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そんなパーティーが幕を開けたのは夕刻は5時を回った辺り。もう少々早くと予定していたのだが、やはり段取りに不手際が重なったらしくて、押して押してのそんな時刻の開宴となった。小さな街の美術館ではあるが、創始者の指名度が高いせいか、来賓の顔触れはなかなかに豪華で。立食形式のパーティー会場は、ステージにてなめらかな室内楽が演奏される中、芸能人だのスポーツ選手だのという華やかなところ、有名企業や資産家の関係者という重厚どころなどが集まって、取材に来たテレビや新聞の記者たちも入り混じり、随分と結構な盛り上がり。そんな中、
「こんばんわ、館長さんvv」
愛らしいお声がして、来賓の間を順番に忙しく挨拶にと回っていた館長さんが"んん?"と振り返る。そこに立っていたのは、淡い緋色のデザイナーズブランドらしき上品なツーピースを着こなした、中学生くらいのご令嬢。
"…?"
ご本人への見覚えがなかったがため、一瞬怪訝そうな顔付きをした館長だったが、その背後に、あの秘書殿が立っているのに気がついて、
「あ…あああ、これはこれは。L重工の…。」
某大企業グループの理事長の孫、会長の令嬢である。名前が出て来なくて言葉を詰まらせていると、
「うてなです。今夜はお招きいただきまして、ありがとうございます。」
やわらかそうな髪に真っ白な肌。にこっと微笑む笑顔も仕草も、それは洗練された優雅さに満ちていて、何ともかんとも愛らしい。こりゃあ両親のみならず、グループ元帥にあたる大祖父様からも可愛がられているに違いないと、周囲に居合わせた誰もが信じて疑わなかったとかで。
「あとで、特別展示のお披露目もあるのでしょう? お爺様が是非とも、どんなだったかをお話ししておくれと申しておりましたの。私もとっても楽しみです。」
屈託のない笑顔には、何不自由なく育てられた人種に特有の、透き通った無垢な輝き。生粋のお嬢様や"佳人"とはこういう…どこか世離れした仙女のような存在なのかと思い知らされる、存在感はあるのに不思議と軽やかな、正絹のような印象をまとった少女である。
「ええ、それはもう。どうぞお楽しみになさってて下さいませ。」
美術館の責任者というよりは、どこぞの商売人のように、やたらと へこへこ、浅いお辞儀を絶やさない館長だったが、
"………んん?"
ふと。そんな彼を会場入り口から目配せで呼ぶ人物がいた。地味なスーツ姿の男で、来賓ではなく、どこか渋い表情をしている。それに気づいて館長もまた、浮かない顔つきになると、それでも周囲には愛想を振り撒きつつ、さりげなくそちらへと向かう。近くまで寄ると相手も心得たもので、すっと廊下に出て身を隠し、
「…どうした。」
「例の予告状ですが。」
低い声でささやかれた文言に、たちまち館長はしかめっ面になる。
「今は、そんな話は…。」
この忙しいのにと顔の前で手を振って、鬱陶しそうに遮ろうとしたのだが、
「いえ、それが。新しい手紙がついさっき届きました。」
「…なに?」
ぎょっとした館長の鼻先へ、差し出されたのは一通の封筒。封は最初からしていなかったのか開いていて、中にはカードが一枚きりだ。
『古陶"月泉の蒼壷"、今夜にも頂戴に参上す。』
その短い一文に、館長が"ぐぐう…"と喉の奥で唸ってしまった。
「何故、あの花器なんだっ。他にだって名品はあるのにっ。」
語気が粗くなる館長へ、彼の腹心らしき男が焦って激高を制した。
「館長っ。落ち着いて下さい。」
こんな場所で…来賓たちばかりじゃあない、マスコミの耳目もあるのに、不審な様子を嗅ぎつけられたら元も子もないと、何かしら"事情"があることへ、この腹心の男も通じているらしく、
「幸い、今夜は警察署長も招いております。万が一、何か騒ぎが僅かにでも起こりましても、迅速に収拾しさえすれば、直接申し立てる分には何とでも言い訳が立つというものでしょう。」
