お甘いのはお好き?  "蜜月まで何マイル?"より


          



 斑
むらのない正青が、頭上は高く高く突き抜けるかのごとく、四方の裾野は隅々の水平線際にまで行き届いた結構な空が広がっている。その空の四方がふわりと溶け込むように辿り着く海の上。潮風も乾いて心地よく、雲の少ない晴天を爽やかに吹き過ぎてゆく。その中を進むは、愛らしい羊の舳先もお馴染みのキャラベル、我らが"ゴーイングメリー号"だ。しわ一つないくらい、頬を目一杯に膨らませて風を受けている白い主帆には、麦ワラ帽子をかぶったジョリーロジャーが大きく描かれていて。そのトレードマークと同じく赤い帯のついた麦ワラ帽子を頭に乗っけた少年が、舳先の丸ぁるい羊頭にまたがっている。いつもなら…大きな眸や表情豊かな口許に、それはそれは嬉しそうな笑みを楽しげに貼りつけていて、襲い来るだろう波乱や冒険を期待しての、溌剌とした"ワクワク"顔である筈なのだが………。
「…ふ、わわわゎあぁあぁあ〜っと。」
 今日は何だか…退屈そうな欠伸を一つ、天に向かって解き放った彼だった。快適な風に後押しされていて、結構なスピードが出ている船だが、海流にクセがないせいだろう、船体はさほどに上下もせず、安定した航行が続いている。気候や潮流のみならず、ここいらの海域は、海賊さえ現れないほど、至ってのんびりとした…どこが"魔海・グランドライン"なのだろうかと思われるほどに穏やかな海なのだとか。というのが、この海域の風と波は、珍しいことにいつも一定。向きも強さも速さも一定。ログポースが要らないくらいに一定。しかも"凪"がない。おまけに、穏やかながらも実はかなり強い海流なので一旦潮流に乗ると止まりたくとも止まれない。強制的にベルトコンベアに乗っけられたようなもんだと思って下されば分かりやすいかも。
おいおい …なので。何らかの動力を使ったとしても航行中の他船に自力で追いつくのは結構骨だし、用が済んだからと言って逃げを打つのも以下同文。こらこら そんなせいで、ここいらは暗黙のうちに"安全海域"として有名な地域となってしまっているらしいのだ。
『次の島までは1週間てトコかしらね。』
 優秀な航海士がそうと言い、前の島を離れて今日で4日目。急ぐ理由とてない身だからと、手放しで構わない海域なのを良いことに、皆してゆっくり骨休めと洒落込んでいるのだが…そうなると収まらない人物が約一名ほど居たりする。
「…退屈だなぁ。」
 本来はもっと苛酷でスリリングな航路なのだ、ここは。現にこれまでがそうだった。この航路に入って、いやいやその前からも。彼らの航海には、いつだって様々な冒険や騒動、そして戦いが満ち満ちていた。落ち着きのない船長がある意味"トラブルメーカー"だというせいもあったが、それでなくたって…海という場所は、油断は禁物、ドキドキワクワクどころでは収まらないほどの苦難や試練が、自然環境的にも人為的にも山ほど待ち受けている場所な筈なのだから。そして、一旦"事件(コト)"が起これば。一気呵成、急な坂を転がり落ちているかのような勢いとスピードで、事態や状況に揉みくちゃにされ、もしくはすったもんだの追いつ追われつを展開し。場合によっては生死を分かつほどの凄絶な死闘にも遭遇し。そしてそして、それが自主的に参加したものでも巻き込まれたものでも区別なく、終わった時には…たいそう気持ちのいい、すかっとした解決へと運んでいる、そりゃあもう大変で大胆素敵な海賊団であるのだが。(冗談抜きに"静観"という言葉と縁遠くなってどれほどになるのだろうか、彼らって。/笑)そんな彼らでさえ、この海路に入って何日目になるんだろうか?とボケたことを思うほど、すっかり骨抜きになっている、たいそう安穏なこの数日なのである。
