小春日和 〜仔犬の日常こまごま
    
 『蜜月まで何マイル?・番外編』

*このお話は、上記シリーズの設定を踏んでおりますため、
 初めてお読みになられる方は、
 ご面倒ではございましょうが、
 『
ハッピー・ハニー・カウントダウン』の
 冒頭の注意書きを読んでからお読み下さいませ。
  (プラウザで帰って来てね?)



朝<<

 ………。

目が覚めた。でも真っ暗い。
ここは船倉で、窓がないから仕方がない。

ぬくぬくの寝床は気持ちいい。
毛布の中は温ったかいし、
頬をくっつけてる頼もしい胸はいい匂いがするし、
耳を澄ますとゾロの寝息が聞こえてくるし。

でも、ゾロは放っておくといつまでだって寝てるから、
オレがちゃんと起こさなきゃいけないんだ。
朝から何かと忙しいんだから、いつまでも寝かしてちゃ示しがつかない。
何たってオレは船長なんだしな。

起き上がって手探りでサイドテーブルをまさぐって、
ランプを掴まえると次はマッチ…あ、あ、落とした。あ〜あ…。
ま、いっか。箱と一本だけあれば。
えっと、確か火屋
ほやをどけてから芯に火を点けるんだったよな。
あんまりやったことないから、思い出しながらごそごそとやってると、
「…こら。」
後ろから声がして、声がしたと思ったらもう、
「あやや。」
長くてゴツい腕が伸びてきて、
背中からくるみ込まれるように抱っこされてる。
ズボンだけはいてて、裸の胸が背中にくっついて、
温ったかいのは良いんだけれど。
含み笑いをしながら、
「朝っぱらから火遊びか?」
「違うって。」
判ってて言うんだ、いっつも。
それって“オヤジ”みたいだぞ。
あはは そいから、
「貸してみ。」
マッチをそっと取り上げて手際よく火を灯してくれる。
ゾロの大きな手と手の間で、ぽうっと開いた光の花に、

「………。」

つい、見とれてると。
「…ん、ゃ…、こらぁ。」
ぴったりくっついてた背中から、
首の後ろとか髪の中とかにわざと息をかけて来る。
くすぐったくて身じろぎすると、耳とか“ぱくっ”て甘咬みされる。
「んん、腹減ったんなら上に行こうよ。」
「俺が食いたいもんは此処にあるからいい。」
響きのいい声で言ったが途端、すくい上げるように“ひょーい”って軽々されて、
あっと言う間にベッドの真ん中に引き戻された。
「やぁだって。」
本気じゃないって判ってるけど、組み敷かれるとやっぱりドキドキする。
バンザイするみたいに肘から腕を上げさせられて、
両方の手首を、片手で楽々、頭の上で押さえつけながら覆いかぶさって来て。
"さぁあ、どっから食ってやろうかな"って顔になってクスクス笑う。

  …………………………………………………。

もおぉ。なんで毎朝、ただ起き上がるのに三十分も掛かるかな。
オレの方が早く起きてたのに、
ちゃっちゃと先にベッドから降りちゃうし…って。

“あれ?”

端に腰掛けてワークブーツ履いてる大っきな背中に、
小っちゃな傷が、ひいふうみ…。
ペンで描いたみたいな、糸みたいに細くて短い傷が見えた。
痛そうじゃないけど、結構あるぞ。
背骨のすじを挟んで、かいがら骨んトコに、右と左と同じくらいずつ…かな?
でも、こんなの、昨夜風呂入るまでは無かったぞ?
その背中へ、最初ゾロがしてたみたいに
"ぱふん"と引っつくみたいに寄っ掛かって、
ピアスのある方の耳へ、
「ゾロ、ここ、どしたんだ?」
訊きながら指先で撫ぞると、
いつもは平気なのにくすぐったそうに肩を縮めて、

「誰かさんの爪が引っ掻いたんだよ。」

可笑しそうに言うから、

 …あ///。

「伸びてるみたいだな。あとで摘んでやるよ。」
「…うん。ごめんな。」

   ―― お後がよろしいようで。

  



昼<<

「ゾロって結構“好き嫌い”多いよな。子供みてぇ。」

「…? そうか?」

「だってよ、ケーキ苦手だろ?
 プリンやゼリーもあんまり好きじゃねぇだろ?
 マシュマロが嫌いで、ココアも飲めないし、鯛焼きも一個が限度だし、
 パフェなんて見ただけで胸焼けしてるし、
 第一、蜂蜜が嫌いだなんて信じらんねぇし。」

