蜜月まで何マイル?

  "蜂蜜キャンデー・フルーツワイン" C


          





 とどのつまり。ゾロを貸してやれと言われたものだから、それじゃあ自分はその間、ゾロには一切タッチしてはいけないのだと思い込んででもいたのだろうか。だとしたら、相変わらずに物事を二極的にしか考えられない、至って"お子ちゃまな"ルフィだったということで。
"何だよ、それ。"
 だからね。良いか悪いか、白か黒か。all or not。1つことに答えが二つしかないという、極端な考え方をすることを言うんですよ。好きか嫌いかはっきりしてヨとか、仕事とあたしとどっちが大事?とかネ。そうであることが"絶対にいけない"とまでは言いませんが、何だか…いかにも物の把握がまだまだ未分化な子供の考え方っぽいでましょ? 清濁合わせ呑むとか、保留にしとく部分も併せて今だけは一応の把握や承認をするとか、そういう奥行きある大人の判断がこなせた上で静観出来ていれば、コトはああまでややこしくならなかった筈。………という訳で、



「わぁあぁっ! 凄い凄いっ!」
 真っ青な空へ真上に高々と投げ上げられた、輪投げ用の籐巻きの輪っかとかボールだとか。途轍もなく遠いもの、あっと言う間に掴まえて"しゅぱんっ"と勢いよく手元へ引き寄せてしまう、それはそれはダイナミックな大技に、
「ルフィ、凄いっ!」
 小さな皇女様が手を叩いてはしゃいで見せる。彼の背丈よりもずっとずっと長く伸びるゴムゴムの腕。見張り台からうっかり取り落としかかったマグカップを"ひょ〜いっ"と難無く掴まえて、上にいたその手元まであっさりと引っ張り戻したのを間近に目撃したカザリンが、

  『こんな面白いこと出来るのに、ルフィは何で隠してたんだっ!』

 呆気にとられたその後で…そんな風に憤慨してからの、このはしゃぎよう。そういえば、まだ話してなかったなとルフィが笑い、それどころじゃなかったもんね…と他のクルーたちが こっそり苦笑して。
『俺はお前くらいの子供の頃に"悪魔の実"っていうのを食ったんだ。』
『"悪魔の実"?』
 そんなもの全く知らなかったらしいカザリンへ、
『ああ。カナヅチになっちまう代わりに、色々な能力を得る不思議な実だ。』
 ゾロが説明を付け足してやり、放り投げてもいい手頃な玩具をと乞われて、倉庫から雑貨の入った箱を引っ張り出して来たウソップが更に付け足す。
『ウチじゃあ、このルフィとロビン、それからチョッパーが"能力者"だ。』
『ロビンやチョッパーも?』
『ああ。ロビンが食ったのは"ハナハナの実"で、チョッパーが食ったのは"ヒトヒトの実"。』
『そっか、凄いなァ。』
 ………あれれ? ちょっと待って下さいな。
『なんだ? Morlin.』
こらこら
 チョッパーのこと、カザリンちゃんは今の今までどういう説明されてたの? 小さなトナカイの方の姿でいたんでしょうに、その…不思議だなぁとか何にも思わなかったの?
『そういう生き物もいるって思ってただけだ。海は広いからな。お馬鹿な人間もいれば、賢い動物だっている。ましてや此処はグランドラインだ。二本足で立って、人の言葉を話せる賢いトナカイが居たって不思議ではない。』
 そ、そういうもんなんですか。…ふ〜ん。
(笑) まま、そういう訳で、何だか和やかな情景が主甲板にて始まった訳で。
「もう一回っ! ゾロ、今度はもっと高く投げてっ!」
「限度があるってよ。」
 いい加減にせんかいと眉を顰
しかめる投擲係は剣豪さんで、高く遠くへ投げるなら狙撃手さんのパチンコに頼れば良いものを、
「そらよ…っとっ。」
 使い慣れた刀の代わりのモップの柄にて、下から上へのアッパー・スゥイング。ひょいっと軽く、手前へ投げた投げ輪をカツンっと小気味良い音させて叩いては、空の高みへと真っ直ぐに飛ばしてやっているゾロであり、
「うわあぁっ! 高い高い〜♪ ………あ、取れたっ。ルフィ、凄いっvv
 つまりは"3人で"仲良く遊んでいる彼らなのである。
「あら。剣豪さんが二人の面倒を見ている…のではないの?」
「そうも見えますが、ルフィもクソマリモも中身のレベルはカザリンちゃんと とっつかっつな"同世代"同士ですからね。」
 ロビンお姉様の質問へ、サンジがくくっと笑って応じて、だが、
"…でもなぁ。ルフィがああまで長いこと、焼き餅を焼いて拗ねるとはね。"
 その胸中で零したのは、何となく感慨深げな呟き。これもまた一種の"信頼"からか、どんなに妖艶な美女が絡もうと枝垂
しなだれかかろうと、知らん顔で意に介さなかったルフィだったのに。そうでなければ…ゾロも言っていたことだが、ライバル格の出現なんぞ まるきり意に介さないまま、一緒に遊ぼうとばかりに"いつも通り"を貫いた彼だったろうに。いくらナミからの直々の厳命というか説得があった上での"我慢"だったからとはいえ、4日もの長丁場をずっと、拗ねたようにそっぽを向きつつ、そんな態度の陰で人知れず落ち込み続けていたなんてのは初めてのこと。八つ当たりも爆発もなかったのは、果たして…進歩なんだか、それとも根が暗くなった退歩だったのか。
"カザリンちゃんは自分と似たタイプだったから、これは危ないって危機感を感じでもしたのかね。"
 あはは、どうなんですかね。
(苦笑) それよりも。この数日の様子を、ただの意気消沈ではなかったと、そういう分析をしちゃえる…ルフィがいかに落ち込んでたか、しっかり把握していたサンジさんも相変わらずで。ついつい目が行く小さな背中。剣豪さんよりも遥かに遠い場所から、なのに…剣豪さんよりも細やかに、その背中の表情を把握出来る人。相変わらずに切ないポジションを堅守しているシェフ殿であるらしいのが何だか泣かせます。
"…そりゃどうも。"
 金髪の美丈夫さん、唇の端で咥え煙草をちょいと振り、小粋に笑ってそのまんま、甲板へと視線を投げて…眩しげにその青い眸を細めて見せる。蒼穹へと吸い込まれるよに飛び上がった籐巻きの輪っかの下で、はしゃいだ声が沸き立って。小さなキャラベルは、海賊船とは到底思えぬ和やかさで、広い海の上をゆったりと進んでいた。







