蜜月まで何マイル?
     "春は なまもの、なまけもの?"
  


           



 陽射しが日に日に濃厚になってゆく。帆を膨らませて船を押してくれる潮風も、多少は柔らかくなり、空の青みも心なしか随分と増したような。
「二言目には"寒い"が飛び出してた頃に比べれば、ずっと過ごしやすいものね。」
 ついつい縮めがちだった身体も、余裕で伸び伸びと動かしやすくなり。オーブンの余熱で暖かだったキャビンや、簡易のストーブを焚いていた船室に籠もりがちだった頃合いが嘘のよう。
"ほんの数日前のことだのにね。"
 いくら此処が"グランドライン"だとはいえ、そうそう…瞬きする間にも気候が変わるというほどの変化があるのは、最初の双子岬から枝分かれする海域くらいのもの。彼らの船を乗っけている航路が"冬島海域"から"春島海域"へ移行したのだって、何日かかけての変化であるのだが、それでも…あまりに鮮やかに、しかも過ごしやすい方向への変化なのが嬉しくてか、しきりと"良い気候だ、過ごしやすいわぁvv"と口にして、素直にウキウキしている航海士さんであるらしい。さらさらな髪を風に遊ばせるままにして、う〜んっと大きく背伸びをしたナミへ、
「春か…。春はワクワクするよな♪」
 小さなトナカイドクターさんも、転がるような愛らしいお声で"くふふvv"と嬉しそうに笑った。このクルーたちの中では一番幼く、一番野生に近くもある存在。よって、自然環境への反応も一際敏感で、そうと感じたことを素直に喜べてしまえる彼なのだが、
「春も冬も関係ない奴らもいるけどな。」
 傍らからそんな言いようをし、くつくつと笑ったのが"蹴撃の貴公子"こと、コックのサンジで。紙巻き煙草を口の端に咥え、
「寒きゃあ寒いからってくっつきの、暖かになりゃあ暖かいからって、やっぱりくっついて爆睡しぃの…って奴ら。」
 言いながら細い顎先で示したのが、前方の上甲板。キッチン前のデッキに立っていた彼らからだと、丁度進行方向に向いた視野のそのど真ん中に見える、上甲板の縁の柵に凭れた人影であり。重なっている関係で片やの大きな背中しか見えないものの、
「夜は警戒してるから寝不足なゾロだけじゃなく、ルフィまで あんなぐっすり寝てるんだもんなvv」
 それは無邪気そうに"くすすvv"と笑ったチョッパーには他意はなかろう。ほかほかの良いお日和だから、ついつい眠気を誘われてお昼寝している彼らだと、日頃だったら そりゃあお元気で力が有り余ってる人たちだのにねと、何とも微笑ましい光景だと素直に思っているらしいが、
「…そうね。春だものね。」
 相槌を打ったナミの言い方にも、
「春っていやぁ、奴らの季節、なのかも知れませんしね。」
 それへと呼応したサンジの声にも、何かしら引っ掛かるような"含み"があったみたいだけれど。
「そか。春はあいつらの季節なのかvv」
 やっぱり判っていないらしいトナカイドクターさん。そんな彼のふかふかな毛並みの後頭部を、それは綺麗な白い手で撫でてやり、
「そぉっとしておいてあげましょうね。」
 理知的な微笑を口許へ浮かべた美人の考古学者さんが、それはそれは優しいお声で囁いて、
"春っていやぁ"さかり"の季節だしなぁ。"
 人間は一年中ですぜと苦笑した筆者へ やれやれと肩を竦めた狙撃手さんが改めて見やった先。頼もしい戦闘隊長さんの懐ろ深くに抱えられた無邪気な船長さんの、日常着のシャツの下、鎖骨の縁辺りなんかに、ほんのりと…色味の薄い桜の花びらみたいに残った とある跡があったりするのだが。だから、寝不足な彼だったりもする"そういう方向"での事情が全く分かっていないらしき無邪気な船医さんへ、他の皆さんが微妙なお顔になっている、相変わらずのちょこと変な海賊団であるらしい。


