蜜月まで何マイル?
     "春は なまもの、なまけもの?" A
  


           



 ここグランドラインでは、突拍子もないことが当たり前に起こる。空から巨大な船が降って来たことだってあったし、逆にその空へ向かって高く高く跳ね上がる、間欠泉もどきの巨大な海流だってある。自然現象の不思議のみならず、ここが発祥と言われている"悪魔の実"というのもあって、海からの呪いと引き換えに人知を越えた不思議な能力を得た"ビックリ人間"たちがいたりして。どんな常識外れも此処では"常套"であり、そんな航路を進む以上、ある程度は柔軟な感覚でいないと、やって来ることや起こることへいちいちビックリしていたら身が保たない。

  ――― で。

 見渡す限りの海また海という真っ只中に、それは小さなボートがぽつりと漂流している光景は、よくよく考えたれば…色々と怪しさ満開なのではあるが。その船底に倒れ伏している人がいるのを、まさかにこのまま捨て置く訳にも行かない。そんな言いようや行動が自然のものとして出るところが、この船の彼らを…日頃どんなに斜(はす)に構えて悪ぶって見せようが説得力がないほど"海賊らしくなく"してもいるのだが、それはともかく。

  「案じなければならないような外傷とかはないね。」

 ボートを引き寄せてから、甲板へと担ぎ上げて医務室に運び込んだ漂流者は何と、まだ十代だろう若々しいお嬢さんであり。まずはと診察にあたったチョッパーがそうと告げ、
「衣服も乱れてはいないから、戦闘だとか急襲、嵐や津浪にあったって風じゃない。」
 少なくとも。誰かや何か、自然現象などに翻弄されたらしき痕跡はないという。だが、そうなると、

  「…何だ、そりゃ。」

 じゃあ一体なんでまた、年端も行かないお嬢さんがたった一人で漂流してたんだと、クルーたちが一応に小首を傾げるのも、ごもっともな話。
「陽に当たり過ぎて日射病を起こしたんじゃないのかな。それか、食料を積んでなかったからお腹が空いたとか喉が渇いたとか。」
「じゃなくってだなっ。」
 誰が病状を聞いとるかと、的を外した呑気な言いようをするチョッパー先生へウソップがついつい大声を出す。此処は、そこいらの…という表現も妙なもんだが、安全な国や島のリゾート地の、安全な海水浴場なんぞの沖合いとかではない。世界で一番危険で苛酷な航路、グランドラインの真っ只中なのだ。船と乗員と資材や食料、きっちりと装備が整っていて、それなりの気構えがあったって、十分な航海経験があったって。油断したら最後、あっと言う間に波間に呑まれてしまうか、豪腕非道な海賊の餌食になるか。大の男にさえ恐れられている"魔の海"なのに。どこから見たって単なる"ボート"に、何の装備もないまま、その身ひとつで乗っていての漂流。