「う〜〜〜。」
 そして、そういう環境下であることがちょいと不満なのが………問題の船長殿。何もわざわざ身を削るような苦労をしたい訳ではないのだが、
「こうも退屈だと、それだけで疲れちまう。」
 ………だそうである。
(笑) ひょいっと小さな肩越しに背後の上甲板を振り返れば、そこにはいつものように三刀流の剣豪殿が、上背のある体と長い手足を文字通り"大の字"に広げて"くーかくーか"と午睡中。悪魔の実の能力者でもあるカナヅチ船長が万が一にも海へ落ちないよう見守るのがお役目な彼だが、本人だって一応は気をつけている昼日中。そうそうしょっちゅう手を煩わせることもなくなって来た昨今では、大抵こんな調子である。
"………。"
 先程も述べたが、何も混乱や争いや諍
いさかいを好む訳ではないし、そんなものは求めてもいない。ただ、騒動や冒険がどうしても大好きな"行動派"の船長さんとしては、この数日間の安穏と静寂は…ともすれば精神修養の"座禅"にも似た窮屈さが伴われて、どうにも落ち着けない。海軍の臨検でも嵐でも良いから、何かしら起きないかいなと思うほどだから、やれやれ、罰当たりなことを言う若いもんであることよ。こらこら 余程のこと、活力が余っているのだろうね。………と。
「…あれ?」
 船室や主甲板の方向を振り返っていたルフィの視界の中に、波や帆のはためき以外の"動くもの"が、この午後には初めて登場した。後甲板からひょこりひょこりとスキップを踏みながらやって来たその人影の楽しそうな様子に、
「♪」
 誘われるよに身を起こし、みょ〜んと伸ばしたゴムゴムの腕。メインマストの見張り台下、主帆を張り渡した帆桁へとその手を伸ばすと、そこを支点にブランコのように宙を飛んで、ほんの一瞬でキッチン前のデッキへ到着。…便利だよなぁ、うんうん。
「チョ〜ッパー♪」
「どひゃあぁ〜っ。」
 形としてはいきなり現れたものだから、ちょいと小心なところのあるトナカイドクターのチョッパーは、言葉通り"跳ね上がる"ようにして驚いて見せた。
「るふぃい〜っ。ビックリするだろうが!」
「しししっ、悪い悪いvv」
 板張りのデッキに"とてんっ"と尻餅をついた格好のままにての抗議に対し、言葉ほど"悪い"とは思っていなさそうな全開の笑顔で応じた船長さんは、
「なあなあ、どしたんだ? チョッパー。何かあるんか?」
 それは楽しそうなお顔をしていた彼だったのへ、何かしらの"イベントの匂い"を嗅ぎ取ったルフィであり、俺も混ぜてくれようと言いたげなのがありありと。屈み込んで脇に手をかけ、ひょいっと抱え起こしてくれたルフィへ、
「何かって…。」
 ぬいぐるみのように愛らしくも小さな船医殿は…打って変わって、それはそれは嬉しそうに"にっぱーっ"と笑って見せる。
「お手伝いするんだ、サンジの。」
「お手伝い?」
「おうっvv」
