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「あなたの正体くらい、あたしたちには とっくにお見通しだったの♪」
特に勝ち誇ったような雰囲気ではなく。但し、下手な言い逃れも出来ない程度に断定的に。みかん色の髪をマニッシュなショートカットにした、スレンダーグラマーな航海士さんは、クレールへそうと言い切った。此処は再びの医務室であり、女の子だけでの大事なお話があるからと、他のクルーたちへは禁足令が発行されていて。よって今は、彼女ら3人しかいない状態。
「例えば、このエターナル・ポースだけどね。あたしたちが出発した島の名前が確かについてるけど、ロビンに確かめてもらったところが、指針はそっちの島を指してなんかいなかったのよね。」
自分の体の部位を、どこにでもどれだけでも"咲かせる"ことが出来る"ハナハナの実"の能力を活かし、腕をそれは沢山連結させて、このエターナル・ポースをあちこちの方向の出来るだけ遠い地点まで引き離した上で、一体どこを指しているのかを見てもらったところが。遠い地点を指しているなら角度にそんなに変化がない筈のものが、結構針は反応を見せ。しかも、
「本来指す側じゃなく、指針の逆の先が、次に向かってる島の方角を間違いなく指してたのよね。」
――― とゆことは?
「これは冬島の尻尾を向いてるエターナル・ポースじゃない。次の春島への指針であって、なのにわざわざ装丁をいじって作り替えてあったって事。」
ふふんと笑ったナミの傍ら、
「私たちと接触出来なかったなら、これを使って島へ戻るために、よね?」
ロビンがそれはそれは優しげに微笑って付け足す。上手く接触出来たなら出来たで、ちゃんと指針は持っているのに何で漂流しているのだろうかという不審を抱かせてしまうからと、そこで講じられたささやかな小細工。そんなものは既とうに見通していたナミであり、
「じゃ、じゃあ何で…。」
賞金稼ぎだと解ったのならすぐにでもそうと指摘して引っ括ってしまえばいいものを、どうしてそうしないでいたのかと、そこが不審だったらしきクレールちゃんへ、
「だって。あなたいかにも鈍トロそうな子だったんですもの。
「…っ☆」
これまた あっさりと言い切ったナミさんであり、
「大して脅威じゃないって分かったから、安心して野放しにしといたの。」
意識が戻った彼女を一目見るなり、そうと断じた判断力は相変わらずおサスガで、
「ねえ、あなた。もしかしたら、賞金稼ぎは賞金稼ぎでも、海軍に雇われたってクチの人なんじゃないの?」
「う…っ。」
怯んだところを見ると、これまたビンゴ、大当たりだった模様。
「やっぱりねぇ…。」
だって、一端いっぱしの賞金稼ぎや ましてや軍人にしては…何だか頼りなさすぎる。そういうおドジな海兵が絶対いないとは言わないけれど、(ねえ、ゾロさんvv) そんな人物では…大した働きは期待出来ないのみならず、自分たちの側の情報を引っ張り出される危険だってある。そこで海軍の内情は全く知らない"雇った人間"で間に合わせたのだろうけれど、
「女の子をたった一人で海賊船に潜入させるとは、海軍も地に落ちたわよねえ。」
男なら警戒されると思ったにせよ、その当人の身の危険という点へは一切考慮していないということになるのだから。人一人の身を危険に晒しておきながら、そうまでして一体何の誉れを受けたいやら。やれやれと肩をすくめた航海士さんは、
「ホントだったら放っておくつもりだったあなたに、
今頃になって"実は知ってるのよ"なんて言っとこうと思ったのはね…。」
傍らに同席している黒髪の考古学者さんと眸を見合わせ、おもむろに…何事かを彼女へと語りかけ始めたのだった。
◇
途中の冬島海域にて、一戦交えて…敢えなく敗退・潰走した艦隊から、そちらの島の港へ向かったぞという連絡があったにもかかわらず。それなりの計算の上で予測した寄港予定日を数週間過ぎても姿を現さない、新進気鋭の某海賊団であり。基地の総力を挙げて捕獲の準備を万端整えていたその上、捕らぬタヌキの何とやら、それだけの大物を捕らえたならば受けるだろう褒賞を見越して、あれこれと見栄を張っての買い物やら根回しやらをしていた管理責任者の中佐殿や作戦立案者の少佐さんは、肝心な手柄の"対象ネタ"が来ないとあって、結局は手柄を逃し。準備に構けた分、放置されて山積みになっていた他の仕事への後始末に奔走させられるわ、余計な借金を抱えるわ、面子を潰すわで、長きにわたって笑い者になってしまったそうである。そんな彼らが、相手を罠におびき寄せるための…撒き餌というかトラップというか、そんな駒として使い捨てるべく雇った賞金稼ぎの少女はというと、誰も心配しなかったそのまんま、書類の上では"行方不明"扱いになってしまった。