  「不自然極まりないわよね。」

 うふふvvと楽しそうに微笑うロビンさんへ、ナミとウソップが"おいおい"と裏手で突っ込みを入れた傍らで、

  「きっとお腹が空いているでしょうからvv

 まだ意識は戻っていないのに、早速自慢のスープを用意しましょうとハート型の目になったシェフ殿がキッチンへ飛び込んで。あんたたちは〜〜〜と唸り声を上げているナミへと目がけ、
「…こういうのは持ってたぞ。」
 ゾロが曳航したボートの隅から拾い上げて来たものを、緩く山なりに放り投げてやる。ナイスキャッチで受け止めたナミは、だが、
「これって。」
 丸いガラスの球が台座に組み込まれた、砂時計みたいな方位磁針。自分の手の中に収まったものを見て、ナミは怪訝そうに眉を寄せて見せる。
「エターナル・ポース?」
「ええ。それも…。」
 台座の縁に刻まれているのは、この永久指針がログを記憶している島の名前。小首を傾げるルフィへそれを指して見せつつ、
「これって、あたしたちが先週離れた島の名前よ?」
 自分たちの向かわんとしていた航路の前方にいた彼女は、自分たちとすれ違うようにしてそっちの島へ向かおうとしていたということか?
「あんな軽装備だったことから見て、この先にある次の島から離れたばかりというところって感じだったけれど。」
 くどいようだが、漂流者さんは何にも持ってはいなかった。服装も、粗末な木綿のズボンにトレーナー風のシャツと、ポケットさえないジャケット一枚。今見つかった指針にしても、ボートの隅っこに押し込められていたのだそうで、果たして本人が持ち込んだ物なのかどうか。そんな装備で、数日ほどかかるだけの結構な距離があったその上、ぎりぎりで冬島海域にあった島へ向かおうとしていたとは到底考えられず、

  「そうね、不審よね。」
  「ロ〜ビ〜ン〜〜〜。」

 台詞の言葉面
づらほど深刻ではなく…むしろ楽しそうなお言いようなのが、ナミに再びの突っ込みを入れさせる。ナミから渡されたエターナルポースを、陽にかざしているルフィに気づいて、
「どうすんのよ、船長。」
 処断を訊いてみたが、

  「どうって…。」

 腕を組みつつ"む〜ん"と眉を寄せて見せてから、
「戻る訳には行かないからな。次の島まで送ってってやろうや。」
「だ〜か〜ら〜〜〜。」
 きれいな握り拳を胸の前に構えたものの、彼には訊くだけ無駄だったかと…ナミの憤怒の勢いもすぐさま萎んだ。何たって様々に"前科"のある船長さんだ。自分が桁外れに掻っ飛んでいるせいか、その定規で測った上での"瑣末なこと"にはこだわらない彼なのはいつものことだし。そこへ、
「大して問題はなかろうよ。」
 ボートへつないだロープを昇り、船端からひょいっと甲板へ戻って来たゾロが、そんな声を掛けてくる。さすがに、大して食べないだろうしというよな"見当違い"は言い出さず、
「たかが女の子一人だぜ? 暴れようが何しようが知れてるってもんだ。」
 いかにも戦闘担当らしい言いようを口にしたものの、
「悪魔の実の能力者とかだったらどうすんのよっ!」
 残念でしたね、方向のみクリアで、レベルは浅かったらしいです。有効、いや、効果ってトコですか?
「誰が柔道の判定をしろと言ってるのよっ。」
 あやや、とうとう筆者にまでお鉢が回って来ました。
(笑) 細い肩を引き上げるよにして、ゆぅっくりと深呼吸をして見せた航海士さん。こういう時に"常識人"だと苦労するわとゆっくりかぶりを振って見せた辺り、何だか自分ばかりがカリカリと焦っているのが馬鹿馬鹿しくなったらしい。
「分かったわよ。もう何にも言いません。但し、何か問題が起こってもあたしは知りませんからね。」
 ふんっと鼻息も荒く、キッチンキャビンへ のしのしと去った細っこい背中を見送って。取り残されたゾロやルフィたちが顔を見合わせた。

  「偉そうに言ってるけど、そういえばあいつ、
   三節根まで振りかざしといて、ロビンにあっさり懐柔されてなかったか?」
  「そういやそうだったよな。」
  「きっとあのお嬢さんが金貨や宝石を持ってらしたら問題はなかったんでしょうね。」
  「それもどうかと…。」

 まったくである。
(笑)





