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まず彼らが手掛けたことは、相手が頼りにしている明かりを落とさせることだった。
「てぇーいっ!」
「そぉらよっとっ!」
片腕にルフィを抱えていて、三刀流はあいにく使えないゾロであり、右手に構えたは白鞘の"和道一文字"のみ。
『そいつ、預かろうか?』
こちらは足技、手は空いているからと、サンジが声をかけた。…でも、手が塞がっているとバランス取れなくなるのではなかろうか。そうと思った筆者の杞憂とはまた違って、
『いらねぇよ。』
剣豪はあっさり突っ撥ねた。
"言うと思ったぜ。"
ですねぇ。恋人の身、そうそう他の男の手には任せられませんやねぇ。(笑) …それはともかく。こちらから不意を突くほどの素早さでいきなり襲い掛かって、何をしたかと言えば。片っ端から松明(たいまつ)を落とさせ、彼らの傍らに焚かれてあった篝火も蹴り飛ばした。途端に辺りは真っ暗な闇に没して。
「わっ。何だなんだ。」
「誰か火を持ってこいっ!」
「…っ! 痛ってぇ。どこ見てやがるっっ!」
「見えねぇんだよ、馬鹿がっ!」
夜目が利かない相手は突然の暗さに右往左往を始める始末。騒然としているその隙に、まずは…手近な茂みへと飛び込んでこちらの居場所を誤魔化す。幾ら"十把ひとからげ"でも多勢には違いなく、余計な手間は体力の消耗に通じるからかけないに限る。とりあえず、この場からの離脱と港への遁走。それが第一目標。勿論、ルフィを敵の手に落とさずに、だ。
「そろそろ行くか。」
こちらは夜目が相当に利く身。見通しの悪さに浮足立った相手の陣営がばらつき出したのを見計らい、そろそろ腰を上げることにする。
「ルフィ、ちっとだけ我慢しろな?」
両手使いの剣豪が、敢えて腕一本塞いででも守りたい少年は、こうしている間にも体力が削られつつあるのだろうか。どこか“ほややん”とした、焦点の合わない顔でいる。くったりと力なく、萎えた様子のままなルフィであり、声をかけたゾロへ返事を返す余力もなさそうなのが、場合が場合なだけにともすれば痛々しい。
「向こうに合流したら、ウソップかナミに、それ、外させるからよ。」
どんなに特殊な錠前でも、ナミやウソップにかかれば鍵など不要だ。それを小声で言い聞かせる剣豪の、低い声音がなんとも優しいそれだったものだから。この切羽つまっている時に…とか、ナミさんに“させる”だと?…とかいう突っ込みを入れたかったシェフ殿も、ついついその口を噤んでしまったほど。そんな彼らが気配を殺して潜んでいた茂みの傍ら、
「………っ!」
不意に“さぁ…っ”と淡い明かりが近づいてきた。
「哈っ!」
丁度茂みの前を通りすがった、松明運搬途中の手合いの脇腹へ、ゾロは軽いストレートパンチを一発お見舞い。
「ぐあぁっ!」
出した途端に引っ込めるという程度の力加減だったが、相手はあっさり昏倒した様子。結構なスピードで正面を真横に駆け抜けようとしていた対象へ、的確なピンポイント攻撃が繰り出せる腕前はおサスガで、伊達に鍛練を積んではいない彼だということか。
「行くぜっ!」
「おうさっ!」
見やるとサンジの方も闘志満々の構えであり、茂みを鳴らして飛び出したそのまま、二人はさっきの男がやって来た方へと駆け出した。そんな気配を誰ぞが察知したか、
「いたぞっ!」
「こっちだっ!」
声がリレーされ、大きめの龕灯がんどうが幾つか振り回されて、光芒を闇に揺らしている。
【龕灯;guandou】
メガホンのような形の筒の奥に、必ず水平になるよう自在に動く振り子のようなロウソク立てのついた、手持ちの燭台のこと。今時のハンドライト並みのピンポイント照射が出来、走り回っても消えない安定性を誇る優れもので、ランプや燭台より行動性に富み、夜間の捕り物などの現場で重用された。
「何を暢気なっ!」×2
すびばせん。(泣) 余計な解説はともかく、
「………っ!」
月夜だったのがこちらには幸い。相手の居場所がよく判る上に、足場もなんとか見通せて。草原から港の方へ抜ける洞窟のある岩山へ近づけば、そこには山に沿うように始まる林への入り口が、黒々とした口を開いている。梢の茂りが落とす陰がまだらに散りばめられた、雑木林の取っ掛かり。まばらな樹々の狭間を軽快に擦り抜けながら、龕灯目がけてそれぞれに特攻を仕掛ける。