「…それって“好き嫌い”なのか?」

「んん? 違うのか?」

「それを言うならお前だって、
 ワインもビールもウィスキーもバーボンも、
 ウォッカもテキーラもアブサンもメスカルも飲めねぇじゃねぇか。」

「それ全部“酒”じゃんか。食いもんじゃねぇし、良いんだよ〜だ。」

「カラシもタバスコもダメだし。」

「カラシもタバスコも“チョーミリョー”じゃんか。」

「そうそう確かハッカも苦手だよな。他の味の飴は食えるクセによ。
 エスプレッソもダメだったよな。
 辛いもんや苦いもんが食えねぇとは、間違いなく“お子様”だよなぁ。」

「うう…。なあ、サンジ。ゾロの方が絶対“好き嫌い”多いよな?」
  

  「…やってろ。」


                                  〜おやつタイムの上甲板にて
**



晩<<

 夕食後のキッチンで、ルフィがテーブルについたままウソップやサンジと馬鹿話に興じていると、
「ルフィ、爪はもう大丈夫なのか?」
 不意に訊いて来たのはチョッパーだ。いつもの直立トナカイの格好のままなので、丸椅子に座っているルフィよりまだ小さくて。ついついいつものクセで膝に抱えてやろうと伸ばした腕がひたと止まった。…反応がちょっと遅いぞ、船長。
「爪?」
 途端に…何を思い出したのか、テーブルからは離れた長椅子の方で、飲みかけていた酒を、咳き込みながら小さく吹き出しかけていた剣豪だったが、それはともかく。
「今朝ほど甲板でつまづいてたろう? せっかく治りかけてたのに、また割ったりしてないか?」
 チョッパーが気にしたのは足の爪だったらしい。足元に屈んで“見せてご覧よ”と言われ、問題の足をちょこっと前に出す。
「…あれ?」
 爪は問題なかったが、その足の側面に小さな火傷の跡があり、
「これはどうしたんだ?」
 これでも一応はこの船の専属船医。乗組員たち全員の体質・体調、怪我や傷の有無はチェック済み。そんな彼に覚えのない新しい火傷で、専門家ででもなければ見落とすほどの、ぽつりとした、あまりに小さいものながら…そこはやはり気になったらしい。サンジのように煙草を吸う訳でなし、料理はそれこそサンジの独壇場で、勝手にオーブンなどに触ると怒られてしまうほど。ランプの類や風呂のボイラーを自分で点けているところも見たことがないし。船の上で他に火がかかわる何かがあったろうか? 同じように自分の足元を見下ろしていたルフィだったが、
「ああ。それは、昨日小さいクギを踏んだ跡だ。」
「クギ?」
「うん、甲板の端っこの方で、先が出てて。あ、ちゃんと金づちで打って引っ込めといたし、ウソップにも言っといたから、もう大丈夫だぞ?」
 傍らに居たウソップ本人も頷いていて、後に続く被害者は出ないぞと、そっちの方への事後報告をするルフィであるが、だから…それを訊いてるチョッパー医師
センセーじゃないってば。クギと火傷という、まるっきり関係のなさそうなものを並べられ、だが、
「ああ、それじゃあ、これ、マッチで炙
あぶったんだな。」
 気がつくところがさすがは専門家。ルフィは頷くと、
「うん。ゾロがやってくれた。」
 画鋲や細いクギを踏み抜いた時、文字通り針の先のような小さな傷口は、だが見かけを裏切ってかなり深い。しかも針先が錆びていたりすれば、まんま危険な雑菌が入り込んでいる可能性は大きく、直ちに消毒殺菌する必要があるのだが、そんな…糸さえ通らぬ箇所の奥深くまでとなると、これがなかなか難しい。そこで、まずは患部をよ〜く叩いて、汚れたろう血を出してから、マッチの頭を傷口に添え、もう一本のマッチの火を近づけて焼くという方法が結構メジャーなのをご存知かな?(5円玉などの穴空き硬貨を当てがって、その穴に当てて行うとより安全。)マッチの薬品に含まれるリンが殺菌作用を発揮するそうで、しかも炙ることで消毒効果も万全。これが絶対とまでは言わないが、かなりの効果があって、クギや棘に縁のある大工さんなぞが良く使う応急の治療法なのだ。
「そっか、ゾロが手当てしたのか。」
 チョッパーが来るまでは、病気にはナミが、怪我にはゾロが対処していた。どこか素人療法的なものも多かったが、そこはさすがに自分が怪我に縁のある身なだけのことはあって
おいおい、てきぱきと手際も良いし、効能・効果もなかなかの処理が多かった。
「それは良かった。けどな、ルフィ。お前だけ草履ばきで、足が剥き出し同然なんだからな。いちいち消毒しろとまでは言わないが、気をつけないといけないぞ?」
 そういう彼も…人型の時以外は立派な蹄
ひづめの持ち主で。成程、一番無防備な足元をしているのは、他でもない船長さんなのだったりする。
「おう。判った、気ィつける。」
 ホントに用心するのかどうかは定かではないが、一応は良いお返事をしたルフィであることを確認し、お説教が済むとトコトコとキッチンから出かかって。ふと立ち止まったチョッパーは、
"…なんで、爪に反応したんだろ?"
 一番最初にゾロが吹き出しかけたのを思い出し、小首を傾げながら…そのまま退場。うんうん、なんででしょうね?(笑)

