月夜見
 
イレギュラー・アクシデント 〜irregular accident C



          



「…ってぇ〜っ。」
 こちらは…たたらを踏んでのオーバーランの終着地点としてグワッと迫って来た木の幹に無骨で大きな両手を叩きつけるようにして、なんとか止まったゾロの方で、
「ルフィっ。」
 その勢いのままガバッと振り返った視野の先、地面に投げ出されていた少年が、
「…くっ。」
 手の自由を封じられているせいばかりでなく、思うように力も出せない身ながらも、何とか立ち上がろうとしているところが見えた。捕らわれた本人だってやることはやるというところ。そんなことより、無事らしいと分かってほっと安堵の吐息が漏れたのも束の間のこと、
「…あっ。」
 何とか起こしかけていたその胴まわりを、上からグイッと抱える手があり、
「残念だったな。」
 そのまま逃げを打つ手合いがあった。先程の一団から離れて、こちらにも別に何人か伏せていたのだろう。しかも、
「ちいぃっ!」
 ここで攫われてなるものかとゾロが追いかけようとしかけたその出頭、
「喰らえっっ!」
 背後から忍び寄っていた別の輩に、堅い棒状の何かで頭をしたたかに殴られた。油断をしていたというよりは不意を突かれたというタイミング。いくら場慣れしてはいても、そうそう万能ではないし、いくら何でも相手の数が多すぎる。さして強そうな輩たちでないことも問題で、気配がある意味で希薄すぎるので、却って察知しにくいというネックがあったりするのだ。(笑…ってる場合じゃないか。う〜ん。)
「…っ!」
 あまりに不意打ちだったせいか、殴られた痛ささえ凌駕するほどの凄まじい衝撃が襲って来て、一体何が起こったのかも咄嗟に判らなくなるほどに、ゾロの意識を大きく揺さぶった。そうでありながらも、

   「てめぇらっっっ!!!」

 腹の底からそのまま足元の地面まで震わせるような凄まじい怒号と共に。これはもう動物的な勘というのか反射というのか、辺りの夜陰ごと切り裂くように素早い回転で振られた剣の切っ先が、冷ややかな月光に濡れた銀の軌跡を妖しく描いて。

  「あ…。」「かひっ。」「…ぐ。」

 棍棒を振るった輩のみならず、たまたま傍らにいた連中まで、あっさり昏倒させているから物凄い。鍛練で培われた様々な勘や感応は、剥き出しになると…野生の本能に近いまで研ぎ澄まされた、それは鋭利な"凶器"にさえなるのだろう。自分の意志で動けたのはそこまでで、
"あ…。"
 自分の目や耳、いや…肌の感覚さえ手の届かないほどの遠くへ吹っ飛んで行ったような気がする。真っ暗な夢の中へぽーんと背中から突き飛ばされたような、勢いよく叩き飛ばされた肌身の外側と意識を包む内側が断線してしまったような感覚。物理的な結果として前のめりに崩れ落ち、反射的に地に突いた膝や腕が何とか倒れ伏す一歩手前で身体を支えてはいたものの、自分が地面に対してどういう方向でいるのかさえ覚束ない。頭を殴られたことで脳震盪を起こしたのかも知れない。
"くっ…。"
 もはやこれまでかと眸がくらんだ。夜陰の中だから尚のこと、暗い視野の中に銀色の細かい点がまるで炭酸水の泡のように次々と沸き起こり、耳の奥から"わぁ〜ん"という撓たわんだ音が染み出してくる。人工的な照明と天然の闇とにまだらにされた視野には赤い紗が降りていて、まるで赤砂の霞がかかったよう。気を抜けばそのままふっと意識が暗転してしまいそうだ。
「ゾロっ!」
 甲高いルフィの悲鳴が遠くに聞こえた。殴られてから今の声まで、実際にかかっている時間はほんの一瞬。まだそんなに離れてはいなかった筈だが、気が遠くなりかけたゾロの耳には遠去かって消えゆくもののように響いたのだろう。
「ま、待て…。」
 本人への約束は"仲間になること"だったが、心の中ではその身をその命を守ることをこそ秘かに誓っていた対象だ。自分たちの冒険航海の中心核であり、彼の夢を叶えることがそのまま、自分たちの目的・野望への大いなる手づるでもある"希望"であり"原動力"なのに。そして…ゾロにとってはそれ以上に。人斬りの幻夢に犯され、人ではない"鬼"になりかけていた自分へ、人へと戻る温みをくれた、失ってはならない"お日様"なのに。
「くっ。」
 豪腕自慢のゾロとしては、頼みにされた以上は意地がある。自慢の石頭には大した傷もなかろうと、無意識のまま見下ろしていた伸び放題のまばらな芝草から視線を上げ、膝を立てて身を起こした途端、
「わっ!」
 目に見えない力によって思い切り地面へと引っ張られそうになった。酔っ払っている時のように平衡感覚が目茶苦茶になっている。こんな時に何だが、強度の乱視であったりすると、突然メガネの片側のレンズが砕けただけでも人間は平衡感覚を失うそうで、ましてや…ゾロは頭を殴られた直後。運動反射としてのオートバランス機構が咄嗟には働いたとしても、まともに立つことすら至難の業であろう筈。とてもではないがそれ以上の何かが出来る状態ではない。気持ちは充分滾たぎり立っているのに、肝心要の自分の身体が侭
ままにならないというのっぴきならない現状に、
"…ち、畜生ーっ"
 何とか顔だけを上げて、ルフィが連れ去られようとしている方向を睨みつける。喰いしばられた歯がぎりっと鳴りそうなくらい、苦渋の表情を見せていたゾロだったが、