            ◇



 よって。それは突然の天候の変化であり、ナミの天才的な勘によってでさえ、間近に来るまでそれと察することの出来なかった代物だった。一体どこから沸いて出たのか。あれほどの好天を一気に塗り潰すように、重々しい真っ黒な雨雲は何層にも重なりつつ空一面を覆い、穏やかにそよいでいた潮風は、形あるもののような勢いとなって真横から強く吹きつけ。ねっとりと湿気の多くなった重い空気の中、時折痛いほどの勢いで、大粒の雨が甲板へと叩きつけるように落ちて来る。様相といい急変ぶりといい、南洋型の強烈な驟雨に似ていたが、
「ハリケーンほどの低気圧じゃなかったから、却って嗅ぎ取りにくかったのかもね。」
 しまったしまった、油断してたという苦笑が出るほど、ナミの感覚の中では…規模としては ささやかなものならしく。それでも小さなキャラベルを海上でのたうち回らせるには十分な荒れようになって来た。
「いぃい? くれぐれも気を抜かないであたってちょうだいよ?」
 気圧変化や突風の予想。それに伴う潮流の変化。それなりの計測装置よりよほどに鋭敏に察知出来る、それは優秀なナミの体感や勘による判断にて、キャラベルの帆や舵を調節する操船指示が間断無く飛ぶ。主帆は降ろさず、索具を締めたり緩めたりしてその張りようや方向を変え、何とか風に乗る構え。波の方は…波濤こそ荒々しく立ってはいるが、
「海流の流れそのものはそんなに変化してないわっ。風にあおられた船の反動に、舵を持ってかれないようにしてっ。」
 矢のように次々と出される指示に尻を叩かれて、体力自慢のクルーたちが甲板上をばたばたと駆け回る。もともと外洋航行にはあまり向いていないだろう、小さくて可愛らしい船だが、航海士さんの出す的確な指示と、それへときっちりと応じる反射神経も鋭い、底力たっぷりなクルーたちの働きには一部の無駄もなく。予断を許さぬ状況ながらも、さほどに悲壮な雰囲気はない。
「あと30分ってトコかしらっ。頑張って踏ん張ってよねっ。」
 耳を聾する風雨の唸りに負けるものかと、頑張って声を張り上げたナミの背後。キッチンキャビンの中で大人しくしていなさいと指示されたカザリン皇女も、対策責任者様のそんな声を聞いて何とかホッと胸を撫で下ろす。このグランドラインに開かれた王国の皇女なだけに、船に弱いということは全くなく。また、お転婆さんで鳴らしただけあって、強い嵐に翻弄されて船ごともんどり打ってるこの状況も、さほどには怖くないけれど。それとは別な次元にて、海の怖さはよくよく知っている。海も風も、決して慢心してかかってはいけない相手だ。風や空の気まぐれと、海の広さや深さ、底知れなさに比べたら、どんなに文明が発達しようと人の存在の何と小さいことかと、
"…父様。"
 多くの恵みもくれるが、大きく荒れれば…人間なんぞ何人集まろうとひとたまりもない。それが"自然"という巨大な存在であり、これそのものが"神"であるのかもしれないと、大好きな父王様がいつもいつも語って下さった。それを思い出した皇女は、だが、
「………っ!」
 ハッとすると腰掛けていたベンチから立ち上がり、駆け寄った小さな窓に頬をぎゅうぎゅうと押しつけて後方を何とか見やる。だが、此処からでは目的のものが全く見えないらしくって、