  ――― いやぁ〜、春ですよねぇvv






           ◇



 相変わらずの春を迎えた彼らは、魔海と恐れられて久しい、世界で一番恐ろしくも偉大なる航路"グランドライン"を、相変わらずのマイペースにて航行中。極寒の島にも向かったし、太古の巨大生物たちが闊歩する密林にも足を運んだ。海賊団対抗のドッグファイト、そりゃあ大掛かりなレースにも参加したし
こらこら、陰謀渦巻く灼熱砂漠の王国も、天空に浮かぶ伝説の黄金郷も通過したし…と。数日と間を置かないハイペースにて様々に冒険とやらを堪能しているお陰様で、好むと好まざるに関わらず"スキル"はどんどんアップしている彼らだが。引っ切りなしにばたばたと、息つく暇も無く騒動に巻き込まれているその"狭間"というものが稀にあると、そりゃあもうもう"この世の極楽♪"とばかり、…一気にだらけてしまうから、ええい、今時の若いもんが何をだらしのない。(笑)
"そうは言ってもなあ。"
 どんな日だって関係なく、唯一毎日のお勤めがあるシェフ殿が、船医さんの可愛らしい手を借りて蜂蜜パンの作り置きを終え、デッキで一服しつつ…筆者に向かって苦笑をし、
"冗談抜きに、騒動の合間合間が凄げぇ短いんだぜ? だから、寸暇を惜しんでグータラしたくなっても仕方がないってもんさ、レディ。"
 まあ、それはね。ルフィとゾロとがあの海軍基地のある島で出会ってから数えても、実はまだそんなに沢山の歳月は経ってはいない冒険の日々なんだろうしね。1つ1つの騒動は、それがどんな苦戦や死闘であれ、振り返れば…たった一日で決着がついた冒険であることが多く、しかもその度に凄まじいまでの負傷を抱えたりもするので、合間合間の航海だって殆どを治癒のための安静で過ごす羽目になりかねず…って。負傷疾病が原因で大人しく寝てたシーンがあったのは、高熱出したナミさんだけだったような気もするのですが。ごく最近には、雷に打たれて人事不省になってしまった人たちもいらっしゃいましたが、なんと驚異の数時間で回復してらっしゃいましたしねぇ。
(笑)

  ――― で。

 そういう"騒動"の中で最も張り切る戦闘担当のお二人さんは。始まりの二人としての絆がいかにも堅かったからか、それともそうまで見込んだ相手だったから互いを認め合っての仲間になったのか。そんな順番はどうでも良いと言わんばかりの加速にて、互いを誇りにし、自らの半身と見なすほどまで心酔し。気がつけば…ちょいと勢いが余ったか、とある一線を越えてもいて。
"…何だ、その言い方は。"
 おやおや、今度は剣豪さんの乱入ですね。
(チャットじゃないっての/笑)だってもホントのことでしょうが。ただただ"世界一"への野望にだけ構けていた筈が、彼の安否が気になったり、その視線の先に自分以外の誰がいるのかに、理由ワケもなく舌打ちしたくなったりしちゃうくせに。
"〜〜〜〜〜。"
 屈強精悍なのは外見や肉体だけでなく。その気心さえ、鋼鉄のように強かに鍛え上げていたつもりだったのに。自分さえ真っ直ぐ立っていられれば世界がどうなろうが関係ない、人心が荒
すさもうが、善悪が引っ繰り返って混沌に呑まれようが知ったことかと、太々しいまでの威容をもって、一端いっぱしに悪ぶって見せながら、けれどでも。その"真っ直ぐ"が"正道"という廉直さだったりもする自分の青さに、他でもない自身で舌打ちしていた。世情に練れたつもりでも、実はまだまだ直情な部分も持ち合わせていて、そんな青さが歯痒かった、ちょっとばっかり ひねくれ者。そんな自分とは ちょいと違うルフィと出会ったのは、もしかして奇遇ならこんな幸運はなく、運命ならばこれに関してだけはその采配に感謝したい剣豪さん。こちらさんも決して"正義の味方"ではないものの、曲がったことは大っ嫌いだと斟酌のない大意張りで言い放ってた、意気盛んな生意気小僧であり。"白は白で、黒は黒だ"と、場合も何もわきまえず…馬鹿みたいな無分別から大声で言い放てる真っ直ぐ野郎の小気味の良さでもって、ゾロがその不器用さからついつい未消化のままで腹の底へと押し込めていた何やかやまで、絶妙な"目茶苦茶"で相殺してくれた天然様。腹が立ちゃあ怒ればいいんだ、義憤に駆られりゃあ立ち上がれば良いんだ、一体誰に遠慮してんだ誰に恥ずかしいんだよという、所謂"ボタンの掛け違い"をやらかしてたことまで思い出させてくれた、そんな至上の"相棒"にあっさり惹かれたその邂逅は。巡り会えたる幸福と共に、だが…思わぬものまで掘り起こしてくれて。野望成就と引き換えに、自分なりの禁忌でもって縛りつけてた"心"や"気持ち"というものを解き放ったその弾み。羽ばたいた欲心はそんな彼自身が欲しくて堪らないと騒ぎ立て出したもんだから…これはちょっとヤバいかもと、らしくもない種の危機を感じてもいたものが、