 そういえば、この小さな船医殿。可憐なお菓子や華麗な料理をそれは見事に作ってしまうこの船の専属シェフ殿の器用さに、素直に尊敬の念を寄せているらしく、そしてシェフ殿の側はといえば、女性以外は人とは思ってないと言わんばかりの差別をする割に、小さい者幼い者へは、なかなか当たりが温かいというのか、やさしくて面倒見が良い。本当なら一人できっちり切り盛り出来ることなれど、つぶらな瞳でワクワクと見つめられるとついつい構ってしまいたくなるらしく、おやつ作りやパーティー料理の下ごしらえなんぞには、このチョッパーの小さな手を借りているところをよく見かける。そのチョッパーが、
「ルフィもやんないか? 面白いぞ?」
 お誘いの言葉をかけたところが、
「う〜んと…。」
 突然目の前に飛び出して来たほどの大胆不敵な彼には珍しく、ちょろっと躊躇の気配。結構"好き嫌い"がはっきりしていて、苦手なものは苦手だと何故だか大威張りで胸張って言ってのける彼にはおよそ"らしくない"様子なので、
「???」
 ひょこんと小首を傾げるチョッパーだったが、
「こいつにゃあ珍しく、ま〜だ覚えてやがるからだよ、色々と。」
 ルフィ本人に代わって答えてくれたのは…今日は腰に大きな一枚布を巻くタイプの黒地のカフェエプロン姿をしていた、キッチンの主
あるじ・サンジ本人。ドアは開け放たれていたので、その真ん前での二人の会話は筒抜けも同じ。聞くともなく耳に入って来ていたやりとりの成り行きに、彼の側で心当たりがあって口を挟んで来たというところだろう。薄くて形の良い唇の端に、いつもの紙巻き煙草を火は点けずに挟んだまま、
「俺が加わったばかりくらいのずっと前…にはな、調理中にちょろちょろと出入りしてたんだ、こいつもよ。けど、その度に何かと邪魔はするわ、つまみ食いはするわ…だったもんだから、いちいち蹴り出してやってたら、さすがに1週間で学習したらしくてな。」
 さして悪びれることもなく、けろんと言うサンジだが、
「サンジが蹴ったのか?」
 あの、凄まじい蹴りでか? と、途端に眸を真ん丸く見開くチョッパーだ。そうだよねぇ。見栄えこそすらりと細身で役者のような嫋
たおやかささえたたえた風情のある彼だが、その脚から繰り出される"蹴り"は、それを裏切って…半端なキック力じゃあないもの。そっちを心配した船医殿へ、
「言っとくが、こいつは叩かれたり蹴られたりはあんまり堪えねぇから、蹴ったことへ怖じけづいた訳じゃねぇよ。」
 やわらかく眸を細めてサンジが苦笑し、ルフィ本人も"うんうん"と頷いている。
「手ぇ焼かすとその分、おやつや晩飯が出来上がる時間が遅くへズレ込むんだな。そんなの詰まんねぇじゃん。」
「…ふぅ〜ん。」
 それを"学習"した訳やね。
(笑)それを思い出して躊躇したらしい船長殿へ、
「どうだ? 邪魔しねぇなら手伝っても良いぜ?」
 サンジもにんまり笑ってお誘いの言葉。彼とても、この数日ほどの安穏の中、船長殿が退屈の虫に取り憑かれてうんざりしていたのは感じていたらしい。
「うっと。」
 それでも何だか後込みまじりに逡巡の気配を見せる船長さんへ、
「やろうよ、ルフィ。楽しいぞ?」
「ちなみに今日のデザートは、シフォンケーキとぷちシューだぞ?」
 二人掛かりでのお誘いとあって、
「…うん。俺も混ざるぞっ。」
 先程のチョッパーに負けないくらい、にぱーっと笑って応じたルフィだった。





