蜜月まで何マイル?

  "蜂蜜キャンデー・フルーツワイン" D


          



  ――― あのな、ルフィ。
      ゾロが私を…首根っこ摘まんでの力任せとか、
      怒鳴って怖がらせてとかして遠ざけられなかったのはな。

     「…?」

  ――― 私がこっそりと泣いてたのを見たからなんだ。

     「…え?」

  ――― 夜中に目が覚めて、ナミたちのお部屋から外に出て。
      甲板でこっそり泣いてたのをな、ゾロに見られちゃったんだ。
      ゾロは子供のあやし方は良く判んないからって言って、
      だけど"よしよし"ってずっと背中撫でてくれて。
      それが何だか父様みたいで、私は凄っごく嬉しかった。

     「ふ〜ん。」

  ――― でもな、そんなして"あやした子供"を、
      人の目があるトコでは手のひら返したみたいに突き放せるほど、
      態度を色々と使い分けられるほど、器用な男ではないだろう?

     「うん♪」


 それにゾロって、非情な奴みたいな振りして案外とお人よしなんだぜ? あ、やっぱりな、私もそうだと思った。そんなやり取りを交わす二人の…ほんのすぐ傍らで、

  「………。」

 図星だからか、それとも言葉を差し挟むタイミングを掴めなくてか。当のご本人の剣豪さんが何とも弁明出来ぬまま、その口許を大きくひん曲げていたのが妙に可笑しい構図であったりした。




            ◇



 猛々しく荒れる海へと飛び込み、カザリン皇女をそれはそれは不安にさせた剣豪さん。やがて海面からその顔を出したゾロは、荒らぶる波間でもんどり打って暴れていたプレジャーボートへの乗船にも見事に成功し、船室の中へと姿を消して。それからほんのしばらくして、海楼石に力を吸われて ふにゃりと萎えてしまっていた船長さんを肩に担いで戸口まで、無事な姿をわざわざ王女様に見せてくれたのだった。こっちへ戻るにはまだ危険だったから、波が静まるまではとそちらの船にて小半時を過ごし、やっと戻って来てくれた二人の男衆たちへ、
『ルフィの馬鹿っ! あんな危ないこと、簡単に引き受けるなっ!』
 まずは船長さんへとお叱りの言葉を投げ、それから続いて、
『ゾロもだぞっ! ルフィが心配だったのは判るが、ちょっとでも間違ってたら死んでたんだぞ?』
 海を舐めちゃいけないんだからなと、安心したからこそ溢れ出して来て止まらない涙に邪魔されつつも、頑張ってお説教をしてくれたお姫様だった。






   ――― そして、その翌日。


「カモメだ。島が近いぞ。」
 早朝にはもう、カザリンの生まれ故郷、ウォルフ王国が統治するという島の海域へと入ったゴーイングメリー号だった………のだが。

  「ま、ね。予想はしておりました。」

 世界政府に加盟した王国ということは、すなわち。自国でその支配制御を統率管理している"独立した軍隊"をたとえ持っていようとも、そちらは主に自衛権を行使するためのもの。世界政府の連盟下にある以上、海軍とも…情報交換や活動体勢において、干渉や協力という形である程度の連携がある国家だということであり。静かな佇まいの島の手前、青々と広がる外洋にはさりげなく巡視船が徘徊しており、旗印こそウォルフ王国のそれを掲げているものの、
「乗っているのは海軍の海兵たちみたいね。」
 これでは…滅多なことでは港どころか島自体へも近づけない。
「カザリンの捜索や連絡の連携基地になることも兼ねているのでしょうけれど。」
 手回しの良いことだとあっけらかんと言ってのける考古学者さんに、航海士さんががっくりと肩を落としたのは言うまでもない。
「…お礼はやっぱ、直に王宮まで連れてかなきゃ貰えないんだろうしな。」
「だろうな。」
 ウソップとチョッパーの、他意はないやりとりに、
「…分かったわよ、分かった。」
 どこかやけっぱちの投げやり口調で、ナミがきっちりと諦めて。お礼目当ての航海も、ちょっと早いがここらで終しまいと運ぶことに相成って。ナミがあんまりにもがっくりと…そのまま魂が昇天しそうなほどに落胆して見せたものだから、

  「…じゃあ、あのボートの装備品を好きなだけ剥ぐと良いぞ?」

 カザリン皇女が同情して、そんなことを申し出てくれた。豪華なプレジャーボートは、その内装も装備も見事な品揃えで、室内での遊び道具や愛らしい装丁の本1冊をとっても…ちょっとしたマニアには垂涎ものだろう、手の込んだ逸品揃いだったから。
「この護剣以外なら、全部構わないぞ?」
 皇女からの太っ腹なお言葉には、ナミの機嫌も何とか収まり、装備の中には次の島へのエターナルポースもあったので、ログが溜まるまでは島から離れられない…ということもなくなった。