――― が。
島の周辺で一番人目につかなくて安全な入り江や、補給用の良品が揃ったお店を誰かさんたちに教えることと引き換えに、同じ海域のすぐご近所、彼女が生まれ育ったというちょこっと鄙びた島まで送ってもらうこととなった女の子がいたというのは、彼女と誰かさんたちとの"秘密"である。
「人を更生させただなんて、ますます海賊らしくねぇよな。」
「え? 海賊狩りって悪党なのか?」
海賊を捕まえるんだから、海軍の側の人間なのに? チョッパーが小首を傾げたのは、ウソップが"更生させた"なんて言いようをしたからで。そんな彼らの会話に、
"ホントだったら、海賊狩りを辞めさせたってのが"更生"になるのかってところが突っ込みどころだろにな。"
くつくつと笑った剣豪さんの懐ろでは、今回の"一件"の全容というのか真相というのかを、全く気づかないままでいたお暢気な船長さんが、くうくうと転寝の真っ最中。
"………。"
船長のくせして暢気なもんだと、ナミが呆れ、ロビンがクスクス笑っていたが、
『まさかとは思うけど、海軍だの賞金稼ぎだのだったなら、
気づかない振りを押し通してやるのよ。
どんなどんでん返しにも巻き込まれないようにって気構えがあれば、
いざ、罠に囲まれかかっても、彼女だけ相手に向けて放り捨てて逃げればいい。』
エターナルポースを持ってたくせに黙ってた。そんな彼女へなんで不審者だと問い詰めないんだと訊いた時、この自分に向かって宣言するかのようにそんな言いようをしていたくせして。いざ向かい合ったら、随分と手厚い対処を取ってやったナミであり。お人好しだったりお暢気者だったりするところはお互い様じゃねぇかよなと、ついの苦笑が口許へと洩れた剣豪さんだ。そんなことを思う彼だって、ナミに言われてわざと靴音をさせ、自分の行動やら居場所やらをクレールちゃんに判りやすく教えてやっていたりしたのだが。
"……………。"
自分の懐ろにて健やかな寝息を立てている、船長さんの何ら変わりない天真爛漫なお顔を覗き込み、ふわりと微笑ってみたものの。
"こいつ、ホントに気がついてなかったのかな。"
もしかしたら。物の本質を見抜くことにかけては、これでたいそう目の利く奴だからと思ったものの、
"………。"
たとえ気づいたとしたっても。彼にとってはどうでもいい"瑣末なこと"だったのかも知れないと、そんな風に思い直した。平和穏便に暮らす普通一般の人間にとっては…一生の内に一瞬でも同座して体験出来たら物凄いトピックス、生涯忘れられない冒険譚になりそうなことが、自分たちには日常茶飯レベルであり。非力な人々には何ともし難き"積年の艱難"であろう、権勢者や悪党による無理難題や専横でさえ、通りすがりの片手間に"てぇ〜いっ邪魔だっ"とばかり、あっさり蹴たぐってしまえる些細な障害だったりする。だからといって、そんな弱い立場の人たちの真摯な懸命さを理解出来ないような、鼻持ちならない愚鈍さや高慢さは一切寄せつけず。いつまでも無垢というかお馬鹿というか、気さくで単純、何とも分かりやすい少年なままの船長さん。
"…そうさな。"
気づいていようが いまいが関係ない。その胸の裡うちが複雑でも単純でも、それは彼の持ち物なのだから、好きにさせとけばいいのであって。自分はただ、自分の野望だけを見つめていて、時々、彼の肩をどやしつけてやれば良いだけなのだ。判っているからと、もしくは、任せておけと…。
"暢気で結構、怠け者で上等ってか?"
くうくうと気持ち良さげに眠る懐ろネコさんにつられて、剣豪さんもまたゆったりとその身を伸ばして午睡に入る。彼らにとっては、今日も今日とて"全て世は事も無し"であるらしい。次の冒険まで、せめて一時ほどの安息を…。
〜Fine〜 04.4.6.〜4.11.
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*久々の“蜜月”でしたが、あまり甘いお話にはなりませなんだ。
これなら“アルバトロス”向きだったかもしれません。
後悔先に立たずってやつですかね。(とほほん)
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