 



夜<<

実は結構、お風呂は好きで、
ただ、やっぱり湯船は何だか怖くって。
今まではシャワーだけで済ましてたけど、
最近はゾロが一緒に入ってくれるからちゃんと浸かれてる。
でも…この頃、何でだか、
明るいとこで裸同士って、ちょっと恥ずかしいんだけどな///。
日によって順番が違うから、
食事前に入る時と後になる日があって、
寝る前とかに入ると体の芯までほこほこ温もって、
部屋に帰る頃にはうとうとと眠くなる。
「着いたぞ。」
「あ、うん…。」
脱衣場で眠くなる時もあって、
そういう時はおぶってもらって部屋まで帰る。
それでなくたって夜はすぐ眠くなる。
ガキだからなぁって笑われちゃうけど、こればっかりは仕方がない。
湯冷めしないようにって、
ベッドに押し込まれるようにすぐさま寝かしつけられて、
うん、こういう日はすぐに寝る。
あとでゾロがサンジんとこに呑みに行ってももう文句言わない。
(笑/『ハニー・ワイン』参照)
相手出来ないのが悪いんだし、
眠るまではずっと傍にいてくれるんだし。
明日も早いからな、おやす…み………ZZZ………。



オマケ<<

 他愛のない話題を肴に、いいワインを何本か空けて機嫌良く帰って来た部屋。室内は暗いが、夜目の効く身には大した障害ではなくて。ランプも点けずにベッドを覗き込めば、枕の窪み、毛布に埋ずまるようになった、可愛らしくもあどけない童顔が、満ち足りた顔で眠っている。
“…可愛いよな。”
 これがイーストブルーを救った男の寝顔とは、そうそう信じられないほど幼くて。今だけは自分だけの宝物を、温かで甘い視線で愛でるように…飽くことなく見つめていると、ややあって“ふにゃふに”と口許が動いた。それから…どこか曖昧な声が紡いだ寝言が、

 「…サンジ。」

だったものだから。

 「………。」

 いや、面白くないのは良〜く判りますけれどもさ。たかが寝言じゃないですか。もしかしたら、美味しいデザートをねだってる夢か何か見てるだけの話かも…って、人の話、聞いてます? お〜い。
“………。”
 すぐにも口の中へと呑まれた寝言へのちょっとした意趣返しにか、船長殿の鼻をぐいっと摘まんだ剣豪である。…大人気ない奴〜。いきなり呼吸を妨害されて、
「…うや?」
 当然のことながら、ルフィは夢から放り出され、ぼんやり目を開ける。
「どした? 起きたのか?」
 すぐ間近から白々しい声をかけてくるゾロに気づいて、
「あれぇ〜。」
と、辺りを見回している。自分に何が起こったのか、まるきり判っていないらしい。そんなとりとめのない様子がまた可愛くて、苦笑しながら髪を撫でてやると、
「何か夢でも見てたのか?」
 訊いてみる。
「夢〜?」
 どうやらそれさえ覚えていないらしくって。思い出そうとしてか小首を傾げ始めるルフィを、同じ毛布の中にすべり込みながら腕の中へと取り込んで、
「無理に思い出さんでも良いさ。ほら、まだ夜中だ。寝ろ。」
 そんな風にあやすから…結構勝手な人である。う〜ん…と曖昧な声のまま、それでも眠いのはホントだったので、素直に瞼を下ろしかけたルフィであり、

  「…ゾロ。」「うん?」「お酒臭い。」「ああ、悪りぃ。」

 やさしい腕
かいなにくるまれて、再びの眠りにもぐりこむ。今度はちゃんと、ご亭主と一緒にいる夢を見るんだよ?(笑)

 
   〜Fine〜  01.10.29.〜10.31.



 *自分で踏んでしまったカウンター7000HIT記念です。(少々ヤケである。)
  "背中の傷はおとといの〜♪"なんていう(メロディは"背くらべ"です。)
  下世話な替え歌まで考えてしまったおバカです。
  そのうち剣豪に斬って捨てられる事でしょうな、うんうん。
  お風呂ネタは"散髪"の話で細かく書いたので、今回はさらっと流しましたが、
  果たして…彼らには、
  日本人のように沐浴する習慣はあるのかな? それも複数で。
  (ゾロさんは扉絵で温泉につかってたそうですが。)
   
  

一覧へ⇒

小説一覧へ

Mail to Morlin.