   ――― そして。


「あのな。ゾロを近衛に招きたいと思ってたが、それは辞めることにした。」
 ベッドやクロゼットといった大きくて重たい備品や、王国の紋章が入っていて処分出来ない品物以外は、あらかた持ち出されてすっきりした船室にて。そのままにしておいてもちゃんと島へと向かえるように、舵のセッティングをしてくれているナミの作業を待っていたその間、カザリンはゾロとルフィをわざわざ傍らへと呼んで、そんなことを言い置いた。
「守るべき主人である私と、それから自分の身…だけでなく。それ以外にも、命を投げてでも助けたいとするものを持っている者には向かないのだ。」
 何物にも恥じず屈せず、胸を張って毅然としているその生き様の根底にあって、彼なりの矜持の原動力になっている野望や信念。なりふり構わず目指しているという"それら"に負けないような、もしかしたら…本人でさえその順位をきちんと把握してはいないまま、無意識のままに至上のものとしているような"宝"を持つ者には向かないからと。きっぱりと言い放った皇女様であり、
「いざという時にどっちを優先すべきかと、いちいち天秤にかけるような男ではないと踏んではいるがな。それでも、私より大切な人を持つ者には、危なっかしくて任せられんからな。」
 ホントは物凄く名残り惜しいくせに。わざとに我儘ぶった、尊大な言いようをして。未練を振り切っての精一杯の言いようだなと、操舵室でついつい聞いてしまったナミやサンジが、そして…こちらはゴーイングメリー号にてロビンが、くすすと小さく苦笑した。自分たちの船長と同じで、隠しごとが出来ない皇女様。恐持てのする剣豪さんに、腕っ節がどうのこうのという評価よりも先、大好きだからあんなにも懐いていたのだけれど。
『あんな危険な海にあっさり飛び込んでしまうほど、ルフィのこと、大切に思っているのだものな。』
 ちゃんと自分の野望があるのに。それを達成するまでは、そう簡単に死ぬ訳にはいかないと。命の価値や生きる意味、しっかり見据えている男だのに。そういうの全部、一瞬も迷わないで"置いといて"扱いにして助けに行ったゾロ。そんな二人を引き離すなんて無理な話だと、カザリン姫はうふふと笑っていたので。こうなるだろうなという予測はしていた皆さんであったらしい。
「ルフィには これをやる。」
 あらためて差し出されたのは蓋つきの白磁の壷。丸ぁるいボールみたいな、チョッパーの頭ほどもあろうかという大きな壷で、蓋を取ると中には甘い香りの、
「わわっ、蜂蜜アメだvv」
 セロファンで包まれたキャンディが山ほど入っており、甘いものが大好きな船長さんには、宝石や金貨より素敵なプレゼント。それは分かりやすくもわくわくとした笑顔になったルフィを、苦笑混じりに見やっていたゾロへ、
「ゾロにはお酒が良いのだろう? この船に載せてたものだから、そんなに辛いのはなかったらしいが、それでもサンジに全部渡しておいた。何なら次の島で辛いのと買い替えれば良いぞ?」
 にこりと笑うカザリンからの、精一杯の気遣いへ。さしもの恐持て剣豪さんも、
「ありがとな。」
 これは参ったなと、困ったように尚の苦笑を精悍な頬へと浮かべつつ、それでもきちんとお礼を一言。さすがは小さくても皇女様。立派にきっぱりと、笑顔でのお別れを堂々とこなそうとしてらした………のだが、

  「これ。お前にやる。」

 いよいよボートを船尾から離すぞというお別れ間際になって。ニコニコ笑ってルフィが差し出したものを見て、
「あ………。」
 小さな皇女様、意表を突かれて息を呑む。
「貰ってばっかじゃ悪いからな。」
 こんなつまんないもんで悪いけどと、にししっと笑った船長さんだが、皇女は"ぶんぶんっ"と大きくかぶりを振って見せた。両手を揃えてお皿を作って、その上へと載せてもらった小さな餞別。短い間だったけれど楽しかったねと思い出せる、小さいけれどとってもとっても温ったかいお土産。

  「…ありがとうなっ。」

 泣きたいような、でもでも、満面の笑みを見せて。小さくてやんちゃで、屈託なくてお元気なお姫様。我らが海賊団と一緒だった数日間の旅に、ちょっぴり寂しい、でも…それはそれは元気一杯に声を張っての、晴れ晴れとしたお別れをしたのであった。