「…っ。」
 矢も盾も堪らずという勢いで、長いスカートの裾を掻き上げながらドアへと駆け寄った彼女に、
「カザリン?」
 大柄な青年Ver.に変身して舵を操っていたチョッパーが怪訝そうな声をかける。耳が良い彼ならドアを閉じていてもナミの声が聞こえようということから、こういう配置になっていたのだが、小さな皇女様がドアノブに飛びついたのにはギョッとした。
「まだ駄目だよっ! 外はまだ荒れてて…っ。」
 今の今まで大人しく待機していた彼女だったのに。怖がらないのは助かるが、
『私も何かするっ!』
 そうと言って聞かなかったのを、
『足手まといになるから大人しくしてな』
 それはそれは身も蓋もない、厳然とした言いようでゾロが此処へと押し込めた。これまでの"日中日頃"とは事情が違う。いつもは自分よりも小さいチョッパーが大きな大人の体格へと変身しているのだって、それだけ…物理的な"力"とかが必要な事態だからなんだと言い聞かされて、
『…そうか。そうだな。聞き分けなくて すまない。』
 ちゃんと納得していた筈なのに。
「カザリンっ!」
 舵から手が離せないチョッパーが呼びかけると、
「ちょっと見て来るだけだ。すぐ戻るから。」
 小さな皇女は"大丈夫だから"と扉を開いた。途端に、
「………わっ。」
 思ってた以上の様相が肌身へと迫ってくる。まだ昼間なのに空は真っ暗で、轟々と凄まじいまでの風の音や逆巻く波の音が鳴り響く。ほぼ真横に叩きつけるように降りしきる雨は、まるで沢山の小石の飛礫みたいに痛い。そんな中、
「…くっ!」
 声を振り絞っての指示を出すナミの背後を擦り抜けて、立っていられないほどの大きな揺れも何のそのと、小さな手で手摺りや船端に掴まりながら、カザリンが懸命に向かったのは後甲板だ。船尾の手摺りからロープで曳航していた彼女のボートもまた、大きな波に激しく揉まれていて、奔流の中の木の葉のように易々と弄ばれている。風になびいて頬に張りつく亜麻色の髪も、小さな体を持っていこうとする大風も厭
いとわぬままに、だが、表情だけは堅くこわばらせたままでそんな船を見やっていると、
「こら。何してる。」
 彼女なりに踏ん張って、誰の姿もなかった後甲板に悄然と立ち尽くしていた小さな陰へ、補助帆の調整に来たルフィが声をかけて来た。
「あ、ルフィ…。」
 いかにも困ったという、随分と弱々しい顔をこちらへと向ける。あまりに急な嵐だったため、あらためての手当てをする暇がなかったボート。一応、扉や窓に錠を降ろすという形での戸締まりをしてはあるが、
「父様から頂いた護剣が船室の中にあるんだ。」
 たった一人で漂流していて、海賊たちに拾われても動じなかった、あれほどお元気な皇女様がそれはそれは不安そうな顔をする。皇室に収められたほどの船なのだから、チェックも万全だろうし、現に外洋の雄々しい海流に乗って漂っていたほど。そう簡単に全壊するとも思えず、そこまでの危惧は要らないだろう…とは思うのだが、甲板にあった様々なものが薙ぎ倒されて、風や大波に吹っ飛ばされているのを見るにつけ、何だかドキドキと不安になった彼女なのだろう。目を凝らして見れば、キャビンの窓が1つ、飛来物でも当たったか、嵌め込まれてあった筈のガラスが割れている。