    ―――― その時だ。




   
「ゾロぉーーーーっっっ!」





 見据えた方向からとんでもない大声がして、
「ぐあっっ!」
 野太い声と、何やら重い金属音。そして、そちらの方から"たたたた…"という軽やかな駆け足の音がする。
"………。"
 駆けて来た小さな影。よもや、彼らを横合いから襲ったとんでもない野獣の乱入かと、緩みかけていた手に刀の柄を握り直して警戒しかかった意識が、だが、すぐさま嗅ぎ分けられた。気配とかすかな匂い。息遣いに滲む、聞き慣れた声の欠片。
「…お前。」
 誰何の声を遮って、
「大丈夫かっ!」
 すぐにも屈み込むと、地にひれ伏すように這いつく張ってたこちらの肩に手をおいた、その手首。幅広の枷を嵌めた両の手首の内側同士を、窮屈にも引き合わせてあった蝶番が、力任せに捩じ切られているのが見て取れる。片方の手首にはすっかりと残骸もない代わり、鉄の縁でひどく擦ったのだろう。真っ直ぐな線になった傷が、夜目にも見えて痛々しい。だが、本人はそれどころではないらしく、それは心配そうにこちらを覗き込んでくる幼い顔が何とも愛しい。
"…ルフィ。"
 さっきの絶叫。恐らく、ゾロの昏倒というショッキングな場面を目にしたルフィが、頭に血を上らせた結果、日頃以上の火事場の馬鹿力を発揮して…海楼石の戒めも何のそのとぶち切ったらしくて。