うむむ? それって、何だか"何とでも誤魔化しが利く"と聞こえるんですけれども。
「…そうか。そうだな。」
何とか落ち着いたらしき館長は、忌ま忌ましげにその予告状を睨み据え、スーツのポケットへと忍ばせたのであった。
◇
宴はほどよく盛り上がり、時折、来賓の中からステージに上がって歌う歌手だのコントなどを披露する芸人さんも現れのと、華やかに明るい雰囲気。そんな中、
「さあさ、皆様。これよりは、明日より公開の特別展示の方へとご案内致します。」
館長が直々にマイクを取ってのご案内。
「I国からご招待致しましたる美姫『アスガルドの微笑み』と、E国の至宝『ココナツの花』など、それは有名な"印象派"の作品を多数取り寄せましての特別展。学芸員が順次ご案内致しますので、どうかゆるりとご堪能下さいませ。」
そう。一般には明日から公開となる、50周年記念の特別展示は、欧州各国から様々な印象派の作品を無作為に集めて一同に会したという、何ともダイナミックというのかポリシーはないのかというか、大胆にしてアバンギャルドな、手当たり次第に声かけて回ったなこの節操なしという感じの展示会。まま、それでも有名著名な作品も多々含まれており、前売り券も順調に捌けているとかで、興業的には成功した方かもと、その点へは館長も笑いが止まらないらしいのだが、
「…え?」
「なになに?」
「どこですって?」
どうしたことか、お客様方の間に何やら不穏なざわめきが。豪華な顔触れが集まっているということは、マスコミまで集めてくれた宣伝効果的には成功だったが、ここで何かしらの問題を起こすとそれもまたするすると広まる"諸刃の剣"な条件であり、
「どうなさいましたか?」
慌ててそちらへ向かってみれば、
「あの、すみません。」
見覚えのある銀縁メガネの男が、その長い腕の中、緋色の衣装を着つけたお嬢様を抱えている。愛らしいお嬢様は、何だか苦しげに胸元を押さえていて、
「うてなお嬢様が何だか"人いきれ"に酔われたようなのですが。」
「おお、それはいけない。」
大企業の重鎮の宝物。目の中に入れても痛くないから出来るもんなら入れてみなと啖呵を切るかもしれないほどにおいおい そりゃあ大切にしているのだろうお嬢様だ。
「応接室の方へご案内しましょう。ソファーがあります。そこでお休み下さいませ。」
「ありがとうございます。」
すっくと立ち上がった秘書殿を、案内役の職員へと任せて、その後ろ姿を見送りながら、ほうと溜息。まま、人が集まるパーティーには付き物なアクシデントだ。このくらいは失点にもならないさと、気を取り直した館長が他の来賓たちへと向き直る。
「ささ、お嬢様は大丈夫です。皆様どうかご安心を。」
展示の方へと人が流れて、パーティー会場内の方は少しばかりがらんとして来た。特別展示の鑑賞こそを目的にしていた方々はそのままお帰りになってしまうのでと、正面玄関の方へ向かいかかった館長は、だが、警備員が自分の方へと小走りに駆けて来るのを見てしまい、何とも嫌な予感を覚えた。
「…どうしましたか。お客様の前ですぞ。」
通廊の端へと身を寄せて彼らを待ち受けると、警備会社から派遣されて来ている制服姿の警備員たちは、彼の言を考慮したか声を低めて報告してくる。
「所蔵庫が破られました。奥向きの第2金庫が開いています。」
「…っっ!」
「確かあの中には"月泉の…。」
警備員が言いかけたのを皆まで聞かず、自分の目で確かめようと廊下を走り始めている。彼らを罵倒し、叱り飛ばすよりも先に確かめたかった。ただの"所蔵品"ではない。あれは、あれだけは持ち出されては困る。だかだかと…ともすれば来賓たちをぶしつけにも押しのけてまでして駆け続けて辿り着いたは、館の裏方部分。来館者にはオフとなっているエリアであり、オフィスや職員たちのロッカー、そして収蔵庫があるエリア。そこへと踏み出した館長は、だが、横手に望める中庭に人影を見てぎょっとした。小さな陰だが、手に木箱を抱えている。両手で抱えたその大きさは、丁度"月泉の蒼壷"を入れた桐の箱と同じサイズで…。