  「かわいいお姫様だったな。
  「そうだな。カヤには負けるけどな。
  「ありゃあ素敵なレディになりますね。
  「そうね。彼女が治世しても良いほどかもよ。
  「お金離れは良いし、海賊あしらいも上手だったし♪

  “………おいおい。”×@ (笑)



 どんどん小さくなるボートを見送りつつ、はやばやとキャンディを一つ、そのお口へと放り込んでいた船長さんは、
「ホント言うとな。」
 お気に入りのお顔を見上げて、小さな声でぽそっと言った。
「カザリンには負けるかもって。ずっと思ってた。」
「負ける?」
「おお。」
 顔はボートに向けたまま、
「ゾロんこと、奪られちまうかもって、ずっと思ってた。」
 淡々とした声で言う。
「なんかサ、ずっとドキドキしてたんだ。」
 厄介払いなんてつもりは勿論ないけれど。それでもやっと落ち着けたと、小さな口許から零れたのは…キャンディの香りをまとった甘い甘い吐息。怖いものなしの船長さんにも、思わぬところに急所があったらしくって、そんな自己申告へ声を立てずに"くすす"と笑ったゾロだったが、

  "…でもなぁ。"

 その"急所そのもの"らしい剣豪さんとしては。
"あんまりありがたい発見ではないよな。"
 確かにね。とっぴんしゃんな言動の多い、破天荒船長さんの手綱取りのためとはいえ、選りにも選って、自分を盾に取って言うこと聞かせるのどうのなんてのは、一番苦手でしょうからね。甘ったるい幸せの温みを腕に、実は今こそ至福な剣豪殿が、複雑そうにその口許を曲げてしまった、初秋海域の昼下がりであったとさ。








  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 楽しくてワクワクして、それから…ちょっぴり切なかった、そんな体験をしたカザリン姫は、しばらくして。同盟国から使節としてやって来た とある皇女様との対面の機会を持った。聡明で闊達で美しく、カザリンも大好きな姫君だったが、不幸なことにお国が内乱状態にあったため、数年ほどは逢うどころか音信不通であったものが、やっとのことで落ち着かれたということで。今回の外遊は"ご心配をおかけしました"というご挨拶を兼ねてのもの。使節としてのご挨拶や同盟国としての調印の確認等というお仕事を終えられて、やっと何とか時間を取れた姉姫様は、小さなカザリンのお部屋にもわざわざ運んで下さって、
『久し振りですね、相変わらず、お転婆さんでいるようですね』
と、お茶を飲みながらの楽しいお話のお相手をして下さった。カザリンが行方不明になっていた話もお聞きになられてらした姫様だったが、
『あのね、あのね。』
 大好きなお姉様だからと、カザリンはこっそり宝物の小箱を開けて、彼らから貰った一番の宝物を見せてあげた。傷だらけで粗末な輪投げ用の輪っか。2センチ強ほどの幅に小さく描かれた、変てこりんな海賊マークは…そうと言われなければ まずは分からないだろうほど下手くそだったが、

  『………っ!』

 何故だか。姉様姫はハッとして…そのマークをじっとじっと見つめてらして。
『これって…。』
 そぉっとマークのところを撫でてから、それはそれは切なげなお顔で笑って見せて下さった。
『どうかされたのですか? ビビ姉様?』
『…ううん。何でもないの。』
 大変な経験をなさいましたね、でも、出会えたのがこの人たちで良かったと。何かしらご存知でいらっしゃるような言い方をなさって…。



  〜Fine〜  03.10.14.〜10.31.


  *カウンター 106、000hit リクエスト
    けーこ様『ひょんなことから助けたお姫様がゾロに一目惚れをし、
                         ルフィが焼き餅をやく。』


  *そういえば…ウチのルフィさんは、
   分かりやすい焼き餅はあまり焼いたことなかったような気がします。
   やはりキリリクだった『ホメオスタシス』くらいかな?
   度量が広いとか、お暢気がすぎてとか。
   そんなにもゾロにばかり集中してないとかいうのではなくて、
   そんだけゾロが脇目も振らずに"ルフィ一筋"だからです。(あははvv

  *そんなせいでしょうか、
   何だかぼややんとしたお話になってしまったかも知れません。
   いかがなもんだったでしょうか。
   不本意なネ落ちから復帰したばかり、
   どこか集中し切れていなかったかも…ですが、
   お気楽頭の筆者に"ジェラシーもの"は難しいということで、はい。
(嘆)
  


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