「ぎゃっ!」
「うをっ!」
サンジの蹴りとゾロの手刀とで、あっと言う間に引っ繰り返った輩が二人。放り出された手燭の光が、木立ちの幹を出鱈目に照らして転がってゆく。
「どうしたっ!」
「見つかったのかっ?」
複数の声が近づいて来たのを察して、
「哈っ!」
後ろ回し蹴りが連続して繰り出される。身体を旋回させるようなステップを進めながら、その一歩ごとに踵がぶん回されてくる…というアレで、切れ目のないスピーディなこの攻勢は、一撃必殺の大技に比べると軽くて威力も落ちるが、相手が素人に毛の生えたような輩なせいか、十分に発揮されていて、
「ちっ、舐められたもんだぜ。」
ばったばったと薙ぎ倒した連中の屍?の山を踏み越えて、忌ま忌ましげな決まり文句をこぼすシェフ殿である。破壊力も凄まじいし、体力も充分…とはいえ、相手があまりに小者すぎるのがうざったくて仕方がない。大砲でドカンと来る訳じゃなく、引っ切りなしに針の先で突々かれているようなもの。勿論、油断をすれば何かしらの手痛いしっぺ返しもあるだろうから、そこは大者との一騎打ちと同じくらいに気が抜けない。………と、
「…っ!」
不意に辺りの闇が目映いまでの明るさに切り開かれる。選りにも選って、大型の篝火を据えた照明班のど真ん前だ。相手の方が土地勘という点では少々有利だったようで、相手にも勝手の良いこの場所へと、ちまちまとぶつかりもって巧妙に追い込まれたらしい。小者と侮るなかれという結果の、これも1つだろう。
「いたぞっ!」
「此処から先へは行かせねぇっ!」
何とか前方へと周り込めた数人。それに相対する格好でザッと立ち止まると、身体を斜はすに身構えたゾロが、
「哈っ!」
気合い一喝、鋭い太刀筋を真横に薙ぎ払った。濃密な夜陰を分断したのではないかと思えたほどの一閃だったが、いかんせん、相手とはまだ少しばかり距離が空いていたため、誰にもどこにも掠めもしなかったようで、
「へっ、どこを狙ってやがる。」
空振りしたのだと早合点し、嘲笑しかけた男の頭上から、
「…え?」
辺りの梢をばさばさと鳴らして倒れかかって来たのは、結構育った背の高い桧ひのきである。幹も結構育っていて、
「どわわっっ!」
下敷きになった者が何人か。残った面子へゾロはニヤリと不敵に笑って見せて、
「地主の趣味か防風林か、恐らくは天然カーテンのつもりだろうが、枝振りの良いのが幾つもあるのはこっちにも嬉しい限りだよ。」
余裕綽々に言い放つ。わざわざ言う必要はないことだが、彼が構えているのは日本刀で、チェーンソーではない。アニメや小説の中の、とんでもない達人ででもない限り、大人の胴回りほどもある、しかも"生木"を日本刀の一閃で切り倒すのは不可能なこと………だのに。とっくの昔にあっさり切ってましたよね、この人ったら。今や、石でも鋼鉄でも自在に斬っちゃうほどだから、今更なのでもありましょうが。(笑) ましてや今回は、触れもしない剣圧だけでというから物凄い。
「今度は松でも倒してやろうかね。」
それは痛いぞぉ〜。おいおい)
「…ちっ!」
いくら頭数を揃えたとしても、簡単にその数で割られることはないほどの強かさ。やっとこちらの手強さが肌身に迫って伝わったらしいが、それだからと言ってあっさり引く訳にも行かないらしく。こんだけ居れば圧倒的だろうと構えていた気勢も萎えかけるほどの、それはそれは奥の深い恐怖との板挟み。忌ま忌ましげな表情の険しさを深めつつも、各々が身構え直す気配は健在で、
「そのガキだけは何としても捕まえろ。」
さすがに一番の標的だけは逃がしたくないらしいと見える。仲間の頼もしき腕にくったりと抱えられているだけな様子なのが、尚のこと、すぐにも手中に落ちて来そうで、膨大な金額の懸賞金と、彼を倒すなり捕らえるなりした者だという"功名"への未練が断ち切れないらしい。じり…とミリ単位で足元を迫り出しかけてた一同の中、
「喰らえやっ!」
突然、弾けるように飛び出して来た輩があった。あまりの緊迫状態に耐えかねた自暴自棄かと思ったが、
「血迷ったか、この野郎がっ!」
がしっとサンジが横っ腹に蹴りを決めたその途端。
―――(かかっっ!)