「お、お前っ!」
そこから中庭へと出られるガラス扉。押し開けかけて、鍵がかかっていると気がつき、舌打ちしながらポケットをまさぐる。マスター・キーで鍵を開け、急ぎ足で飛び出して、
「待てっ! そこで何をしている!」
大声を駆けると、その人陰はびくりと立ち止まった。小さな体に見覚えのある作業服。
「お前は昼間の…。」
確か迷子になりかかっていたアルバイト風の作業員ではなかったか? 目を見張った館長が、はっとし、
「まさか、お前が"月泉の蒼壷"を?」
「…? はい?」
きょとんとする少年の手から木箱を取り上げたが、間近に見るとそれはただの道具箱。蓋もなく、金づちや何やの工具ばかりが詰まっていると見て取れる。忌ま忌ましげにちっと舌打ちし、胸倉を掴み上げ、
「こんな子供が一味だったとはな。そうか、先に来て下見をしていたのだな。」
「な、なんのことですか? ボクは、忘れ物を取りに来ただけで…。」
「ええい、うるさいっ。」
そのまま連れてゆこうとした館長の後ろ頭へ、
――― …っ☆
物凄い勢いで"ばっこんっっ"と当たったものがある。
「な、なんだっ?!」
痛さに振り返った背後の足元には、小さめのパンプスが片方落ちていて、
「泥棒がそんな臆病そうな小さな男の子だなんて。
まさか本気でそう思っているの? 館長さん。」
覚えのある声に、館長が辺りをキョロキョロと見回し始める。
「うてなお嬢様?」
「は・ず・れ♪」
クイズゲームでも楽しんでいるかのような。歌うような調子でのお返事があって、
「うてなちゃんとやらなら、今頃アメリカの留学先で、アメフトのチアガールチームのリーダー張ってるところだよん。」
ふふふんという笑いを含んだ声が応じた、次の瞬間。
――― …っ。(かかっ)
不意に閃いた稲妻のように、唐突に灯されたサーチライトが中庭を照らす。その光は屋上に設置された照明装置から放たれているもので、夏場の園遊会などに、もっと柔らかな光を放射して使っているのだが、
「そんな子へもぴりぴりして見せるとこみると、一応は用心してたんだね。月泉の蒼壷をいただきに参上つかまつるって予告したのを警戒してさ。」
その光が照らし出すは、中庭中央の花壇の真ん中。今日は夕刻からのパーティーということで、さほど庭にまでは手が入らなかったため、常緑の茂みが植わっているだけの素っ気ない空間なのだが、そこに立っているのが…淡い緋色のブランドスーツを、愛らしくも着こなし、小さな手には青磁の花器を無造作に掴んだ、
「うてなお嬢様っ。」
「…だから、違うって。」
飲み込みの悪いおじさんだよなと、その人物はがくりと肩を落とした。
"まあ、誰なのかが判っちゃあ困るけど。"
初見の相手だ。これこれこういう者ですと紹介されたら…きっちりとした身分証やらパスポートやらを持っていて、何よりもこちらから発送した"招待状"を持参した人なのだから、こちらとしてはそれを信じるしかなかろう。一昨日、王都学園の生徒に化けていたルフィと直接の応対をした学芸員のおじさんは、これもまたゾロが巧妙に仕掛けた呼び出しにて、隣町の博物館まで資料を運ぶお仕事にと駆り出されていて不在。
"でもま、逢ったところでバレやしなかったろけどさ。"
ナミさんから念入りにメイク&ヘアブロウをされているせいで、どこから見たってナチュラルメイクのお嬢様。現に…会場内でも、どれほどの殿方たちからダンスのお相手をと申し込まれたことか。(笑)いやいや、そんなことは、この際どうでも良い。
"………ゾロ、ごめんね。段取り、勝手に書き換えて。"
笑顔はそのまま、だが、内心では少々神妙な想いを噛み締めつつ、ルフィは空いていた右手を胸元から体の線の外へと勢いをつけて振った。途端に、袖口から手のひらの中へ短い棒がひゅんと飛び出す。そして、
――― ひゅんっ