            ◇



 さて。医務室に寝かされた漂流者さんは。それはそれは穏やかなお顔にて"くうくう"と眠り続けていらしたのだけれど。
「………うみゅ〜〜。」
 目許をぎゅううと顰めながら、長くて深い吐息を一つつき。眠りながらの深呼吸をご披露してから、おもむろに…眸をパチパチと瞬
しばたたかせて…。
「………ありゃあ?」
 いかにもキョトンとしたお顔になる。大きく張った瞳は浅い茶のガラス玉みたいな色味をしており、線の細い小鼻や色白な頬にはちょっとだけソバカスがちらほら。生来の癖っ毛らしきウェーブのかかった茶金の髪を肩先まで伸ばし、ワークパンツ風のズボンと丸首の厚めのシャツに、デニム地らしきジャケット…という、何とも色気のない格好が、されど伸び伸びとした細っこい肢体には、いっそそのマニッシュさが少女らしさを引き立てて似合うのかも。
「あ、気がついた?」
 ぼんやりと天井を見上げていたお嬢さんは、そんな声がした方へ…自然な反応として、枕に載っかったままな首をひょこりと傾けたのだが、

  「どっか苦しいとことか痛いとこはないか? あ、お水,飲むか?」

 ぽこんとお腹の出た真ん丸い三頭身の、ぬいぐるみ用にデフォルメされた着ぐるみ動物が、こちらを見てにこりと笑ったものだから。

  「………ひ。」
  「ひ?」

 自分が放った第一声へ、角が飛び出した緋色の山高帽子を載っけた頭をかくりと傾けて見せた相手の反応へ、

  「ひやあぁぁあぁぁっっ!!」

 それはお元気そうな大声を上げてしまったマドモアゼルである。………ちなみに、突然の大声に、
「な、なんだ何だっ!」
 声を叩きつけられたかのように、自分も部屋中をどたばたと駆け回り、隣りのキッチンからナミやサンジがびっくりして駆けつけたのへ、
「ひょえぇ〜〜〜っ!////////
 何だか良く判んないけど怖いよぉと。震えながら ぎゅうと抱き着いてしまったトナカイドクターさんだったのは…いつもの怖がり屋さんなところが出ての、まま、ご愛嬌というところかと。
(笑)





  「この子はこれでも優秀なお医者様なのよ?」

 どうやら、口が利ける直立トナカイさんに驚いたお嬢さんだったらしいと判って、ナミが苦笑をしつつ そうと説明してやり、
「意識がなく、日射病で昏倒していたらしいあなたに適切な処置をしてくれたの。」
「あ、それはどうも…。」
 失礼をばいたしましたと、頭を下げつつ ごにょごにょ口ごもる彼女は、先程の雄叫びにて全員集合してしまったクルーの皆様を前に、俯きがちの姿勢のまま、ベッドの上に座っている。意識が戻ってそれなりの生気が宿ったお顔になると、眠っていた時よりは少しだけ"お姉さん"の年頃になって見え、
「とんだところを助けていただいて、本当にありがとうございました。」
 も一度ぺこりとお辞儀をし、
「私はクレールといいます。」
 ちょびっとどぎまぎしつつも自己紹介を始めた。
「実は私、お友達の船で沖合まで出ていたのですが、ダイビングをすることになったお友達に連れられてプレジャー船より先の沖へと出まして。」
 プレジャー船の傍だと、海流が掻き回されてお魚も逃げてしまうからと、小さなボートを仕立てての遠出。ところが、あんまりいい日和だったものだから、ボートでお留守番をしている内についつい居眠りをしてしまい、
「気がついたら…船も岸も全く見えない大海原にまで流されていたんです。」
 語りながら ふるふると肩を震わせている彼女であり、どんなに心細かったかとその時の絶望を思い出したらしい様子。
「一応のおやつや水が少しだけ積んでありましたが、そんなものすぐに無くなって。方向さえ判らないまま、いつの間にやら気が遠くなったらしく…。」
 そうして今は此処にいるのだと、そう言いたいらしい彼女だったが、

