ぐりぐり 〜蜜月まで何マイル?



  「ゾ〜ロ。」
  「んん?」


 舌っ足らずな声が自分の名を呼んだと思ったら、
 その次の間合いから。
 胸元深くに取り込むように抱えた、小さな懐ろ猫が頬擦りを始める。
 ふかふかに柔らかな頬や、
 ぱくんと一口で食っちまえそうな小鼻、
 指先でひょいと摘まめる小さな顎から、
 丸ぁるいおでこの端まで使って、
 こちらの胸板から首条や、おとがいの深いところ、
 耳の際までもぐり込み、
 ぐりぐりと自分の身を擦
こすりつけてくる。
 やわらかな感触が、
 ほわほわとした温かさが、
 甘い甘い匂いが、
 そして何より、いかにも幼く いたいけない、
 その行為自体がどうにもくすぐったくて。
 柔らかく動いている、これもまた小さな背中を見下ろしながら、


  「どーしたよ。」
  「うん。ゾロにオレの匂い、つけてるんだ。」
  「はあ?」


 こちらの胸板にぴとんとくっついて、
 細い顎を振り上げた あどけないお顔がそんなことを言い出す。
 陽射しに温められてふかふかになった黒い髪。
 触っておくれと無言で誘われるままにからめた無骨な指で、
 そのまま大雑把に梳いてやると、
 ホントの仔猫のようにうっとりと眸を細め、
 ますます懐ろ深くへと、そのやわらかな頬をうずめてきた。


  「それに、こうするとオレにもゾロの匂いつくし。」
  「あのな…。」



            ◇



 船は秋島海域に入ったらしく、文字通りの"季節の変わり目"だったからか、ここ何日かのずっと、どんよりと曇ってばかりいて。何かするでなく甲板にいると何となく身が縮むような、秋のものとは名ばかりの、たいそう肌寒い風の吹きつける日が続いた海だったが、今日は朝から久し振りに陽が射した。風も穏やかな中に、どこか線は細いが乾いた温みの満ちた、数日ぶりのささやかな陽溜まりの中、絶好の昼寝日和だと明るい甲板に寝転びかけたところが、手触りの良い毛並みをした仔猫が懐ろへともぐり込んで来ていて寝かせてくれない。しかも何やらゴソゴソし出して。甘い匂いのするつやつやな黒い毛並みを、こちらの鼻先でぱさんと揺らして。しなやかな小さい背条を、見様によっては何だかなまめかしくも…幼い仕草でうねらせながら、頬や額をこしこしと擦りつけて来て。その上、こんな風なけしからんことを言い出すものだから、

  "…一体どこで覚えたんだろうか。"

 真っ昼間から沸き立ちかかった"昼間には相応しくない"良からぬ気分へ、やや強引に蓋をして。
(笑) 自分の胸の裡うちの小さな動揺を押さえ込みつつ、そんな方向へと想いを巡らせる。双方ともに"思わせ振り"だとかには縁がない。よくも悪くも、船員全員からの暗黙の公認を得ている間柄。お互いを一番好きで、お互いが一番大切で。お互いに骨抜きになっていることや、お互いへ隙あらばいつだって触りたがってさえいる間柄への"公認"。
"…もっと他に言い方はないのかよ。"
 ははあ。両想いとか、相思相愛とか、激ラブとかですか?
"……………/////。"
 照れるなら話をこっちへ振りなさんな。
(笑) こんな風にまだどこかしら照れの出るところを突々くように、時々、何も知らない幼い船長へと悪知恵をつける奴らがいる。彼本人の無知をからかうためでなく、それへとあっさり振り回される…こっち方面へ限っては見かけほどには物慣れていない剣豪殿だと判っていての所業であり、自分たちばかりがぽやぽやとシヤワセなのを、所構わず否応なく見せつけるからつい、なのだそうだが、

  "それって逆恨みじゃねぇのかよ。"