          



「………う。」
 風の匂い、いや、気配というやつだろうか。それが微妙に変わって、深い午睡から浮かび上がる切っ掛けになる。この船は帆船なのだから推進力として受ける風の向きは後方から…というのが基本だが、そうそう都合の良い風ばかりが吹いてくれる筈はなく。横からの風へ帆の角度を変えたり予備の三角帆や舵にて複合技を仕掛けたり(何やそれ/笑)することで対応することも当たり前の段取り。ただ、今の彼らが乗っかっている海路は、何もしなくとも次の島へと運んでくれるありがたい代物なので、帆の調整とか舵の見張りだとかの必要もなく、いつだって意識のどこかで隙なく緊張しているこの剣豪殿でさえ、自身が我に返って驚くほどに伸び伸びと羽根伸ばしをしている始末だ。
「…ルフィ?」
 変だなと感知したのは、そこに有る筈のものがなかったからで、舳先の上はおろか、身を起こしつつ見回した上甲板のどこにも姿がない。よもや…自分が寝ていた隙に海に落ちたのでは?と、一瞬ギクリとしたものの、それならこうまでぐうぐう寝続けている自分である筈は無いしと。何だか妙な納得を持って来る人である。…それも一種の自信なのだろうか? …と、そこへ、
「………でさ、そりゃあないだろって事になってさ。」
「そりゃあ、お前らが勝手に想像してのことだろうが。」
 複数人数の話し声がして、主甲板から上がってくる何人かの気配。板張りをとたとたと鳴らして、濃い緋色の山高帽子と少し古ぼけた麦ワラ帽子の天辺が同時に見えた。ということは。チョッパーを先頭に、下の主甲板から上がって来たルフィたちであり、最後に大きめのトレイを掲げて上がって来たのは、上着は着つけていないシャツ姿のシェフ殿である。
"ああ、そっか。"
 昼下がりのおやつタイム。もうそんな時間だったのだなと、納得がいった。この退屈な航路に一番欲求不満であらせられるらしき船長殿が、そんな日々の唯一の楽しみにしているのが食事やおやつなのだから…ある意味では世話のない人である。実際の話、愚図られたり癇癪起こされるよか、よっぽど良いもんねぇ。
「あ、起きてた。」
 4人分の茶器とおやつとを運んで来た3人は、身を起こして座った姿勢でいるゾロに気づいて、その傍らへと自然に集まる格好となる。少し汗ばむ陽気なので、と、飲みものは大きなクリスタルのピッチャーに氷と一緒にたたえられた琥珀色のアイスティ。そして、実は2段重ねだったんですよの大きなトレイの、上にはころころとした一口サイズの小さなシュークリームたちが盛られた大皿、下にはしっとりと木目の細かい、柔らかそうなシフォンケーキがまるまる1ホール乗っかっていて。
「さあて、おやつといきますか。」
 手慣れた様子でケーキナイフを操るサンジの傍らで、チョッパーがグラスを並べ、ルフィが取り皿を並べている。実はルフィに並ぶくらいに慌て者なところもあるチョッパーだが、事がサンジのお手伝いとなると、まるで薬品の調合と同じくらいに慎重で丁寧な様子となるから不思議なもの。トングでピッチャーから手頃な大きさの氷を摘まんでは、数個ほどずつグラスへと移し入れ、それが済むと今度はアイスティをつぎ分けようとしてか、自分と同じ程もある大きなピッチャーを抱えようとするのだが、
「ああ、チョッパー。それは俺がやる。」
 さすがに見かねてサンジがそんな声を掛ける。
「え〜、大丈夫だぞ?」
「嘘をつけよ。どんだけ慎重にかかってたことか。余裕があったなら、お前、大型バージョンにあっさり変身しとるところだろうが。」
「あ…そか。」
 省略があって分かりにくいかもしれないやり取りなので、老婆心ながらご説明するならば。この小さなトナカイドクター殿は、船長さんと同じく"悪魔の実の能力者"だ。ヒトヒトの実を食べたことで、人型にもなれるし人の言葉も分かるという身の上となったトナカイさんだ。獣型(ゾーンタイプ)の能力者の特徴は、能力を発揮しやすい姿への変身で、彼の場合、平生の小型トナカイ(獣人)タイプと、ノーマルなトナカイタイプ、そして大柄なお兄さん体型への変身が(あと、彼が開発したランブルボールによって、更に4つのタイプへの変身も)可能であり、こんな場合の"力仕事"にはどう考えたって大柄なお兄さんに変化した方が楽には違いない。だというのに、小さいままで踏ん張ろうとしていた辺り、いかに緊張していて、しかもいかにうっかりしていたかが知れると、まあそういうやり取りをした彼らであった訳で。そんなほのぼのとしたやり取りを眺めていたゾロの視界へ、
「ほいっ!」
 いきなり、横合いから突き出されたのが、ケーキの乗った皿だった。
「あわわっ!」
 そのまま顔を直撃するかという勢いと距離だったため、この剣豪殿が思わずの反射でのけ反って避けたほど。突き出した張本人は、
「ルフィ〜〜〜。」
である。(こらこらズボラな。)…じゃなくて。何すんだとばかりに軽く睨まれてもてんで動じず、
「今日のは旨いから食えよ?」
 日頃は言わないことを言う。ゾロが要らないと言えば、それはそのままルフィの取り分になるのに。そして、いつだって"ラッキーvv"とばかり、それを喜んでる彼だったのに。何で今日に限ってと、思いながら視野に入ったコックの顔の、どこか何か企んでいるかのような"したり顔"にむっとした。こいつは何かを知っている。少なくとも、ルフィがいつにないことを言う理由を。自分は知らない、だが、こいつは知っていること。そんなちょっとした"裏書き"に何故だか苛っとしたその弾み、

「要らねぇよ。」
「何でだよ。」
「要らねぇって。」
「あんま甘くねぇって。」
「お前には甘くなくてもな、俺には十分甘いんだよ。」

 いつも言ってることだ。取り立てて"今日に限った"言いようではなかった。むしろルフィが勧める態度の方が"今日に限って"妙なのだからして。さして感情も乗せない、それこそいつも通りの顔でいると、
「ゾロ、今日のは…。」
 何故だかチョッパーが執り成すように何か言いかけ、だが、