夜陰を引き裂くような風の音がして、少女(…いやルフィなんですが/笑)がその手から繰り出した長いワイヤーの先が屋上まで飛んでゆく。鈎でもついていたか、何かに絡まってクンッと引いても取れないのを確かめたそのまま、
「…やっ!」
ワイヤーが自動的に勢いよく巻き取られるのへ引っ張られてか、宙へと躍らせた小さな体が、だが、建物目がけて…とは飛んでゆかず、斜め前からやがては"ゆらん"と揺れて真上へどんどん昇ってゆくから、
「………なっ!」
そんな馬鹿なと、警部陣から館長から、来賓の皆々様までが見上げた上空には、雲の切れ間から覗いた月光に照らし出された大きな大きな気球が見えた。
「黒い気球だと?」
危険極まりないから航空法では禁じられてるフライトですな、はっきり言って。いや、そんな事を論じている場合じゃあない。(笑)ご令嬢の姿をした怪しい子供は見る見る内にもするすると、気球の下に下がったゴンドラへと辿り着く。
「それじゃあね。月泉の蒼壷は確かにもらってくよ。」
良く通る声がして、細身の花器を持ったシルエットが"バイバイ"と手を振っている。アトラクションにしては何とも大掛かりな催しだが、
「こんな大掛かりな仕掛けや道具立てを構えた、時代がかった泥棒というのは初めてですな。」
来賓の一人であった警察関係の上つ方らしき男性がポカンとした顔で呟いてから、
「…君。」
傍らにいた秘書らしき男性へ目配せをして携帯電話で連絡を取らせる。当然"盗難事件"なのだからと、包囲網を張ろうというのだろう。そんな様子を見やった館長は、はっとするとパーティー会場内を見回した。お嬢様が偽物だったということは、あの秘書だと名乗った若い男も偽者だということになる。先乗りした彼は、警備の様子や館内の見取りを把握しておきたいからと、パーティー会場以外のあちこちもザッとながら見て回っている。展示会場や所蔵の美術品収納庫も、自分が同行するのだからと全部の部屋や施設を見せて回ったのだが、
"…まさか。"
焦って見回した場内に、やはりあのずば抜けて背の高かった男の姿はない。
"あれが…あの男が?"
先に下見をしておいたということか? だが、
"月泉の蒼壷を収納した部屋は見せなかったのに…。"
いわくのある品。ついつい警戒心が働いたか、そこまでは案内しなかった筈。だのに,なぜ? 専門家である筈の警備陣の沢山の目を盗み、こんなにも鮮やかに盗み出せたのだろうか。
「館長っ、気をしっかりお持ちなさい。」
呆然としている館長へ、例の腹心が声をかけて来た。
「良いではないですか。いっそのこと盗まれたということにしましょうや。」
「な…っ!」
何てことを言い出すのだと勇み立って言いかけた語勢を遮って、
「そうすれば保険金だって入ります。」
「…っ?!」
鋭く告げられた一言へ、館長ははっとして息を飲む。
「よろしいか? 今、これだけの衆目の中で奪われたとなれば、保険会社だって疑いはしないでしょう。これこそもっけの幸い。あんなもの、持って行ってもらいましょう。」
ある部分で"他人事"だからか、この腹心の方が冷静であったらしい。そんな判断を提案されて、館長さんもようやく落ち着いたらしく、
「…あああ、どうすれば良いんでしょうか。」
わざとらしくもそんな声を立て始めた。
「あれは創始者、旦那様の一番大切にしてらした花器です。それを奪われてしまっただなんて。私は旦那様に会わせる顔がございません。」
おいおいと泣き真似まで交えての絶叫・激高に、マスコミのカメラまで"すわっ、特ダネだっ"と集まる始末。………と、
「そんなに大事なものなのでしたら、取り戻さねばならないでしょうな。」
おっとりとした口調ながら、そんなことを言い出した人がいる。先程、部下へと指示を出していた警察署長さんで、
「お任せ下さい。じきに機動隊のヘリが来ますよ。投光器も増やしましょう。あんな小さな子供の操る気球なぞ、あっと言う間に取り押さえてしまえます。」
にっこり笑ってそうと言ったその途端。
「あ、何か落ちて来たぞ。」