音がして物理的な塊が辺りを叩いたのではなかろうかというほどの閃光が辺りに満ちる。
「うわっっ!」
月光と龕灯や篝火の放つ光程度を頼りにしていた眸に、いきなりのこの光量は暴力的な攻撃でもあって、敵味方を問わず、顔を背けて身を凍らせる。向こう見ずなまでの特攻を仕掛けたその男。ウソップが得意としているような化学的な何か、マグネシウムに点火する特殊なフラッシュでも繰り出したらしくて。そして………それによる、ほんのほんの刹那に空いた"油断"。
「いただきだっっ!」
隙を突かれてルフィが引ったくられた。無論のこと、手を離した訳ではなかったが、この閃光による攻勢という突飛なフェイントに、意識が緩んだほんの一瞬の隙を突かれて。
「………っっ!」
するりと。腕から引き抜かれんとしかかった感触へ"はっ"と我に返った時には、もう遅く。抱え直そうと力を入れ直した手から、まるで…撓やかな毛並みがするりとすべって捕まえにくいそのままの感覚を残して。間一髪の差で小さな温みは奪われてしまった。
「手前ぇっっ!!」
眸でも殺さんというほどの鋭い眼差しで追った憎っくき相手の背中が、滑り込むように"するするっ"となだれ込んで来た新手の連中に覆われる。
「貴様らっっ!」
すかさずという手際で障害物として眼前へと飛び込んで来た新手の連中に、進行方向へと立ち塞がられて取り囲まれたから、これはなかなか鮮やかな段取り。総勢五百人という人海戦術の下、掃いて捨てるほどの人手があればこそ打てた手でもあろう。
「後は任せたぞっっ!」
ルフィを肩の上へと担いだ…恐らくはこの作戦のリーダー格だろう、先程のダルマ男にそのまま逃げを打たれそうになって、
「待てィっっ!」
まだチカチカしている目許を押さえながら、歯咬みをしつつそれを追おうと踏み出しかけたサンジだったが、
「サンジっっ!!」
不意に背後からかけられた凄まじい怒号へと、
「何だっ!」
肩越しに反射的に振り返る。…そういやこの声に直接名指しされたのは初めてだと、そうと気づいたのは随分後の話だったが今はともかく。立ちはだかる敵陣を前にしてそのまま突入しかけていたサンジへ声を掛けたのは、双璧のもう片方、緑髪の剣豪で、
「………っ。」
何をどうと言葉を発した訳ではなかったが、
「…判った。」
その形相を見ただけで彼の思うところを察したらしい。サンジは駆け出しかかっていた足を止めると、軽く足を開いて膝に手を突き、何かへと身構える。そこへと勢いを殺さぬまま突っ込んで来たゾロは、
「っっ!」
遠慮も容赦もなく、こちらへ向けられた背中へと利き足を踏み込んだ。
「ぐ…っ!」
その踏み込みから更なる大跳躍。軽々と前方の中空の高みへ、その身を躍り出させたゾロである。こういうコンビネーションは活劇ものの映画やサーカスの軽業などによくある代物だが、実際にやってみるのは至難の業。単純な走り込みジャンプでも幅はともかく高さを稼ぐのは並大抵の脚力でないと無理な相談。加えて、人の背中は何たって"なまもの"だから(おいおい)かなり安定性が悪く、こういうパターンの場合、せいぜい"2メートルほどの壁に取り付く"程度のことへの踏み台にしかなってはもらえない。人間の背丈を足下に飛び越すなんてのは、相当に難しい筈なんだが…相変わらず信じられんことをする人たちである。
*…ちなみに、東洋の神秘とも呼ばれる忍者の世界では、体術の基本として、
静止状態から @幅跳び 三間(5.4メートル)
@高跳び 九尺(2.7メートル)