   「………もういいっ。」


 それへと覆いかぶさるような、少しばかりきつい言いようで、ルフィが言い放って…勢いよく立ち上がり、くるりと背を向け、すたすた…と上甲板から降りて行く。

   「???」

 何がなんだか判らずに、キョトンとしていたゾロの肩口に、次の刹那、いきなりチョッパーの桜の形をした蹄がしがみついた。

「ゾロの馬鹿っ! そのケーキはルフィが作ったんだぞ!」
「…………え?」

 そんなこと、急に言われても。それに…これって、日頃のそれと判別がつかないほど、かなり上級の出来じゃないのかと、声も出せないくらい驚いている剣豪が言いたいことが判ったらしい。
「ああそうだ。焼いたり、途中々々の工程を確かめたのは俺だがな、砂糖や蜂蜜の分量を調節したり、粉を混ぜたり、殆どの作業をあいつがやった。」
 そうと口を挟んだサンジの方はさして激さぬ無表情。とはいえ、
「お前でも食べられるようにってな、甘さを抑えて、バニラエッセンスの代わりに酒を入れてって、そりゃあ苦心惨憺しとったんだ。酒なんて匂いだけでくらくらするあいつがだぜ? それを、一口も食べねぇ、見向きもしねぇなんてされたら、そりゃあ堪
こたえるわなぁ。」
 さりげなく、ぐっさりと来る言い回しをする。
「う………。」
 そもそもは自分が勝手に嫉妬心を抱いたせいだ。がっちりと雄々しく逞しく、朴念仁な自分とは全てにおいてタイプが違い、薄刃で鋭い"カミソリタイプ"の小粋なこのシェフ殿が、何かにつけルフィにちょっかいを出すのが内心で面白くない。同じ船のクルーであり、数々の死線を共に乗り越えた"仲間"であり、特殊技能である料理のそれと同じほど…海賊には不可欠な喧嘩の腕前の物凄さというのも、この船のクルーたちに共通する"正道主義で何が悪いか"という…ある意味で不器用ながらも天晴な心意気も認めているのだが、それらとは別な次元で。時に軽々しく、時に思わせ振りも濃く、ルフィに手足?を出すのがいちいち癇に障る。どうしようもない"女好き"なくせにと思えば、自分への性質
たちの悪い揶揄のつもりだろうとの納得も持って来られる筈が、ルフィの屈託のない無邪気な笑顔へ…女性へだってそうは向けない、蕩けるような優しい笑みなぞそそいでいるところなんぞを幾度も見て知っている以上、油断は禁物と、常にぴりぴりさせられて久しい相手なのである。
"………。"
 もともと剣技熟練の他には慾も執着もなかった筈の自分が唯一、そのプライドと天秤にかけて迷うほど、生命を賭しても惜しくはないと秘やかに思い詰めているほど大切にしている船長さんなだけに。誰かにそうそう簡単に譲れるものではないし、一応は、その…何だ。公認…というのか、向こうからもまた少なからぬ想いの丈でもって好かれているのだという、所謂"両想い"でもある愛しい対象。(途中、剣豪本人の照れが伝染し、お読みづらい箇所が出ましたことを、おわび致します。/笑)それであっても落ち着けないほど、それだけ"半端な奴ではない"という認識の下、ピリピリしていた警戒反応がついついよじれて出てしまった訳だから、これはもう"邪推した私が悪うございました"以外の何物でもない。
「ゾロ?」
 意を決したと、見るから判る勢いで立ち上がった剣豪殿に、チョッパーがつい反射的なこととしてビクッと身を震わせたが、
「謝ってくるさ。」
 憮然とした顔付きながら、そんな殊勝なことをわざわざ言い置く彼なところへは、シェフ殿が顔も上げぬまま、ニヤリと…くすぐったそうに笑って見せた。





          



 こんな狭い船でも人一人が紛れ込むことの出来る隠れ場所は結構あって。あちこちを見て回り、最終的に登ったのがメインマスト上の見張り台。縄ばしごを伝う"きしぎし"という音は聞こえていただろうに、ルフィはどこかぼんやりとしたまま、中空のテラスの真ん中に突き出たマストの先に凭れて座り込んでいた。ひょいっと、腰までの高さがある縁を乗り越えて中へと踏み込んだそのタイミング、