 ………どっちかというと"岡焼き"だと思うのだけれど。
(笑) 小さいけれど夢のでっかい、幼いけれど懐ろの広い、拙いけれど懸命で、単純に見えて底が知れない。そしてそして何よりも、笑顔のステキな、皆の元気の原動力。クルーの皆して大好きな、ぴっかぴかの"お日様"みたいな船長を独占していることへの、これはささやかな"やっかみ"よと、こっそり聞こえた呟きには、筆者も何となく加担したくなるだけの話。(…おいおい)

  「あのな、ゾロ。」

 ひとしきり"ぐりぐり・すりすり"をしたおして。広くて雄々しいゾロの胸板の隅から隅までの全部、制覇できたぞ、満遍なく匂いをつけたぞと、ご満悦なお顔を再び振り上げたルフィは、

  「相手に匂いをつけとくのが、
   自分のもんだっていう印つけの一番判りやすい方法なんだって。」

 甘いお声が屈託なく、可愛らしくはあるけれど絶対に"自分の頭から出たことではないだろう"という言いようをするものだから。

  「それ、誰から聞いたんだ?」
  「んん? サンジだ。」

  "やっぱりかっ。"
(あっはっはっ)

 途端に視線を逸らして"あの野郎…"と目許を眇
すがめる恋人さんの様子に、小さな小さな船長さんは、ホントの小さな動物のように"きょとん"と小首を傾げて見せる。

  「俺の匂い、嫌いだったか?」
  「あ、いや…そういうんじゃなくってだなっ。」

 言われて慌てて向き直り、すぐ懐ろから見上げて来ていた、大きな眸に視線を合わせたは良いが、

  「………そういうんじゃなくって…。」

 吸い込まれそうな漆黒の泉に、不意を突かれて射すくめられる。その魅惑へと引き寄せられるまま、すいっと近づいたこちらの気配につられて、降伏を示すように睫毛が降りるから。視線は自然と緋色の蕾の方へと移り、

  「あ………。」

 秋の陽射しに温められた、髪や肌のやわらかな甘い匂いも。胸元に添えられた小さな手の指先の、少しばかり冷たい感触も。腕に膝に、抱え慣れた軽くて小さな重みも、小さな身じろぎも。どれを取っても愛しい人の大切な存在感で、その一つ一つを確かに感じていた筈なのに。あまりに脆くてゆるゆると蕩けてゆきそうな、頼りないが故に喰らいつくしてしまいたくなる甘い唇の味が、全てを凌駕してしまうから。

  ……………………。



  「ふにゃい………。」

 解放されて くったりと。ふわふわの頬を真っ赤に染めて、すっかり萎えて凭れ掛かってくる、小さくて力ない肢体を、頼もしい腕の中へときっちり包み込み。そのまま…天に満ちた蒼泉の底までも見通せそうな、高く高く澄み切った秋空を仰いで、零れてやまない苦笑を誤魔化した剣豪殿だった。


   "秋だよなぁ…。"





   ――― やってなさい。
(笑)



  〜Fine〜  02.9.27.


  *急に冷え込んで来ましたね。
   こんな時はぬくぬくなお話に限るのですが、
   だというのに、
   只今現在お盆を控えた夏のお話を書いている私…。
(笑)
   折しも、アニメは番組改編の特番に割り込まれ、
   本誌の方も休載と、ちょっとテンションが下がっておりましたが、
   だったらご自分でお書きになれば良いのよと、囁いて下さった
   トリコ様(
Sunday's child サマ)のお告げで何か降りて来たらしいです。

   とゆ訳で、ちょっとタイムリー?なものを書いてみました。
   僭越ながら"DLF"と致しますので、
   トリコ様、そして皆々様、宜しかったならお持ち下さいませです。

  *図に乗って続きを書いてみました。(10.4.)
   宜しかったらそちらも読んでみてみて下さいませですvv → 
momi1.gif


back.gif