッドだのジノリだのと欧州のそれが高価で有名だが、もともと陶器というものは、その滑らかな肌合いや深みのある色つけなどにおいて、東洋、中国や日本の方が技術的な歴史では上。中世の欧州の王族や貴族たちは、中国の陶器の純白や碧青に憧れ、柿右衛門の赤に情熱を傾けた。よって、そういう東洋系の陶磁器が骨董品扱いされているのは、その価値が芸術のみならず歴史という点からも加算されるからである。
「へぇ〜、こりゃあ綺麗なもんだ。」
「写真では分かりにくいけれど、本物の青みはもっと澄んでて、なのに深みがあって。色みといい形といい、味わい深い、そりゃあ見事なものなんですってよ。」
 こんな逸品をお仲間がその手にしようというのだから、一同、何だか気分が良い。自分のものになる訳ではないのだが、普通の生活の中ではガラス越しに眺めるのが関の山なものを、その手に鷲掴みにして扱えるだなんて、それはやはり"特別"なことだろう。
"威張れることじゃあないんだろうけどもね。"
 まあまあ、サンジさん。
(苦笑)優しい曲線の花器の写真を、矯ためつ眇すがめつ眺めていた彼らだったが、
「…でも珍しいわよね。」
 ふと。少々感に入ったというような声を出すナミである。
「んん? 何がだ?」
 ルフィが問うと、白い指先で写真をつついて、
「あのゾロがこんな骨董品の、それも陶器や焼きものを狙うなんて初めてじゃないかってこと。これまでは、金塊とか宝石とか、もしくは現金そのもの、それか、設計図や帳簿なんかを収めたフロッピィディスクや帳面類ってもんにしか眸をつけなかったのよ。」
 傾向が変わったのか、間口を広げることにしたのか。これまでの彼の仕事をほとんど知っていればこその、違和感を感じたらしい。
「まあ、価値があるもの、高価なものってとこに変わりはないんだけれど。」
「あ、じゃあ、今回の仕事、ナミさん経由の依頼じゃないんだ。」
 坊やのちょっと驚いたようなお顔に"そゆことよ"とくすっと笑う。そんな二人へ、
「前にナミさんが言ってたでしょうが。」
 意気投合している彼らへ…だがだがやはり納得が行かないまま、仏頂面を向けているサンジがぽそりと一言。

   「あの乱暴者には,
    壊れやすい品を狙うなんてデリケートな仕事、無理無理って。」

   「…☆」

 おおう、それはまた辛辣な。当のご本人はというと、
「あはははは…vv そんなこと言ってた?」
 妙に力んで明るく明るく笑って見せている辺り。ころっと忘れていたわね、あなた。











          



 目にも鮮やかな緑が広がる、そこは小さな屋外の音楽堂だ。青々とした緑の茂った木立ちを周辺に配し、小さなステージを取り囲んで摺鉢状に座席が並ぶ、ちょいと寂れた野外音楽堂で、使用者は余り居ないのだろう、座席も舞台も雨ざらしになって随分と傷んでいる。
「下見も済んだ。壷の箱には発信機もつけたしな。何とかなりそうだぜ。」
「そっか。」
 そんな座席の一番後ろ。散歩途中の休憩なのか、それにしてはまだまだ若そうな男性が二人、間を少し空けて座っており、
「ただ持ち出して、どこぞで始末してくれたって良いんだがな。」
 片やの男は長いめの縮れた黒髪を項で束ねていて、どこかサイケな彩りの服に、ゴーグルを額へと掲げた芸術家風のいで立ちで。そんなような一言を連れへとぼそっと呟いた。すると、
「…馬鹿言ってんじゃねぇよ。」
 連れの男が不機嫌そうな声を返す。
「そんな奴らに良いようにされて、黙ってるなんてお前らしくもない。」
「それを言うなら。」
 すかさずの応酬に"んん?"と顔を上げたのは、ルフィにナミからの資料の受け取りを任せたゾロだ。何だ?という顔を向けた緑頭の怪盗へ、芸術家風の青年は、
「他人事へそんな風に腹立てるなんてのも、十分、お前らしくねぇんだがな。」
 ちょいとからかうような口調。途端に、
「………。」
 微妙に図星だったのか、ゾロがむっつりと黙り込んだ。とはいえ、
「勘違いすんな。」
 ややあって。彼は立ち上がりながら言い返す。
「お前がそんな詰まらん連中に尻尾を掴まれてるとな。いつ、こっちへ余燼が飛んで来ないとも限らんからだ。」
 自分のための働きだよと、そんな風に言い置いて。青年に背を向け、大股に音楽堂から去ってゆく。相変わらずどこか素っ気なくて、人との関わりを煙たがる男だが、その大半は、自分と関わることで負担にしたくない想いの裏返しばかり。
"それ以上にも、何か随分変わったよな。"
 ああまで直情的ではなかったがと、黒い髪の青年はくすくすと笑って、彼が去った方を背中を伸ばしながら眺めやったのだった。