   「俺だって、無理に辛い酒を勧められても困るもんな。」

 そんな風に呟いたところからして、誰がやって来たのかも気づいてはいたらしい。
「ルフィ。」
 ゾロからの呼びかけにも顔は上げぬまま、まるで独り言みたいに呟き続ける彼で、
「サンジやチョッパーはさ、何か作ったり救ったり、人へ優しくて温ったかい、どっか"せーさん的"な仕事をしてるだろ?」
 それって"生産的"のことかね、船長?
「それをまんま羨ましいと思った訳じゃあないけどさ、誰かと一緒に何かするって楽しいんだよってのが凄げぇ伝わって来てさ。」
 お手伝いの最中、手際やら何やらに絶妙な息の合いようを見せる彼らであって、
『これで良いの?』
 泡立て器で掻き回していたボウルの中身を見せながら"も少し混ぜた方がいい?"というのを省略して訊くチョッパーへ、
『そうさな、こないだのチーズケーキん時と違って、メレンゲが命だからな。あと少しだけ頑張ってみてくれや。』
『おうっvv』
 慣れもあってのことだろうが、殊更に息が合ってた二人の様子が、ちょこっとだけ羨ましくて。そいで…頑張ってケーキを作ってはみたものの、
「ゾロが甘いものは苦手だって、知ってたのにな。もしかして、俺が作ったのなら食ってみてくれるかなって。」
 その場の状況を知らないゾロには判りようがないことなのに。ちょこっと。そう、勝手に夢見た、先走ってしまった自分が悪いんだよなと、小さく苦笑する。拗ねたような、だが、たいそう寂しそうな横顔を、すぐ間近から眺めていた剣豪殿は、
「あのな、ルフィ。」
 こちらもたいそう静かな声を、小さな船長さんへと掛けていた。
「んん?」
 応じの声を出し、少ぉしだけこちらへと向きかかった…が、まだ視線は合わせないでいるルフィへ、
「誰が作ったのかってのは、言われないと判らんぞ。」
「だって、俺はサンジみたく上手くねぇもんよ。」
「焼いたのも形を取ったのもサンジだっていうじゃねぇか。売り物みたいにこんな綺麗なの、見た目だけで判れって方が無理な話だっての。」
 そうと言ったゾロが差し出したのは、さっき持って行ったケーキだ。けど………あれ?
「…どこに持ってた?」
「腹巻きん中だ。」
 ………ほほお? これには、まだ少々拗ねていて視線を合わせなかったルフィも、それどころではなくなった模様。
「何で崩れてねぇんだ?」
 そうだよねぇ。
(笑)筆者と同様、ルフィも怪訝に思ったのは、その、扇形に切り分けられたシフォンケーキ。結構な大きさであるにも関わらず、切り口の角もきっちり立ってたから。そんな小さなものじゃあなし、第一、単なるスポンジケーキ以上にふんわり柔らかい代物なのに。腹にぴったりフィットしている腹巻きの折り返しの中に挟まってて…何で無事なんだろうか。
「コツがあんだよ。」
 ふぅ〜ん。…じゃなくって。
(笑)
「良いか? 食うぞ?」
「あ、えと…。」
 そんなこと、わざわざ宣言されてもなと思うんだが。ルフィも、何と応じれば良いのやらと肩を縮めていたが、大きく口を開けてぱっくりと食いついたゾロには、
「………。」
 なんでだろうか、ついつい見とれた。目の前に食べ物があって、しかも大好物のシフォンケーキで。それへと…特に制されてもいないのに自分は手をつけず、誰かが食べてるところをじっと見ていただけというのは、しかもそれが何だか"嬉しい"と思ったのは、もしかすると初めての体験かもしれない。ほんの二、三口で口に収まってから、大して歯ごたえがあるものでもなし、あっと言う間に咀嚼も済んで飲み込んで、