  「どうしよう…。」

 よっぽどその"護剣"とかいうのが大切なのだろう。今にも泣き出しそうな顔をする。屈託なくていつも溌剌としていた皇女様。こんなお顔を見るのは初めてのこと。
「………。」
 ルフィはそんな彼女の横顔をじっと黙って見下ろしていたが、


  「よしっ! 俺が取って来てやる!」

  「………え?」


 一瞬。カザリンの頬に喜色の気配が浮かび上がったものの、
「ダメだ、ルフィ。落ちたらどうするんだ?」
 聞いたばかりの"悪魔の実"の不思議な影響力の中に確か、海に嫌われてしまってカナヅチになる…というのがなかったか? それでなくとも危ないのにと、それを覚えていた皇女が慌てて首を横に振ったが、
「なに、海に落ちなきゃ大丈夫♪」
 船長さんは にっかと笑って、
「剣を探して持ってくりゃあ良いんだな? どんなやつだ?」
 少女のお顔をひょいっと覗き込んでくる。そのお元気な勢いに圧倒されたように、
「あ、えと。このぐらいの長さの短剣で、鞘にも柄にも青と赤のドロップみたいな宝石が嵌め込んである。」
 つい、自分の体の幅ほどを、両手で示したカザリンであり、
「お前が居た部屋にあるんだな?」
「うん。」
 こくりと頷いたのを確認して、ルフィは自分の右腕を、ぐ〜んと まずは後方へと引いた。それから、

   「ゴムゴムの、ロケットォーっ!」

 気合いを乗せた怒号一喝。それを合図にしてか、まるでクジラを捕獲する大銛を射出する砲台のように、引かれていた腕が前方へと勢いよく飛び出してゆき、それに続いてルフィ本人が文字通り"ロケット"並みの勢いで、荒れ狂う海の上を一気に飛んで行く。
「ルフィっっ!」
 そんなに距離はなかったが、それでも…途中の中空で風に煽られかかって、その細い身体が流されかかったものだから。見ていたカザリンが思わずヒヤッと小さな肩を窄めたものの、
「………あ。」
 先に到達していた腕が、しっかと向こうのボートの船端を掴んでいたから大丈夫。帆柱のないプレジャーボートは、その分ずんと軽くて安定性がやや悪いが、作りはしっかりしているから大きな破損もない様子。戸締まりと言っても簡単な南京錠を降ろしただけのものなので、転がっていた工具でガツンと殴って錠前ごと叩き落とし、船室へと入ってゆくルフィである。


   ――― …だが。


「…ルフィ?」
 入ったそのまま、なかなか出て来ない。こちらのキャラベルの揺れからワンテンポ遅れて盛り上がる、波の丘の上へと持ち上げられてはグラグラと揺れている小さなボート。片時も目を離さないままに見守っていると、
「こら、何してる。」
 背後からの声がかかった。船端にしがみついたままで肩越しに振り返れば、それと同時にがっしと抱えてくれた逞しい腕。
「ゾロ。」
「キャビンに居ろと言ったろうが。」
 彼女が見ていたボートをちらと見やり、成程と彼女の心配の種を察したらしい彼だったが、
「ルフィが…。」
 真っ青になったカザリンの声に、
「?」
 怪訝そうに眉を寄せる。鋭角的なその目許をちょいと眇めた彼へ、カザリンは必死で言葉を重ねた。
「ルフィがボートから出て来ない。」
「…何だって?」
 再び見やったボート。言われてみれば、キャビンの扉が開いている。
「父様から頂いた剣が心配だって言ったら取って来てやるって。海に落ちなきゃ大丈夫だからって。でも、中に入ってなかなか出て来ない。」
 先程以上に心配そうな顔をしている皇女様であり、
「………。」
 確かに…さして距離がある訳でなし、ゴムゴムの技での空中移動なら問題ないと判断したルフィだったらしいのはゾロにも判るが、
"出て来ない?"
 そこが判らない。あのボートにはルフィも見物がてら乗り込んだことがあるので、勝手も覚えているだろうし、第一、そんなに幾つも部屋はない。加えて言えば、娯楽用の船なんだからそうそう何本も剣がゴロゴロしている訳ではなかろうに、いくら手際が悪いルフィであれ、そんなに手古摺ることではない筈だ。二人して怪訝そうにボートを見やっていると、