            ◇


 街の中央美術館の50周年記念パーティーが、各界の著名人を数多
あまたご招待して華やかに開催される。急に決まったことではないのだが、それでも準備の段取りが少々悪かったか、そのための設営は日が迫ってから急にピッチを上げていて。作業にあたる陣営の中には、いかにも不慣れな様子のアルバイトも多数混じっていたらしく、
「…ああ、そこの君。そっちはオフィスだからね、入っちゃいけないよ。」
「あっ、すみませんっ!」
 いかにも見習いという感じの、まだまだ童顔な作業員が、呼び止められて慌てて立ち止まる。両手で抱えた段ボール箱には設営に使う道具や工具が入っているらしく、ぺこりと頭を下げて、特別展示会場の方へと進みかかるのへ、
「そっちは関係者バッジがないと入れないよ。遠回りになるが、右手の通路から一旦外に出なさい。」
「あわわっ、はいっ!」
 作業着の上にエプロン姿という、どうみてもパーティー会場関係者。それが展示会場の方に入ってってどうするのだと、恐らくは他でも余計な手を焼かされているらしい、額を押さえた館長が、
「すみませんです。何だかバタバタしておりまして。」
 くるりと振り返ったのは、正式な招待客だか関係者だか、丁寧に相手をしなくてはならない格の人物らしい。こういう大きな施設を任されているというだけでも結構な肩書きであろうに、まだもっと、名士とのつながりがほしいのか、いかにも平身低頭という風情であり、
「ああ、いえ。構いません。お嬢様が見えられるまでにはまだ間がありますし、何よりレセプションが始まるまでには収まることなのでしょう?」
 濃碧のシックなスーツがよく映える、肩や背中のカチッとしたなかなかの体つきだが、冷然とした雰囲気にそぐう銀縁のメガネからは、いかにも"秘書"という控えめな立場や振る舞いが板についた人物であることを感じさせる。そんな彼の言葉へ、
「ええ、はい。勿論ですとも。」
 館長は額にハンカチを当てて、滲んでもいない汗を拭く振りをする。そして、
「さぞかし大きくなられたのでしょうね。最後にお会いしたのは、まだお母様に抱かれておいでというほどの頃ですからね。」
「そうだそうですね。」
 男の側でもそれはにっこりと微笑って見せる。どうやら彼が直接"秘書"として仕えている人物は、その"お嬢様"であるのだろう。
「今、通われている学園でも、その成績やスポーツでの活躍をたいそう認められてらっしゃる、それは素晴らしい方におなりです。」
 あまり主人を褒めるのもどうかという立場だろうに、すらすらとそんなお言葉が流れ出るから相当なもの。
「先々が本当に楽しみだと、旦那様もいつも仰せで。」
「そうでしょうとも。」
 ごもっともでございますと、へいこら頭を下げる館長の案内で、レセプションが催されるパーティー会場へと歩みを進める男性へ、
「…かぁっこいい人ねぇ。」
 こちらも準備に駆り出されている、厨房担当のメイド服の女性陣が惚れ惚れと見惚れている様子。
「一体どういう筋の方なの?」
「何でも此処の創設者の親戚筋のお嬢さんの秘書さんだとか。」
「じゃあ、どっかの御大尽の?」
「そういうこったねぇ。」


  【御大尽;odaijin】

     大金持ち。特に、遊里でお金を無尽蔵に使うような人を差した呼び方で、元は"景気のいい、お金離れがいい人"を言ったのだが、単なる金満家や、名士・郷士、身分のある人へも使われることがある。

 すらりと伸びた背条やスーツのよく似合う長い手足が、何とも男らしい"秘書"さんだが、
「お嬢様の秘書ってことはさ、そのお嬢さんのことしか目に入らないってタイプかも?」
「やぁ〜だ、なんかそれってロリコンぽくない?」
「まだ学生さんなんでしょう? そのお嬢さん。」
「らしいよぉ。」
 途端に。惚れ惚れと眺めていた対象が"ロリコン系危ないお兄さん"と化してしまうから…女性が寄ると恐ろしい。
(笑)どっという勢いに乗っての笑いに沸いた一同であり、

   「………。」

 そんなおばさま・お姉様方の輪の傍にて、ふ〜んというお顔になっていたのは、先程、館長さんから注意を受けてたところの、館内迷子になってたスタッフさん。はっと我に返ると、
「いけない、いけない。」
 今夜と迫った準備の最中。慌ててパーティー会場へと駆けて行ったのであった。







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