お姫様も大変
     
“蜜月まで何マイル?”より


  ―――さて、その日がそういう"特別な日"だとは、殆どの面子が知らなくて。

 特に時間をきっちり定めている訳でもないのだが、小人数のクルーたちがほぼ全員であたる朝のお勤めのせいでか、朝食に限っては特に、皆でそろってテーブルに着くのが自然な流れとなってしまっている。
「…あら。かわいい♪」
「ホントですぅvv」
 その朝食のテーブル。銘々のメイントレイの傍らに、小さなデザート用の小皿が早々とセットされていて。そこには小さめの玉子くらいの大きさの、砂糖菓子だろう、愛らしいお人形がそれぞれについている。二人1組のペアになっている、パステルカラーの少々風変わりな装束が愛らしい、立ち姿のお人形で、
「これって"お内裏様"ですよね。」
「さっすが、ビビちゃん。博学だぁ〜vv」
 それを作った張本人だろう、金髪碧眼のシェフ殿は、ハーブティを銘々のカップへと注ぎながら、ハートマークが滲み出して来そうな甘い声を伸ばして感激を訴えた。実は昨日、ここにいる全員から、ン歳になった"お誕生日"を祝ってもらったばかりな彼で。結構遅くまで酒の宴は賑々しく続いた筈なのだが、翌朝にはこういうおまけ付きの朝食をしっかり供せる辺り、やはり"食"に関しては只者ではないというところか。それはともかく、
「オダイリサマ?」
「ええ。えっと、外海の…。」
 こちらは意味が分からないらしい、小さな船長が眉を寄せて小首を傾げたのへ、ビビが判りやすく説明を始めようとしかかったのだが、