  「海楼石だわ。」

 そんな声が間近で上がった。
「え?」
「船長さん、海楼石が嵌め込まれた剣を手に持っているのよ。」
 これもいつの間に来たのか、ロビンが傍らに立っていて、ボートの方に顔を向けつつ、瞼を降ろして何か念じている。ハナハナの能力とは、自分の身体の部位をどこにでも幾つでも花のように咲かせられるというもので、プレジャーボートの上に自分の眸を"咲かせた"彼女であるのだろう。
「作りからして"護剣"みたいね。だから、武器としての性能は二の次になるほど大きな石が、握りや鞘に象眼されてるのよ。」
 どんな事態でも楽しげに受け止める、そういう意味ではルフィととっつかっつな彼女なのに。この状況へはさすがに…いつもの余裕たっぷりな表情を見せてはいない。彼女もまた"能力者"ゆえに、忌ま忌ましい海楼石にだけは笑っての対応が出来ないのであろう。そんな一方で、
「…? その石がどうかするのか?」
 カザリンは…彼らの交わす会話にも、何がどうというのがまるで分かってはいないというお顔をするばかり。悪魔の実そのもの自体についてをまるきり知らなかったほどなのだから、そんな彼らが海楼石に弱いとは知らなかったのだろう。
「あんの馬鹿野郎がっ!」
 どういう状況なのか、これで全部判ったはいいが、まだ嵐は当分続く。しかも、
「あ…っ!」
 ボートとこちらの船端をつないでいたロープが、途中でギシギシとほどけ始めている。潮をかぶり、陽に晒され、頑丈な筈のロープが弱っていたところへこの嵐。衝撃に負けて千切れかかっているのだろう。
「大丈夫よ。」
 ロビンが咄嗟に…こちらの船腹から連結タイプの"ハナハナの腕
(レイン・テ・フルール)"を繰り出したので、ボートが流されて引き離されるのだけは免れたものの、
「ごめんなさい。これ以上は無理だわ。」
 船自体にもお守りの代わりにあちこちに"海楼石"が埋め込まれてあるらしい。本人そのものの身にだけでなく、離れたところへも効力を発揮させられる彼女の能力は特殊だからか、海楼石へも敏感なのであるらしく、
「航海士さんが言うには、この嵐はもう少しで乗り切れる。ただ…。」
 考古学者嬢は難しそうな顔になり、
「せめて、船長さんが手から剣を離してくれれば良いのだけれど。」
 海そのものを凝縮した石。海に浸かれば能力以外の力も全て、底を浚うように剥ぎ取られる彼らであり、そんな石をずっと懐ろに抱いていたりすればどうなるか。それが一番に判っている彼だったから、
「ちっ!」
 短く舌打ち。そして、
「あ、ゾロっ!」
 あっと言う間に。船縁の上へ立ち上がり、そのまま海へと身を躍らせるゾロである。
「そんな…。」
 ただでさえ大きく荒れて、彼の背丈の倍以上というほどに高々と、その波濤を立ち上げて暴れている海なのに。しかも、彼が飛び込んだのは二つの船の間という危険な狭間であり、船体にぶつかったり挟まれたりすればただでは済まない。
「ゾロは? ゾロは、大丈夫なのか?」
 大きな瞳がそのまま零れ落ちはしないかと思うほど、凝視していた真っ暗な海から必死の形相を振り上げてカザリンが訊けば、
「…そうね。」
 ロビンはその、知的で怜悧に整った顔容
かんばせをきりりと引き締めて、何かしらを熟考してみてから、
「大丈夫。」
 それはくっきりと言い切った。


   「だって、あの子たち。並みの人間ではないのだもの。」

   ………はあ?


「ギリギリのところで剣士さんがモラルに負けそうになっても、船長さんが飛び抜けた破天荒さでぶっ千切る。船長さんは海に弱いならそこは剣士さんが補う。そういう二人だから、きっと大丈夫。」
 こらこら、ロビンさん。
(笑)  何とも奇妙な、だがだが、それ以上に確かなものはないと大きく胸を張れる根拠の下に、この船で一番理性的で頼もしいお姉様がやっと"ふふふ♪"と笑って見せたものだから。これはやはり…憂慮はしなくても良い方へと事態は動いたらしいのだが、

   「………ゾロ、ルフィ。」

 雨混じりに吹き寄せる強い風の中、二人ともどうか無事でと、小さな両手を胸の前で合わせて祈った、カザリン皇女であったのだった。






  


←BACKTOPNEXT→***


  *怖い怖い嵐に、一致団結して立ち向かう彼らの様子が好きです。
   前OPにもその様子があって、ワクワクしましたvv
   さて、このお話もそろそろ終盤。
   もうちょっとだけお付き合いくださいませです。