  『俺は助けてもらわねぇと生きていけないことに自信があるっ!』

 胸を張ってこんなとんでもない事を言い切り、手を焼かせても"しししっ、すまねぇなvv"と悪びれもせず笑って済ませる。いつだってそれで当たり前な筈の彼だのに、今回ばかりは…手勢の一角になるどころか、自分が彼らのハンデキャップになったのが口惜しくて口惜しくて、頭も腹も狂わんばかりに煮えていたに違いなく。しかもその上の惨劇を目撃したことが、唯一にして最大の、抗
(あらが)えない筈な弱点さえ咬み砕くほどの奇跡を呼んだ。彼にそうまでさせたとはと、想いは嬉しいがちょこっと情けないかもなと、その頬についつい苦笑が浮かぶ剣豪である。
「心配させたかよ。」
 掠れかかった声で何とか不敵そうに問いかければ、額から垂れていた鮮血の一条を手のひらで拭ってくれながら、愛しい人が泣き笑いの顔になる。
「ああ。まったく困った剣士だぜ。」
 にへらと笑い合ったが、
「…あ、ふにゃ…。」
 気が緩んだ途端、海楼石の効力に再び襲われたらしい。まだ片方の手首に残る鋼鉄の枷。さすがにそう簡単には完全解放出来ない作りならしく、がっしりとしたゾロの肩口へと倒れ込む。そんな彼の小さな背中へと腕を回して、ぽんぽんと軽く叩いた剣豪殿は、
「ルフィ、1ミリだって動かねぇでいられるか?」
「あん?」
 自分の額を押さえながら身を起こし、顔を上げたルフィと共に立ち上がる。脳震盪というのはなかなか厄介な代物で、少なくとも小半時ほどはじっとしていなければならないのだが、これも気力の勢いが働いた成果だろうか。目眩いがしなくなったのを確かめて、顔を上げるとニヤリと笑う。そんな剣豪の様子に、
「………おうっ! そんくらい出来るさ。」
 意味が分からなかったのもほんの一瞬のこと。すぐにピンと来て、自分だってふらふらと力が入らない身だのに、にんまり笑って身構える。頭くらいの高さまで、肘から上げた片腕には、月光に鈍く光る鋼鉄の枷。それへと、
「………。」
 腰を落として身構えて、深い呼吸を二度三度。夜陰の中に泳ぐ何かを、耳で肌でまさぐってでもいるような様子でいたゾロが、


   「…っ!」


 かっと眸を見開いて。踏み出した瞬間に、足元で靴底がざりっと軋んだ音を立てる。わずかな一歩。踏み出したと同時に、鋭く尖らせた意識をまんま乗せた剣の切っ先を、宙へと一閃させていて。…気がつけばもう、和道一文字は白い鞘の中へと収められている早業だった。
「あそこだっ!」
「逃がすなっ、1億だぞっ!」
 後背からの声がする。方向音痴な剣豪には、その方向までは分からなかったが、やって来たのは港に近い海側の方向から。数だけは揃えていたらしくて、村人に化けていた雑魚どもが、実行部隊の帰りが遅いと見に来たのだろう。近づきつつあるそんな気配を肌で感じつつ、
「いけるか?」
 ゾロが声をかけた相手は、
「当たり前だ。」
 しししっと笑ってやっと解放された腕を、肩の付け根から大きくぐりんぐりんと回して見せる。足元には見事に両断された鋼鉄の枷の残骸。どんなに得意な妙技であれ、いつでも自在に繰り出せてこそ"ものにした"と言えるもの。この年若き剣豪は、あの至難と謳われた"鋼鉄を斬る"技を会得してほんの数日でものにし、既にさらりと繰り出せるほどの"体得"の域にまで達していたらしい。無理から捩ってしまったために尚の歪みで肌目へぴったり吸い付いていた鉄の枷を、見事な居合いで断ち割ったのだ。
「大した奴はいなさそうだが、人数だけは凄いな。」
 何たって500人、イナ○物置5台分だし。
(笑) 感心しつつも、歯応ごたえがあってくれないと困ると言いたげな剣豪の一言へ、
「贅沢言うな。」
 船長が笑って、その後は。罵声とも怒号とも言えない、大きな喚声の束が二人を包み込む。それへと相対するべく、背中と背中を肩が触れ合うほどに添わせ合い、不敵な顔が二つほど、敵陣の輪へまんべんなく視界を取った。頼もしき半身同士。背を預け、背を任せ、そうして繋がれたコンビネーションに隙があろう筈もない。