   「ごちそうさん。旨かった。」

    ――― あ。

 どこかで見たことのある情景だなと。思った途端に思い出す。この男と初めて出逢ったあの処刑場。数日間も飲まず食わずで野ざらしになっていた彼へ、初めて作ったというおむすびをこっそり持って来た少女がいて。海軍大佐の馬鹿息子に踏みにじられて泥まみれになったそれを、だが、しっかり全部食べたゾロ。今から思えば、その見事な食べっぷりと、みっともなくたって構わないからと小さなリカちゃんの誠意をきっちり受け止めた男っぷりとに、ロロノア=ゾロという初対面の"海賊狩り"への好意を持ったルフィではなかったか。
「えと…。」
 何と言えば良いやら…と戸惑っているルフィへ、指先に残った蜜のべたべたをペロッと舐めて見せた彼は、
「お前が作ったもんなら、甘かろうが不味かろうが食うさ。」
「それって褒めてねぇ。」
 途端に"むしろ失礼だぞ"と上目使いになって言うと、剣豪はくくっと笑う。そして、

   「悪かった。」

 そんなもんで許してやるかと、尚のこと"むむう"と膨れる船長さんだが、この"悪かった"は今のややこしい言いようへのものではないらしい。
「てっきり、いつもと同じでコックが作ったもんだと思ったからな。」
 しかもそれを勧める、つまりは褒めるルフィだと誤解したもんだから、あのような大人げない態度になってしまったのだが、そこまで暴露することはなかろうと黙っていると、
「サンジが作ったもんでも、食べもんには違いねぇじゃん。」
 味が気に入らんからと"食わず嫌い"なんて贅沢なことを続けていたら、そのうち罰が当たるんだぞと、船長殿は相変わらずに真剣な顔で言う。この船長が説教をするというのもなかなか珍しいこと。こりゃあ…揺るぎなき穏やかな海路とやらにも明日は豪雨が降り注ぐかもなと、そんなジョークを後から思いついた剣豪だったが、それはともかく。
「お前に言わせりゃ、俺の甘いもん嫌いは間違いなく"好き嫌い"の一種なんだよな?」
 ゾロは口許に小さな笑みを見せて、そんなことを言い出した。…そういや、以前にそんな事、言ってましたね。(『
小春日和』参照ってか?)
「だったら治した方がいいのかも知れん。ただな、そうなると、お前に譲ってた分も惜しくなって自分で食べるようになるかも知れん。そうなったら、お前の取り分、確実に減るぞ?」
「う………。」
 今日の分はルフィがゾロへと作ったものだから、食べてほしかった、美味しいって言ってほしかった代物だけれど、


   「………………それはちょっと………嫌かも。」


 ぽそっと答えた小さな船長さんは、俯いたままでも…傍らでどこかニヤニヤと笑っている剣豪さんだと、頬への視線で察知出来ていて。
「っ、なんだよう。自分が悪かったくせに、意地悪なこと言うなよなっ。」
「ああ、そうだ。判ったって。そんな…叩くな。…ほら、ルフィ。」




 世界一苛酷で、世界一殺伐とした魔海? そりゃ一体どこのお話? とばかり、
 今日も今日とて、余裕のGM号であるようだ。




  「ぬあにが"甘いもんは苦手"だよな。」
  「???」
  「自分たちのムードこそ、歯が浮きそうなくらい甘いじゃねぇか。」
  「え? サンジ、歯が弱いのか? お魚もちゃんと食べてるのにか?」
  「…いや、そうじゃなくて。」
(笑)





   〜Fine〜  02.9.1.〜9.3.


   *カウンター30000hit リクエスト
      DORA様『"蜜月"設定で、拗ねるルフィ』


   *ところでウチのゾロは"甘いものが苦手"となっておりますが、
    実際の話、どうなんでしょうかね?
    大酒呑みでありながら、ケーキや大福も好きだという大食漢もいますしね。
    (でも、実はこういう人が一番肝臓を傷めるそうですが…。)
    まだ一応は"十代"なのだから、
    お腹を満たすということへも積極的だろうにと思うのですがね。
    (体育会系の高校生・大学生の食欲は男女を問わず半端じゃないぞ〜〜〜。)

   *ちなみにウチのゾロさん、どうしても食べられないものが一つだけ。
    さて、それは次の中の一体どれでしょう?

     @こんにゃく
     A納豆
     Bキムチ
     Cちくわ(おいおい)
     D………内緒vv(こらこら)


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