  「東の和国の古くからの春の風習だ。
   桃の節句に古い着物を着付けたお人形を飾って祝う、女の子のお祭りだよ。」

  「そうそう………え?」

 それはそれはよく響く良いお声で先んじて正確に答えたのが…思いもよらない人物だったものだから、全員が思わず、改めての視線を向けてしまう。その先にいたのは、誰あらん、
「な、何だよ。」
 こういうことに一番疎そうな、緑頭の剣豪殿だ。奇異や驚異という種の感慨を込めた視線を一斉に向けられて、その大ぶりな手には小さく映るマグカップを片手に、不本意そうな顔になるゾロだったが、
「いえ、よくご存知だったなぁと。」
 悪気はないんですというビビや、
「凄いぞ、ゾロっ。」
「うわぁ〜、物知りなんだなぁ。」
 素直に感心するルフィやチョッパーはともかく、
「お前、腹具合が悪いか、もしかして熱でもあるんじゃねぇのか?」
 おいおい。
「実はこういう可愛いものが好きだってのが隠れた趣味だったりしてな♪」
 こらこら。それらに続いて、
「そういえば。もしかして…あんたの出身地のものなんじゃないの? その風習。」
 無難なところに気がついたのが、さすがは知恵者のナミである。きっちりと…サンジには空になったカップをぶつけ、隣りに座を占めていたウソップへは拳骨をお見舞いしてから、
「まあな。クリスマスみたいなレベルの年中行事だったよ。」
 ゾロは特に感慨も乗せずにそうと応じた。成程、それなら知っていても不思議はない。とはいえ、女の子の行事となると、どこか仏頂面でいる剣豪自身には特に縁
よしみはなさそうでもある。
「春先の女の子のお祭りかぁ。なんか良いじゃない、そういうのvv」
 サラダへドレッシングを回しかけ、うふふと楽しそうに笑ってビビと顔を見合わせるナミであり、
「別に祭りじゃなくたって偉そうじゃんか、お前はよ。………ふぎゃい☆」
 命知らずなウソップが余計なことを言って、途端に裏拳を自慢の鼻がめり込むほど食らってしまった。まま、これはいつもの"ボケとツッコミ"?なので、さておいて。
おいおい
「でも。Mr.ブシドーにもびっくりしましたが、サンジさんも物知りなんですね。」
 出身地の風習だったからと知っていたゾロはともかく、シェフ殿の方は…ナミから聞いたり本人から聞いたプロフィールによると"海上レストラン"で育った身の上。洋風の風習やマナーの方にこそ縁もあろうに、そうまで遠い地方の風習をよく知っていたものだと感心する。が、
「なんの。どういうお客様がどんな注文をするか分からないからね。基本的な年中行事とそれへと即した料理は、沢山知ってれば知ってるほど喜ばれて便利なんで、つい自然と覚えるのさ。」
 ひけらかすでない、自然な笑顔でさらりと言ってのける。コックさんの基本は"提供すること"だ。美味しい料理とこまやかな心遣い。豊かな知識はそれらへの蘊蓄としてだけではなく、相手への思いやりとして注がれるものでもあって、供する相手からの理屈抜きの笑顔こそが至福の報酬。コンソメスープに豚ロースのあっさりグリル、ホウレン草のバターソテーにレタスとキャベツのしゃきしゃきサラダ。お代わり自由な、モッツァレラチーズを載せて焼いたトースト…という多彩なメニューを、お喋りしながらも手際よく配しながら、
「ちなみに、俺が参考にしたのはこれだがな。」
 テーブルの隙間へと彼が広げたのは、船内文庫としての蔵書の一冊、風俗と祭事の本だった。開かれたページには、和の国の古い"着物"のあれこれが鮮やかな挿絵と共に掲載されてあり、
「うわあ、綺麗ねぇ。」
「色が鮮やかですものねぇ。」
 さすがに女性陣には、堪らない魅力の美しさであったらしい。金欄緞子
きんらんどんすの綾錦。華やかな紅や山吹、深みのある翠や青、そして高貴な紫紺。様々な色の競演も見事で、殊に女雛の参考にしたらしい"十二単"には"重ね"と言って、2色3色と端を少ぅしはみ出させるようにずらして重ねて、何色ものグラディエーションや対比色の趣きを楽しむ趣向があって。それがまた、見た目にも華やかで美しい。
「これって、12枚もホントに重ねたのかしら。」
「さあて、どうでしょうね。記録には"20枚"というのが残ってるそうですが。」
「まあ。こんな立派な着物では1枚1枚も重かったでしょうに。」
 このとっても有名な装束、袿を5枚重ねる基本的な"五衣
いつつぎぬ"で20キロあるそうだから、それでなくたって今より華奢だったろうに…昔の人は大変だったのねぇ。といっても、何も普段からこうまで凄まじいものを着ていた訳ではない。これは平安時代の所謂"正装"で、公式正式な催しや祭事にのみ着用したのだとか。そもそもこの時代の女性たちは、みだりに殿御の前に姿を現すのははしたないこととされていて、正式な催しなどへの参加・参列であっても、御簾や蔀の陰に姿を隠すのが慣例となっていた。だが、しかし。せっかくの花の装いを、いわんや花の女盛りをアピールしないのは勿体ない。そこで、御簾の端っこなどから長い裳裾や重ねをちらりと覗かせることで、
『どう、このセンスの良い装い』
とばかりに存在感を示したり、はたまた、
『あんな絶妙な重ねのセンスがあるのは、○○宮の姫しかいない』
と殿方が目安にしてときめいたり。ちゃんと実用的にも?意味はあったらしい。ちなみに、袴の色は一般的に必ず紅という印象があるが、実は…未婚女性は"濃色"と呼ばれる濃い紫を用いたそうな。
「ふぇ〜、20キロか。凄げぇなぁ〜。」
 こらこら、船長。勝手にト書きまで読むんじゃないってば。
「いいじゃん。日頃はそっちから勝手にちょっかい出して来てんだからさ。」
「そうそう。」
「一方的な盗み聞きや覗きは感心しないな、レディ。」
 うう…、皆して。
(汗)でも、あんたが20キロごときに感心するってのは、何だか真実味に欠けて聞こえるんですけど、船長さん。
「それは言えてるかもね。」
 正確には"打たれ強い"のであって、重さを感じない訳ではないのだが、彼は剣豪殿と張り合えるほどに途轍もない力持ちでもある。そんなルフィだと皆も重々知っているものだから、
「20キロってどのくらいか判るの?」
 ナミからあらためて問われて、
「うっと…。」
 グリルポークを突き刺した赤ちゃん握りのフォークを宙で止め、ルフィはそこに答えを探してでもいるかのように頭上を見やったまま"パチパチ"と瞬きをする。そんな彼へ、
「…そうさな。こないだ、釣り上げたドウナガハマチが大体20キロだぞ。」
 サンジが適当な具体例を挙げてやった。先日、久々の大物として釣り上げたのが、あっさり塩焼きで食べたら物凄く美味しかった白身魚で…じゃなくて、おおよそ20キロだった獲物で。
「あれかぁ〜。」
 ちなみに。ご家庭で判りやすいものというと、お米のパック詰めは10キロですよね。あれを2袋、紐をかけて背負う…という感じですかね。(あ・でも、小人数のお家や一人暮らしの方には縁がないかもな…。
う〜ん
「う〜ん、だったら大して堪えねぇな、やっぱ。」
 ルフィは感慨深げにうんうんと頷いて見せた。何しろ、その魚、ルフィがたった一人で、喫水の高い甲板まで見事な一本釣りで"すぽーんっ"と引っこ抜くように釣り上げてしまった代物である。
「でしょうよね。」
 皆が苦笑し、銘々の関心が…食べかけの食事や図版の鮮やかな挿絵へと戻りかけたその時だ。