   「いくぜっ!」
   「おうっっ!」


 肩越しに声を掛け合った若造二人。一方で、何がなんでも目標を手中に収めねば、大損するだけのみならず、自分たちの方こそが大怪我を負わされた揚げ句に一斉検挙という憂き目に遭いかねないと気がついたらしい、残党たちの一斉攻撃。
「この野郎っ!」
 剣をかざして数人がまとめて飛び掛かって来たものを、
「哈っっ!」
 豪快な刀さばきが一瞬という空間へ真横に幾条もの金糸を張って。次の瞬間には、そのまま、数だけ寸断されている夜陰。

  「ぐあっ!」「がはっ。」「ごはぁっ!」「ぎゃっ!」

 相手は雑魚だ。撫でるだけで充分戦意は喪失するだろから、さして深くは斬りつけちゃあいない。圧倒的なまでの剣圧のみで軽々と弾き飛ばす。
「手前ぇっ!」
 別方向から掴み掛かろうとする腕・腕・腕へは、その腕たちとすれ違わせるように懐ろやおとがい深くへと滑り込んでくる、伸縮自在の素早いパンチの方が先んじる。

  「え?」「な…。」「ふえっ?」「なんだっ。」

 呆気に取られたのも一瞬のこと。腕が何本もあるかのように、しぱぱぱぱ…んと何人もを一気に叩きのめすは、
「ゴムゴムのガトリングっ!」
と来たから、庇われているなんて柄じゃない。海楼石に体力が削られた筈の消耗の影響も見えずで、剣豪も思わずの苦笑を見せた。

   「ったく、助け甲斐のねぇ奴だ。」

 そだね。まま、それでこそ頼もしき船長
(キャプテン)でもあるんだろうけれど。感慨深げな、そして楽しげなゾロの声への相槌は、筆者からのものだけではなくて、
「ホントだぜ。相変わらず、化け物並みの体力だよなぁ。」
 ルフィが落とした麦ワラ帽子を片手に、最初にゾロとルフィとが座っていた丸みのある岩に腰掛けて、いつのまにやらちゃっかり"傍観者"に落ち着いているサンジが呑気な声をかけて来て、
「くぉらっ、エロコックっ! 手伝わねぇかっ!」
「あ? そんくらいお前らだけで十分だろうが。」
 頑張れ〜とお気楽そうに手を振るダークスーツのシェフ殿へ、


   「さぼってんじゃねぇよっ!」×2


 これまた気の合う怒号が飛んだのだった。





 さてここで問題です。

 お米屋さんが来て、注文したお米10キロ袋を2つ、勝手口に置いてゆきました。ハイザーや収納庫は少しばかり離れた台所にありますが、そこまで運ばねばなりません。

 かたや、その土地の祭礼の一種として、六畳間にばら蒔かれた1キロの大豆を塗り箸だけを使ってお椀へ拾い上げねばなりません。


    ………さて、どちらが面倒臭い重労働でしょうか?
(笑)






  〜Fine〜  02.10.8.〜10.12.


  *カウンター49、000hit キリ番リクエスト
    ショウ様『ゾロとルフィ、背中合わせで活劇もの』


  *何だか途中まで
   『阿吽』パートUみたいなノリになってしまいました、すみません。
   話を大きくしすぎましたね。
   何かどうもこのところ、ついつい長い話になる奇病が。
   (短い話を書いたら死んでしまう病ってですかね。笑)

  *でもって、一番苦労したのは敵のレベルです。
   強すぎる彼らですから、
   チンピラどもなんざ"十把ひとからげ"でしょうしね。
   けどでも、それじゃあお話が成立しない。
   だからって、そうそうクロコダイル級の敵がごろごろいても訝しい。
   そこで、今回はこういう相手にしてみましたが、
   既にボロはいっぱいあると思います。
   (対応策の不備とか、
    もっとストレートに突っ込んでも余裕だったんじゃないかとか。)
   頭脳派の女性陣が一緒じゃなかったとか、
   結構きれる双璧もルフィの一大事で頭に血が上ってたからだとか。
   そういうことで解釈していただけるとありがたいです。(へこへこ)


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