そんな声が中庭から聞こえた。ざわざわと人々が動き出す中、そこは専門家で、警備員たちが素早く駆けつけ"進入禁止"の措置を取る。とはいえ、
「ああ、これは。割れてしまったことでしょうね。残念です。」
署長さんのものだろう、そんな声がして、
「ですがまあ、ここには丁度、特別展示への出品作品について来られた、美術品への保険会社の鑑定士の方々も揃っていらっしゃる。どのような状況かをきっちり調べてもらえますよ。それをその花器の保険を契約した会社へ提出なさい。」
それはそれは頼もしい段取りを説明してもらえて、
「あ……。」
館長さんは何故だか、へなへなとその場に座り込んでしまったのだった。
後日談 〜後始末〜
「なになに、じゃあ今度の依頼は盗んでほしい、じゃなくて
壷を"皆が見てる前で割ってほしい"ってことだったの?」
「そういう事だな。もしくは割らないまでも調べ直してほしいってね。」
「なんで?」
「あの花器は贋作、偽物なんだよ。」
「………え?」
「古い中国の花器の筈だが、実はそうじゃあない。
つい最近、裏の世界の贋作作家に作らせた偽物さ。」
「じゃあ…。」
「何せ新しい土で作られてる代物だからな。
破片を分析すれば本物ではあり得ないとあっさりばれちまう。」
「それって、裏の世界じゃあ有名な話だったの?」
「いいや。作れと依頼したあの館長と作った作家しか知らないことだ。
堂々と常設展示でも公開してたほど、そりゃあ見事な出来だったらしいからな。」
「自分も見たのに分かんなかったのだ、ゾロ。」
「うるせぇな、陶磁器は専門外なんだよ。」
「でもさ、変な依頼だね。そんなことしたって何も得なんてないじゃん。」
「そうでもないさ。あの花器には保険金がかかってた。」
「保険金?」
「盗まれたり壊れたり、不慮の破損を保証しますっていう保険。
だから、割れちまったらその価値に見合うだけの金が動く。」
「…まさか、依頼人って館長さん?」
「馬鹿言えよ。あんだけ真っ青になってたろうが。」
「そだよね。お金が入ることなのに。演技って感じじゃなかったもんね。でもじゃあ…?」
「まあ、気持ちの問題というのか。仇討ち、意趣返しってとこかな。」
「??? …あ、じゃあ依頼して来たのって。」
"実は依頼もされちゃあいないんだがな。"
「そもそもはな、レプリカを作ってほしいって頼まれたんだと。
だのに、いざ作品を見に行けば、それをこそ"本物です"と展示されている。」
「…何でそんなことしてたの? レプリカ展示なんて良くあることじゃん。」
「ああ。だからさ、そいつもおかしいなって思った。
でも、表立っては逢ってもらえない。そいつは裏の世界の人間だったからな。
贋作ものも多少は手掛けていたから、迂闊に騒げばこっちにこそ手が回っちまう。」
「でも、何でなのかは、分かったんでしょう。」
「まあな。館長は本物を故買屋へ売り払ってたんだよ。」
「………え?」
「お前も知ってると思うがな、
世の中には盗品でもほしいっていう、困りもんのコレクターが結構いる。
そういう奴を相手に商売してるのが"故買屋"で、
泥棒の方からもまあ…換金にって利用する訳なんだが。」
「そんなとこへ売り飛ばしてたんだ。」
「ああ。結構な額になっただろうさ。
保険をかけられるほどの価値がある代物なんだからな。
で、あとはばれないように、偽物を"本物でござい"と飾っておきゃあいい。
本来の持ち主は既に他界しているし、
息子さんとか後継者の人たちも投機対象としてしか関心はなかったらしくて、
滅多に確かめにも来ないから、上手くすりゃあ一生ばれない。」
「…人は死んでも陶器は残るもんね。」
「怖いこと言うな、お前。」
ゴンドラまで飛び上がったと見せかけて、実は外回りの高い壁を越えてすぐに手を離し、無人で夜空へと飛ばした気球。やがて機動隊の空艇部隊に捕まった機内には、当然何も乗ってはいなくって。その騒動の顛末を記した新聞には、砕けた"月泉の蒼壷"を犯人が用意した贋作だと言い張る館長の言い分が掲載されている。とはいえ、