  「ゾロが乗っかっても平気だしな♪」


  「…………………」×@



            ***


 朝っぱらから"爽やかな話題"をにこやかに振ったことから、
『………あんたねぇ。』
 全員が(あ、船医殿には意味が判らなかったらしいから例外として/笑)テーブルに突っ伏したりお茶を吹き出したりと、様々なリアクションを見せてくれて。
『だってよォ、…。』
 無邪気なお口が更に何事か付け足す前に、えらい格好で名前を出された保護者が有無をも言わせずという手際のよさで当人を肩の上へと抱え上げ、キッチンから素早く退去させている。その素早さと言ったら、ナミが思わず残像へ意見の続きをしかかったくらいだ。
「あ…逃げたわね。」
 あっはははは。
(汗)一方で、
「まだ腹一杯食ってなかったのに。」
 やっと上甲板の中程へ降ろされて、ぷうと膨れるルフィだが、
「あのな。」
 あからさまな"メッ"というカラーの強い表情をゾロから向けられると、そこはさすがに…意味までは判らないが
おいおい、どうやらまずいことを口走ったらしいとだけは判るらしくて。
「うう"…。」
 どこか不完全燃焼なままに口ごもる顔が、何とも幼いものだから。剣豪は小さく苦笑して見せた。
「しばらく我慢しな。そのうち、コックが気ィ利かせて、早めにおやつを持って来てくれるだろから。」
 何がなんでも"お前が悪い"と説教しないところが、甘いと言うか何と言うのか。勿論、対処としてはいささか不十分だという自覚もありはするが、発生した問題の約半分はそれこそ、自分の甲斐性の範疇で何とか出来ることなれば、まま目を瞑ろうと思った剣豪殿なのだろう。…ややこしいですかね。ぶっちゃけた話、ノロケだと解釈すれば自分としては怒る気も起こらんということで。
(笑)
"…やれやれ。"
 朝の少々不安定なそれから昼のものへ、暖かく落ち着き始めている陽射しの降りそそぐ中。甲板の板張りへ腰を下ろすと、三本の刀を傍らへと外して、そのままいつものようにごろりと横になる。
「なあ、ゾロ。」
「んん?」
「…茶化してゴメンな。」
「?」
 横になったまま、頭の後ろに回した手枕の上で首をひねって視線を投げると、やはりぺたんと座っていたルフィは…ちょこっと俯いていて、
「何か思い出すことがあったんだろ?」
 そんな風に言うから。
「…そんなんじゃねぇよ。」
 何でもない声で応じたものの、何故だか即答出来なかった。神妙な様子が意外だったから? そうじゃない。
"ひな祭りか…。"
 ゾロが剣術を学んでいた故郷の道場でも、節句の祭りはきちんきちんと浚っていて。だが、一人娘がいるというのに"ひな祭り"だけは催さなかったことを覚えている。自分が女であることをひとしきり悔しがっていたくいな。もっと幼い頃にはお内裏様も飾ったのだろうが、自分が彼女と知り合ってからの短い一年間の中の桃の節句は、端午の節句以上に何にもしない、意識もしない、妙にぽっかりと余所余所しい、虚ろな日だったことを覚えている。普段からも女の子らしい装いは嫌っていた彼女だったが、凜とした清冽なまでに冴えた横顔は、いつ思い出しても"女の子"以外の何物でもなくて。
"………。"
 どちらかが世界一の剣豪になる。そんな誓いを立てた後、彼女は随分とふっ切れて、ややもすれば妄執に取り憑かれてでもいるかのような顔をしていたものが、柔らかに和んだ笑顔を見せるようにまでなっていた。何もかもが"これから"だったのに…。その"これから"はゾロの肩へと委譲され、少年は二人分、いや、それ以上の大きな夢をのみ目指して生きてゆくことを自分へ強いることとなった。負担ではないが、時々不意に、そう、思いもよらない形で思い出す自分にはっとする。忘れている訳ではない。だが、常に固執してはいなくなっている自分に気がつく。それを怒るような彼女ではないだろう。ちゃんと一歩一歩、着実に力をつけているという自覚がある。時にまだるっこいと苛つくこともなくはないが、何かしらの騒動をどたばたと翻弄されながらクリアする度に、確実に強くなっている。剣の腕だけでなく、気概や許容も、何かを乗り越える毎、大きく膨らんでいるらしくて。余裕を持てるようになっている自分だと、後々になって気がつくことがよくある。ただの武者修行の旅では得られなかったろう体験の数々。時折は無駄なことをやっているような不安さえ招くその厚みが、色々なことを、山のように齎してくれる不思議。そして、それらの切っ掛けになるのはいつもいつも、破天荒で無鉄砲な船長殿の突拍子もない発想や行動から。だが、そんな人騒がせな性分をしている一方で、