@垂直落下 五十尺(15メートル)
これらが、軽々とこなせないといけなかったらしい。オウ、グレイツ。
…閑話休題。(それはともかく)
「くっ。」
宙空へと跳んだは良いが、単に障害物を越えるだけの高さを稼ぐ跳躍では収まらなかったところが凄まじい。顔に叩くように風が当たるほど、かなりの加速がついている。そもそも空を飛べる筈のない人間、慣れない状況に全身のバランスがばらばらになりかけたが、そこは日頃から凄まじい重りつき鉄棒を振っての鍛練を欠かさない体力自慢で、足腰にも自信はある。その上、こちらは自慢していいのかどうか、自業自得から生じた様々な突発事態や、今追っかけている船長さん本人から吹っ飛ばされる事態で慣れている"実践体験山ほど持参"なお兄さんだからおいおい半端じゃない。空中で失速してしまうどころか、
「てめぇーっ!」
宙空で一回転させて身体の体勢を何とかコントロールし、足から突っ込む…というより踏みつけるように目標対象へと到着した。
「ぐわっ!」
地面にめり込みながら滑り込んだ相手の腕の中からぽーんと放り出されたルフィであり、だが、その傍に駆けつけるのにはゾロも体勢が整わない。何せ物凄い急降下をやってのけた訳で、
「のわわっっ。」
そこはやっぱり尋常ではない"直滑降"だった上に、足元不安なものだから、着地と同時に盛大にたたらを踏んでしまって…早い話があらぬ方へとオーバーランしてしまったらしい。おいおい、しっかりしろ〜。(笑) 一方、
「しまったっ!」
「追えっ!」
頭上を越された面々が慌てて振り返ったその鼻先には、
「そうはいかないねぇ。」
いつの間にやら…闇夜に輪郭を溶け込ませたダークスーツの伊達男。サンジが立ち塞がっていたから、
「…え?」
「い、いつの間に?」
ほんの一瞬前まで、今の彼らの背後にあたる方向にいた筈だ。青い月光を受けて濡れ光る金の髪を顔へと垂らしたこの青年の背中から剣士が高々と飛んだのを見たからこそ、ゾロの描いた放物線を真下から辿って方向転換した自分たちだのに。振り返ったらもうこっちに居るなんて…もしかして勢いをつけ過ぎて、振り向いたのではなくグルッと一回転してしまったのだろうか?
"ぼんやりと口を開けてた傍を、とっとと擦り抜けただけなんだけどもな。"
単なる足技コックなだけではない。走りだって速い彼なんだから、お忘れなく。
「お前らの相手はこの俺だ。こっから先には一歩も行かせないから覚悟しな。」
先へと飛び込ませたゾロに任せた殿(しんがり)担当。こういう戦術となる段取りをあの瞬時の目配せで察したサンジであったのも少数精鋭な身内であればこその機転であり、選りにも選って日頃から剣突き合ってるゾロに舵を取られたのはいささか癪ではあったが、その方が効率が良かれと判断したのは自分だ。
"しっかり助けろよ?"
相手が捕らえて駆け去ろうとしかかっていたのは、彼にとっても…守るために何もかもかなぐり捨てて優先する対象な筈だのに、敢えてゾロへとしっかり分担を任せ切ったのは、信頼プラス"その方が理屈に合ってる"と感じた粋な計らい。
「呀やっっ!」
長い手足を俊敏に繰り出し振り伸ばし、対手たちを次々に容赦なく叩き伏せてゆく動きには何の躊躇もなく、先へ進んだ相棒に早く追いつかねばという焦りも、不安や心配も一切ない様子。いやぁ〜良いなぁ、戦う男同士の阿吽の呼吸って♪こらこら
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