  ――― 自分の傍にいることで、ゾロが自分の夢を果たせないのなら。

 海賊の仲間になるという不本意な誓いは反故
ほごにしていいと。彼の側からそんなことを言われ、そんなことを言い出したルフィが…日頃の陽気で強靭な彼ではなかったことへハッとした。朴念仁だったことが、不慣れな代物だったことが、彼の側からの想いというものの存在になかなか気づけなくて。結構煩悶した筈が、蓋を開けてみたらば…実は両想いだったと判って。あの時は、怖い想いをさせてゴメンと…謝ったかな? さあ俺も覚えてないやなんて。今でこそ互いに思い出せば笑い話になってしまっているけれど。こんなにもまろやかな温みと、誰よりも互いを理解し合ってるそれはそれは大切な存在を、危うく打ち捨ててしまうところだった彼らであり。そんな怖いお話も、過去のどこかに置いて来た二人。この先、何処まで行けるかな、何処までだって行ってやるサ、先にへばるのはそっちだろからな、言ったな、そっちこそ へばったら置いてくからなと。頼もしい展望なのやら、それとも単なる惚気なのやら。そんな誓いや約束を沢山重ねて、日々の冒険を笑顔で飛び越えている人たちなのだが。………いくら此処が、在所とする人も少なく、よって邪心や思惑薄い海の上だとて、分かりやすい冒険活劇ばかりが降りかかって来る訳ではない。


  ――― はてさて、今回は一体どんな騒動が彼らを待ち受けているのでしょうか。








            ◇



 冒頭にてご報告申し上げましたように、ここは春島海域で。厳冬極寒の冬島海域を抜けたばかりな"麦ワラ海賊団"の皆々様におかれましては、やっとのこと、伸び伸びと身も心も伸ばし切ることの出来る極楽へ辿り着いたようなもの。全員が本気モードで打って出なくてはならないような大きな戦闘も、ちょいと接触した海賊や海軍との騒動も、数日ほど縁のないまま珍しくも平穏に過ごせている彼らであり、
「う…ん。」
 やわらかな陽光降りそそぐ甲板の上。まだ子供の気配の色濃く残るほやほやの頬を、剣豪さんのそれは頼もしい胸板へうにうにと無造作に擦りつけながら、くうくうと転寝にいそしむ小さな船長さんが…何でまたこうまで熟睡しているのかと言えば、
"…昨夜は ちょいと調子に乗り過ぎたかもな。"
 薄く眸を開け、ちょろりと見下ろした懐ろの童顔へ、仄かに苦笑したゾロであり…ってことは。船長さんがこうも深く寝入っているのは、春の陽気のせいではなくて、単なる寝不足から、なのでしょうか? そしてそして、それが薄々判っていたから、意味深なお言いようをしていたナミさんやサンジさんや、何にも判ってなかったチョッパーをそのまま"いい子いい子"と宥めていたロビンさんやウソップくんだったとvv まあ、それはいつものことなんだしィ。そんな風に意識されてることへ、今更に照れるような可愛いタマじゃなし。
おいおい 海原のうねりに身をゆだねた、愛船のゆったりとした上下運動に身を任せ、半ば うとうとしかかった状態にて日向ぼっこを堪能していた戦闘班の二人だったが、

  「お〜い、何か見えるぞ〜っ。」

 見張りにとマストの頂上の見晴らし台へ上がっていたウソップの声が降って来て、んんっと、閉じかけていた瞼が大儀そうに持ち上がる。用心深い狙撃手さんだから、近寄ってみれば大したことではない場合が少なくはない"お知らせ"だが、それでも念のため、眠気は払っておいた方がいいなと大きく深呼吸したゾロの懐ろにて、
「あ〜〜〜? 何か言ったか?」
 お昼寝猫さんがむくりと動き出す。持ち前の好奇心を擽られたらしいなと、ちょびっと残念そうな苦笑を噛みしめ、
「何か見えたんだと。船の前方らしいぜ。」
 頭上を見上げ、見張り台から身を乗り出してるウソップの…お鼻が向いた先を指さしたゾロに、
「何か?」
 もうもう眠気は吹っ飛んだらしく、あっと言う間にワクワクの煌めきを満たした瞳になった船長さん。甲板の上を跳び撥ねて、舳先の上、指定席の羊頭へひょいひょいとよじ登っている。真っ赤なシャツに包まれた小さな背中を眺めやり、
「何か見えるか?」
 訊いてやれば、
「おう、小さいのが見えるぞ。」
 ちょっとばっかり期待からは外れたお返事。何でもなかったならお昼寝を続行出来たのにと、そんな未練がないではなかった剣豪さんだけれど。自分と違い、好奇心が一番に優先される船長さんだと、重々知っているからね。よっこらせと億劫そうに立ち上がり、
「どら。」
 舳先の間近まで歩みを運べば、
「ほら、あそこだっ!」
 ピンと伸ばされた手の先、波の間に間に、確かに何かの陰が見え隠れ。どうやらボートであるらしいのだが、
「…女の子かな? 誰か乗ってるぞ。」
「………ほほお。」
 なんですよ、ゾロさんたら。そんな…妙に意味深な語調で相槌打ったりして。

  "今度は何処の国のお姫さんだ? それとも海軍から逃げて来たお転婆か?"

 あはは…。そ、そんな先読みするなんて、剣豪様らしくないってばさ。
(笑)





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  *前にも書いたな、こういう遭遇。(苦笑)
   乗り込んで来たお嬢ちゃんもいたし、宝石に封じられてたお姫様もいたような。
   はてさて、今回はどんなお客人なのやら。
   もうちょっとだけ続きますね?

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