  『…茶化してゴメンな。』


 和道一文字のことも…くいなのことも。彼には、一度も話したことはないというのに。
『何か思い出すことがあったんだろ?』
 ついついそんなことを思い出してテンションが下がっていた自分だと、気が付いていたルフィなのだろうか。
"………。"
 破天荒で大雑把で、仄めかしや気配りなんてまずは通用しないような鈍感である筈が、こんな風に何も言わないうちから読み取ってしまうこともあるから。
"…敵わねぇよな、ったくよ。"
 ただ殺伐と荒々しい、こんな自分の身の裡
うちにはまず生まれなかろうと思っていた、どこか瑞々みずみずしいやわらかな部分。自覚するのも気恥ずかしい、だが、心地良くて他では得難い潤いに満ちたそんな部分を、いつの間にやら齎してくれていた、まったくもって不思議な存在。
「………。」
 ふと見やると、まだ気にしているのか、羊頭にも登らずに座り込んだままでこちらを見ている。それへとクッと吹き出して、
「ほら、なんて顔してやがる。」
 身を起こして声をかけると、途端に四ツ這いでパタパタと寄って来る。その小さな影が到着し切るのももどかしげに、腕を伸ばして引き寄せて、
「気にしてねぇよ。」
 こつんと、丸い額へこちらの額をくっつけてやると、
「ん。」
 短く答えたそのまま、やっと"にっかり"笑って見せる。ほっとして、こちらまでついつい笑みを浮かべてしまう手放しの笑顔。そんな反応を反射的に示してしまう自分がちょこっと癪だったから、
「………。」
 すいっと小さな口づけを素早く掻っ攫って。
「あ…。」
 途端に、真っ赤になった彼がこちらの頼もしい胸元へと顔を隠す様を、くすくすと笑って見やりつつ、腕の中にしっかり抱え込んでやる、ちょこっと大人げない剣豪殿である。


  「…なあ。」
  「んん?」
  「何で"ゾロが乗っかっても平気だ"って言っちゃいけなかったんだ?」
  「………いや、だからな。う〜ん。」


   〜Fine〜  02.2.28.



   *紗流サマ、見てる〜?
おいおい
    のっけから物凄く局地的なご挨拶ですみません(汗)
       でも、実のところ、諦めてたんですよ。この"ひな祭り企画"。
       だのを、紗流サマのサイトの掲示板でグチったら、
    "どんな企画ですか?"(注;きらきらと潤む愛らしいつぶらな瞳で)
    と訊かれてしまいまして、頑張ってみた訳です。
    …でも、全然"ひな祭り"じゃないかも(涙)


ひな祭り企画@ ロロノア家の人々“雛の祭りに…”へ→***


一覧へ