  「方向さえ判らない〜?」

 その言い分へ眉を寄せたのが剣豪さんだ。確かに、このグランドラインに限らず、あんな非装備態勢で海原まで出てしまっては、星でも読めない限り方向も定かでなくなるという理屈は判るが、
「あのボートには…っ☆」
 この、地場が目茶苦茶で普通の磁石ではたちまち狂ってしまう、それは厄介なグランドラインにのみ必要なアイテムである"エターナルポース"が載っていたのにか? そうと訊きかけたゾロの足を、容赦のない勢いにて"ぎゅむっ"と踏みつけたのは、不安定な船の上でも平然として踵の高い靴を履いているナミさんだ。
「痛ってーなっ!」
 何しやがる、このアマ…と続けかけた剣豪さんのお顔へ、すかさず"ばっちん☆"と手のひらを押し当てて、
「そうなの。それは心細かったわねぇ。」
 それはそれは にこやかに。きれいに整えられた眉だけ、同情を込めて少しほど下げながら、相手の様子に同調して見せる彼女であり、
「クレール、さん? もう心配は要らないわ。私たちがあなたを次の島まで送ってあげるから。」
 それはもうもう、一体どこの宝蔵を前にしたらばそんな顔になるんだお前と聞きたくなるような、きらきらした眼差しをして優しそうな猫なで声を出すナミには、

  “………???”×@

 他のクルーたちまでもが怪訝そうなお顔を見せたものの、
「あ、ありがとうございますっ!」
 こちらも負けないくらいにその瞳をきらきらと輝かさせ、感謝のお言葉を下さったクレール嬢だとあっては、
「あ、ああ、いや…当たり前のことだろうが。」
「そうだよ、ど〜んと任せときな。」
「明日にも島の海域に入れるからね?」
 ウソップやルフィ、チョッパーがにこにこ顔にて太鼓判を押し、
「さあさ、陽に当たって大変だったね、マドモアゼル。」
 コラーゲンたっぷりの丸鷄のスープと野菜エキスがたっぷりのリゾットだよと、フェミニスト・シャフ殿が湯気の立ったお皿の載ったトレイを差し出す。これでどうやら、

 《 遭難者を拾ったのでそれを送ってくことになった、相変わらず人のいい海賊団。》

 という主旨が一応の成立を見たようだったが。
「何で黙ってるんだ?」
 客人を囲んでわいわいと賑やかに沸いている医務室を後にしたナミを追って、さっき思い切り足を踏まれたゾロがデッキまで出て来たのへ、

  「何もこっちから何もかも話を進めてやる必要は無いでしょうが。」

 にんまりと笑って見せたのは、いつもの…ちょびっと計算高いお顔。遭難者を船上へと引き揚げた時はあれほど用心しなきゃと言ってたものが、今度は…不審なほど率先して好意的になって見せた彼女であり。そこんところも解せないゾロへ、
「い〜い? いくら何でもあの状況下にあって、普通の遭難者だったらボートの隅から隅まで探す筈よ。何か助けになるものはないかってね。だから、あのエターナルポースに気がついてないって筈はない。」
「だったら…。」
 何でさっき、それを持ち出しかけた自分を黙らせたんだと、痛かったのを思い出してか殊更に眉を顰めた剣豪さんへ、
「どんなに航海に不慣れな人でも、このグランドラインに住んでいるのなら、あれが何かは判った筈で、どんな島かは判らずとも、手で漕いでだってその指針に従って進めばいいと思うもの。なのに、あんなことを言い立てたのは、やっぱり“事情
わけあり”なのよ、うん。」
 何度もわざとらしく頷いて見せるナミだという辺り、

  "こいつ、まさか…。"

 何だかいやな予感がしたゾロへ、
「ただの手違いや事故なら問題は無し、もしかして…考えなしなお嬢様の家出やどこやらからの脱走だったなら、手を貸す代わりにお代をいただく。そしてそして…っ。」
 それはそれはにこやかなお顔になったナミさんが、一体どんな"そして"を剣豪さんに進言したのかは………あとのお楽しみでございますvv








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  *何だかだらだらとした展開になって来ましたな。
   …いやぁ、春だからねぇvv
 おいおい