「じゃあ本物はどうなったのかって、そうなるよね。」
「まあな。」
どっちにしたって…あれだけの騒ぎを起こし、彼が言うその通りならば"本物"はまんまと盗まれたことになり、館長はその責任を問われることだろう。実はレプリカでございましたと、あのとき正直に言っておけば、買い戻した本物を据え直しも出来たろうに。そんな風に言うゾロへ、
「でも、それも無理だった。」
「まあな。」
何しろ"本物"は今彼らが眺めている。館長が贔屓にしていた故買屋にちょろりと忍び込んで、とうの昔に拝借してあったからだ。
「今回のは"剣豪"のお仕事じゃないんだ。」
「まあな。美術館からは何も盗んじゃいないし。」
う…んと大きく背中を伸ばし、ソファーから立ち上がって、腰高窓の桟へと座所を移動する。明るい陽光を受ける大きな体躯。陽射に輪郭の透けた淡い緑の髪が…今日はだがちょっとだけ妙な撥ね方をしていて。それへとついつい笑うと、大怪盗さんはむむうと不機嫌そうな顔になる。秘書に化けるためにと、窮屈なかつらをかぶっていた彼であり、
『染めればよかったのに。』
『馬鹿言え。』
黒から金だの緑だのならともかくも、淡い色から黒や茶に変えるとそう簡単には戻せない。そんな後始末の悪い変装があるかいと、さっそく叱られたルフィである。
"…ホントはいい人なのにね。"
お友達の便利屋さんの受けた辛い目。その仕返しにと、お金にならない仕事を構えた。そういうの、放っておけばいいのにと言いそうな風を装って、実はきっちり敵討ちしちゃう辺り、十分"お人好し"だよなとルフィは思う。あのアルバイトの男の子が掴み掛かられてるのを見て、ついつい飛び出しちゃったルフィに合わせて、
『屋上からそのまま逃げようとして、
だけどあらあら、警備員と壷の取り合いになって割っちゃった。
捕まったけど護送中の車から脱走して、犯人はついに見つからず…』
ホントだったらこういう脚本だったのに、ルフィだけがゴンドラトリック使ったり、ゾロはゾロで夜陰に紛れて逃げ出したり。その結果、本物は陽の目を見ない結果になったりと、あれこれ計画が大幅に変わってしまったのだ。だというのに、それに関しては叱らなかったやさしいゾロ。
「そうそう。あのな、ゾロ。」
離れて座り直した"師匠"の後を追い、そのお膝へ手をついて…ひょいっと実に自然に乗り上がって来るから。
"…サンジの野郎。この坊主をここまで甘やかしとんのか。"
この年齢で"お膝抱っこ"もなかろうに、何の衒いもなく乗っかって来る辺り。日頃から当たり前にやっとる証拠だよなと…思いつつ振り払わないあんたにも問題はあるような。(笑)
「あのパーティーで来てた服、ナミさんが俺にくれるって。」
「…はあ?」
愛らしかった緋色のツーピース。
「あんな公衆の面前で披露されちゃったからには表では着られないし、実はもう胸とか小さかったしって。だから俺にくれるってvv」
「…喜んでんじゃねぇよ。」
何ともまあ、無邪気もいいが先が思いやられるお弟子さんで。怪盗さんとしましては、
"弟子より、こういう"懐ろ猫"ってだけの存在だったなら良かったんだが。"
小さく小さく苦笑しながら、坊やのやわらかな髪をぽふぽふと撫でてやったのだった。
〜Fine〜 03.1.31.〜2.3.
*カウンター65432hit リクエスト
はなサマ『"月夜に躍る"設定の、その後の二人』
*ゾロはスーツ姿で決めていて、
ルフィも女の子に変装している…とゆことでしたが、
いかがだったでましょうか?
何か"種明かし"は理屈に走っててすみません。
オツムの足りてない筆者なもんですんで。(笑)
*それにつけても…まだリハビリが足りない。
何でこうも長いんだ。
そして、何でこうも二人が一緒に居ないの?
何しか後を引いております。
もうちょっとかかるかもですが、頑張りますね?(うう")
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